31 水の古文書
雷撃を受けた影響で、ガルーダの出血は止まった。
しかし、全身黒こげになり、立っているのがやっとだった。
「ここまで・・・追い詰められたのも・・・初めてだ・・・・・・さすがに・・・神器を持つだけの・・・ことはある」
ガルーダは殆ど体力は残っていなかったが、気力で立ち上がり、ギルが倒れているところまで近づこうとした。
「息の根を・・・止める・・・」
「それで勝った・・・つもりか・・・」
その声にガルーダが後ろを振り返ると、剣で身体を支えたアレンが立っていた。
いつの間にか嵐は止み、雨も風もまるで何も無かったように塔は静寂に包まれていた。
「貴様・・・不死身か・・・」
「おめえに・・・言われたく・・・ないね・・・」
アレンはガルーダに近づこうとしたが、よろけて倒れた。
「全身の骨が・・・折れている・・・はずだぞ」
「俺は・・・丈夫・・・なんだよ・・・」
ガルーダは、アレンの状態から脅威は無いと判断し、まずギルに止めを刺すことにした。
「こやつを踏みつぶしてから・・・貴様を・・・もう一度壁に・・・叩きつけるとしよう」
ガルーダは、再びギルに近づいていった。
「俺の仲間に・・・手出しやがって・・・タダで・・・済むと・・・思うなよ」
「剣さえ握れぬ・・・貴様に・・・何が出来ると・・・いうのだ」
アレンは、仰向けのままで言った。
「炎の・・・精霊よ・・・出てきてくれ・・・」
「フ、哀れな・・・精霊ごときの魔法で・・・我を倒せるとでも・・・思っているのか」
アレンの顔の前に炎の精霊が現れた。
「お前達の・・・親玉を連れてこい・・・・・・飛びっきりの・・・危ない奴を・・・」
精霊は不思議そうにアレンを見た。
「代償はある・・・俺のこの・・・命だ・・・・・・俺の命を・・・代償として、・・・召喚を命ずる」
精霊は不気味な笑みを浮かべて消えた。
(バカめが・・・精霊にも舐められおって・・・)
ガルーダはギルの近くへ来た。
(我が魔法を・・・使えなくなったのは・・・誤算だが・・・貴様ら小賢しい人間が・・・死ぬことには・・・変わりない)
ガルーダは足を上げた。
「今度こそ死ね、人間よ」
その時、ガルーダは背後から強いオーラを感じた。
ガルーダは足を止めた。振り返ると、そこには炎を纏った爆炎の使者がいた。
(まっ、魔人イフリート!・・・あやつが・・・召喚したというのか・・・)
「俺の・・・命は・・・結構価値が・・・あったみたい・・・だぜ・・・」
イフリートは、ガルーダを睨みつけた。
「やっ、やめろ!人間の・・・いう事など・・・聞くんじゃない!」
(俺の仲間に・・・手出したこと・・・・・・あの世で・・・後悔するんだな・・・)
ガアァーー!
イフリートの大きな咆哮とともに、ガルーダは炎と化した!
「うあああぁーー」
猛烈な炎が大きな渦となり、塔の天井を焦がした。
ガルーダは全身を炎で包まれ、炎が消えたときそのまま倒れた。
(サリヤ・・・ギル・・・すまねえ・・・・・・俺達の旅は・・・ここで終わった・・・みたい・・・だ・・・)
アレンの呼吸は停止した。
「ぐぬぅ・・・」
ガルーダは、真っ黒に焦げた身体を持ち上げた。
「・・・あり得ぬ・・・我が人間ごときに・・・・・・あり得ぬわ・・・」
上半身は、なんとか起き上がったが、下半身は動かなった。
背中の羽は完全に消失していた。
「こっ、このままでは・・・終われぬ・・・なんとしてでも・・・・・・」
ガルーダは腕を伸ばし、手でギルを押しつぶそうとした。
その時、ガルーダの視界に人が立っていた。
「・・・なんだ・・・おまえは・・・・・・この気配は・・・まさか」
その人は、右腕をスっと上げた。
途端にガルーダに物凄い重力がかかった!
「ぐああぁー、身体が・・・押しつぶされる・・・やめろ・・・やめて・・・くれ・・・」
起き上がっていた上半身が、重圧で床に叩きつけられた。
その人の右腕は、だんだん高く上がっていった。その腕の動きと呼応するかのように、ガルーダにかかる重力は更に強くなった!
