17 大魔導士マーラー
外にいたアレンは、ステラに呼ばれて家の中に入った。
テーブルがある部屋には、サリヤは既にいなかった。
「ドラゴンオーブのこと知ってるんだろ? なんでいいから教えてくれないか」
ステラはまだ涙目であったが、だいぶ落ち着いていた。
「アレン、わたしが知ってるのは言い伝えだけで、ドラゴンオーブそのものに関しては何も知らないんだよ」
「えっ、そうなんだ」
詳しく知っていると思っていたアレンは肩を落とした。
「悪いね、アレン」
旅の服に着替えたサリヤが部屋に入ってきた。
「おっ、おばあちゃん、これちょっと短くない・・・」
その服は白く、絹で織られたような艶だった。膝より少し上の長さだったが、いつもサリヤが着ている服よりも短く、サリヤは恥ずかしそうにしていた。
「それは魔法の法衣。特別な糸で編まれているんだよ。軽くて熱や氷の耐性もある。短いのは動き易くなっているためだよ」
サリヤはテーブルの上に置いてあった三日月の杖、クレセントカルマンを手にした。
その時、
「うわっ!」
杖を握りしめてサリヤは動かなくなった。
猛烈な勢いで、サリヤの頭の中にあらゆるスペルが飛び込んできたのだ。たくさんの呪文を瞬間的に詰め込まれたような気がした。
「サリヤ、どうしたんだい!」
しばらくして、サリヤは我に返った。
「大丈夫かい、サリヤ」
「う、うん、大丈夫」
(この杖は一体なんなの・・・まるで長い時間を一瞬で飛び越えたような気分・・・)
出発の時が来た。ステラは二人を前に改めて言った。
「アレン、サリヤを頼んだよ。この子は気は強いがまだまだ子供」
「ちょっと、おばあちゃん、」
「だが、お前さんはこれからサリヤ無しでは旅は出来ないだろう」
その通りだとアレンは思った。
あの洞窟でサリヤがいなければ確実にやられていた。これから先のことを考えると、自分だけではとても無理だ。
「で、これからどうする、アレン」
「とりあえず、ここから更に北に向かって、町や村を探してみるよ」
「だったら、まずマーラーを訪ねるのがいい」
「マーラー?」
「大魔道士にして、この世界のあらゆる事を知り尽くしたお方」
「おばあちゃん、そんな人よく知ってたね」
「サリヤ、お前がまだ小さいときに行ったことがあるんだよ。マーラーが住むモダリントの町へね」
「そうなんだ。あたし全然覚えてない」
「その方なら、きっとドラゴンオーブのことをご存知のはずだよ」
アレンは世の中は広いと思った。そんな凄い人がこの世界にいる。なのに自分は名前すら知らない。
「モダリントは、ここからずっと北にある町。でも、二人とも覚悟しておくことだ。モダリントは思ってる以上に遠いよ」
「わかった、いろいろありがと」
アレンは剣を背負い、その上から荷物を背負った。
そしてサリヤも荷物を背負い、手に三日月の杖を持った。
「じゃ、おばあちゃん、行ってくるね」
ステラはもう一度サリヤを抱きしめた。
「必ず、必ずここに帰ってくるんだよ。わたしはいつまでも待っているから」
サリヤはそっと頷いた。
二人はステラに手を振りなが、ピタの村を後にした。
モダリントへ向けて、二人の旅が始まった。
◇◇◇
それは、過酷な行程だった。
草原を行き、川を超え、山を登った。
晴れた日は容赦なく照りつける太陽で異常に熱く、雷鳴轟く嵐になれば、おさまるまで洞穴で何日も過ごした。道中には集落はなく、たまに家を見つけても中には誰もいなかった。
そんな厳しさの中でも、アレンもサリヤも弱音を吐かない。試練と言えるその厳しさに耐えた。サリヤの白いローブは、いつしか灰色になっていた。
途中で出会う魔物は、二人の相手になるものはいなかった。
しかし一度だけ、かなりの数の魔犬に囲まれたときがあった。一匹ずつであれば全く問題ないが、一度に集団でアレンに襲いかかってきた。さすがのアレンも捌ききれない数で、噛まれたり引っ掛かれたりで傷を追った。
だが、サリヤの魔法が正確で的確だった。傷を追うのとほぼ同時くらいに回復されていた。周りから見ると、全く無傷で不死身のように見えただろう。
アレンは驚愕していた。
サリヤの魔法力、何が最適かを見極める判断力、そして魔法を放つまでの瞬発力、どれをとっても一級品だった。時には無詠唱でも魔法の威力は全く落ちない、あらゆる凄さに恐ろしささえ感じた。
(俺より強いんじゃないのか・・・)
さて、二人が旅立ってからどのくらい時間が流れたであろうか。
いつしか季節は夏を越え、秋になっていた。
「なあ、サリヤ」
「なに?」
「遠いな、モダリント」
「そうね・・・でも、このまま北へ進めば必ずあるはずよ」
アレンは風に吹かれながら、行く先の草原を見ていた。
「ちょっと休憩しようぜ」
「あら、珍しいわね。どこか悪いの?」
「まさか、平気だっつの」
すると、微かに鈴の音が風に乗って聞こえてきた。
「おお、ピタを出て初めてじゃないか?魔物以外と出会うのは」
鈴の音はだんだん大きくなり、やがてアレン達が来た方向から二頭の馬が見えてきた。それは荷馬車を引いた旅の行商人だった。
「おや、こんなところで人に会うとは珍しいこともあるもんだ」
荷馬車にはたくさんの商品が詰め込まれていた。
行商人は荷馬車からアレン達に尋ねた。
「あんたらモダリントへ行くのか?」
「そうだけど、モダリントはここからまだ遠いのか?」
「ここからだと、馬で行けば半日くらいでいける距離だな」
行商人はアレン達を見た。どこから来たのか知らないが、かなり苦労してきたのは服を見てもわかった。
「荷馬車に乗っていくか?」
「えっ、いいんですか?」
「ああ、いいとも。あんたらボロボロだし、そっちの兄さんは体調悪そうだしな」
やっぱり、とサリヤは思った。よく見るとアレンの顔色は悪い。
「いくら払えばいいのかしら?」
「金なんていらんよ。ただ、魔物が出たら退治してほしい。あんたら強そうだしな」
行商人は腰に短剣を持っていた。
「ここまで俺なりに戦ってきたが、だんだん数が多くなっている気がするんだよ。町まで後少しだが、あんたらがいてくれたら俺も助かる」
アレンとサリヤは了承し、行商人は荷馬車に二人が乗るスペースを作った。
二人を乗せ荷馬車は出発した。
「やっぱり歩くのと違って全然楽だわー。ね、アレン」
返事は無かった。見るとアレンは寝ていた。疲れが出たのかと思ったが、やはりアレンの顔色は優れない。
サリヤはアレンのおでこに手をあてた。
「熱だ・・・」




