12 慟哭
アレンはエルダーと暮らしていた家に閉じこもっていた。
「旅に出た?そんなことあるかよ!じっちゃんが俺を置いてどこかいくはずがない」
アレンはエルダーが戻ってくるのを待った。きっと、ひょっこり窓から顔だして、『やっぱり心配しておったか、このバカ者めが』なんて言いながら家に入ってくる、アレンはそう思っていた。
「なあに、そのうち帰ってくるさ」
そう言いながらアレンは眠った。
「アレン!いつまで寝ておるんじゃ、この戯けが!」
「あ!じっちゃん、やっぱり帰ってきたんだ!」
「帰ってなんかおらんぞ、わしは忘れ物を取りに来ただけじゃ」
「じっちゃん、どこ行くんだよ、俺も行くから」
アレンは荷物をまとめだした。
「お前は来なくていいぞ。いや、むしろ来るな」
「えっ?なに言ってんだよ、じっちゃん」
「お前には魔物が憑りついておる!だからわしは逃げる、さらばじゃ」
「なに言ってんだよ、魔物ってなんだよ」
エルダーはアレンに背中を向け歩き出した。
「ちょっと、じっちゃん、待ってってば」
その時、アレンは何かに足を掴まれ転んだ。足元を見ると、黒い手が床から突き出しアレンの両足を掴んでいた。
「うわ!なんだよこれ。ちょっと、じっちゃん助けてくれよ!じっちゃーん」
「はっ!」
いつしか辺りは白くなり、鳥のさえずりが聴こえていた。
「夢だったのか・・・」
凄い寝汗をかいていた。アレンは頭を掻きながら起き上がり、瓶に溜めてある水を飲んだ。
「げふぉ!」
思わず吐き出した。水は腐っていた。
「なんだ、これ!」
アレンは瓶を床に投げつけた。瓶は粉々に砕け、緑色の液体が飛び散った。
仕方がないので、いつも水を汲んでいる川に行った。家を出てフラフラと歩く姿は、まるで夢遊病のようだった。川で水を飲み、ついでに顔を洗った。川に映った自分の顔は覇気のない情けない顔だった。
アレンはエルダーを待ち続けた。何も食べなかったが、不思議と空腹感はなかった。日が経つに連れ、徐々にアレンの中に怒りの感情が沸き上がってきた。
(じっちゃん!まじか!まじで居なくなったのか!・・・)
(俺に不満でもあったのか・・・)
(なんで、俺を置いて出て行ったんだ!俺達はいつもいっしょじゃなかったのかよ!)
アレンは突如起き上がり、木の椅子を掴んで放り投げた。椅子は窓を突き破って外に飛び出た。今度はテーブルを蹴り上げた。テーブルは真ん中から二つに割れて崩れた。
「ちくしょー!帰ってこねえなら、こんな家いらないよな!」
そう言いながら、アレンは家中の物を壊し始めた。
「じっちゃんのばかやろー!うわぁーー!」
騒ぎを聞きつけた村の者が村長を呼びに言った。
アレンが暴れるのを止めたとき、柱は折れ天井は落ち屋根も崩れて家は瓦礫と化していた。アレンは虚しい気持ちで一杯だった。
倒れたチェストの隙間に、一本の剣が落ちているのが見えた。アレンは近づき剣を取った。その剣は胸で留めれるベルト付きの皮の剣帯に入っていた。
アレンは剣を抜いた。シャーっという金属が擦れる音がした。鏡のように美しく磨き上げられていた。
「この剣は一体・・・」
剣が落ちていた近くに一枚の紙があった。拾って見てみると、それはエルダーからアレンに宛てた手紙だった。
(アレン・・・お前がこれを読んでいる状況がどのようなものかは分からん。
いや、もしかすると永遠に読まれんかもしれん。
じゃが、この剣がお前と出会うことを望んでいるならば、きっと読んでいることだろう。
わしは旅に出ることにする。
アレン、お前が城に旅立つ時は、わしらは互いの道を歩む時でもあったのだ。
これは、もはや運命と呼ぶしかない。
わしらは、もう出会うことはないじゃろう。
アレン、お前は自分の運命に従って生きよ。
わしはお前に自分の知りうることを全て教えたつもりだ。
後はお前自身が自分の進むべきを道を決めるのだ。
わしがお前に黙って旅立ったようにな・・・
さらばじゃアレン、我が息子よ)
「じっちゃん・・・」
アレンはがっくりと膝を落とし這いつくばった。手に握りしめられた手紙は、ぐしゃぐしゃになっていた。
ふと、アレンの前に影が出来た。顔を上げると村長だった。
「アレン、エルダーは悩んでいたんだよ」
「悩んでいた?」
「うむ。お前が城に行った後、しばらく塞ぎ込んでいたようだ」
「・・・」
「村の者が言ってたよ。あんな暗い顔したエルダーは初めて見たと」
村長は膝を折り、アレンと同じ高さの目線になった。
「アレン、お前とエルダーがこの村に初めてきたときのことを覚えているか?」
アレンは首を横に振った。断片的な記憶はあるが正確には覚えていなかった。
「ボロボロだったよ。エルダーもお前もガリガリに痩せて。エルダーは生きているのが不思議なくらいだった」
◇◇◇
その時、エルダーは旅の途中で道に迷ったから、二、三日村に置いてほしいと村長に頼んだ。村長は二人の様子を見て緊急に保護することにした。
とりあえず自分の家に入れ、まず食べ物を出した。
「貧乏な村でろくなものはないが、お腹がすいているでしょ。これを食べてください」
村長は蒸かした芋を二個エルダーに渡した。エルダーは二個ともアレンに渡して食べるように言った。
「あんた・・・」
「わしは今はお腹は空いておらんので大丈夫ですじゃ」
エルダーはそう言って窪んだ眼でほほ笑んだ。村長は別の芋を台所に取りにいったとき、ついてきたエルダーが、
「できれば野菜か何か葉のものはありませ・・・」
言い終わる前にエルダーは倒れた。
「大丈夫ですか!」
村長がエルダーを抱えると、身体が熱かった。
「あんた自分がこんな身体で、よく・・・」
村長はそのままエルダーをかかえてベッドに寝かせ、冷やした布を頭にあてた。
「もっ、もしわけない、食べ物をいただいた上に・・・」
「もう喋らなくていいから。何も心配せず寝てください」
◇◇◇
村長はアレンの手を取った。
「アレン、エルダーはいつもお前のことを心配していた。自分よりもお前のことをな」
村長に握られた手に、アレンの涙が落ちた。
「そんなエルダーが悩んだ末にお前に黙って旅に出たんだ。きっと、どうしようもない事情が、そこにあったんだろう」
「じっ、じっちゃん・・・」
「エルダーはどんな時でもお前のことだけを考えている。これだけは決して忘れるな、いいな」
静まり返った村に、アレンの慟哭が響いた。




