キャリッジの中にいたのは……
俺は家に入ると早速買ってきた奴隷をベットに寝かせようとしたが……ダメだ。
こいつどれくらい風呂に入っていないのだろう。
服も身体も汚すぎる。
衛生管理がまったくできていないじゃないか。
それでなくても弱っているのに、病気になったらすぐに死ぬぞ。
起こして自分で風呂に……でもな、また騒がれるのもめんどくさい。
とりあえず、服を脱がせて身体だけ拭いてやるか。
その後は飯も作らなきゃいけないし、こいつ一人にかまっている時間はない。
俺が上半身の服を脱がせていると、奴隷番号0番のアイタナが帰ってきた。
「ただいま帰りました……ご主人……様、ついに目覚めたんですか? いい本紹介しますよ。こちら側の世界へようこそ! まずはそうですね。本を買う時には保存用と布教用と自分用を買うところから始めてくださいね。気に入った作品はどんどん布教していかないと完結される前に終わってしまいますから」
「はぁ」
「なんですか。そのため息」
こいつは天空島から地上に追放されたダメ天使だった。
羽が折れ、狼の魔物、ワンダーウルフに襲われているところを助けたら、勝手についてきた。
俺が奴隷商だというと、
「奴隷? それはご主人様と鎖で繋がれた永遠の愛。裏切られることのない固い絆。なんて私はついているんでしょう。さぁ私を奴隷にしてください。そして永遠の愛を与えてください」
そう言って目を輝かせ、自分から隷属の首輪をつけたヤバい子だ。
そんな理由で奴隷になんてするつもりはなかったが、押し切られて奴隷にしてしまった。
天使というのは、この世界の空に住んでいる人に翼の生えた種族だ。
普通は地上の人間と接することを避ける人が多い中で、こいつはかなりの変わり者だった。
よほどなにか嫌なことでもあったのだろう。
地上は不浄のものだと思っている天使族が地上にくることが珍しいが、理由は特に聞いていない。言いたくなれば、そのうち言うだろう。
少なくとも、本人が聞いて欲しい感じでなければ、わざわざ聞く必要はないと思っている。
逃げたい時は、その場から逃げればいいのだ。
彼女は、非常に頭が良くたまに暴走する以外、仕事はかなりできる。
天使族は美人が多いと言われているが、彼女もかなりの美人だ。
静かにしていれば、それはもう芸術的な美しさと言っても過言ではない。
静かにしていればだ。
翼を治してやったら空も飛べるようになり、なにかと使い勝手がいいので色々雑用をしてもらっている。
ただ、いつ奴隷をやめてもいいと言っているのに、なぜか奴隷でいることにこだわっている。
趣味が男性同士がイチャイチャする本が好きらしく、それの影響を受けているのかはわからないが、詳しくは聞いていない。
個人の趣味にとやかくいうつもりはないからだ。
「0番……この臭いに耐えられるのか?」
「いや、それは無理ですね」
「だろ? 残念ながらお前の期待している展開にはならない。それよりも食材とかの買い出しついでに、さっき頼んだ奴隷見つかった?」
「もちろんです。バッチリ買ってきましたよ。ただちょっとお金がかかってしまって……」
「えっ? あんなすぐに金にならない奴隷、誰も欲しがらないだろ?」
「それがですね。奴隷商の策略にはまりまして……50万ロンかかちゃいました。テヘッ」
テヘッなんて美人がやるとあざと可愛すぎるが、笑って許せる状況ではない。
50万ロンは俺が当面の生活費として0番に渡していた全額だった。
現状、元貴族とはいっても、親からの協力も得られなかったので裕福ではない。
それどころか家から出る時に、俺の執事やメイドに金を渡したりしたせいで、経済状態としてはよくない。だから、金額負担の少ない子供の奴隷を買ったのだ。
それなのに……頭が痛くなってくる。
「返してきなさい。うちでは買えないから」
「返品不可らしいです」
「なんてこったい。お前うちの経済状況知っているだろ。50万ロンなんて俺もう廃業しなきゃいけないレベルだからな」
「まとめてとってもお得だったんですよ?」
「50万ロンのどこがお得なんだよ」
「まぁまぁまずは現物を確認してからにしてください。外へどうぞご主人様」
俺がうながされるまま外にでて見ると、そこにはボロボロの箱型のキャリッジが5台とそれを引っ張る年老いた竜騎が10匹いた。
さらに頭が痛くなってくる。
なんなんだこれ。
