追放された魔術師、SSS級のステータスになるポーション精製スキルもち〜効果は半日までだけど、「ポーションいらねぇ」ってダンジョン潜った勇者パーティーは時間切れに気づいてないようです〜
「つ、追放……? どういう事だい……?」
それは、早朝の宿屋での事だった。
僕たちのパーティー、『グリオンズ』のリーダーであるグリオンによって、追放宣言を受けてしまったのだ。
「ネストよぉ……お前、今まで何やってきた?」
ため息まじりに、グリオンがたずねてくる。
「僕はずっと……ポーションをあげてきたじゃないか」
僕は緊張しながらも、懸命に答えた。
すると、グリオンの周りから聞こえてくる仲間たちの笑い声。
どうしてこんな事になったんだろうか……。
これまでずっとがんばってきたっていうのに……。
「オレたちがパーティーを結成していよいよ三年たった。オレたちのステータスはSSS級だ」
これまでを振り返るグリオン。
彼の言うとおり、僕たちパーティーはみんな、最高クラスのステータス、SSS級を獲得している。
特にリーダーのグリオン。
彼は勇者と呼ばれており、自慢の剣と雷の魔法でどんなモンスターもなぎ払ってきた。彼に並ぶ冒険者はいない……と言わしめるほどの実力者だ。
「次の目標としてオレたちは王宮入りを果たそうと思っている。しかし……だ」
グリオンは僕を睨みつけ、指をさしてきた。
「お前だよ、ネスト。お前みたいな地味なヤツがいたら、到底王宮入りなんて果たせねぇ。オレたちパーティーにとって、お前は邪魔なんだよ」
「そんな……」
どうしてそんな事を言われなければならないんだろう。
僕だって、みんなのために頑張ってきたっていうのに。
「で、でも、ポーションは必要でしょ? 今までだって、グリオンたちの言うとおりにポーションを作ったり用意したっていうのに」
「アンタそれ、パシリっていうのよ」
ニヤニヤとした表情で、指摘を受けてしまう。
「ブフッ! そんなハッキリ言ってやるなよ……」
「だってお兄ちゃん、コイツいつまでたっても気づこうとしないんだもの!」
グリオンまで、吹き出してしまった。
お兄ちゃんと呼ぶ彼女の名はエリシィ。
パーティーの一人で、グリオンの妹。
職業はモンスターテイマーで、そのクラスはSSS級。
最高クラスの力で、あらゆるモンスターを調教する事ができるのだ。
「い、いや、パシリでもいい! いつも以上にポーションを作ってみんなに配ってみせるから! それで……」
「いやいや、パシリこそ場違いであろう! 戦闘パーティーだというのにパシリて!」
「それにオヌシ、ポーションを作ると言うが、それしかできんではないか。他に魔法はないのか、ワシみたいに? ええ?」
今度はパーティーの戦士と賢者に突っ込まれてしまった。
戦士の名はズランダ。
屈強な身体に違わず、パーティーの盾として前衛をはり続けていた。
賢者の方はゴミラス。
賢者というのは、魔術師である僕より上位の魔法職で、あらゆる攻撃魔法や回復魔法を使いこなすスペシャリストだ。
見た目は老人だが賢者らしい威厳がただよっている。
僕と違って……。
「どうだ、これで分かっただろ?」
グリオンは立ち上がり、僕に詰め寄っていく。
「オレたちは色んな攻撃や魔法が使える。対してお前はポーションを作ってオレたちに持ってくるだけ。場違いなんだよ。どうせなら……」
言い終えるやいなや、グリオンは剣を抜き……。
「これくらいやってみろやぁぁぁ!」
――ザシュゥゥゥゥゥゥゥ!
僕のそばで振り下ろし、雷を放った。
幸い、部屋が壊れた様子はなかった。
しかし、発生した静電気が僕の服と髪を逆立たせていく。
僕はようやく、理解した。
もう、このパーティーに僕の居場所はないんだと。
「分かった。……出ていくよ、グリオン」
見下す彼らに背を向け、僕は部屋の扉を開ける。
「……そうだ。最後に……」
一言だけ、グリオンたちに伝えようとした。
「僕のポーション、制限時間つきだから。気をつけてね」
「……ハッ。何だと思えば……ポーションなんかいらねぇんだよ!」
またも、笑い声が聞こえてくる。
僕の忠告は聞いてもらえなかったようだ。
――こうして僕は、グリオンたちと別れたのだった。
✚✚✚
「追い出されちゃったな……。どうしよう、これから」
町を出て、森の中をトボトボと歩く。
行くあてはなかった、僕は一人だった。
「ポーションが……そんなにいけなかったのかな?」
僕はこれまでの三年間を振り返っていた。
冒険者登録を終えたばかりだったあの頃。
ギルドから出た僕に声をかけてくれたのは、グリオンだった。
『え、ぼ、僕でいいの?』
『ああ! いやむしろ君がいいんだ! 君じゃなきゃダメなんだ! 君の力が必要なんだ!』
熱烈な誘いを受け、僕はグリオンズの一員となった。
僕の仕事は雑用だった。
というより、仲間たちのもとへアイテムを作り、運び続けていた。
ポーションを、だ。
ポーションで彼らの傷を癒やし、彼らの力になれる。
グリオンたちのように表に出る事はなくても、パーティーの役に立てる。
そう思い続けて、今日もみんなの分のポーションを作ってきたのに……。
「悩んだって仕方ないよな。……ポーション飲んで落ち着こう」
僕はポーションを一本、飲んでいく。
本来はグリオンたちに渡すはずだったポーション。それがいらないって事は、それだけ彼らが強くなったって事なんだろうな。
ポーションの力を借りないで済む程に。
――助けて。
「……え?」
過去への思い出にひたっていた、その時だった。
遠くからかすかに、助けを呼ぶ声が聞こえたのだ。
「今の、……女の子の声?」
もう一度、耳をすましてみると。
――痛い。助けて。
「聞こえた。……あっちだ!」
悲痛な声がする方へ。
僕は走っていく。
一分ほどだろうか。声を頼りについた先には……。
女の子の足が、罠にはまり挟まっていた。
「これはいけない。……すぐ助けないと!」
僕は駆け寄り、罠をつかむ。
そして思い切って両手で引きちぎってやった。
「……あっ」
「ゴメン、我慢して! すぐポーションをあげるから!」
僕は急いで、ポーションを差し出した。
「……………………」
しかし、女の子は飲もうとしない。
警戒しているのか、じっとこちらを見ているばかりだ。
「大丈夫だよ。怪しい飲み物じゃない。ただのポーション……」
説明し始めた時、女の子のある特徴に気がついた。
「長い……耳?」
細くとんがった耳。銀色の髪から見えるそれは、人間と明らかに違う。
さらに女の子をよく見てみると、白くスラリと細い腕と足。
僕を見つめる瞳はコバルトブルーの水晶のように透き通っている。
僕は、それらの特徴に心当たりがあった。
「君は……エルフなのかい?」
『エルフ』の名を聞いた女の子は、フードで耳を隠してしまう。
「ああ、ごめん、ぶしつけだったね。……僕はネスト。君は?」
「……カフカ」
「カフカ、だね。僕は君の傷を治したいと思っている。このポーションでね。君の助けになりたいんだ。……よかったら、飲んでくれるかい?」
僕はできるだけ、優しく女の子――カフカに問いかける。
カフカは恐る恐るポーションを手にとると、グビグビと飲み始めた。
「……ありがとう。……っ」
ポーションを飲み終えた瞬間、カフカは足を押さえ始めた。
「大丈夫。ポーションが効き始めたんだ。……じきによくなる」
僕の言うとおり、カフカの足から流れていた血が止まっていく。
そして、罠によってついた傷があっという間にふさがっていったのだった。
「え……すごい……。もう治ってる!」
カフカが驚いた声をあげていた。
「どう? 僕が作ったポーション、効き目あるでしょ?」
「すごいよ! 効き目なんてもんじゃない、こんなポーション、見た事ないわ!」
「え……そうかな?」
カフカが思った以上に驚いている。
そんな彼女に、僕はたじろいてしまった。
「だってそうでしょ! 一瞬で治ってしまったのよ! 普通はもっと一時間以上かかるものじゃない!」
「え、そうなの? そんなに遅いものなの?」
「そうよ! そりゃ、村のおじいちゃんみたいに魔力が優れている人なら、もう少し時間は短縮できるだろうけど……。一分もかからないで、しかも……完治しているんだもん! ありえない! ありえないわよ!」
まいったなぁ……。ここまで褒められるのは初めてだから、どんな顔をしたらいいか迷っちゃうぞ。
即効性か……。グリオンたちの時は、
『遅ぇんだよ! もっと早く効くヤツをよこせよ、このボケ!』
なんて罵られていたから……。
「ネストって、言ったわよね? アナタ、冒険者なんでしょ?」
「そうだよ。今はフリーだけどね」
「私も冒険者になりたいって思って村を飛び出したの。エルフは虚弱だって言われていたけど、どうしても我慢できなくて……。結局、罠にはまっちゃったんだけどね」
カフカはチロッと舌を出していた。
自分の失敗を痛感しているんだろうな。けど、すごい行動力じゃないか。
ウワサで聞いた限りだけど、エルフの村は近隣の町までかなりの距離があるっていう。それを誰の力も借りずにここまで来られたんだから、きっと立派な冒険者になれる。そんな気がするよ。
「オイオイ、何だこの有り様はぁ?」
と、カフカに期待し始めたその時だった。
ごろつきたちが三人、僕たちの前に現れてきたのだ。
「オイオイオイ、罠が壊れてるじゃねぇか。どういう事だオイ?」
うち一人が、声を荒げている。
カフカはそんなごろつきに怯えた様子だ。
「エルフがやったのか? いや非力なアイツらに、そんな力はねぇ」
「ヘヘッ、兄ちゃんがやったのかい? いけねぇなソイツは」
笑い声を出しながらしゃべっているが、目が笑っていない。
ごろつきたちの正体に、僕は気づいていた。
「アナタたち、奴隷商人ですよね?」
ごろつきたちのこめかみがピクッ、と動いた。
「エルフの奴隷売買は国によって禁止されたはずですが?」
「オイオイ、もったいねぇ事言うなよ兄ちゃん。同じ人間のよしみだろ?」
「オレたち、金に困ってるんだ。そのエルフ置いてってくれたら見逃してやってもいいんだぜ?」
「ヘヘッ、これでも元冒険者だったんだ。腕には覚えがあるんだぜ?」
ああ、冒険者か……なるほど。
どうりでC級のステータスが表示されていた訳だ。
「いけませんよ。エルフの乱獲によって、エルフが保護対象になっているの知ってますよね? バレたらアナタたち大罪ですよ」
「オイオイオイ、そりゃアレか? オレたちとやり合おうっていう意味だよな? おぉ?」
「ええ、戦ってあげますよ。……そこのエルフがね」
僕の発言を聞いた途端、みんなが僕に注目し始めた。
「えええ! ちょ、ちょっと!」
「オイオイオイオイオイ! 面白ぇ事言うじゃねぇか! そこの貧弱なエルフごときが、オレたちと戦うだって?」
「ヘヘッ、血迷ったのかい? それとも見捨て気になったってか?」
カフカが動揺し、ごろつきたちがバカにしてくる。一見当然な反応のように思うだろうが、僕には確信があった。
「大丈夫だよ、カフカ。冒険者になりたいんでしょ? 腰についてるナイフでも使って、チャッチャッと片付けちゃいなよ」
「え、で、でも、私の力でそんな……」
「ウダウダすんなぁ! さっさと来い!」
ごろつきの一人がしびれを切らしたのか、カフカの腕を強引に掴みだす。
「キャアア! イヤ! やめてぇ!」
「エルフごときがぁ! 抵抗するな!」
「やめてっ! ってば!」
カフカが抵抗を試みようと、腕を必死に振り回した。
――ダンッ!