塔の床に亀裂が走った!
「ぐう・・・たっ、頼む・・・やめてくれ・・・もう人間に・・・手出しはせぬ・・・」
その人の腕は垂直になり、指は天を差した。
ガルーダにかかる重力圧で、ついに塔の床が耐えきれなくなり、ガラガラガラと崩れてガルーダごと下へ落ちた!
「うわあぁぁー・・・」
ドドーーーン・・・
◇◇◇
一夜明けた。
昨日の嵐とは打って変わって青空が広がる。野鳥達は昨日黙っていた分を取り返すように、甲高い声を忙しなく空に聞かせていた。
塔から少し戻ったところ、山裾に大きく窪んで岩が突き出た場所に、マーテルの部隊は避難していた。
「よし、塔へ向け出発だ」
マーテルは山の間から、朝日が差し込むのを眩しそうに見た。
(あの嵐では財宝を盗むなど不可能だろう。盗むのなら夜明けを待って動くはずだ)
部隊は塔へ向け出発した。
(まあ、盗む前に塔の魔物の餌になっているか・・・)
「マッ、マーテル様、塔が凄いことになっております、」
「凄いこと?」
部隊は程なく塔に到着し、昨日と同じようにぐるりと塔を取り囲んでいた。
マーテルは塔を見上げたが、外から見る限り何の変哲もない。
「どういうことだ?」
「中をご覧いただければ、分かります」
マーテルは馬を降りて、塔の中へ向かった。
中途半端に開いている鉄の扉から中に入ると、床には金貨、銀貨や粉々に砕けた陶器の破片、分厚い岩のような塊などが散乱していた。
「なっ、なんだこれは・・・」
「マーテル様、上を・・・」
言われて見上げると、大きな穴が塔の天井に空いていて、その先には小さく青空が見えていた。
(上から何かが落ちてきたというのか・・・)
マーテルは、しばらく混乱していたが、
「おい、この部隊で最も素早く身軽な者を2名選出して、あの階段を登って塔の上を見てこい」
「は、かしこまりました」
選ばれた2人は、階段を駆け上がるように登っていった。
(魔物のオーラは感じない・・・今この塔には魔物はいない・・・)
「ここにある財宝を全て回収せよ」
「はは、」
マーテルの言葉に部隊は忙しく動いた。さすがに、これだけの人数がいると仕事も早い。
あっという間に塔の入り口に広がる床からは財宝が全て回収された。
(少ない・・・もっとあるはずだ)
マーテルは上を見上げた。
(まだ、壊れていないところに財宝が残ったままか・・・)
綺麗に片付いた床を、コツコツと靴音を立てて歩いた。
中央付近にきたとき、足元の床が、どす黒い赤に染まっていた。
(これは、血?)
マーテルは膝を折り、黒くなった部分を指で擦り取り匂いを嗅いだ。
(血のようだが、人間のものではない・・・まさか、この塔の魔物か!)
