93話「何処までもバカな男」
投稿日間違えました、すみません
「最終決戦だ! カールに続け!!」
そのアルデバランの咆哮と共に、俺達は全力でイリュー達の元へと突撃を開始した。
「敵の薄すぎる布陣を逆手にとれ!!」
「勇者カールが、イリューを押さえつけている間に潰せ────」
俺達は、死に物狂いでカールの元へと駆け出した。
まさに、値千金の大立回りだ。あの男は、イリューの恐ろしすぎるあの支援魔法を食い止めている。
「今しかない! 今を逃せば人類に勝機はない」
そのカールの命懸けの行動を、無駄にするわけにはいかない。
俺は全身に筋力強化を重ね掛けして、矢のようにまっすぐ駆けていった。
「……あのイリーネって貴族令嬢は何者なんだ!? 人間の走る速度じゃないぞ」
「ふふふふふ! どうですか、私の姉様は走るゴリラなんです!」
「そりゃゴリラだって走るんじゃないか……?」
その突撃する人類の先頭は、俺だった。
人類最高峰の魔術師が全力で、人類最高峰の筋肉を強化しているのだ。
今の俺に追いつけられる人間なぞ、いる筈もない。
「良い、許す! 今回ばかりは先陣を切って突っ走れイリーネ!」
「カールを……、いや人類の未来をつないで!!」
「がってんですわ!」
1秒でも早く、一瞬でも速く、俺達は彼処にたどり着かねばならない。
カールが魔族に殺される前に、この勝機をモノにしなければならない。
「すごいわカール。あの男、全然余裕で押してるわぁ。イリーネを突出させず慎重に進んでも……」
「バカ言いなさい、如何に剣術が凄かろうがカールは人間なの! 1発でも貰えばお陀仏なんだから!」
以前は突出することを怒られた俺だったが、今回ばかりは勝手が違った。
今この瞬間は、どれだけ速く彼のもとにたどり着けるかが人類の勝利のカギになっているからだ。
「────ああ、鍛えていた甲斐があった」
俺の口から、零れたのは安堵だった。
俺がもし筋肉に妥協し、適当な鍛え方をしていたら。
俺がもし、トレーニングを志さず単なる聡明で美人な貴族令嬢であったとしたら。
この瞬間、誰よりも先陣を切って友人の元へと駆けて行くことが出来なかった。
「イリーネ、敵が突っ込んできているぞ」
「フン!」
両腕を、顔の前でクロスして。
俺はイリューを守るべく回り込んできたゴブリン共を、筋肉タックルで一蹴した。
弱い。イリューの加護を受けてさえいなければ、ゴブリンは人間に毛が生えた程度の戦闘力しかない!
「これが筋肉突撃ですわ!」
「力押しにもほどがあるでしょお!?」
俺がゴブリンを吹き飛ばした背後で、国軍と魔族の戦闘が始まった。
どうやら、俺以外はゴブリンに足止めされてしまったらしい。
「そのままお前だけでも突っ走れイリーネ! 私達もすぐ追いかける!」
後ろで大きな火柱が上がり、ゴブリンが吹き飛んでいく。あの様子ならアルデバラン達も、すぐに追いついてくれそうだ。
よし、ならば俺一人だけでも先行し、カールと合流しよう。
「……行っけぇ姉様!!」
遠く、妹の金切り声に背を押され。
俺は全身を筋肉の鎧に変えて、猪突猛進にカールとイリューの元へと突っ込んでいった。
「この、どうして、何で!! どうして私の邪魔をするんです!」
「邪魔するに決まってんだろ!」
やがて、その二人の声が聞こえてきた。
────開けた丘の上。無数の魔族が手出しを躊躇うなか、勇者と魔王は斬り合っていた。
泣きそうになりながら叫び、切り倒されるイリュー。
泣きそうな目をして、彼女を切り飛ばすカール。
二人は、お互いに泣きながら戦っていた。
「────もうやめてください! いい加減、に……っ!!」
「これがお前の選択だイリュー!!」
ザシュ、と真っ赤な血飛沫が戦場にまき散らされて。
カールは肩で息をしながら、狼狽する魔族たちの真ん中に立ち尽くしていた。
「これが戦争だ。これが殺し合いだ。こうなることが分かっていたんだろうイリュー!」
「違います、こんな事があってはダメなんです!」
「この分からずや! 魔族が絶対に勝てる保証だぁ? そんなもの、この俺が居る限りあり得なかったんだよ!」
あの二人は、つい10日ほど前に共に肩を並べ、飯を食っていた。
お調子者のイリューをみんなで囲んで、楽しく酒を飲んでいた。
「これが戦争をするってことだ、イリューっ!!」
「────違う!!」
あんなにも仲良さそうにしていた二人が、斬り合っている姿を見て思わず、俺の目頭が熱くなってきた。
どうして俺達は争っている?