「ヘブごバラァァァ!」
カフカの腕がごろつきのアゴに命中。
その瞬間。
――ダッ! ダッ! ダンダンダン……。
奇妙な叫びと同時に数メートル先まで転んでいってしまったのだった。
「……え?」
カフカ自身、何が起きたのか理解できていない様子だ。
恐らく彼女からすれば少し腕が触れただけで、ごろつきの大男が突然転んでいってしまったのだから。
「オイオイオイオイオイ……何だよこりゃあ!」
「ヘヘッ。エルフの嬢ちゃん、仲間を殺ったって事は宣戦布告とみなしていいって事かい?」
「……え? え? え?」
仲間の犠牲にごろつきたちが、オノや剣を抜いて戦闘態勢をみせる。
一方のカフカは戸惑ってばかりだ。青ざめた表情で、僕の方へ助けを求めている。
「カフカ、ナイフを抜いて! ……大丈夫だ、君ならソイツらと戦える!」
「え! で、でも……」
「オイオイ、ゴチャゴチャ言うなよ、死ねやぁ!」
しびれを切らしたごろつきが、オノを振り下ろす。
カフカはとっさにナイフで受けとめ……。
――ガキャァァァァン!
「なっ……!」
あろう事か、ナイフでオノを砕いてしまったのだ。
「コイツ……!」
もう一人のごろつきがカフカめがけ剣を振ってくる。
「カフカ! 避けて反撃だ!」
「わ、分かった!」
僕の指示通りにカフカは斬撃をかわす。
そして、ナイフを持った腕でごろつきを殴り倒してしまったのだ。
「ごぴゃああああああああ!」
頬をぶたれたごろつきは奇声をあげ、地面に転げ落ちてしまう。
そのまま動く様子もなく、ピクピクと身体を痙攣させていた。
「オイオイオイ……何なんだよこれ……!」
オノを折られたごろつきが青ざめている。
「エルフって弱いんじゃねぇのかよ! 非力じゃねぇのかよ! オレはこれでも冒険者だったんだぞ! 話が違うじゃねぇかよ!」
「だったら、ステータスを見てください」
オロオロとうろたえるごろつきを見かねて、僕ははさんだ。
「元冒険者ですよね? なら彼女のステータスを見て確かめてください。それでハッキリしますよ、なぜ弱いエルフにやられたのかがね。……C級の元冒険者さん」
「な、なんだとテメェ……何言ってやがる…………、あ」
ごろつきはその瞬間、言葉をなくしていた。
僕が言っている意味が、ようやく理解できたんだろうね。
「あ、ありえねぇ……SSS級だと……」
ごろつきが肩を震わせている。
恐怖を抱いたのか表情がゆがみ、汗が滝のように流れている。
「ね、ネスト……どうしたの、あの人……」
「カフカのステータスに驚いているのさ。SSS級の圧倒的なステータスの前にね」
「え、ええっ!」
カフカまで驚きの声をあげてしまった。
「な、何だよそれ……ちからも、HPも、体力も、敏捷も、魔力も、運も……全てがSSSだと……」
「さて、これでハッキリしましたよね、元冒険者さん」
震えが止まらないごろつきに、僕はたたみかかける。
「力の差は歴然、ステータスは圧倒的。しかも二人やられて残るはアナタ一人。どうします? このまま立ち去るなら見逃してあげますよ?」
「う、うぐぐ……」
ごろつきは歯ぎしりをしていた。
このまま諦めてくれればいいんだけど……。
しかし、そこまで事態は甘く動いてくれなかった。
「……だったら、テメェを殺す!」
凄んだ表情を見せたごろつき。
何と、折れたオノに魔力を込め始めたのだ。
ごろつきの足元から地面が盛り上がっていき……。
「精製しろ。岩石斧!」
土と岩が折れたオノに集まり、魔法でオノを作ってしまったのだ。
「つ、土魔法……」
冒険者の魔法を見るのは初めてだったのかもしれない。カフカが驚き、後ずさっている。
「コイツを喰らえ! 一撃で潰してやる!」
ごろつきがオノを振りかざし、こちらに向かって来る。
僕は避けるでもなく、片手を振り上げ……。
「岩壁」
魔法を唱える。
「おおおりゃああああああ!」
ごろつきがオノを振り下ろした。
――その瞬間!
――ガキィィィィン!
ごろつきのオノが弾かれた。
突如現れた、大人ひとりを覆うほどの岩壁によって。
「なぁぁ……! い、いつの間に……!」
「同じ属性の魔法同士なら効果が薄い……。それくらいは知ってるでしょ?」
岩壁つたいに聞こえるように、僕は声を出して話してやった。
「魔法か……! だからって、こんなに早く出せる訳……!」
「初級の魔法ですけどね。僕もSSS級なんで瞬時に出せるんですよ」
「なっ! SSS級……!」
ごろつきの驚いた声。
僕はすかさず、岩壁を腕で押しだす。
すると、岩壁が勢いよく動き始め……。
「う……うぐおおおおおおおおおおおおおっ……!」
ごろつきを飲みこんでいく。
その勢いのまま、森の奥へと姿を消していくのだった。
これで終わりだ。……と、カフカが僕を見つめている。
「終わった……の?」
「うん、終わったよ」
「ねえネスト、さっきの……どういう事?」
今度はカフカが僕に質問をし始める。
「私がSSS級のステータスを得たって……どういう事? 確かにあの人たちを簡単に倒せたけど私、冒険者にもなっていないのよ」
「それはね、ポーションを飲んだからだよ」
僕の答えに、カフカは首をかしげている。
「僕のポーションにはね、SSS級のステータスを与える効果があるんだよ。」
「え! ステータスを!」
カフカが再び、驚きの声をあげた。
「僕の魔法:魔法飲料精製を使うと、その場でポーションを作る事ができる。回復や毒消しも含め、あらゆるポーションをだ。さらに僕のポーションには、SSS級ステータス付与もついてくる」
「え、SSS級ステータス付与……」
カフカがツバを飲みこんだ。
「その付与によって、誰でもSSS級のステータスを得られるようになる。SSS級って、知っているよね? 最高クラスだよ? ごろつきを倒せたのもそのおかげって訳。……カフカ?」
「……………………」
何やらカフカの様子がおかしい。
そう思っていた時だった。
「……すごい」
「え?」
「すごい! って言ったの! なに、その『SSS級ステータス付与』って! あり得ない! 初めて聞いたわ! すごすぎる!」
カフカが目を輝かせてきた。
思わぬ反応に、僕は結構戸惑ってしまう。
「そ、そう? そんなよかった?」
「よかったなんてもんじゃないわよ! ポーションの効果って普通、一つだけなのよ! 二つも、それにステータス付与なんて聞いた事ない!」
カフカの興奮が収まらない。まくしたてるように話が続いていく。
「それにポーションって、その場で作られるもんじゃないから! 聖水の精製師と魔術師が協力しあって、一日に一本作るのが限界だって言われているのよ! 私の村でも同じだったもん! すごいよネスト! アナタ最強なんじゃない!」
「さ、最強……照れるなあ……」
カフカのSSS級の勢いに、僕は押される一方だ。
けどびっくりしたなぁ。
まさかグリオンズから追放された途端にこの称賛の嵐。
グリオンたちにポーションを飲んでもらった時はいつも、
『もっと効き目のあるポーションをよこしやがれ! ……チッ』
なんて毎回罵られたもんだ。
「……ネスト?」
おっと、いけない。思い出に浸ってしまった。
もう僕はグリオンズじゃない。フリーの冒険者だ。
これからは、自分のやりたいように生きればいい。
今僕がやりたい事は……。
「カフカ。この先に町がある。冒険者登録をしよう」
カフカを冒険者にしてやる事だ。
「え、ふぇ……。私が?」
「そうだよ。今のカフカなら、誰にも負けない最強冒険者になれる。虚弱なエルフの冒険者志望なんて、どこにもいないんだ」
「で、でも、私、緊張して……」
顔を赤く染め、モジモジとしている。身体といっしょに束ねた銀髪が揺れる仕草が、何とも可愛らしい。
「大丈夫だよ。何ならポーション飲むかい? 半日までステータス付与の効果は続くけど……」
「……うん。ありがとう。いただくわ」
僕が精製したポーションを、カフカはグビグビと飲んでいく。
効果は半日……。ふと、思い出した。
グリオンたちだ。
追放されてからそれなりに時間が過ぎたんだけど……。
彼らは大丈夫だろうか。
✚✚✚
時は少しだけさかのぼる……。
それは、ネストが追放されてから数時間後の出来事で……。
「ギャッハッハ! 快調快調!」
グリオンたちは、ダンジョン攻略に励んでいた。
「どうよ! このオレのスキルさばき!」
そのダンジョンは、町の中央に突如現れたという洞窟。
階層ごとに迷宮が作られており、下へおりるごとにモンスターの強さが増していくというもの。
しかし、そんなモンスターもグリオンにとって敵ではなかった。
「さすがね。モンスターが複数まとめて散り散りになるなんて、お兄ちゃん以外にいないんじゃない?」
エリシィも余裕の表情だ。
今回のダンジョンでも強力なモンスターを支配下におけてご満悦のようだ。
「だろ! オレにかかりゃあどんなモンスターも敵じゃねぇんだよ!」
「ねぇ、私の取り分は残しといてよね? じゃないとモンスターテイマーとしての仕事がなくなっちゃう」
「わーってるって! ……どうよ? オレの強さ、分かってもらえた? ラーティアちゃん」
グリオンはくるっと振り向き、ある女性に媚を売る。
「ええ、確かにその強さ、本当のようですね」
ラーティアと呼ばれた女性はうなずいて答える。
白銀の盾を装備した女性は、グリオンたちと同じ冒険者だ。
ただ一つ、グリオンたちとは違う点があった。
「でしょ! ラーティアちゃんもそう思うでしょ! オレたちの王宮入りも確実って感じでしょ!」
「それはまだ決定していません。王宮入りかどうかを決めるのは、さらなる階層で活躍した上での話ですので……」
「ああ、そう……まあいいや」
それは彼女が、王宮に所属しているという点。
グリオンたち冒険者にとって、目指すべき目標。
王宮入りを果たせれば、国王によって身分が保障される。
毎月のお給金、高級な住宅をあてがわれ、王宮の称号によって町人や冒険者たちから尊敬の眼差しで見られるようになる。
これは冒険者にとって、大事な話だ。
冒険者ギルドや酒場から保障されているとはいえ、冒険者になる者など大抵がすねに傷がある者たち。
しかもお金はクエスト頼り。もちろん、リスクを踏まえた上でだ。
つまり、王宮入りとは安寧な暮らしを得る事と同じ意味を持つ。
そのため、グリオン含め冒険者にとって目指すべき目標でもあったのだ。
グリオンが媚を売るのも無理はないかもしれない。
王宮出身のラーティアと仲良くなろうと、馴れ馴れしく接していたのだった。
「SSS級なオレの活躍、いっぱい見せてあげるからねぇ〜、ラーティアちゃんっ!」
得意気グリオンが得意気になって、ラーティアの手を握ろうとするも、スルリとかわされてしまった。
「ところで、気になっていたのですが……」
ラーティアがふと、疑問を口にする。
「グリオンズは確か五人のパーティーと聞いていたのですが、あと一人はどうしたのでしょう?」
それは、グリオンにとって、やや耳が痛い質問だった。
「あー、アイツはね、今、休んでんの」
グリオンは何とか平常心を装いながら、ラーティアの質問に答えていく。
「アイツ、C級だったんですよー。オレたちの旅についていくのがやっとで、んでこの先のダンジョン攻略についていけないって本人から申し出があってパーティーから外れたんですー」
「C級……? なぜこのSSS級パーティーの中で一人だけ……?」
ラーティアは怪訝な表情をみせる。
「アイツが『どうしても!』って言ったんです! それで仕方なく入れてやったんです! もちろん戦闘では使えませんから、ポーションを運んだり作らせたりして、後方支援ばっかで前に出さなかったんですけどね!」
「ポーションを……作らせた……?」
アゴに手を当て、考える様子のラーティア。
ややあって、彼女は理解したようだった。
「わかりました。これ以上の追求はやめておきましょう。何より今はダンジョン攻略が先ですからね」
グリオンはホッと息をなでおろした。
もしこのパーティーでネストを追放したと知られるのは、評判が悪くなるかもしれないと思ったからだ。
「そ、そういう事ですので……。オラ行くぞテメェら! グズグズするんじゃねぇ!」
残りのメンバーに発破をかけるグリオン。