立ち上がり改めて周囲を見ると、飛び散ったような跡が広範囲に広がっていた。
(上から落ちてきた・・・のか・・・)
マーテルは、落ち着くために一旦外に出た。幌付きの荷馬車に座り込み足を組んだ。
(奴ら、まさか塔の魔物を倒したのか・・・しかし、血の跡はあるが死骸が無いのは何故だ・・・)
答えが出ないまま、マーテルはずっと考え込んでいた。
「マーテル様、塔から2名戻って参りました」
その声に我に返ったマーテル、
「よし、ここへ呼べ」
「はは、」
マーテルがいる幌付きの荷馬車に2名が入った。
「塔の上部には何があった?」
「塔の最上には大きな空間があり、その空間の床の中央部とその上部に大きな穴が空いておりました。周辺にはまだ床が残っており、そこには例の3名が倒れておりました」
「正確には西側に2名と反対の東側に1名です」
「死んでおるのだな?」
「いえ、生きております」
マーテルは思わず立ち上がった。
「なに!3名ともか!」
「はい、」
「なんだと・・・」
「但し、3名とも気を失っております」
マーテルは座り込んだ。
(信じられん・・・魔物を倒して、生きているだと・・・)
マーテルは喋らなくなった。
報告にきた者達は顔を見合わせたが、マーテルが口を開くまで黙っていた。
「塔の最上には、財宝はあるのか?」
マーテルは、ようやく喋った。
「はは、西側の壁際の床が落ちていない所には財宝がまだ大量に残っております」
「ただ、陶器や彫刻、絵画など形があるものは、おそらく全て破損していると思われます」
「・・・」
報告と自分の目で見た塔の惨状からして、いかに激しい戦いが繰り広げられたかは容易に想像できた。
(魔物だけじゃなく、塔そのものを破壊するなんて・・・あいつら、化物か・・・)
マーテルは、塔の最上部にある財宝の回収作業を指示した。
残っている床に杭を打ち込み、ロープにつるした大きな籠で財宝を上から降ろすことにした。
「いいか、塔の最上部から下まで届く長いロープと、大きな籠を用意せよ」
部隊は荷馬車に積んである材料から、指示されたものを作成するなどして回収作業に着手した。
「マーテル様、生き残ったあやつらはいかがいたしましょうか」
「そうだな・・・」
マーテルは、しばらく考えた。
「財宝といっしょに回収しろ」
「はは、かしこまりました」
◇◇◇
「レン・・・アレン、起きて・・・・・・」
サリヤの呼びかけに、アレンはやっと反応した。
「うぅ・・・サリヤか・・・・・・・」
「アレン!良かった、やっと目を開けたのね!」
「もう起きないかと思いましたよ」
アレン達は、荷馬車に揺られていた。
「ここは・・・」
「マーテルさんの部隊の荷馬車ですよ」
「アブスト城へ戻ってるのよ」
「えっ?」
起き上がると、山間の道をゆく部隊の列が続いているのが見えた。
「俺は生きている・・・のか・・・」
「もう、あれから5日過ぎましたよ」
アレンは、まだはっきりしない頭でサリヤを見た。
なんと、サリヤの髪は真っ白になっていた。
「サッ、サリヤ・・・お前、その髪はどうしたんだ・・・」
「あたしにも分からないの。起きたらギルに髪が白くなってるって言われて・・・」
ギルは、少し頷きながら、
「大きなショックや強いストレスを瞬間的に受けると、稀に白髪になることがあるって、どこかの文献に書いてありましたよ」
「・・・そうか」
「そんな落ち込まないの。どんな髪でも、あたしはかわいいから」
サリヤは笑っていた。だが、アレンはその笑顔に答えられなかった。
アレンは、自分が着ているボロボロの服を見た。これを身に着けている人が生きているとは到底思えなかった。
(俺は死んだ・・・あの時、確かに死んだんだ・・・なぜ生きている・・・まさか、あれは全て夢だったとでも言うのか・・・)
「そうだ、ガルーダはどうなった?」
「それが、話を聞く限り誰も見ていないようです」
「見てない?死体とかも無いのか?」
「はい、そうみたいですねー。おかしな話しだと思いますが・・・」
アレンは、今の現状全てが理解出来なかった。
「一体・・・何がどうなってやがんだ」
サリヤは、アレンとギルの肩を手で寄せた。
「まあ、いいじゃない。こうして3人とも生きているんだし。財宝も持って帰れたし、ガルーダもきっと死んだんだよ」
「お前、いつになく能天気だな」
「財宝って言っても、貨幣と宝石以外は残骸と呼ぶのが相応しいですけどね」
アレンは空を見た。肌寒いが、雲ひとつない真っ青な空だ。
「なあ、ギル。あれは俺達の同じ夢だったんじゃないのか?」
ギルは、微笑みながら言った。
「そんなことありませんよ。あれは現実で、僕達はガルーダを倒しました。それに、」
「なんだよ」
ギルは、自分の荷物から一冊の本を取り出した。
「こうして、水の古文書もあるわけですし、」
ギルは、水の古文書をアレンに手渡した。
「俺達、本当にやったのか・・・」
「そうですよ、アレンさん」
「うんうん、」
アレンは、サリヤとギルの顔を見た。
二人とも満面の笑顔だった。
アレンは、すっくと立ちあがった。
「よっしゃーー!水の古文書ゲットおおおぉ!」
その時、小石に車輪が乗り上げ、荷馬車が揺れた。
「あっ、アレン、危なーーい!」




