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激流の中で  作者: 清水京太郎
第2章 北へ
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12 慟哭

 アレンはエルダーと暮らしていた家に閉じこもっていた。


 「旅に出た?そんなことあるかよ!じっちゃんが俺を置いてどこかいくはずがない」


 アレンはエルダーが戻ってくるのを待った。きっと、ひょっこり窓から顔だして、『やっぱり心配しておったか、このバカ者めが』なんて言いながら家に入ってくる、アレンはそう思っていた。


 「なあに、そのうち帰ってくるさ」


 そう言いながらアレンは眠った。



 「アレン!いつまで寝ておるんじゃ、この戯けが!」


 「あ!じっちゃん、やっぱり帰ってきたんだ!」


 「帰ってなんかおらんぞ、わしは忘れ物を取りに来ただけじゃ」


 「じっちゃん、どこ行くんだよ、俺も行くから」


 アレンは荷物をまとめだした。


 「お前は来なくていいぞ。いや、むしろ来るな」


 「えっ?なに言ってんだよ、じっちゃん」


 「お前には魔物が憑りついておる!だからわしは逃げる、さらばじゃ」


 「なに言ってんだよ、魔物ってなんだよ」


 エルダーはアレンに背中を向け歩き出した。


 「ちょっと、じっちゃん、待ってってば」


 その時、アレンは何かに足を掴まれ転んだ。足元を見ると、黒い手が床から突き出しアレンの両足を掴んでいた。


 「うわ!なんだよこれ。ちょっと、じっちゃん助けてくれよ!じっちゃーん」




 「はっ!」


 いつしか辺りは白くなり、鳥のさえずりが聴こえていた。


 「夢だったのか・・・」


 凄い寝汗をかいていた。アレンは頭を掻きながら起き上がり、瓶に溜めてある水を飲んだ。


 「げふぉ!」


 思わず吐き出した。水は腐っていた。


 「なんだ、これ!」


 アレンは瓶を床に投げつけた。瓶は粉々に砕け、緑色の液体が飛び散った。

 仕方がないので、いつも水を汲んでいる川に行った。家を出てフラフラと歩く姿は、まるで夢遊病のようだった。川で水を飲み、ついでに顔を洗った。川に映った自分の顔は覇気のない情けない顔だった。


 

 アレンはエルダーを待ち続けた。何も食べなかったが、不思議と空腹感はなかった。日が経つに連れ、徐々にアレンの中に怒りの感情が沸き上がってきた。


 (じっちゃん!まじか!まじで居なくなったのか!・・・)


 (俺に不満でもあったのか・・・)


 (なんで、俺を置いて出て行ったんだ!俺達はいつもいっしょじゃなかったのかよ!)


 アレンは突如起き上がり、木の椅子を掴んで放り投げた。椅子は窓を突き破って外に飛び出た。今度はテーブルを蹴り上げた。テーブルは真ん中から二つに割れて崩れた。


 「ちくしょー!帰ってこねえなら、こんな家いらないよな!」


 そう言いながら、アレンは家中の物を壊し始めた。


 「じっちゃんのばかやろー!うわぁーー!」


 騒ぎを聞きつけた村の者が村長を呼びに言った。


 


 アレンが暴れるのを止めたとき、柱は折れ天井は落ち屋根も崩れて家は瓦礫と化していた。アレンは虚しい気持ちで一杯だった。

 倒れたチェストの隙間に、一本の剣が落ちているのが見えた。アレンは近づき剣を取った。その剣は胸で留めれるベルト付きの皮の剣帯に入っていた。

 アレンは剣を抜いた。シャーっという金属が擦れる音がした。鏡のように美しく磨き上げられていた。


 「この剣は一体・・・」


 剣が落ちていた近くに一枚の紙があった。拾って見てみると、それはエルダーからアレンに宛てた手紙だった。


 (アレン・・・お前がこれを読んでいる状況がどのようなものかは分からん。

  いや、もしかすると永遠に読まれんかもしれん。

  じゃが、この剣がお前と出会うことを望んでいるならば、きっと読んでいることだろう。


  わしは旅に出ることにする。

  アレン、お前が城に旅立つ時は、わしらは互いの道を歩む時でもあったのだ。

  これは、もはや運命と呼ぶしかない。


  わしらは、もう出会うことはないじゃろう。

  アレン、お前は自分の運命に従って生きよ。

  わしはお前に自分の知りうることを全て教えたつもりだ。

  後はお前自身が自分の進むべきを道を決めるのだ。

  わしがお前に黙って旅立ったようにな・・・


  さらばじゃアレン、我が息子よ)

 

 「じっちゃん・・・」


 アレンはがっくりと膝を落とし這いつくばった。手に握りしめられた手紙は、ぐしゃぐしゃになっていた。

 ふと、アレンの前に影が出来た。顔を上げると村長だった。


 「アレン、エルダーは悩んでいたんだよ」


 「悩んでいた?」


 「うむ。お前が城に行った後、しばらく塞ぎ込んでいたようだ」


 「・・・」


 「村の者が言ってたよ。あんな暗い顔したエルダーは初めて見たと」


 村長は膝を折り、アレンと同じ高さの目線になった。


 「アレン、お前とエルダーがこの村に初めてきたときのことを覚えているか?」


 アレンは首を横に振った。断片的な記憶はあるが正確には覚えていなかった。


 「ボロボロだったよ。エルダーもお前もガリガリに痩せて。エルダーは生きているのが不思議なくらいだった」



 ◇◇◇



 その時、エルダーは旅の途中で道に迷ったから、二、三日村に置いてほしいと村長に頼んだ。村長は二人の様子を見て緊急に保護することにした。

 とりあえず自分の家に入れ、まず食べ物を出した。


 「貧乏な村でろくなものはないが、お腹がすいているでしょ。これを食べてください」


 村長は蒸かした芋を二個エルダーに渡した。エルダーは二個ともアレンに渡して食べるように言った。


 「あんた・・・」


 「わしは今はお腹は空いておらんので大丈夫ですじゃ」


 エルダーはそう言って窪んだ眼でほほ笑んだ。村長は別の芋を台所に取りにいったとき、ついてきたエルダーが、


 「できれば野菜か何か葉のものはありませ・・・」


 言い終わる前にエルダーは倒れた。


 「大丈夫ですか!」


 村長がエルダーを抱えると、身体が熱かった。


 「あんた自分がこんな身体で、よく・・・」


 村長はそのままエルダーをかかえてベッドに寝かせ、冷やした布を頭にあてた。


 「もっ、もしわけない、食べ物をいただいた上に・・・」


 「もう喋らなくていいから。何も心配せず寝てください」




 ◇◇◇



 

 村長はアレンの手を取った。


 「アレン、エルダーはいつもお前のことを心配していた。自分よりもお前のことをな」


 村長に握られた手に、アレンの涙が落ちた。


 「そんなエルダーが悩んだ末にお前に黙って旅に出たんだ。きっと、どうしようもない事情が、そこにあったんだろう」


 「じっ、じっちゃん・・・」


 「エルダーはどんな時でもお前のことだけを考えている。これだけは決して忘れるな、いいな」  



 静まり返った村に、アレンの慟哭が響いた。

 

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