とにかく王宮入りを果たして栄誉をいただく。そうすればクエストの報酬も含め贅沢三昧間違いなし。そんな思いでいっぱいだったのだ。
しかし……。
「ま、待たれよ、グリオン殿……」
気合を入れたグリオンとは対照的に、ズランダとゴミラスは疲れきっていた。
「少し休憩せんか……? 思ったより息切れしてのう……」
「……ハァ? 何言ってんのお前ら?」
グリオンには理解できなかった。
自分はこんなにピンピンしているのに、なぜこの二人はこうもバテてしまっているのか。
「お前ら今までそんなんじゃなかっただろ? もっと頑張れたじゃねーか。ゴミラスはジジイだとして、ズランダは戦士だろ? 情けないって思わねーの?」
「そうはいうがなグリオン殿……。なぜかダンジョンの途中から身体が重いのだ……」
よく見ると、ズランダの巨大なオノを持つ手が震えている。
「ワシもじゃ……。魔法の質が落ちたのかのう……。一撃で倒せたはずのオークが、なぜか二発以上も耐えてしまうんじゃ……」
ゴミラスもだ。
そこへエリシィまで口を挟んできた。
「お兄ちゃん、ゴミラスたちの言う事、分かるかも……」
「ハッ、お前まで……!」
「だって、私がテイムしたブラックウルフの治療、いつもより遅かったもん! 一瞬で治るキズなのに、十秒以上かかっていたし……」
その場面は、グリオンも知っていた。
エリシィのモンスターの戦線復帰が、いつもより遅かった事も。
知っていたが、立ち止まる訳にはいかなかった。
「……ハッ。だから何なんだよ。次の階層までもうすぐなんだぞ? テメェら根性だせよ。今までだって障害を難なく乗り越えてきただろ?」
「今まで……のう……」
喝を入れようとするグリオンに対し、ゴミラスはまだ反論があるようだった。
「ポーションはないか……。せめてポーションを飲めば……」
「……あ?」
その言葉に、グリオンの苛立ちは一気に上昇した。
「おい……んだよそれ……」
「いやのう、だからポーションを……」
「うるせぇよ、何でポーションなんか出てくるんだよ!」
グリオンは怒鳴ると同時に、ゴミラスの胸ぐらを掴んでしまった。
「なっ……、やめるのだグリオン!」
「うるせぇ! アイツの話は出すんじゃねぇ! ポーションなんかいらねぇだろうが! んなもん無くたってオレたちは無敵なんだよ!」
「ちょ、やめてお兄ちゃん! ラーティアさんの前で……!」
『ラーティア』の名前を聞いて、グリオンは思いとどまった。
振り向くと、ラーティアがグリオンたちを呆れたような目で見ているのだ。
「ま、まぁ、これくらいで許してやるよ」
ゴミラスを掴んだ手を離す。
咳き込むゴミラスに構わず、グリオンは気を取り直した。
「よし行くぞテメェら! 休憩も十分とったろ!」
「グリオンさん、皆さん見るからに疲れきっているじゃないですか。もう少し休ませてからでも……」
「大丈夫だってラーティアちゃん! コイツらSSS級なんです! ちょっとやそっとで死にやしません! 新エリアまで目の前なんだからむしろ気合入れないとってね!」
威勢のよさを見せてから、グリオンは前に進んでいく。
すぐ目の前には巨大な扉があった。どの冒険者も踏み入れた事がない、下に続く階層への……。
「記念すべき第十階層! 行くぜ!」
掛け声をあげ、グリオンは扉に手を当て力を入れる。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……。
扉が開かれた。
その瞬間だった。
『ほぉ、珍しい。こんな所まで人間がやってくるとは』
どこからともなく聞こえる、重く胸に響く声。
グリオンたちパーティーの誰のものでもなかった。
「なっ……、誰だ! いきなり!」
「お兄ちゃん、アレ! あの先……!」
ラーティアが指を差す。
その方向である扉の先をよく目を凝らしてみると……。
「キツネ……? いや、モンスター……?」
それは、巨大な獣の影だった。
目が暗闇に慣れてくると、耳を生やし分厚い毛皮に覆われ、鋭いキバを見せているのがわかる。
『我が名はフェンリル。人間どもよ、我が手によって歓迎してやろう』
再びグリオンたちの胸に響く重い声。
フェンリルと名乗るモンスターから発せられているのだと、グリオンはようやく気がついた。
「ふぇ、フェンリルですって……!」
「え? 何? ラーティアちゃん知ってるの?」
驚いている様子のラーティアに尋ねてみるグリオン。
それにも驚いたのか、ラーティアがハッとグリオンに振り向いた。
「し、知らないんですか……? 伝説のモンスターですよ?」
「え? 伝説? 強いって事?」
グリオンの呆けた顔が気に入らなかったのだろう。ラーティアは憤った態度でグリオンに説明をし始める。
「強い……なんてもんじゃありません! 雷の魔法操り町を焼くと言われ、そのキバも爪もあらゆる鎧を砕く……強大なモンスターなんです! その強さはSS級と……言われているんですよ!」
「え、SS級……?」
「こんなの……要注意モンスターとして、冒険者ならみんなが知っている常識ですよ? まさか、知らなかったんですか?」
冒険者の常識。
そう言われても、グリオンにはピンと来なかった。
何せ、ネストをパーティーに迎えた頃からSSS級だったのだ。モンスターを知るという必要性を全く感じてこなかったのだから。
「だ、大丈夫だよ〜、ラーティアちゃぁん」
なだめるように、グリオンが茶化した声を出す。
「だってオレたち、SSS級だぜ? あのモンスターSS級なんだろ? オレたちの敵じゃないって!」
ラーティアは王宮入りの冒険者だ。
加えてラーティアは美女だ。グリオンの好みだ。
グリオン剣を抜いて前に出た。
王宮入りを果たしたいから。
ラーティアにカッコいい所を見せたいから。
『ほぉ、この私と戦うか、人間よ……』
「当然! お前なんか、このグリオンズの敵じゃねぇからな!」
フェンリルがこちらを睨んでいる。
内心、グリオンは怯えていた。こうまで威圧感のあるモンスターに出会った事がなかったから。
「って、お兄ちゃん! まずは私のモンスターを突っ込ませて様子を見るのが先でしょ!」
「うるせぇ! テメェは何とかウルフの毛づくろいでもしてやがれ! ……行くぜ!」
エリシィの制止を聞かず、グリオンが飛びかかった。
『……愚かな! 喰らえ!』
フェンリルが爪を振り下ろす。
――ガァアアアアアアア……ン!
「う……ぐおっ!」
グリオンは剣で受け止め防御する。
しかし衝撃が強い。思った以上の威力だ。
「ちっ……やるじゃねぇか。だったら、これはどうだ!」
グリオンは剣に力を込める。
すると雷が剣をまとってくる。グリオン自慢のスキルだ。
「砕けやがれ! 雷光斬撃波!」
グリオンの剣から、電撃が放たれる。
――ダダダダダダ……!
その光が、フェンリルに命中。
しかし、ダメージを受けている様子はなかった。
『……フン。その程度か』
「なっ……何で……?」
グリオンはただ、呆気にとられている。
「何やっているんですか! フェンリルは雷の魔法を操るって、さっき言ったじゃないですか!」
「え……? ラーティアちゃん? 何か、まずい事した……?」
「分からないんですか? 同属性の魔法をぶつけても効果はないって事……。いえ、それ所か、使い手によって倍増されて返される危険性だってあるって、冒険者の常識でしょ!」
ラーティアに説教されるも、グリオンにはピンときていない。
「そ、そんな事言ったって……。今までスキル一振りでモンスターみんな一撃だったから……」
『怖じ気ついたか。……ならこちらから行くぞ!』
ズシ、ズシ……! と、足音が大きく響いてくる。
「き、来た……! 前に出ろ! 受け止めろズランダ!」
裏返った声で、ズランダに命令するグリオン。
戦士としての役目を果たそうと走るも、その動きは遅い。
「……何やってんだよ! 早くしろ!」
「そ、そうはいっても、重いのだ……。この鎧も、オノを持ち運ぶのも」
「な……あぁ!」
もたつくズランダに構わず、フェンリルが再び爪を振り下ろす。
――ガキィィィィン……!
「ぐばぁ!」
間一髪。
グリオンへの攻撃は、ズランダによって防がれた。
しかし、爪の衝撃でズランダが吹き飛ばされてしまった。
『……フン。この程度か』
フェンリルに鼻で笑われるグリオン。
しかし、今の彼に気にする余裕はなかった。
「ま、マジかよ……。おいゴミラス! 魔法だ! 魔法で攻撃しろ!」
「そ、そんな! ズランダのの治療が先じゃろうて!」
「うるせぇ! 目の前の敵が先だろうが! それとエリシィ、何やってやがる! さっさとモンスター使って援護しやがれ!」
焦るグリオンの指示に、パーティーは浮足立っていた。
「ダメ! ブラックウルフが暴れて……! 言う事聞かないの!」
「……は?」
言う事を、聞かない?
何と今度は、エリシィがテイムして従わせたはずのモンスターがこちらにキバを向いているのだ。
「グルルル……」
「あ、え、ちょ、え……」
眼前にブラックウルフ。後方にフェンリル。
挟み撃ちにされた状況で、ブラックウルフがグリオンめがけてタックルをかましてきた。
「ガァァ!」
「え、わ! ……がっ!」
間一髪。
胴体は躱せたものの、完全避けたとはいえず右腕を強打してしまった。
「う……うぎゃあああああああああああああああああああああ!」
直後に迫る激痛。
今までに味わった事のない衝撃が、グリオンを襲ってくる。
「いでえええええええ! いでええええええええよおおおおおおおお! いでええええよおおおお!」
苦痛に耐えきれず、グリオンが叫ぶ。
最早、恥も外聞も今の彼にとってどうでもいいものだった。
「ご、ゴミラスさん! 早くグリオンさんに回復を!」
「わ、分かったわい! 肉体回復魔法!」
ゴミラスが杖を掲げ呪文を唱えた瞬間、グリオンの右腕に光が宿る。
「は、早くぅ……!」
ゴミラスが杖に力を込めるたび、グリオンの右腕が輝きを増していく。
「こらブラックウルフ! こっち戻ってきなさい!」
「グルルル……」
エリシィが再びテイムしようとする。
……が、ブラックウルフに反応はない。
「いでぇ! ……いでぇぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!」
治療の最中も、グリオンの腕は痛みっぱなしだ。
「戻れ! 戻りなさいったら!」
「痛い! 痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「……………………」
ズランダは倒れたまま、ゴミラスは治療魔法で動けず、エリシィのテイムに効果はなく、グリオンは敵の眼前で痛みを我慢できない。
「……………………はぁ」
もはやこのパーティーは壊滅状態だ。
ラーティアは思わず、ため息をはいてしまった。
「ああああああああああああ〜! 早く……しろぉ! 何やってんだよぉぉぉぉ! 全力だせよぉぉぉぉぉおぉ……」
「……やっとるわい!」
右腕が光り続けるも、いつまでたっても痛みが引こうとしない。
しびれを切らしてグリオンが声を荒らげるも、逆に言い返されてしまった。
「これでも全魔力を使っとるんじゃい! ……なのにこれ以上回復せんのじゃい。おかしいのう……少し前なら一瞬で治せたというのに……」
「はっ、……はぁぁぁぁぁぁぁ?」
何を言っているのか、ふざけているのか……とグリオンは思った。
少し前……そう言えば、ズランダも同じ事を言っていたような……。
『……ククッ。クハハハハハハハハハハハ……!』
今度は大きな笑い声。
フェンリルが口を開けて高笑いを見せていたのだ。
『愉快愉快! 実に愉快だ! 我に挑む人間がどんなモノかと思っていたが、……実に情けない! 貧弱過ぎて、笑いがこみ上げてくるわい!』
何という事だろう。
フェンリルはグリオンたちのゴタゴタした様子を笑っていたのだ。
見下した目で。喜劇を楽しんでいるかのように。
『……十分楽しめた。さらばだ、B級!』
フェンリルが、大きく口を開ける。
その中から、電撃の魔法が球体となって込められていく。
その狙いは、グリオンに定められていた。
「ひぇ、ひぇ……」
『死ねぇ!』
――ダァァァァァァン!
