牢屋からの脱出
「奴隷商人起きなさい。いつまで寝てるの!」
どこからか声が聞こえる……何をしていたんだっけ?
たしか……5番の家に来て……そうだ。
食事になにか盛られたのだ。
目を開けると目の前が回り頭がガンガンする。
「すぐに慣れるわ。それか慣れなければすぐに死ぬのかどちらか」
そこにいたのは5番の妹のメレーヌだった。
俺たちがいる場所は……石で覆われた地下牢のような場所だった。
部屋はじめじめとしていて、天井がやけに高い。
上からは光をとる窓があるようだ。
まわりを確認すると、全員が同じ部屋に転がされている
「俺たちにいったい何をした?」
「いや、するのはこれからよ。これを知ってる?」
メレーヌが見せたのは透明の瓶だった。
その蓋を取ると、村に入って来た時に嗅いだ匂いがする。
「それは……」
「禁止薬物、魅惑の香り。名前は可愛いけど……その香りの虜になったらもうその香りなしでは生きていけなくなる香りよ。この村で採れる花から抽出しているの」
「それじゃあ……やっぱり……」
「そうよ。父さんも、母さんもこの香りに支配されたまま。あなたたちもいずれこの香りの虜になってこの村で死ぬまで働かせられるの」
「村の入り口で嗅いだのは……これ?」
「そうよ。うちの両親が考えたの。本当にクソみたい。あれを香りの結界と言っているわ。深くこの村に関わった人間はあの香りから逃げられなくなるの」
「俺たちをここから出せ」
「もちろんよ。お姉ちゃん、さっきはきつい態度をとってしまってごめんなさい。でもこうするしかなかったの」
メレーヌはポケットから鍵を取り出すとあっさりと牢屋の鍵を開けた。
本当に逃がすつもりなのか?
「みんな起きろ。ここから逃げるぞ」
まわりにいたみんなを起こすが、リリとララは特に寝起きが悪い。
「お姉ちゃんに最後に会えて嬉しかったわ」
「メレーヌ、いったい何があったの?」
「詳しくは話している暇がないの早くここから逃げて。ご主人、うちのお姉ちゃんはしっかりもので無口なんですけど、結構抜けて暴走しますから気を付けてくださいね」
「あぁ知ってる……それよりも俺たちを逃がして大丈夫なのか?」
「ダメでしょうね……でも、お姉ちゃんを売り払った両親を私許していないの。それより、ここで立ち話をしている暇はないですよ。静かについて来てください。落ち着いたところで話しますから」
「ご主人様、眠い。抱っこ」
「ご主人様ねんね。抱っこ」
ダメだ。緊張感のかけらもない。
俺は二人を担ぎ上げる。
ここは先ほどの館の地下牢のようだ。
地下から階段を上っていくと、辺りはすでに暗くなっていた。
「どこへいくんだ?」
「静かに……」
廊下を確認すると、誰も歩いていなかった。
「このまま逃げるのか?」
「えぇ、せっかくお姉ちゃんは地獄から這い上がったのに、このままお姉ちゃんまで薬漬けにされてたまるもんですか」
「お姉ちゃんまでって……メレーヌあなたもしかして……」
「へへっ……私は平気だよ。だって大好きなお姉ちゃんに最後に会えたんだもん。それより、ここからは見えないけど門のところに兵士がいるから、それを倒して外にでたら、振り返らずに走って。村の外にあなたたちの竜騎は置いてあるから。いくわよ」
俺たちが廊下にでたところで、運悪く正面から警備の兵士がやってきた。
「メレーネ様何をされているんですか!」
警備の兵士が大声で叫ぶ。
「寝てるのにうるさい。ビリビリさん」
「まだねんねするのー。ヒューヒューさん」
二人が指を指すと、兵士はその場で吹き飛び、身体が小刻みに震えていた。
風と雷のダブルアタックを受けたようだ。
反則だろう。
「何なのその子たち……」
「ご主人様、今のは?」
「さぁ……足を滑らせたのかな?」
メレーヌたちの顔が完全にひいている。
こんなことなら、身内には説明しておくべきだったか。
今さら後悔しても遅い。
「とりあえず、全員見なかったことにしてくれ。先を急ごう」
無事に廊下を抜け、俺たちが玄関の扉を開けると、そこにはメレーヌの両親が待っていた。
「遅かったじゃない。待ちくたびれたわ。あなたのやることなんてわかっているのよね」
「うるさいわね。本当にやることわかっているの?」
「前回は商人を酷使しすぎたから、今回はできるだけ長く使ってやるつもりよ。大丈夫。この匂いを嗅いでいればあなたたちもあっという間に私たちの味方よ。やりなさい」
そこには樽いっぱいに詰められた魅惑の香りがあった。
男たちがその樽に入った水を地面いっぱいに撒く。
香りが一気に広がると共に、男たちにも変化があらわれた。
村の中からも人々が集まり始めてくる。
まるで生きたゾンビのようだ。
「幸せだ―」
「生きてるのって最高」
「仲間になろうぜーほらーこっちだよー」
「お前らみたいなのと一緒になってたまるか!」
「3番何かいい方法ないか?」
「ご主人様……スキ……ご主人様といられると幸せー」
3番は俺に抱き着いてきた。香りのせいでもうおかしくなっている。
人によって耐性は変わるようだが、俺も段々と高揚感がでてくる。
ただ、先ほどまでいい匂いだと思っていたが、あまりに匂いが強すぎてかなり臭い。
「メレーヌ! なにか逃げ道はないのか?」
「もうすぐ……だけど……無理かもしれない。なんか段々と楽しくなってきたわ。捕まってもいいんじゃないかな」
「ララ、くちゃい」
「りり、うーん。イヤなの」
リリとララが俺の腕の中で暴れ出した。
「ちょっと二人とも落ち着いて」
「ご主人様、くちゃいのいや」
「ご主人様、もうムリー」
二人が香りの元凶の樽に向かって指をさすと、強い風と大きな雷が彼らを襲う。
俺は、ガッツポーズをしてくるドラゴンの妖精の姿見えた気がした。
二人のためだからって暴れすぎだろ。
風と雷は段々と大嵐となって、魅惑の香りを弾きとばしてくれた。
もう……この子たちを夜中起こしてはいけない。
上手く人を殺さないようにしてくれているようにも見えるが……気のせいかかもしれない。
何人か死んでいてもおかしくない。
「なんてことを……なんてことをするのよ。この香りができるまで、どれくらいかかったと思っているの」
「お母様……ハァ、ハァ、こんなところで余裕ぶっていて大丈夫ですか?」
「何を言ってるの? これくらいは痛いけど楽勝だから余裕ぶっているのよ。安心しなさい。あなたの大好きなお姉ちゃんも薬漬けにしてあなたの側に置いてあげるわ」
「それは魅惑の香りがまだ残っていれば……ってことですよね?」
「なっにを……? そんないやー! 馬鹿なの? あれがなくなったらこの村は生活することができなくなるのよ」
彼女たちが見ている先では真っ暗になった空に赤い光が反射して見えている。
何かが盛大に燃えているようだ。
「アハハッ急いで消しにいくのよ。こんな奴らはほっといていいわ。あれさえ残って入れば……あれさえあれば、いくらでも私たちは復活できるんだから……大丈夫。なんとかなるわ」
彼女はもうおかしくなってしまったのか、赤い空を見ながらも笑っていたが、良く朝、村の景色は一変した。
そして、本当に地獄はそこから始まった。