兄と妹。妹は兄を救ってくださいと涙を流したが……
俺たちは、とりあえず馬車の中で動けない人間に手当と回復をさせて、これからのことを話しあうために、いったん家の中に戻ってきた。
「0番、今回やったことについて咎めはしないけど、でもキャリッジの中に自分が閉じ込められて運ばれることを考えてみて。しかもほとんどがケガ人や病人だ。連れて来かたも問題だし、連れてきたならすぐにだしてやらないと可哀想だろ」
「はい。すみません」
0番は反省しているようなのでそれ以上は責めないが、まわりの人の気持ちを考えるのは大切だ。奴隷の扱いというのをまだわかっていないようだ。
この国では奴隷は物以下の存在として扱われている。
それも、戦争での小競り合いによって逃げ出す人を捕まえてきている奴が沢山いるからだ。
「ただ、50万ロンの使い方としては悪くなかったよ」
「でしょ? 絶対に喜んでくれると思っていたんだ」
「お前神妙な顔で聞いてただけでまったく反省していないな」
「そんなことありません。反省しています。しゅん」
「しゅんって自分でいう奴初めてみたぞ……それよりも買ってきたのは悪くはない……悪くはないけど、これで俺の懐はもうすっからかんだ。そしてこの人数を食べさせていく余裕もない。その辺りの見解について聞こうか」
キャリッジ5台に詰められていた人は、病人、ケガ人、足や手の欠損など、どこかに障害を持っている者ばかり全部で88人だった。小さな子供から大人までよくあの狭い中に閉じ込められたと思う。
今は家のまわりの木陰で休んでもらっているが、早急に住む場所や食料が必要になる。
わざわざ家に入って相談をしているのは、連れて来た先で食事もできないと落胆させないためだった。
商売し始めの俺にこの人数を賄う資金はまだないが、ないからといってこのまま放置なんてこともできるわけがない。なんとかするしかないのだ。
彼女には俺の代理として別の奴隷を買い入れをできる権限を持たせていたが、まさか上限ギリギリまで使うとは思っていなかった。
俺の判断ミスだ。
「えっと……それはですね。ほら草を煮たりとか、魔物を狩るとかですね」
「この辺りの食べられる草は俺たちの胃袋に入ってしまっただろ? 遠出となると危険にはなるが……子供や老人も多いからな。戦力を把握してからだな。無駄な死人はださない」
「そっそれなら……私が魔物を狩ってきます」
「88人分の食料を? 一人で捕まえてくるってことか? そんな無理をさせられるわけないだろ」
「ごめんなさい。考えが浅はかでした」
「一人で任せた俺の方にも非がある。まぁこれで救えなかった人間が減ることは間違いないが、まずは食料を確保してやることを優先に行動するしかない。戦えそうなやつを何人か見繕うか」
「了解です」
「大丈夫だ。0番の行動は短期的にはマイナスに見えるけどここを乗り越えれば、必ずプラスになるから。心配するな」
そこへ優しくドアをノックしてくる音が聞こえてきた。
普通奴隷が奴隷商人に声をかけてくるなんて珍しい。
「入れ」
「失礼します」
そこには8歳くらいの小さな女の子が立っていた。
ほとんど食事をとっていないのか、ガリガリにやせ細ってしまっている。
「あっご主人様、この子ですよ。ご主人様が手紙で依頼してきたの。この子を買いにオークションに行ったら、大量処分市であのままだと廃棄されるっていう奴隷を買うことになったんです。あれ? もしかしてこの子が悪いんですかね?」
「0番、さりげなく責任を彼女におしつけるな。どうした?」
「えっと……こんな助けてもらって……わがままを言うのは申し訳ありません。私には兄がいるんです。兄は目も見えなければ根性もありません。だから、きっと今頃処分されそうになっていると思うんです。私が一生かけてご主人様にお勤めさせて頂きます。だから、兄を助けて頂けないでしょうか?」
俺と0番が顔を見合わせる。
「それは無理な話だな」
「うん。残念だけどお兄さんはもう助からないわよ。毒牙にかかってあっちの世界に目覚めちゃっているでしょうからね」
こいつ……あとで絶対にしばいてやる。
「お願いします。兄はたった一人の兄妹なんです。こんな私を育てるために植物魔法を習って野菜を作って食べさせてくれていました。目は見えないし根性もないですけど、必ず役に立ちますから! 私がたたせてみせます」
彼女はその小さな身体のどこからでているのかわからないほど、大きな声をだして俺たちに頭をさげてきた。
彼女は兄のついでに自分が助けられたことをまだ知らないようだ。
「頭をあげな。君の名前は?」
「エルサです」
「そうかいい名前だ。私の奴隷になったからには君のことを今から番号で呼ぶことになる。だけど、絶対に親からつけてもらった名前を忘れないように。わかった?」
「えっ……はい……」
彼女の顔は何を言っても無駄なのだろうと……悲愴な表情をしながら大粒の涙を流した。
「君にはイーミルの1番に続いて2番の数字を与えよう。兄と一緒に奴隷として頑張るんだぞ」
「あっ……兄はここにいるんですか?」
「そこの部屋を開けてごらん。ちょっと殺してくれってうるさかったから寝かせているけど、生きているよ」
俺はそのまま彼女を別の部屋で寝ている1番の元へ連れていった。
2番はそのまま1番の元へ駆け寄ると涙を流しながら抱き着いた。
「さて、それじゃあ2番にはさっそく仕事を任せよう。兄の身体を拭いてやるのと、自分の身体を拭いてここでゆっくりしていな。いいかい。これは命令だからね」
「ゆっくりするのが命令……ですか?」
「あぁ、兄妹水入らずで過ごしな。もちろん、あとで食事は運ばせるけど、ちょっと人数が多いからね。数日以内にはなんとかちゃんと食べられるようにするから」
「ご主人様ありがとうございます」
「俺は厳しいからな。そのぶんちゃんと働くんだぞ」
「この恩は一生忘れません」
「それじゃあ任せた仕事を頼む。水はあそこにある奴を使っていいから」
「はい!」
家族水いらずを邪魔する必要はない。
俺はそっと部屋の扉を閉め、二人の時間を作ってやる。
こっちはこれでいいけど……どうするよ?
食料問題。