雷鳴と共に、グリオンを狙って魔法が放たれた。
「くっ……!」
グリオンに命中する、その瞬間。
ラーティアが盾を構え、雷撃を防いだのだった。
「うわぁぁぁぁ! ひぃぃぃ……!」
『ほぉ。我の魔法を防ぐとは、さすがS級。やりおるわい』
盾に伝わる衝撃音に、グリオンはすっかり震えてしまっている。
もはや戦意のない彼に、ラーティアは小さく舌打ちをした。
「早く立って! この場から離れますよ!」
「は、……はいぃぃぃ!」
這いずりながら逃げるグリオン。そのスピードだけはゴキブリより早い。
『逃がすか! 待て!』
フェンリルが追いかけてくる。
ブラックウルフといっしょに。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
「落ち着いて下さい! 今は体勢を立て直す時なんです!」
「そうよお兄ちゃん! 今のお兄ちゃんなんか虫みたい!」
「ま、待っとくれ……。走ってばっかおらんでもう少し年寄りをいたわらんかい……」
グリオンを筆頭に、洞窟内を逃げるラーティアたち。
しかしズランダが飛ばされた地点まで合流した時、壁際に追い詰められていた。
『もう逃げられんぞ。観念するのだな』
「ひ、来るな……来るな……」
グリオンたちを見下ろすフェンリルたちに、グリオンはもはや混乱状態だ。
彼は無我夢中で、カバンの中をまさぐっている。
「来るんじゃねぇ! 来るんじゃねぇぇぇ!」
そこでグリオンが取り出したのは、手のひらサイズの結晶石だった。
「なっ……! 待って下さい! 今それを使っては……!」
ラーティアの制止を振り切り、グリオンは結晶石を地面に叩きつけた。
――バリィン!
――ピカァッ!
結晶石が砕けると同時に、まばゆい光が放たれる。
『ぐおっ!』
「……ハハッ! バーカ、今日のところはこれくらいにしてやる! ……じゃあな!」
捨てゼリフを吐きながら、グリオンたちは光と共にその場から姿を消したのだった。
✚✚✚
「準備はいいね、カフカ?」
「う、うん……まだちょっと緊張するけど……」
冒険者たちが集うギルドの前で。
僕とカフカは心の準備をしていた。
僕とカフカが初めて出会ってから数刻。
グリオンたちはすでに旅立ち、ダンジョンに潜ってモンスター討伐に励んでいる頃だと思う。
「……ネスト?」
そうだな。もう彼らの事はどうでもいい。
今はまず、カフカが冒険者になる手伝いをしてあげないと。
「大丈夫だよ、カフカ。僕が教えた事さえ忘れなければ、何の問題もなくやっていけるよ」
「そ、そうよね? えっと、……ここは冒険者ギルドで、冒険者の登録やクエストを紹介してくれる……でいいのよね?」
不安そうに答えるカフカ。
せっかくだから、もう一つ常識を確かめてあげるとしよう。
「それじゃあ、問題。冒険者のアイテムに転移石があります」
「う、うん」
「ダンジョンの外に出られるという便利なものですが、一つだけやっちゃいけない事があります。さて、なんでしょう?」
クイズ形式で問いかけてみる。
「えと、モンスターのそばで使っちゃいけない……。それは、近くのモンスターまで転移しちゃうから……」
「うん、よく言えました」
ぱちぱちぱち……と、小さく拍手をしてあげた。
「……って、もう! バカにしてるの? こんなの私の村でも知ってる常識問題なんですけど!」
「ははっ、そうだね。それだけ受け答えができるなら大丈夫そうだね」
カフカの緊張がほぐれたのを確認したのち、僕の手でギルドの扉を開いてやった。
「あ、ちょっと……」
何か言いたげなカフカを無視して、僕はギルドの奥まで進んでいく。
ギルドの中では、冒険者の格好をした男と女がくつろぎ、クエスト用紙を眺めている。
こちらの様子を確かめようとチラッと視線を送るのも、相変わらずだ。
「おい、見ろよアレ……」
「間違いねぇ、エルフじゃねぇか」
冒険者たちの『エルフ』という単語が聞こえるたびに、カフカはフードで耳を隠してしまう。
「大丈夫だよ。きにしなくていい」
「でも……」
まあ、みんな思っているだろうからな。
エルフは虚弱な種族なのに、何でギルドなんかに来たんだろう……って。
「いらっしゃいませ! 冒険者ギルドにようこそ!」
数歩歩いている内に、僕たちはカウンターまでやってきた。
受付のお姉さんが出迎えてくれる。
「あのー、彼女の冒険者登録をお願いしたいんですけど」
「はい、かしこまりました。それでは、こちらの魔性石に手を触れて下さい」
受付のお姉さんが差し出す、魔性石。
「あ、はい。分かりました……」
カフカはそっと、魔性石に手を触れた。
魔性石。
それは、触れた相手の素性が分かるというもの。
主に名前や経歴。
レベルやステータス。
さらに適職や相性のいいパーティーの斡旋にもつながっている。
「こ、これは……!」
受付のお姉さんが突然、驚いた声をあげた。
「ステータス、レベル……共にSSS級! ……すごいですよ、これは!」
「え、えと……そうなんですか?」
びっくりした様子でカフカに注目する受付のお姉さん。
カフカが戸惑うのも無理はないだろう。
「そうですとも! 普通、冒険者になりたての頃はC級から始めていくもの! S級でさえ珍しいのに、SSS級なんて聞いた事がありません!」
「おい、マジかよ。SSS級って……」
「しかもアイツ……、エルフじゃねぇか?」
受付のお姉さんの驚いた声が大きかったのか、ギルドでたむろしていた冒険者たちがヒソヒソと話し始めている。
「なあ、エルフって、あんなに強かったか……?」
「いや、虚弱だったような……」
「でもSSS級だぜ? スゲーよマジで」
「認識あらためねーとな……。あの子ならきっと、どんなクエストでもやっていけるよ……」
よからぬ内容かと思ったら、意外とカフカを尊敬するような雰囲気が、冒険者たちから感じられていた。
「えーと、『カフカ』さん……でしたね?」
「え、ええ……。どうして、私の名前を?」
「魔性石によるものです。冒険者登録のときに素性やステータスを読み取り、問題がないかを確認するのです」
おっと、受付のお姉さんの話は続いていた。
カフカも戸惑いながらも、話についていこうとしている。
と、ここでカフカが触れていた魔性石の輝きが消えていった。
手続き終了の合図だ。
「……これにて冒険者登録は終了となります。……ようこそカフカ様。冒険者の世界へ!」
「はい! ……えっと」
冒険者登録が無事に終わり、受付のお姉さんが歓迎してくれる。
一方のカフカは戸惑いがあるのか、僕の方へチラチラと振り向いていた。
「大丈夫だよ。カフカ」
僕はそっと、カフカの肩をたたいてあげた。
「自信を持って。カフカは念願の冒険者になれた。夢がかなったんだ」
「かなった……私が?」
「そうだよ。それにカフカは強い。SSS級ってスゴイんだよ? 冒険者の中でも最高クラスのステータスで、どんなモンスターでも負けない最強の証明なんだ」
僕はカフカの頭をなでてあげた。
これから冒険者になるカフカを元気づけるために。
「カフカなら、きっとどのパーティーでもやっていける。それこそ王宮入りだって夢じゃない。カフカの未来は明るいんだ」
「ネスト……」
カフカの表情から笑みがこぼれている。
元気になったようだ。彼女ならきっと、がんばってくれる。
「あの……、『ネスト』って言いました?」
受付のお姉さんが、僕に向かって尋ねてくる。
「ええ、そうですけど?」
「もしかして……あの『グリオンズ』の?」
僕はコクリ、とうなずいた。
「ええっ! って事は、あの最強とうたわれたSSS級パーティーの……ネスト様ですか!」
突然だった。
受付のお姉さんが黄色い歓声をあげたのだ。
「はい、元、ですけど……」
「え、えと! ちょっと待って下さい!」
急に慌ただしくなり、目の前に魔性石を用意し始める。
僕はとりあえず、魔性石に手を触れ光らせてみた。
「ステータスSSS級……! ……やっぱり、ネスト様! 本物のネスト様なんですね!」
さっきまでの落ち着いた態度はどこにいったのか。
受付のお姉さんがキャーキャー騒いでいる。
「私、ずっとファンだったんです! グリオンズを支える縁の下の力もちだと思って、ずっとカッコいいって憧れてたんです!」
「え! そ、そうなの?」
僕まで驚いて声を出してしまう。
そんな僕におかまいなく、受付のお姉さんはヒートアップしていた。
「だってそうじゃないですか! 勇者であるグリオン様に、モンスターを操れるエリシィ様、巨大なオノを振るズランダ様に、大賢者のゴミラス様。そして何より……」
今度は体を乗り出し、こちらに顔を近づけてきた。
「ネスト様です! あらゆるポーションを精製し、パーティーメンバーの根幹となる! しかも普通は一日費やすはずのポーションをその場で完成……おまけに一人でやってのける。……すばらしい! まさに神の領域です!」
まくしたてるように僕の事をほめちぎってくる。
そして端の方から聞こえてきた冒険者たちのヒソヒソ話。
「すごい……、ネストって、有名人だったのね」
何やら冒険者たちが、うらやむ目で僕を見ている。
カフカまでも、僕を見る目が輝いている。
「いや、グリオンズっていっても、元ですよ? 僕、『役に立たない』って追い出されたし……」
すると今度は、受付のお姉さんの表情が歪んでいく。
「そんな……ネスト様がそんな扱いを受けるなんて……。私、グリオンズの皆さんを見損なった気がします」
「そんな、買いかぶりですって……」
「いいえ違います! ポーションって貴重なんですよ! しかも一人で精製なんてできないのに! それを追放する……なんて、グリオンズは見る目がありません! ゴミです! カスです! クズです!」
グリオンズに本気で失望しているらしい。
受付のお姉さんが、盛大に罵倒したのち、ため息をはいていた。
「ネスト様だってSSS級なんです。ネスト様だったら、どこのパーティーでも大歓迎ですよ!」
「えと、それは……王宮でも、ですか?」
「……もちろん。私だったら、喜んで歓迎します」
受付のお姉さんが太鼓判を押してくれる。
まいったなぁ、パーティーの中じゃ、目立たない存在だって思っていたのに、そんな風に思ってくれていた人がいたなんて……。
「ネスト……私、王宮に行きたい」
僕の袖を引っ張り、じっと見ていたのはカフカだ。
「王宮へ行って色んなクエストを受けて、モンスターをやっつけて、色んな世界を回ってみたいの」
「カフカなら……できるよ」
「ネストといっしょに、……行きたいの」
コバルトブルーの瞳で僕を見つめるカフカ。
その美しさに、僕は思わず見とれてしまう。
「カフカ……」
「私ね、ネストと初めて会った時からずっと思っていたの! ネストのおかげで強くなれたし、冒険者になるって夢も叶えられた。ネストといっしょだったら私、これからも頑張っていけると思うの!」
カフカが強く、懇願する。
「いいんじゃないですか。二人ならきっと、王宮だって喜んでくれますよ」
受付のお姉さんまで、暖かい目で見守っている。