「どういうことだ? 俺は女の子の奴隷を買ってこいって言ったよな?」
「えぇ、もちろん買ってきましたとも。でも、ちょっとお待ちください。見て下さいこの竜騎のカッコいいこと。竜がキャリッジを引っ張ってくれるんですよ。こんなファンタジーなもの見たことあります?」
「普通にあるな。天空島は小さいから竜騎を見ることが少ないだろうけど」
「うそやん。そんなわけないですって。商人さんも珍しい竜だって言ってましたもん」
「あぁこんなに年老いてまでキャリッジを引っ張る竜騎は珍しいだろうな。だいたい途中で引退だ。というか街中に普通にいるだろ? よく思い出せ」
0番は今さら驚いたような顔をしている。
いや、買う前に気がつけって。
「……いやー見たことないですね……うぐっ」
隷属の首輪には主人に嘘をつくと自然に締まるという機能がある。
僕は急いで腕輪に魔力を通してで自動で閉まるのをとめた。
「知ってると思うけど、隷属の首輪をつけていると主人に嘘がつけなくなるんだ」
「ハァ、ハァ、これが愛の証ってやつですね」
「いや、全く違うけどな」
「竜騎が引っ張るキャレッジなんて全然見たことないです」
彼女がまた嘘をつくと、隷属の首輪が自動でしまっていく。
俺が慌ててとめると、彼女はにやりと笑った。
「0番……ふざけるのもほどほどにな」
「へへっ……ご主人様のそういう優しいところ好きなんですよ。こう愛を確かめたくなるじゃないですか」
俺は優しく頭のなでるフリをして頭を思いっきり掴む。
「全然反省してないな」
「首輪よりも気持ちいいです。ご主人様もっと強くてもいいですよ?」
段々と相手にしているのが疲れてくる。
「はぁ、それよりもなんでキャリッジを5台も買ってきたんだよ」
「ノン、ノン。キャリッジを買ったわけではありません。キャリッジの中身を買ったんです。そう、この竜騎はただのおまけ。今見せますのでこちらへ」
俺が彼女のあとに続いてキャリッジの中を見ると、そこには今にも死にそうな奴隷たちは隙間なく詰まっていた。
「バカ野郎! 今すぐだしてやれ! 可哀想だろ」
「はっはい!」
0番がキャレッジについている扉の鍵を探しているが、もたもたしていて埒があかない。
「いいや、どけ」
「えっ?」
俺はそのまま剣で鍵を斬りつけると、鍵は真っ二つにわかれる。
俺は急いで扉を開ける。
「ここまで大変だったな。ゆっくりでいいから歩けるものはキャリッジから降りて、ここの広場に座ってくれ」
俺の指示に従えるものがゆっくりと降りていくが、何人かは座ったまま立ち上がれない。
0番は奴隷商に嵌められたようだ。
病人やケガ人、売れない奴隷を全部0番に押し付けやがった。
探していた奴隷を売る代わりに廃棄する奴隷まで買わされたんだろう。
0番には俺のサブの奴隷商の腕輪を渡してある。
これは身分証の変わりにもなるから、奴隷が一人で歩いていても誘拐防止になる。
「0番、他のキャリッジからも無理のない範囲で、歩ける者たちを広場に降ろせ」
「わかりました」
俺はキャリッジに残った動けない人間から手当てをしていく。
0番には奴隷商としての代理の腕輪を渡してあったおかげで、全員が俺の奴隷(仮)になっていた。
食事もまともに取らせていないのか、衰弱して今にも死にそうな奴隷も多い。
こんなに扱いが悪いのは、もともと捨てる予定の奴隷たちのようだ。
奴隷を捨てることは国のルールとしては違法とされているが、実際は黙認されていることが多い。
ルールはあっても守るかどうかは別なのだ。
俺はキャレッジに残ったすべての奴隷を正式契約として結びなおす。
首輪に触り、頭の中で了承すると思うだけで正式契約は終わる。
これで、彼らは俺の正式な奴隷になった。
俺の奴隷になったことで、俺の奴隷商の支援スキル『治癒力大幅アップ』の効果で少しは生きながえてくれるはずだ。
元々衰弱しているところに自然治癒力をあげたところで、回復するのはすくないが、そこに下級回復薬を飲ませてやる。
とりあえず、この場を凌いでから考えればいい。
一人ずつ回復させ、キャリッジにゆっくりと寝かしつける。
大半がキャリッジから下りてくれたので、彼らも足を伸ばして寝ることができるようになった。
まずはこれ以上悪化させなければいい。
外に自分で歩いて行けた人たちは、あとで対応にしよう。
今は動けない人間から助けていかなければいけない。
はぁ……それにしてもいったい何人いるのだろうか。