貴族から奴隷商になれと父親に言われ、追い出されることが決まる。
「お前は何回言ったらわかるんだ。この出来損ない」
もうこの言葉を何度聞いただろう。
俺は今この街の領主である父親から暴言を吐かれていた。
こういう時は頭を空っぽにして嵐が過ぎ去るのを待つのが一番だ。
使っている言葉は同じでも、異世界の人間のように共通の認識ができない。
小さな頃の俺は剣も魔法も使える将来を見込まれた麒麟児と呼ばれていた。
だけど、頭が良すぎたせいか、父親や弟がやっていることの異常さに気が付いてしまった。
いっそのこと馬鹿を演じられれば良かったが……気づいてしまうとそんなことはできなかった。
「お父様、こんなボンクラの相手をするだけ時間の無駄ですよ。いくら才能があったとしても、それを使いこなせないなら、ないのと同じです」
「まったく、お前が長男ではなくてアドルフが長男だったら良かったのにな」
「お父様、もうゴルにはチャンスを与えました。そろそろ例の件を承諾してくださればと思います」
「例の件か……」
弟のアドルフが気持ち悪い笑みを浮かべている。
だいたい、こういう時は良からぬことを考えているときだ。
昔からこいつのゲス具合には反吐がでる。
例の件が何を示しているのかはわからないが、できることなら公爵家から俺のことを追放してもらいたい。
それが無理でも、もう二度と絡まないような方法をとってもらいたい。
そのために俺は人生の途中からずっとバカなフリをしてきたのだから。
こんな奴らと一緒にいるだけで虫唾が走る。
色々どうすれば良くなったのか考えた時期もあるが、こいつらと俺は水と油だった。
近くにいないのが一番だ。
「ゴル、これが最後のチャンスだ。よく考えて答えろよ。貴族が領地を運営するのに一番大切なことはなんだ?」
「民の生活を豊かにすることです」
「このクズが、やっぱりお前には何を言っても無駄なんだな。いいか、民なんてものは我々特権階級が豊かに生活するための道具だ。道具を豊かにするなんて発想をするのが間違っている。いいか。道具の一生はずっと道具のままだ。生かさず、殺さず、奴らは一生私たちに貢ぎ続ければいいのだ。民の生活を豊かになんてする必要はない。もうお前には何を言っても無駄なようだな」
昔だったら、ここで反論の一つでもしていたが、今ではそれすらするつもりはない。
言ったところで、この人たちに俺の言葉は通じないのだ。
「そうですね。そういう考えもあると思います」
「このやり取りももう何度もしてきたが、どうせお前には何を言っても無駄だろう。そこでだ。お互いにとってメリットのある話をしよう」
「メリットですか?」
「あぁ、お前は考えを変えるつもりがないし、私も変えるつもりがない。というか、どう育て方を間違ったのか目障りだ。そこでお前に土地をやるから静かにそこで暮らしてくれないか」
「どこの土地ですか?」
「奴隷商の街パルムの近く、パルムの平原から、常闇の森、氷雪の雪山までだ。この広大な領地の五分の一に匹敵する領地だぞ」
「条件は?」
「お互いの不干渉だ。本当なら殺してしまうのが一番だが、内外的にもお互いにとって問題が多い。ただ領地の開拓へ行って命を落としてくれれば私としても嬉しい限りだ。外部にも領地を開拓にでた長男として話ができる。悪くないだろ?」
なるほど、父親にしてはかなりいい案だ。
あそこならこの家族から干渉を受けることはない。
年中凍っている山のおかげで、敵との戦争もない。
平地に森、あそこには川も海もあったはずだ。
ただ、王都から遠いという理由だけで放置されている。
「いいですよ。ただ、不干渉だけではなく、税などもすべて免除にしてください。そこを独立した国のようにしてもらいたい」
そこまで言ったところで親父は薄ら笑いを浮かべる。
親父からしたら、開拓ができてもできなくても普段使っていない土地に閉じ込めておけるだけでメリットしかない。現在荒れ地になってるあんな土地からとれる税なんてたかが知れているからだ。
だが、期待した反応とは違う答えが返ってきた。
「その条件は飲めないな。まずお前は頭が悪いからわからないだろうが、独立した国にすることはできない。すぐ死ぬ人間のために、そんな面倒な手続きはできない。ただ税の免除についてはいい考えがある。お前が底辺職の奴隷商になればいいんだ。奴隷商人は人としてみられていない。その代わり、税金もかからない。お前が望む条件にぴったりじゃないか。そのかわり奴隷商になったら公爵家に戻ることも関わることもできないが、特別にお前の土地には不干渉だと約束してやる」
「関わらなくていいのは俺にも好都合ですね」
奴隷商か……。
貴族がもし奴隷商になどなったら、一族の恥さらしとして一生追放される。
そうなれば、もし親父や弟に何かあったとしても戻ってくる必要はない。
ちょうどいいか。近くには奴隷の街がある。
街から少し離れたところに住めばいいだろう。
「わかりました。そのかわり家から出るまでに職業を設定したりする期間に一カ月を頂きたい。それとあわせて奴隷商になったとしても、あそこの領地を俺に譲ると正式に魔術式書で契約を結んでください」
「いや、一日も早く目の前から消えて欲しい。だから二週間だ。それまでに奴隷商としての職業を変えておけ。術式は話し合いが終わり次第結んでやる。それと税については取らないかわりに、使用人などは連れて行くことは禁止だからな。準備が出来次第さっさとでていけ。お前の顔を見るのがこれで最後かと思うと、思わず涙がでそうだよ」
「俺も兄さんに会うことがないと思うと嬉しくて、嬉しくて。もう会うことはないと思うけど、早く死んでくれよな」
こんな奴らが自分の父親と弟だと思うと少し悲しくなってくるが、今さら涙もでない。
「その期待には沿えそうもできないが、俺もお二人に会うことがないと思うと、とても清々しい気持ちです。今まで育てて頂いてありがとうございました」
「礼にはおよばんよ。出来損ないを育てたなんて、一生涯の恥だからな。お互いなかったことにしよう」
俺はそのまま親父の部屋からでた。
もう二人とは二度と会うことはないだろう。
屋敷内を歩く俺はかつてないほど高揚していた。
俺は身分という鳥籠から放たれ、自由という大空へ飛び立つことになった。
これは、貴族として生まれた俺が、社会から忌み嫌われ底辺職業と言われた奴隷商になり100万人の奴隷に愛されるようになった物語だ。
でも、もちろんすべてが上手くいったわけじゃなかった。
奴隷商としてスタートした俺はとんでもない運命に翻弄されることなる。