よく見ると、ギルドでくつろいでいた冒険者たちまで、こちらを見てうなずいているのだ。
「カフカ……」
正直、追放されてからのビジョンは、僕にはなかった。
カフカを冒険者にしようと思ったのも、単なる人助けと思いつきだ。
けど、カフカがお願いしている。
みんなが僕のこれからを歓迎してくれている。
グリオンの元で働いていた時にはなかった展開だ。
「わかった……」
いっしょに行こう――
そう言おうとした、その時だった。
「大変だ! モンスターが攻めてきたぞ!」
突如、町人が慌てた様子で入ってくる。
助けを求める声が、ギルド中に響きわたってきた。
「モンスター! そんな、どうして……!」
受付のお姉さんが、慌てた声を出す。
確かに、この近辺に騒ぎになるような強さのモンスターなんていない。
いるとすれば、せいぜいダンジョンくらいだ。
「落ち着いて! まずは状況判断が先です!」
「そ、そうですよね! ありがとうございますネスト様!」
僕の呼びかけで、受付のお姉さんは落ち着きを取り戻したようだ。
「それで、教えて下さい。モンスターの数は? モンスター名は分かりますか?」
「そ、それが……」
町人の男は、一度ツバを飲みこんで。
恐る恐る、口を開いていった。
「フェンリルだよ。突然、町のど真ん中に現れやがったんだ!」
✚✚✚
――時は、少しだけさかのぼる。
「ハァ……ハァ……。た、助かった……」
町の中央、ダンジョンの入口付近で息が切れそうになっているグリオン。
「私たち……全員いるわよね?」
エリシィがパーティーの安否を確かめる。
横になったズランダ、座り込むゴミラス、立ったままのラーティア、そして地面に仰向けになるグリオン……。
そう、彼らは逃げてきたのだ。
フェンリルのいる部屋から。
危機一髪の状況で。
「何だよクソッ! どうなってんだよオレたち!」
少し息が落ち着いたところで、グリオンは立ち上がった。
同時に声を荒らげた。
「何でこんな無様なんだ! 何でうまくいかねぇんだ! ってか強すぎだろ! あり得ねぇだろあのモンスター!」
「ちょ、お兄ちゃん落ち着いて……」
「うるせぇよ! ってか何だよあの戦い方!」
なだめようとしたエリシィに、グリオンは怒鳴りつける。
「あの黒いウルフ、テメェがテイムしたんだろ! 何でオレに襲いかかってくるんだよ! ちゃんと管理しろよ! オレたちがグダグダになったのはテメェのせいじゃねぇか!」
「な、何ですって! アンタだって派手に攻撃したくせに、ちっともフェンリルに届いてなかったじゃない! アンタが弱いからいけないのよ!」
「何だとぉ!」
「や、やめるのだ二人共……」
今度は間に入ろうとしたズランダにくってかかるグリオン。
「あ? 何? お前何なの? 持ち運べないオノなんか持って何がしたかったの? お前が戦士としての役目を果たさねぇから、オレがその分頑張るハメになったんじゃねぇか!」
「う、うぐ……しかし……」
「体力のねぇ戦士なんてなぁ、粗大ゴミと同じなんだよ! ……おいゴミラス!」
杖に支えられ、立ち上がれないゴミラスに、グリオンは怒りをぶつけまくった。
「お前なぁ、さっきの呪文何だったの? 何あの回復呪文? やる気あんの? あんな効果薄いモン戦闘中にやって何とも思わねぇの? ってか今でも痛ぇんだけど!」
「そ、そうはいうがのぅ……」
ゴミラスは疲労困憊なのか、目が虚ろになっている。
「ワシにも分からんのじゃ……。今までなら一瞬で治したというのに、回復どころか攻撃する余裕もなかったわい……。もう、歳かのう……」
「お前何言ってんの? オレたちに散々年長者ツラしといて、今さら年寄りをいたわれってか?」
グリオンは納得できるかと、ゴミラスを睨みつける。
しかしゴミラスに、それに答える気力はないらしい。
彼だけではなかった。ズランダも、エリシィも、みんな疲れ切った顔をしている。
そしてグリオンも、感情的になってかろうじて立っている状態だ。
「やっぱり、ポーションがないと……」
エリシィのつぶやき。
グリオンは聞き逃さなかった。
「……あ?」
「……な、何よ? だって今まで私たち、何かとポーションを飲んで戦っていたじゃない」
エリシィの反論に、グリオンの苛立ちがつのっていく。
「ねぇ、やっぱりネストをクビにしてからじゃないの? 私たちがこんな目に合うの」
「いや待てよオイ……。何でアイツが出てくんだよ! オレの判断が間違っていたっていうのかよ!」
「アンタが考えなしに動くからこうなったんでしょ!」
エリシィの言葉に、ズランダもゴミラスも賛成し始める。
「確かに……、ワシも疲れるたびにポーションを飲んで元気になったからのぉ……」
「うむ……。ゴミラス殿の言うとおり、ポーションを飲んでからあのオノを振り回せるようになったのだ」
みんながネストのありがたみを痛感していく。
グリオンを除いては。
「お兄ちゃん、やっぱり私たち、ネストのポーションに助けられていたのよ。ネストを外したのが失敗だったんだわ」
「て、て、テメェら……!」
グリオンの怒りが頂点に達しようとしていた。
首をつかんでやろうとグリオンが一歩足を踏み出すも、ラーティアによって止められてしまう。
「グリオンさん、みなさん。今回の戦いを通して、グリオンズというパーティーがどんなものかよく分かりました」
「ら、ラーティアちゃん……」
「ハッキリ言います。最低ですね。王宮候補のパーティーを何組も見てきましたが、ここまでヒドイのは初めてです」
ラーティアは身も蓋もなく、グリオンたちに言い放った。
「まるで基礎ができていない。力まかせ以上に何のプランも戦術もない。これがSSS級パーティーとは到底思えませんね」
「ご、ゴメン、ラーティアちゃん……。コイツらが無能なせいで恥ずかしいモン見せちまって……」
「違う! アナタに言っているんです!」
ラーティアがぴしゃり! と大声を張り上げる。
グリオンは驚き、硬直してしまった。
「アナタの戦いぶりを見ましたが、何なんですか! 無謀に一対一で挑もうとする、仲間の提案を無視する、モンスターの相性を何も考えない、仲間より自分の回復を優先させる、一人で先に逃げる、挙げ句の果てに……」
ラーティアは怒りをこらえようと歯ぎしりをする。
「転移石をフェンリルのそばで使うって、……どういう神経してるんですか!」
しかしこらえきれず、大声を出してしまった。
「え? これそういう名……あ、え、……ど、どゆ事?」
一方のグリオンは混乱するばかりだ。
「あの結晶石……だよね? それで洞窟から脱出するの……何がいけない……の?」
「……知らないんですか? 転移石をモンスターのそばで使うと、モンスターまでいっしょに転移してしまうって話……」
グリオンは、まばたきを繰り返すばかりだ。
いかにも、『知りませんでした』という表情をみせている。
それどころか……。
「まさか……『転移石』という名前も知らなかった……ですか?」
図星だった。
今までモンスターを一瞬で倒してきたグリオンにとって、必要のない知識に過ぎなかったからだ。
ラーティアはため息を吐いた。
「……では聞きます。アナタ方がさっきから言っている『ポーション』とは、どういう事ですか? ……エリシィさん?」
「あのねラーティアちゃん実はね……」
「エリシィさんに聞いているんです黙ってください!」
またもラーティアに怒鳴られ、グリオンは固まってしまう。
そのやりとりにエリシィは恐れをいだき、包み隠さず説明する事にした。
「え、えとね、私たちのパーティーにネストって人がいたの。その人、主に雑用係で、ポーションを作らせては私たちに飲ませていたの」
「ポーションを……その方が?」
怪訝な表情を見せるラーティア。
エリシィは震え上がってしまう。かしこまるほどに。
「は、はいっ! それで、当時は普通だって思ってたんですけど、ポーションを飲むたびに力がわいて、どんなモンスターでも簡単に倒せたり、すぐにテイムできるようになったんです……」
「ポーションを飲むたびに……? 本当ですか?」
今度はズランダとゴミラスの方へ振り向いた。
ラーティアの睨みつけるような目つきに恐怖を覚えたのか、縮こまった態度で彼ら二人は説明する。
「あ、その……だな……ポーションを飲むたびに力がみなぎり、巨大なオノを持てるようになったのだ……今ならそれがよく分かる……」
「ワシもじゃ……。ポーションを飲んだ時は詠唱も効果も質が段違いじゃった……。なのにネストがいなくなっただけで、この有様じゃ……」
「て、テメェら……!」
二人そろって、『ネストのおかげ、ポーションのおかげだった』と主張する。
グリオンには、それが許せなかった。
まるで自分の判断が間違っていた……そう言われた気がしたからだ。
「……これでハッキリしました。ネストという方に会わせていただきます」
そしてラーティアも、その主張に納得している様子だった。
「ま、待ってよラーティアちゃん。今さらいないヤツなんか会おうとしなくったっていいじゃない……」
グリオンは必死になって、ラーティアにすがろうとする。
が、ラーティアは聞く耳を持とうとしない。
「ほ、ホラ、オレらSSS級だよ? みんながSSS級のステータス持ったパーティーなんだよ? 今日はたまたま調子が悪かっただけで、明日になったらきっと……」
『面白い。我も会いたいものだのう』
それは、突然だった。
グリオンたちの頭上から響く声。
「はっ……え?」
グリオンたちメンバー誰のものでもなく、ラーティアのはずがない。
グリオンは恐る恐る後ろ上空を見上げる。
不安は的中した。
フェンリルだ。
『ほほぉ。これが人間どもが住む町とやらか』
フェンリルはどうやら、この町の景観に関心を寄せているらしい。
しかし、またたく間に殺意へと気配が切り替わっていく。
『人間どもはのうのうと地上から、我らモンスターを見下ろしていた……という事だな』
フェンリルはダンジョンの入口を見つけ、吐き捨てる。
「な、何で……! さっきまであんなでかいの、……影も形もなかったのに!」
「恐らく……時間差で現れたんでしょうね」
戸惑いを隠せないグリオンに対し、ラーティアは状況を察していた。
それは、最悪の事態。
強大なボスモンスターが、町の中央まで転移されてしまう……という事を。
「おい、何だあのでかいの?」
「何あれ……オオカミ?」
「なあ……こっちを見てないか?」
グリオンたちの周囲から聞こえてくる、町の人々の声。
彼らも何事かと思って集まっていた。
それほど町にモンスターが現れるなど、想定外だったから。
『ほぉ、いるわいるわ。ワラワラと、脆弱な人間どもが……』
この時、ラーティアはハッ、と気がついた。
フェンリルはすでに、町の人々に狙いをさだめていたのだ。
フェンリルの体から、電気が走っている。
「いけない! みんな、この場から離れて!」
ラーティアが叫ぶ。
しかし……。
『くたばれっ! 雷撃閃光弾!』
フェンリルの口から放たれる、まばゆい閃光。
その瞬間!――
――ダダダダダダダダダダ……ダァァァン!
