とある事務員さん達の話その12。
ベッドを椅子がわりに足を投げ出して書類に目を通していたら、突然ズシリと膝に感じた重み。
手元の紙束からから視線を移せば、そこには人の膝を枕にごろごろと寝心地の良いポジションを探して転がる存在があった。
「肇?」
名前を呼べば大きな瞳がこちらを見上げるが、それも一瞬の事。
つん、と素知らぬ顔で顔を反らせてごろりと位置を落ち着ける。
「んだよ。」
「べつに。退屈だなと思っただけです。」
テレビ台の脇に置かれたデジタル時計に目をやれば、なるほど、どうやら集中しすぎて時間の感覚が麻痺していたらしい。家に仕事を持ち込み、二時間近く放ったらかしにされれば拗ねたくもなるだろう。
悪かったと頭を撫でてやったところで機嫌がなおるはずもなく、つん、とそっぽを向いたまま肇はこちらを無視して人の膝の上で昼寝を始めるつもりらしかった。
その姿に、昨日の事が脳裏をよぎる。
「……猫みてぇ、か。」
「はい?」
そっぽを向いていたはずの瞳が、再びこちらを見上げてくる。
「いや、昨日社食で佐藤と高橋とそんな話になってな。」
「猫、ですか?」
「山田は一見従順な犬っぽいけど、案外気まぐれな猫だよなって。」
ーー山田君はネコだよね?
確か高橋が俺を忠犬だと揶揄してきて、あいつは犬だ猫だの話になって。そんな中で佐藤が妙な笑顔と共にそんな事を口にしていた。
おそらくあいつの言葉に違う意味があるだろう事は伏せておくが、とにかく、そんな話になった時に誰も否定はしなかった。
「なんですか、それ。僕そんなに気まぐれです?」
「可愛い見た目に騙されると引っ掻かれるよな。」
ぷっ、とあの時の会話を思い出して思わず噴き出してしまった。
見下ろす顔が不機嫌に頬を膨らせるが、どうにも笑いがおさまらない。
「乱暴で悪かったですにゃ。」
完全にヘソを曲げてしまった肇は再びつん、とそっぽを向いてしまった。それでも膝から動く気配はないので、あいた手でそっぽを向いたその頭を撫ぜてやる。
優しく、そっと。手櫛で髪を梳いて毛並みを整えてやる。顎を軽く撫でてやれば、くすぐったかったのかご機嫌がなおったのか、肇は再びごろりと体勢を変えてこちらを見上げてくる。前髪を撫ぜてやれば、気持ちよさそうに目を細めた。
「恭一郎さんは犬ですよね。」
「あ?どこが。」
「よく吠えるところ?」
「あぁ?」
ぎ、と睨みつけてやったところで肇はビクリともしない。
ニヤニヤこちらを楽しげに見上げてくるその顔が気に入らなくて、前髪を撫ぜていたその手で、耳の裏をするりと一撫でしてやった。猫ならゴロゴロと喉を鳴らして喜ぶところだけれど、目の前の猫はピクリと身体を震わせて、その耳を真っ赤に染める。
小さく漏らされた声に、今度はこちらがニヤリとした。
「おい、ニャン公。教えといてやるよ。」
「な、なんですか。」
「犬ってのはな…」
「うわっ、」
膝枕にされていた脚を引き抜いて、体制を崩してベッドに頭を沈めた肇を、そのまま押し倒して、シーツの海に縫い止める。
逃げ出そうと身をよじるが、両肩を押さえつけてやった。
「犬ってのはマウントを取りたがる生き物なんだよ。」
「ひぁ、っ」
首筋に軽く歯を立てて、跳ねた身体をベッドに押さえつける。
乱れたVネックの首元から露わになった鎖骨を舌でなぞってやれば、その口からは甘い吐息が漏れた。
「ぁ、恭一郎、さん…」
先ほどまで無邪気にこちらを見上げていたはずのその瞳に、情欲の色が混ざっている。身体を押さえつける手を緩めても、抵抗するそぶりはなかった。
「で、お前は優しく飼われたいのか?マウント取られて泣かされたいのか?」
「う、そ、れは…」
恥ずかしそうに視線を右へ左へと泳がせながら、なんと答えたものかとわなわなと唇を震わせる。
「えっと……お手柔らかに………にゃ。」
今にも消え入りそうな声に、ぞわりと背筋を甘い痺れが走り抜けた。
こいつは本当にいつもいつも、どれだけ無自覚に人を煽れば気がすむのか。
ため息をつく事も、諭してやる余裕も今はもうない。
羞恥に頬を染め、捕食されるのを待つその猫の唇に、本能のままに貪りついてやった。