罠
「今回は本当に申し訳ありません。私のわがままに付き合ってもらちゃって」
「いや、気にするな」
「5番……血は繋がっていなくても、私たちは新しい家族だよ」
「お姉ちゃん、好きだよ」
「お姉ちゃん、ずっと一緒」
それぞれが5番に声をかける。
連れてきたのが正解だったのかはわからない。
少なくとも家族への未練は切れたはずだ。
「ご主人様、この御恩は忘れません。必ず一生かけて恩を返します。なにより妹が幸せそうで良かったです。あのガラス細工のようにきれいな手見ました?」
「あぁ、5番の頑張ってる手とは違う手だったな」
「私もあんな手になれたのかなー」
「無理だな」
「無理ですね」
「うん」
「適材適所です」
俺たち全員が照らし合わせたかのように否定した。
「もう本当にひどい。私だって可愛くすればあの子のようになれますよ。私だってかなり価値があるんですからね」
「そうだな。5番の価値は1憶ロンだからな。一生かかっても払いきれないかもしれないな」
「それなら、ずっとみんなの側にいれますね」
そう言って無理に笑う5番の顔を、俺は直視することができなかった。
本当はこの子が一番辛いはずなのに。
「あぁ……そう……だな」
「ご主人様が泣くのは反則ですよ」
「泣いてない。バカなこと言うな。俺は非情な男だからな」
「非情ってなに?」
「非情?」
「情に厚くない、ご主人様以外の奴隷商みたいな感じのことかな」
「あぁ」
「なるほど」
リリとララが変な風に納得している。
俺だってやる時はやるんだ。
涙なんか……絶対に流さない。
そう心の中で思えばもうほど、目からは涙が溢れ出てくる。
俺は思わずベッドに座っていた5番を抱きしめ、ベッドに倒れ込む。
「私もー」
「抱っこー」
「じゃあ私も行くしかないわね」
リリとララ、それに3番までも5番に抱き着く。
「ご主人様……重いですよ。重すぎて私まで涙がでてきてしまいますよ。もう、せっかくの家族と再会したのに目が腫れちゃうじゃないですか。あぁーご主人様が重いから……」
「悪いな。つい抱き着きたくなってしまって。まぁ主人としての役得ってことにしといてもらおう」
「今日だけですよ」
「まったく5番はいつまでも生意気なんだから」
俺たちは時間が過ぎるのも忘れて抱き合ったまま過ごし、いつの間にか眠ってしまった。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「はい」
「お客様失礼します。夕食の準備が整いましたので」
「わかりました。今行きます」
俺は全員を起こしてやる。みんなも眠ってしまっていたようだ。
メイドの案内で先ほどの部屋に通されると、そこには豪華な食事が並べられていた。
彩とりどりの野菜や、様々に調理されたお肉。
今まで見てきた中で一番豪華な食事だった。
「お待たせしました。今日は料理長が腕によりをかけて作ってもらいましたから。存分に料理を楽しんでいってください」
「ありがとうございます」
「あっ妻を紹介しますね。こちら私の妻のサビーネです」
「初めまして、よろしくお願いします。アグネス久しぶりね。だいぶ凛々しくなったわね」
「お久しぶりです。お母さん」
5番は俺の服を強く握る。
父親への態度よりも母親の方が苦手なのか、身体がこわばっている。
「メレーヌはどこに?」
「あの子ったら急に体調が悪いと言い出して、せっかくお姉ちゃんが来たんだからって言ったんだけどね。本当に仕方がない子。それよりもさぁ席について、食事が冷めてしまいますわ」
俺たちは席に案内され、とても美味しい食事をご馳走になった。
「ララ、美味しいね」
「リリ、とっても美味しい」
久しぶりの親子の再会だというのに、話しているのはリリとララだけだった。
「アグネス生活の方はどうなの?」
「最近は……今のご主人様に出会ってからは幸せです」
「そう、人それぞれ与えられた場所で最善を尽くすのが人生のコツよ」
「はい」
俺は一瞬目を見開いてしまった。
この人はいったい何を言っているのだろう。
自分で娘を奴隷商へ売り払って、与えられた場所で最善を尽くすもなにもないだろう。
そんな場余で最善を尽くしたところで、ほとんどの奴隷は物と同じように使い捨てされるのがきまっている。
「人の家族の会話にはいるのは無粋かもしれませんが、奴隷になるってことがどれだけ大変なのかわかっていらっしゃるのでしょうか?」
「そんなこと知らないわ。私は私が一番なの。私が幸せになるためなら、子供でも犠牲になるのは当たり前だと思うの。それが他人ならなおさらよね」
「あなたは……間違って……る。あれ……なんで……」
「どうした3番……俺も……」
「おかあさ……ん」
「ごしゅ……じん……さま」
「……さま」
「なにしやが……た……」
瞼が段々と重くなっていく。
5番の母親のにやけた顔が非常にいらつくが、俺はそのまま目を開けてはいられなかった。