雷撃がフェンリルの口から、町中に散らばっていく。
「なっ……!」
『フ……ハハハハハ! どうだ人間共よ! これが我の力だ!』
またたく間に、町は破壊された。
やじ馬として見に来ていた人々が、みんな散り散りになっている。
グリオンたちに、どうする事もできなかった。
「お、お兄ちゃん……どうする?」
「どうするって……お前モンスターテイマーだろ? テイムしてこいよ! 今すぐ! フェンリルを!」
自分の不甲斐なさを棚にあげ、他人になすりつけようとするグリオン。
しかしエリシィはその場から動こうとしない。
「おい、さっさといけよ……」
「……ムリよ。絶対ムリ」
「……あ?」
エリシィが明確に反抗の意思をみせる。
グリオンには、それがいらただしく感じた。
「お前、何言って……」
「……怖い」
「あ?」
「……怖いの……。体が動かない……の。体が震えて……」
か細く消えそうな、いつもの妹とは異なる声。
よく見ると、エリシィの指が小刻みに震えている。
「は? お前何だそれ……」
「ズランダもゴミラスも同じみたい……。お……お兄ちゃんは平気なの? 何とも感じない……の?」
エリシィの言うとおり、彼ら二人も体を震わせ、
顔面蒼白。
見るからにおびえている様子だ。
「ぐ……な、何とも……ねぇし!」
グリオンも怯えていた。
しかし強がってみせた。
自分より格下のはずのモンスターにここまで恐怖心を覚えるなど、今までなかったからだ。
『……怯えているな』
「はぁ! 何を……」
『ムリもない。所詮B級ではな』
フェンリルにあっさり見抜かれていた。
しかも、聞き捨てならない言葉まで発して。
『分からぬか? 貴様らの事を言っている!』
「なな、何……! オレたちはSSS級だ……!」
『フ、フハハハハハハハハ! これは驚いた! 自分自身のステータスも把握していないとは! 滑稽だ! どうりで我に無謀な戦いを挑むわけだ!』
フェンリルに大笑いされてしまう。
グリオンにはまだ、その意味を飲みきれていなかった。
「お、オレたちはSSS級だぞ! お前なんかより強いんだ、だからお前なんか……」
「お兄ちゃん……B級って表示されてる……」
エリシィのつぶやき。
グリオンはバッ! と彼女の方へ振り向く。
「う、ウソじゃないわよ……! そう思うなら私たちのステータスを見てよ!」
グリオンがすごい表情をしていたのだろう、エリシィが必死になって反論する。
ただならぬ事態。
そう感じたグリオンが、エリシィのステータスを覗いてみる……。
「ステータス・オープン」
エリシィ レベル:B級
ステータス:B級
「……は?」
何という事だろう。
確か、グリオンズのパーティーは全員レベルもステータスもSSS級だったはず……。
疑念を晴らそうと、ズランダ、ゴミラスも覗いてみた。
「ステータス、オープン……」
ズランダ レベル:B級
ステータス:B級
ゴミラス レベル:B級
ステータス:B級
「え、ウソ…だろ……?」
信じられない。それが素直な感想。
今度は自分の手のひらを覗いてみる。
自分のステータスを確かめるために。
「す、ステータス・オープン」
グリオン レベル B級
ステータス B級
「そ、そん、な……」
何度も確認した。
SSS級だったはずの自分のステータスを。
見るたびに突きつけられる、現実を。
「何だよ……これ……」
『フン。ようやく身の程を知ったようだな』
グリオンはヒザをついていた。
そこでラーティアが立ち上がり、グリオンの頬をひっぱたいた。
「しっかりしてください! 町が襲われてるんですよ! モンスターを目の前にして何をやってるんですか! 立ち上がりなさい!」
「そんな……そんな事言ったって……」
グリオンはすっかり打ちのめされている。
そんな彼に、ラーティアは舌打ちをした。
『……フン。これ以上は見苦しいわ』
フェンリルが吐き捨てる。
すると、フェンリルの口から光が湧き上がってくる。
――パアアアアァァァァァ!
「雷撃……ですか!」
『もうつまらぬ。さっさとこの町と、人間どもを始末せねばならんからな!』
フェンリルが再び、スキルを放とうとしているのは明らかだ。
しかし、グリオンたちは戦意喪失。
唯一戦えるのはラーティア。
S級の……彼女ただ一人。
『消えろ……! 雷撃閃光弾!』
ラーティアは盾を構える。
しかし彼女は分かっていた。自分の力だけでは、グリオンたちはおろか、町のみんなを守る事はできない……と。
そして、光が放たれた。
「あっ――」
ラーティアは目を閉じた。
そして、死を覚悟した。
しかし……。
「……?」
変化はなかった。
本来なら、電撃がグリオンたちの体を貫くはずだったのに。
『なっ……!』
フェンリルが、戸惑う声を出している。
ラーティアは恐る恐る目を開いていくと……。
目の前で立っていた少女。
小さなナイフをフェンリルに向け、構えていた。
「エル……フ……?」
ラーティアが見た少女。
冒険者になりたてのカフカだった――
✚✚✚
それは、フェンリルが町に現れたと聞いて、酒場から飛び出した時の話だ。
「うっ……これは……」
僕は思わず、声を出してしまった。
フェンリルが暴れたのか、町のあちこちが破壊されている。
さらにケガ人がチラホラと。生きているのか怪しい人までいる始末。
「そんな……こんな事になるなんて……」
受付のお姉さんも様子を見にきたらしい。
とても驚いた様子で口元を手でおさえている。
さらに、酒場にいた冒険者たちも次々とおもてに飛び出していく。
「なんてこった……早く何とかしねぇと」
「けどフェンリルってのはどこにいるんだ? この町広いから時間かかっちまうぜ?」
「バッカ! まずは町人の救助が先だろ何言ってんだ!」
「いやモンスターもほっとけねぇよ、このままだと被害が拡大する一方だぜ……」
「いやだから、フェンリルはどこにいるんだ……」
冒険者たち各々が言い合い、話がまとまらない。
僕はため息を吐いた。
とりあえず話の内容で分かった事は二点。
フェンリルを見つける事。
町人の救助だ。
町人の救助はすぐにできる。
まずはフェンリルを探すために……。
「ステータス・オープン」
ステータスの閲覧だ。
冒険者に頭上に浮かび上がってくるレベルとステータス。
それぞれがB級、C級……と様々だ。
「あれは……」
ふと、建物のずっと奥から浮かび上がるステータスを発見した。
「ステータス、SS級……」
ひときわ高いステータス。
名前 フェンリル
レベル SS級
ステータス SS級
HP SS級
物理攻撃 SS級
魔法攻撃 S級
物理防御 SS級
魔法防御 S級
体力 SS級
知力 SS級
敏捷 SS級
炎耐性 S級
水耐性 S級
雷耐性 SS級
土耐性 A級
光耐性 S級
闇耐性 SS級
運 A級
「……見つけた」
「え?」
僕は思わずつぶやく。
カフカはそれを聞き逃さなかった。
「見つけたって……?」
「フェンリルだよ。あの向こうにいる」
「えっ! どうして分かったの!」
カフカが驚く。
その声に、受付のお姉さんたちが僕に注目し始める。
「えと、ステータスオープンだよ。建物の奥からSS級って高いステータスが見えたからそれで……」
「え! すごい!」
カフカが突然、大声を出す。
賞賛なのは分かるけど興奮してしまったんだろう。思わずびっくりしてしまった。
「え、そ、……そうかな?」
「そうに決まってるじゃない! 普通は目の前三メートル程度しか効果がないのよ! それを建物の先って……あの向こうまで何キロあると思ってるの! すごいわ……ネストってステータスオープンもSSS級なのね!」
カフカが目を輝かせている。
まいったなあ、グリオンのパーティーにいた時はこれくらい普通だって思ってたのに。
「ん……。ステータス、……A級!」
その時だった。
僕のステータスオープンに、妙な反応があった。
「きゃあああああ……!」
「う、うわあああ! 助けてくれぇ!」
それより少し遅れて聞こえてくる、遠くからの悲鳴。
建物の影から町人が現れ、逃げ惑っている。
その時だ。ステータスA級が姿をあらわしたのは。
「ブラック、ウルフ……?」
黒い巨体。するどく伸びたキバ。獲物を射抜くような冷たくとがった眼。
フェンリルじゃない。しかしコイツも、この町にいていいモンスターじゃない。
「なっ……何だよアレ……!」
「ヒエッ……アイツのステータス……A級じゃねぇか!」
「ウソだろ……何であんなのがこんな所に……?」
冒険者たちが震え上がっている。
それもそのはず。あんなのは本来、ダンジョンにいるはずのモンスターだ。それも結構下層階でしかお目にかかれない強力なタイプ。
「グルルルルルル……」
ブラックウルフがこっちを見ている。
唸り声。キバを見せている。
「……グァオオオ!」
――ダッ!
次の瞬間、ブラックウルフが飛びかかってきた。
「……ひっ!」
受付のお姉さんが悲鳴をあげる。
ブラックウルフが、彼女を狙っていたから。
それは、瞬きの間の出来事だった。
しかし……。
――ガキッ!
「グルル……!」
受付のお姉さんの目の前で。
ブラックウルフのキバを、食い止めた者がいた。
――カフカだ。
「カフカ……さん?」
大の大人の一回り以上は巨体のブラックウルフ。
それを小柄なカフカが、ナイフ一本で防いでいる。
それもどこか、余裕の表情で。
「大丈夫ですか、ケガはありませんか?」
「えっ、ええ……私は大丈夫……」
カフカに気遣われ、ポカンとする受付のお姉さん。
ここで、僕は気がついた。カフカのナイフが微かに、ブラックウルフを押している事を。
「カフカ! 今だ!」
僕は大声で呼びかけた。
それに呼応するように、カフカが腕に力をこめる。
「――!」
――ザシュウウウウウウウウウウウッ!
一閃。
カフカのナイフが一直線に動いた。
その時だった。
「ガ……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ブラックウルフが叫ぶ。
同時に、体が裂けていく。
ナイフが動いたあとに沿うように。
血を撒き散らしながら。
「……切った」
カフカがつぶやく。
そして、ブラックウルフは倒れ、絶命したのだった。
「やっ……た」
受付のお姉さんのつぶやき。
「やったあああああああああああああああああああああああああああうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……!」
その直後に、冒険者たちが野太い歓声をあげてきた。
みんなが喜んでいる。
受付のお姉さんが筆頭になって、カフカの手をにぎり始めた。
「すごい! すごいですよカフカさん! あのブラックウルフを倒してしまうなんて! しかも一瞬で!」
「え、あ、えと……」
カフカは戸惑いを隠せない様子だ。
きっと今まで称賛されるなんて経験がなかったのかもしれない。
僕と同じようにね。
「そ、そんな、私ただナイフで切っただけで……」
「何言ってるんですか! A級ですよ! あのモンスター、ここにいる冒険者たちじゃ傷ひとつつけられない強敵なんですよ! あ、カフカさんはSSS級でしたね。とにかくすごいです! この酒場始まって以来の快挙ですよ!」
受付のお姉さんがべた褒め。
周囲の冒険者たちもそれにうなずき、歓声をあげている。
カフカは照れる一方だ。こうして見ると、彼女のためにポーションをあげた甲斐があったってもんだ。
「ね、ネスト……」
「カフカ、素直に受け止めるといい。これは君の成果だ」
カフカは顔を赤く染め、僕にすがろうとする。
僕は堂々と胸をはっていいんだよ……と、彼女に伝えようとした。
その時だ。
――ダアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
衝撃音。
声をかき消すほどの大音量が突然、襲いかかってきた。
「な、何……! 今の……? 何が起こったの?」
カフカたちが驚いている。訳の分からない大音に。
けれど、僕は気づいていた。
音の方向、威力から察するに……。
「フェンリルだ……!」
間違いない。
さっき僕が見つけたステータスSS級。
そして離れていても届く爆発音と威力。
僕は感じていた。一刻も早く、あのモンスターを止めないと。
「カフカ! 行くよ!」
「え! ネスト、どこへ!」
「フェンリルだよ! 僕たちでアイツをやっつけるんだ!」
「え、待って! 倒れている人たちはどうなるの!」
そうだった。カフカの言うとおりだ。
被害にあった町人たちを放っておけない。
けれど時間がない。一刻も早く現場に向かわないといけない。
「受付のお姉さん、みなさん……」
僕はみんなに顔を向け、改まった態度をとる。
そして手をかざし……。
「魔法飲料精製!」
魔法を唱えたのだ。
――パァァァ!
その瞬間。
空中から光が放たれ、その中から現れるポーション。
「すごい……! 一人でポーションを精製して……!」
受付のお姉さんがその場で、目を丸くして見ていた。
そういえば、カフカが言っていたな。
ポーションは聖水の精製師と魔術師が協力しあって、一日に一本作るのが限界だって……。
だったらもう一つ、お披露目してやろうじゃないか。
僕の魔法、魔法飲料精製の力を!
