01 旅立ち
「じっちゃーん」
「おおっ、アレン、ここじゃ」
やがてくる夏を予感させるような、温かさを含んだ風が吹いた。
村を一望できるこの丘、そしてこの大きな樫の木。
アレンはこの場所が大好きだった。
「じっちゃん、どうしたんだよ。こんなところへ呼び出して」
「こんなところとは、この罰あたりめ! そもそもここはじゃな・・・」
「聖なる神木に集う妖精が住む神の丘、だろ」
「うっ、うむ、わかっておればよい・・・」
大人が両手を広げても全く及ばない、この大きな大木は村のシンボルだった。
他国へ行商に出かけた村人達は、このご神木を見ると、
村に帰ってきたという、ほっとする気持ちになった。
せわしなく鳴く鳥達の安住の場所でもあり、村の守り神のような存在でもあった。
「んで、何の用?」
「実はウォルタ城へ行ってきてほしい」
「城へ? 何しに?」
「今年は城で武闘大会が開かれているのは知っておるな」
「まあ、知ってるけど・・・俺に大会に出ろってか?」
「そうじゃ」
「えー、嫌だよ。面倒くさいし」
「はあ!」
背中を向けていたエルダーは、持っていた木の杖でいきなりアレンの頭部めがけて打ち込んできた!
「うぉ!」
アレンは、ギリギリのところで受け止めた。
「なにすんだよ、このじじい!」
「スキを見せたら即打ち込むと言ったろうが」
「普通の奴だったら大怪我してたぞ!」
「なにを偉そうに。おまえなんぞ、まだまだじゃ」
ったくなんてじいさんだ、と呟いたアレンだったが、次がくるのではいかという警戒で若干身構えていた。
その姿をちらりと見たエルダーは、
「よいか、おまえは良くも悪くも見え見えなんじゃよ」
「悪くもってなんだよ」
「もう少しずる賢くならんと、相手に先を読まれるってことじゃな、ウンウン」
(ちぇ、なにがウンウンだよ、この死にぞこないが・・・)
「なにか言ったか?」
「で、なんで俺が大会に出るわけ?」
「急に話題を変えたな。まあ、よい。金じゃよ、金」
「金?」
(そういえば確かに最近じっちゃんの仕事減ってきたな・・・)
「このあたりの魔物も退治し過ぎたせいか、めっきり少なくなっての。治癒魔法の依頼がほとんどないわい」
「ふーむ・・・」
「畑で採れる野菜や穀物を売って生活は出来るが、やはり蓄えがないといかん」
「賞金目当てね」
「優勝者には高価な賞品がでるらしいぞ」
「そういうことか。でも勝っちゃうよ俺」
「ほっほっ、その自信だけは大切じゃな」
急にかなりの勢いの風が、二人の間を通り抜けた。
樫の木の葉が一枚、ひらひらとアレンの目の前に落ちてきた。
「では明日、武器と防具を渡そう。ウォルタ城へ着く前に魔物にやられんようにな。ほっほっ」
(嫌味なじいさんだね、まったく)
「アレン、夕方には戻るんじゃぞ。今夜はごちそうじゃからの」
◇◇◇
翌朝、アレンはエルダーが用意した武器と防具を披露した。
「おお、馬子にも衣装じゃな」
「他に誉め言葉ないのかよ」
「銅の剣はどうじゃ?」
「これめちゃ軽いじゃん。いつもの練習の剣はなんだったんだよ」
「細かいことは気にするな。それよりメシにしよう」
旅立ちの朝の朝食は、いつものヤギのミルクにチーズひと欠片だった。
「さてアレン、行く前にひとつ頼み事を聞いてほしい」
「ん、何だよ、改まって」
「お前が、もし優勝でもしたら・・・」
「だから、俺が勝つに決まってるって」
「王はお前にあることを依頼するはずじゃ」
アレンはヤギのミルクをぐびっと飲んだ。
「依頼ねー。どこかの魔物の討伐とかか?」
「アレン・・・」
エルダーは急に立ち上がった。
その勢いで、座っていた丸い木の椅子が床に転げた。
「ど、どうしたんだよ」
「王が依頼することは、何かはわからん」
「え、わかってないのかよ」
「じゃがよいか!必ず王の依頼を聞くんじゃ!」
険しい顔でエルダーはアレンを睨みつけた。
「わ、わかったよ。聞けばいいんだろ、聞けば」
「わかればよい」
エルダーは転げた椅子を戻し、少し荒くなった呼吸を落ちつけた。
それから二人は口を聞かなくなった。
そして朝食も終わり、ウォルタ城へ向かう時が来た。
「じゃ、じっちゃん。さくっと行ってくるわ」
「アレン・・・」
エルダーは言葉に詰まった。
「あれ、じっちゃん・・・もしかして泣いてる?」
「ば、ばかを言え!さっさと行かんかい」
「へーい、じゃねー」
手を振り、アレンは歩き出した。
そして樫の木の丘まできた。
振り向き見下ろすと、遠くにエルダーが小さく見えた。
「きっと深刻な顔してんだろな。心配すんなって、すぐ戻ってくるから」
アレンは背を向け、再びウォルタ城へ向け歩き出した。
(アレン・・・これがわし達にとって、最初で最後のわかれじゃ・・・
これからおまえには、多くの悲しみと絶望が待っておる・・・
じゃが、これだけは決して忘れないでくれ。
おまえは神に選ばれし者、光りの戦士・・・
そして、この世界でおそらく最後の希望なのだと言うことを。
さらばじゃ、わしの息子よ・・・ウォルタの勇者よ・・・)