「ふんっ!」
僕は魔法に力をこめた。
光の玉が輝きを増し……。
――ポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポポォン!
大量のポーションが精製され、その姿を現していく。
その数、百以上。
「えっ! こんなに!」
受付のお姉さんたちは、目が離せない様子だ。
「まずはみなさんに飲んでもらいます」
無数に並んだポーションを一本取り出し、受付のお姉さんに手渡す。
「飲む……ですか?」
「僕のポーションはステータス上昇の効果があります。みなさんにもSSS級になってもらうんです」
「ええっ……!」
「SSS級のステータスを得たみなさんで、ケガをした町人たちにポーションを飲ませてほしいんです。その力とこれだけの人員がいれば、あっという間にみんなを助ける事ができるでしょうから」
これが、僕が考えた精一杯の人助けの手段だった。
僕とカフカがフェンリルと戦うあいだ、みんなに頑張ってほしかったからだ。
「分かりました。ネスト様を信じて……飲んでみます」
受付のお姉さんは一本、地面に置かれたポーションを手にとり掴んでみる。
そして恐る恐る、ポーションに口をつけ飲み始めていく。
「う……ほおおぉぉ!」
その瞬間、受付のお姉さんが声をもらす。
そして同時に、彼女のステータスに変化が現れていった。
HPがSSS級まで上昇しました。
物理攻撃がSSS級まで上昇しました。
魔法攻撃がSSS級まで上昇しました。
物理防御がSSS級まで上昇しました。
魔法防御がSSS級まで上昇しました。
体力ががSSS級まで上昇しました。
知力がSSS級まで上昇しました。
敏捷がSSS級まで上昇しました。
炎耐性がSSS級まで上昇しました。
水耐性がSSS級まで上昇しました。
雷耐性がSSS級まで上昇しました。
土耐性がSSS級まで上昇しました。
光耐性がSSS級まで上昇しました。
闇耐性がSSS級まで上昇しました。
運がSSS級まで上昇しました。
「なっ……オイ、これって!」
冒険者たちが驚き、目を丸くしている。
彼らにも見えているんだろう。
受付のお姉さんのステータスに、ログが流れていく様子を。
SSS級へと変わっていく、その姿を。
「すごい……何だか力がみなぎってくる気がします」
微かだが、受付のお姉さんの体からオーラがみなぎっているのがわかる。
「す、すげぇ! ホントにステータス上昇するんだ!」
「いいなー! オレもあやかりたいぜ!」
「なあ頼む! それくれよ早く!」
冒険者たちがせがみ始める。
受付のお姉さんはそんな彼らにポーションを渡していく。
「それではお願いします。また後でみなさんと会いましょう」
「あ、はい、ネスト様! カフカ様もお元気で!」
短く別れの挨拶を済ませ、僕たちはその場をあとにした。
「ウホッ! うおっ! キタキタ来た〜!」
「すげぇ! SSS級になってる! ひゃっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぃ!」
「これやばい! こんなステータス上昇始めて! クセになるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
その背後で、ハイテンションになっている冒険者たちの声が聞こえてくる。
彼らはステータスオープンが使える。そうして上昇していく様子が見える分、喜びも大きいんだろうな。
僕たちは走っていく。
フェンリルのもとまで。
何となくだけど、カフカが不安そうにしている。
「カフカ、緊張してる?」
「……少し」
ぎこちない感じだった。
僕はそっと、彼女に声をかけてあげる。
「ブラックウルフを簡単に倒したんだ。カフカならフェンリルとだって戦えるさ」
「うん……でも、ボスモンスターと戦うなんて初めてだから……」
「大丈夫。自分の力を信じて。カフカにもSSS級のステータスが宿ってる。……もう一本飲むかい、ポーションを」
「……うん。飲ませて」
僕はその場で立ち止まり、ポーションを精製する。
カフカに渡すと、グビグビと飲み始めた。
もちろん、これでSSS級からさらにステータスが上昇する訳じゃない。ただの気休めだ。
けど今のカフカには必要だったんだろう。気持ちを落ち着かせるために。
「満足した?」
「うん。行こう、ネスト」
カフカの表情が引き締まっている。決心が固まったようだ。
僕たちは再び走り始める。
その先で見つけたのは……。
「あれだ! フェンリル! それと……!」
建物の奥から見える広場。
フェンリルがキバをむいている。
そのそばで腰を抜かしている、複数人の人影。
一人は盾を構え立ち塞がろうとしている。
あとの複数人について、僕は見覚えがあった。
「グリオン……!」
グリオンを始め、そのパーティーメンバーたちだ。
彼らはダンジョンに潜っていたはず。どうしてこんな広場でフェンリルと対峙しているのか。
いや、考えるのは後回しだ。
フェンリルは今まさに、攻撃を仕掛けようとしている。
「ネスト! あの人たち襲われてる!」
「そうだね! 急がないと!」
「私、先に出る! あの人たちを守らなきゃ!」
「……カフカ!」
カフカが先行する。
さっきまで緊張していた様子は、今の彼女に感じられなかった。
そして、放たれるフェンリルの電撃。
カフカのナイフが、それを一閃する。
『なっ……!』
フェンリルにとって驚きだったんだろう。うろたえた声をもらす程に。
僕はすかさず、グリオンたちのもとに向かった。
「ね、ネストォ……」
僕を追い出すまで整っていたグリオンの面影は、すでにない。
涙ながらに顔をくしゃくしゃにしている。
まさに情けない姿そのものだった。
「……何が起こった」
「へ……?」
「どうしてこんな事になったのかって聞いているんだ! 君は勇者だろう? 何やっているんだこんな所で!」
僕はグリオンに怒鳴りつけた。
グリオンは驚き、顔を引つらせている。
「え、えと……」
驚いて呂律が回らないでいるグリオンだったが、ようやく説明してくれた。
「お、おれたち、ダンジョン攻略に励んでいたんだ。ホラ、言ってたろ? オレたち王宮入りを目指しているって……それで、王宮所属のラーティアちゃんにも来てもらったんだよ……」
大きな盾を装備している少女。
彼女――ラーティアは静かに、黙礼をした。
「そ、それでよ……第九階層までは調子がよかったんだぜ? モンスター一撃だったし、何とかウルフもテイムしたし……。けど、第十階層であのフェンリルを目の前にして……」
グリオンが歯ぎしりをする。
「力が出なくなっちまったんだ……」
僕には分かっていた。それはきっと、ポーションの効果が切れたからだと。
「おかしと思わねぇか?あのモンスターもよ、オレの一撃でおわるって思ってたんだ……。けど通用なかったんだぜ。なんか……同じ雷属性同士だと攻撃が効かないとか何とかって……オレ、今まで普通に倒せていたんだけど……何で?」
それは、グリオンのステータスがSSS級だったからだ。
圧倒的なステータスの前なら、属性なんて関係ない。
それからも、グリオンはしゃべり続ける。
自分や仲間が落ちぶれていく様子を。
「それだけじゃねぇ……。エリシィがテイムしたモンスターも言う事聞かなってオレを襲ってくるし、ズランダが攻撃を受けとめてくれねぇし、ゴミラスにいたっては痛いっつってんのに回復呪文が効かないとかほざきやがるし……」
僕はグリオンのそばで腰を抜かしている、エリシィたちの方へ振り向く。
彼女たちは全力で首を横にふっていた。
まるで、自分たちは悪くないとでも言うように。
「それじゃあ聞くけど、どうしてグリオンたちはここにいるの? どうしてフェンリルまで町にいるの?」
「そ、それは……」
「それは、フェンリルの目の前で転移石を使ったからです」
質問に答えたのは、ラーティアだった。
「フェンリルに追い詰められ、私たちパーティーは壊滅寸前でした。そのせいで転移石を使い、その場を逃れようとしたのです。……モンスターのそばで。……こうなってしまったのは、私たちの責任です」
ラーティアは深々頭を下げた。
「モンスターの前で転移石を使う……基本ですよね? やっちゃいけないって」
「し、知らなかったんだ! しょうがないだろ? 勇者のオレが死んだら、あんなの誰がやっつけられるってんだよ! そうだろ?」
グリオン必死になって弁解しようとする。
僕は深くため息を吐いた。
僕は今まで、こんなヤツのために働いていたのか。
こんなカフカも知ってるような常識さえ、知らないヤツに罵倒されながら、今までポーションを精製し続けていたのか。
何だったんだろう……僕の今までの冒険者人生は……。
僕は目が曇っていたのかもしれない。長い間、ずっと。
――ガキィィィィィィン!
「なっ!」
「ヒィィ!」
突如鳴り響く金属音。
悲鳴をあげるグリオンのそばで僕は振り返る。
フェンリルだ。
ヤツがツメで攻撃を仕掛けてきたんだ。
『……フン。そこのエルフ、この男どもとは違うらしいな』
よく見ると、カフカがナイフで受け止めていた。
「カフカ!」
「私は平気。それより、そこの人たちを逃してあげて」
カフカがグリオンたちを守ってくれていた。
すぐに力ずくでフェンリルのツメを弾いてみせる。
『こしゃくな!』
――ガリィィ! ガリィィ!
「くっ……!」
フェンリルが何度もツメを振り下ろし、攻撃を仕掛けてくる。
カフカはナイフ一本で全ての攻撃をかわしている。
しかし思った以上の猛攻ぶりだ。カフカが反撃に出られないでいる。
「カフカ! しばらく持ちこたえてくれよ!」
「分かった! やってみる!」
さすがにSSS級のステータスを持っていたとしても、カフカはまだ冒険者になりたてだ。
僕の援護が必要だろうな。
そう思って、僕は腕に力を込めていく。
「魔法飲料精製!」
そして僕は再び、ポーションを精製した。
「おいおい、今さらポーションなんか作ってどうすんだよ……」
「ラーティアさん……ですよね? グリオンたちをお願いします」
グリオンを無視して、僕はラーティアに彼らを託す。
それからもう一度、ポーションを精製した。
「これでポーションは二本。そして……」
僕はポーションのフタを、二本とも開く。
片方のポーションを傾け、もうすぐ一本のポーションの口に近づけると……。
「ふんっ!」
ポーションにポーションを流し込んでいく。
「……は?」
グリオンの呆気にとられた声。
一方でポーションがドクッ、ドクッ……と注がれ、ポーションの密度が加速度的に増していく。
「よし、できた」
ポーションを移し終えた瞬間だった。
――パアアァァッ!
「うおっ!」
ポーションが強烈な光をはなち、輝き出す。
その眩しさに、グリオンは驚き目を閉じていた。
完成だ。
これが、僕の魔法飲料精製から編み出した、必殺魔法――
「カフカ! しゃがむんだ!」
僕はカフカに命令する。
カフカはフェンリルと接戦を繰り広げていた。
フェンリルの斬撃を何度も、手持ちのナイフで裁いている。
しかし、カフカも攻めあぐねていた。フェンリルの猛攻から、中々攻勢に移る事ができないでいた。
そこへ僕の命令。
カフカの耳に届いたのか、即座にその場でしゃがんでくれた。
『……ぬっ!』
思わぬ動きに、フェンリルは戸惑ったのだろう。くぐもった声を出している。
しかし、これでいい。
カフカがしゃがむ事で、僕とフェンリルの間を阻む物など、何もないのだから。
「喰らえ! ――魔法飲料鉄火弾!」
僕は輝くポーションを、フェンリルめがけて投げつける。
『うお……! なん、……ポーション……!』
一瞬、呆気に取られた反応でフェンリルはこちらを捉え――
――パァァァァァァァァァン!
ポーションがフェンリルの体に命中。
『……ガハァァ!』
同時に、破裂した。
ポーションの瓶が。
フェンリルの胴体が。
フェンリルに、大きな空洞ができていた。
『なん……だと……』
胴体を失ったフェンリルは体を維持する事ができず、その場に倒れてしまう。
そして、絶命した。
「な……え……?」
「これは、一体……?」
グリオンとラーティアの、戸惑う声。
何が起こったのか分からない、といった感じだ。
「カフカ。もういいよ。顔をあげて」
カフカはゆっくりと、顔をあげ様子を見る。
「フェンリルが、倒れてる……」
「ああ、今死んだところだ」
「ネストがやったの?」
「そうだよ。僕の魔法で倒してやった」
その瞬間だった。カフカの表情が輝いていったのは。
「やっぱり! ネストが倒したのね! すごいわ、やっぱりネストって最高の冒険者よ!」
「よ、よしてよ……僕はただ、ほんのひと押ししただけで……」
カフカが僕をほめてくる。
こんな美人なエルフにぐいぐい来られると、さすがに照れてしまうじゃないか。
「何言ってるのよ! さっきのモンスターを倒したんでしょ、しかも一撃で! 私だって苦戦してたっていうのに!」
「まあまあ、カフカだって立派だったよ。冒険者になって間もないのに、あれ程のモンスターと対等に戦ったんだから。普通はあんなの、怖じ気ついて何もできない……」
「アナタがネストさん……ですね?」
僕とカフカの褒め合いに入ってきたのは、ラーティアだった。
「実は、グリオンズの方々が言っていたのです。ポーションを飲んでいた頃は調子がよかった。ポーションが無くなってから調子が出ない……と」
みんな、そんな事を言ってたのか。
グリオンはどこか、ばつが悪そうな表情だった。
「お聞かせ願いますか? どうして……」
「それは、僕のポーションでSSS級のステータスを付与したからなんです」
僕はその場で、魔法飲料精製を発動し、ポーションを精製した。
「なっ……! ポーションが……!」
例のごとく、ラーティアも驚いている。
やっぱりカフカが言っていた通り、この魔法は珍しいんだろうな。
「飲んでみて下さい。その意味が分かります」
僕はポーションを、ラーティアに渡す。
彼女はおそるおそる、それを口にした。
その瞬間。
「……えっ!」
ラーティアの身体から、光が放たれる。
そして……。
HPがSSS級まで上昇しました。
物理攻撃がSSS級まで上昇しました。
魔法攻撃がSSS級まで上昇しました。
物理防御がSSS級まで上昇しました。
魔法防御がSSS級まで上昇しました。
体力ががSSS級まで上昇しました。
知力がSSS級まで上昇しました。
敏捷がSSS級まで上昇しました。
炎耐性がSSS級まで上昇しました。
水耐性がSSS級まで上昇しました。
雷耐性がSSS級まで上昇しました。
土耐性がSSS級まで上昇しました。
光耐性がSSS級まで上昇しました。
闇耐性がSSS級まで上昇しました。
運がSSS級まで上昇しました。
「すごい……まさか、ポーションで……」
落ち着いた反応。
そういえばラーティアは王宮所属だったな。だとしたら、そこらの冒険者たちより貫禄はあるという訳か。
「さらに僕のポーションは、物や道具にもステータス付与できるんです」
「えっ……物にも?」
ラーティアが目を見開いている。
僕はさっきの要領で、ポーションを二本精製し、片方にポーションを注ぎ込んだ。
「見てください。ポーションのステータスを」
僕はラーティアの眼前にポーションを差し出すと……。
「すごい……本当に……最強になってる……」
さすがに驚きを隠せなかったらしい。ポーションを凝視している。
「ネストさん、アナタは一体……」
ラーティアが口を開いた、その時だった。
「ネスト様ぁぁぁぁぁー!」
上空から聞こえてくる、女性の声。
――ダダッ!
それと同時に、何者かが地面に激突……いや、着地したのだ。
「う、受付の……お姉さん!」
そう、冒険者でないはずの彼女だった。
「ど、どうして……どうやったんですか今の」
「飛んできたんです! ステータスSSS級の力を駆使して、屋根をつたってここまで!」
「や、屋根を……!」
グリオンが驚いて声をあげている。
まあ無理ないよな。普通の女の人が屋根をつたって空から飛んでくるとか。
「ネストさんがくれたポーションのおかげで、町人の救助がはかどったんです! みなさんもすぐに集まってきますよ!」
するとなにやら、遠くから騒音が聞こえてくる。
その音がすぐに近づいてきた。
冒険者たちのものだった。
「ぼ、冒険者たちが……飛んできた……!」
グリオンがまた驚いている。
当然かもしれない。彼らが瞬く間に僕たちの前に駆けつけ、または壁をつたい、または上空からやってきたのだから。
「ネストさん! こっちは無事終わりましたぜ!」
「ケガ人も完治しました! 余ったポーションを飲ませてやったんです!」
そうか、救助を終えたんだな。
彼らが言うように、大きな被害が出ないで済みそうだ。
そう思うと、僕はホッと一息ついた。
「ネストさん……これでハッキリしました」
僕と冒険者たちの間に、ラーティアが割って入る。
「王宮入りはアナタ方こそふさわしい。ネストさん、カフカさん、二人を王宮へ歓迎します」
「えっ……本当に……?」
何と、王宮入りが決まってしまったではないか。
「お、王宮入りって……。ネスト、私も……?」
カフカが戸惑いを隠せないでいる。
オドオドした様子で僕の裾を掴んでいるのだから。
王宮入りの事は僕も知っている。
王様や貴族たちと同じように高級な暮らしができ、より高度かつ、報酬が多いクエストだって受けられる、冒険者にとって名誉ある事だ。それも、ごく一部の選ばれた冒険者のみに与えられる称号のようなもの。
カフカが選ばれるのはいい。けど、まさか僕もいっしょに選ばれるなんて……。
「ま、待ってよ。……おかしいよラーティアちゃん!」
グリオンが必死になって、待ったをかけてきた。
「な、何でコイツが……? オレじゃないの? オレ勇者なんだよ? ちゃんと正当な評価してよ! オレこそが王宮入りにふさわしい冒険者……」
「B級」
「……え?」
ラーティアが発した言葉で、グリオンは固まってしまった。
さらにラーティアは、追い打ちをかけるように言い放っていく。
「確かに、アナタたちグリオンズが王宮入りにふさわしいか見極めるため、ダンジョン攻略に同行しました。しかしそれは、アナタ方がSSS級の冒険者であると聞いたからであって」
「え、えと……」
「アナタB級ですよね? ステータスにハッキリ表示してます。よってB級のアナタたちなんかでは不合格なんですよ!」
顔面蒼白。
グリオンがショックを受けているのが分かる。
さらにグリオンを責める手を、ラーティアは緩めなかった。
「そういえば、正当な評価といいましたね……? なら、アナタがダンジョンからこの町で犯した失態を評価しないといけませんね」
「え、……ひえっ。怒らないで……」
ラーティアは相当怒っていたんだろう。拳を握りしめているではないか。
そして、怒り混じりの声で判決がくだされた。
「アナタたちグリオンズはフェンリルの目の前で転移石を使い、町に多大な被害を与える原因を作った! さらに基本的な知識もないくせに有能な冒険者を追い出し、自らの立場も考えずに王宮入りを目指そうとした!」
「ら、ラーティ……」
「よって! この者たちの冒険者としての資格を剥奪! および王宮への侮辱罪で牢屋に入ってもらいます!」
「そ、そんなぁ!」
グリオンたちが驚愕している。
その間に、冒険者たちが一斉に襲いかかってきた。
「オラァ! 大人しくしやがれ!」
「い、イヤじゃ! 年寄をいたわらんかぁ!」
「ま、待つのだ! 悪いのはグリオンであって我々では……」
「キャア! 触らないで! やめて、引っ張らないで! 脱げちゃう……!」
冒険者たちが複数人でエリシィ、ズランダ、ゴミラスを捕えていく。
もうめちゃくちゃだ。町が壊れた原因と思ってか、みんな乱暴に捕まえている。
エリシィにいたっては、服が破れて胸が出てしまっているじゃないか。
「ひ、ひぃぃぃ!」
グリオンの悲鳴。
彼一人が逃げようとしたところで、僕と目が合った。
「ね、ネストぉ……」
今まで僕に向けた偉そうな面影は、どこにもない。
涙で顔がくしゃくしゃになり、情けない表情と化していた。
「わ、悪かった……お前の優秀さに気づかず、今までこき使って、追放して……」
「グリオン……」
「だからさ、戻ってきてくれよ……再びグリオンズに入って、オレたちは無実だって言ってくれよ〜」
グリオンの懇願。
それにならってか、エリシィたちも泣き声で訴え始める。
「パシリなんて言ってごめんなさいネスト! モンスターをテイムできたの、アナタのおかげだって気づかなかったの謝るから!」
「お、お前は場違いなどではない! 我がグリオンズにこそ必要な人材だったのだ! 頼む、我らを庇ってくれぇぇ!」
「すまん、ワシが悪かったわい……。ポーションを配れるだけでも有能だというのに、軽んじてしもうて……。お願いじゃあ、助けてくれぇ……!」
「ね、ネストぉ……。ホラ、みんなもこう言ってる事だし、ここはラーティアちゃんに一つ……」
「……………………」
みんなして、僕に懇願してくる。
僕がグリオンズで働いていた頃には見せなかった表情を僕に見せて。
「……けど、ポーションいらないって言ったよね?」
「……え?」
僕の答えに、グリオンの表情がみるみる凍りついていく。
「確かに、追放された時は辛かったよ。何度も自分を責めたし、自分に自信が持てなかった。グリオンたちの役に立てなくて申し訳ないって思ってたよ」
「ね、ネスト……?」
「けど、色んな人に会ってそれは変わった。こんな僕のポーション精製でも、驚いてくれたり喜んでくれる人がいるって分かったんだ」
「え、えと……」
「そして、カフカだ」
僕はグリオンと向かい合い、言い放つ。
「カフカは冒険者として新人で、しかもエルフだ。けどそんなハンデをものともせず、モンスターと戦う勇気がある。そんな彼女を、僕は応援したいんだ」
「ね、ネスト……」
「今の僕にできた、大事な目的なんだ。だからごめん……君たちの元には戻れない!」
僕は小さく、頭を下げた。
「ね、ま、待って、そんあ……いやあああああああああああああああああああああああああああああ!」
グリオンの断末魔。
それも虚しく冒険者たちに引っ張られ、グリオンたちは姿を消したのだった。
「では、ネストさん、カフカさん。行きましょうか」
ラーティアが僕とカフカを勧誘する。
さっきはグリオンにたんかを切った。偉そうな事を言ったけど、少し迷いもある。
カフカはともかく、僕なんかに王宮へ行く価値はあるんだろうか。
ポーションを精製するしか能がない僕に……。
「ネスト……」
ふと、気づいた。
カフカが僕を見つめている事に。
「カフカ、どうしたの?」
「ネストも、いっしょに来るよね?」
「まあ……けど、僕なんかが行っても……」
「ううんダメ! 私、ネストのおかげでここまで来れたの! 一人じゃ心細いの! だからネスト……ダメ?」
カフカ……弱ったなあ。
そんなキレイな瞳で見つめられたら……。
「……分かった。これからもよろしくね、カフカ」
「うん!」
満面の笑みを見せてくれるカフカ。
やれやれ……もう少しだけ、カフカのためにがんばるか。
「……ところで、ネストさん」
受付のお姉さんや町人たちが見送る中、ラーティアが僕に耳打ちをしてきた。
「ポーションですけど、……あんまり冒険者の方に渡されるのはちょっと……」
「大丈夫。半日で効果が切れますから」
ラーティアの少しだけ、安堵した表情。
「それと次からは有料にしましょう。……もちろん、王宮所属の方々には無償で」
「助かります。ではそういう事で」
それを聞いてラーティアはホッとしたようだった。
まあ、王宮所属のメンツがあるもんな。
そこはしっかり、顔を立ててやらないとな。
「さて……と」
僕はポーションを精製し、飲みこんだ。
「ネスト……」
おっと、カフカも欲しがっているな。
しょうがない。彼女にも精製してあげよう。
これからもお互い、頑張っていかなきゃいけないんだから。
「魔法飲料精製」
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