どうして、俺はイリューを倒さなければならない!?
「いい加減にカールさん────」
「うおおおおおお!!」
再び大地に、血飛沫が散って。
カールが、悪鬼の表情で修道女の首を斬り飛ばした。
「────っこの!!」
「何度再生しても、同じだ!」
その隙をついて、やはり周囲の魔族達はカールへと飛び掛かる。
しかし、それは無謀な突撃。カールは眉ひとつ動かさず、襲いかかる魔族の肉体を刻み、
「俺を倒せる奴が居るものかぁぁっ!!!」
再び、首の再生を終えたイリューに大剣を突き付けた。
そして、また場は硬直する。
「いい加減、諦めろイリュー。何度やっても、同じことの繰り返しだ」
「……何でですか」
強い。強すぎる。
これが、カール。魔力も肉体も大したことない癖に、剣術一本で勇者に選ばれた傑物。
「ここで負けましたと言え!! 人類に降伏しますと宣言しろイリュー!」
「そんなの言えるわけがない! 私達はまだ負けてない!!」
「諦めて降伏してくれ! 俺はもう、これ以上戦いたくない!」
「うるさい!! そもそもカールさんが!」
「だったら、俺はまだ戦争を続けないといけないじゃないか!!」
その二人の斬り合いを、終わらせねばならない。
俺が駆けつけ、カールに仲間が来たことを知らせ、魔族に敗北を突きつけなければならない。
だから、走る。俺は、もう目と鼻の先に居る二人に割って入るよう大地を踏み締めて─────
「────だから、そもそも私を斬る前にパンツ返してて言ってるでしょう!!」
「そんなことを言うから! 戦争がなくならないんだろ!」
……ズデッと、そのまま俺はコケた。
「戦争関係有りません!! これじゃ結局、パンツ勇者で伝承されちゃうじゃないですか!!」
「悲しいが、これが戦争なんだ」
「絶対違いますぅぅぅぅ!!」
さっきから何を言い合ってるかと思えばそれか。
パンツを返せ云々で喧嘩してたのか。
「まずはそのパンツを解放してから話をしましょう。ほら、ね、カールさん?」
「……どうして分かってくれないんだ、イリュー」
「いやそれ私の台詞ですからね!?」
……。
「どっせい!!」
「ぶべら!?」
「ほええええ!?」
「ふ、どうだイリュー!! もう俺の仲間が到着したぜ」
「今その仲間に蹴っ飛ばされてませんでしたか」
何やってんだこの男、さっきから真剣に何を話しているかと思えば。
話聞いてもらったなら返してやれよ、そのパンツ。
「……カールさん、よく持ちこたえてくれました。が、もう少し真面目にやってください」
「えー。真面目に戦争をやってたけど」
「どの口がそう言いますか! 私のパンツ振り回しといて!」
せっかく、最終決戦って気持ちで走ってきたのに、色々台無しだわ。
何でこの男、パンツが関わると急にアホになるんだろう。俺も男の時、こんな感じだったっけ?
「……イリーネ、よくこれを見てくれ」
「だから、パンツを触らないでください!」
「ほーれほーれ」
「あっ、あっ」
カールは言い訳がましくパンツを手に取り、左右に振った。すると、それにつられてイリューも左右へと体を揺らした。
猫じゃらしに遊ばれてる猫みたい。
「そして隙あり」
「ぎゃあああ!!」
そのイリューが左右に揺れている隙をついて、カールはイリューを斬り飛ばしてしまった。
再び、地面に血飛沫が舞った。
……。ビクビクとイリューの体が震えながら、再生していく。
「どうだ、実際有効だろう」
「この外道勇者!!」
これは酷い。妙にカールが優勢を保っていると思ったら、パンツの力で優勢だったのか。
マジでパンツ勇者で伝承されてしまうぞこれ。イリューの名誉のためにも、歴史を改ざんしてやる必要があるかもしれん。
「イリーネ、これは戦争なんだ。戦力で負けている俺達は、勝つためどんな手段も選んじゃいられない」
「……その通りなんですが。その通りなんですがね?」
「ふ、ふ、ふええええーーん!!! いい加減パンツ返して下さいよぉ!!」
実際、俺達に勝ち目があるとすれば、このままイリューを封印してしまうという卑怯な手しか残ってないわけだけど。
それにしたってこれは酷い。人間のやることじゃねぇ。
「それに、何だ。このパンツには、言いしれない魅力があるんだ」
「……さて! 我々人類の勝利の為、ここで滅んでいただきますわイリューさん!」
「このしっとりとした肌触りが……」
言い訳のつもりなのか、カールが妙なことを口走りだしたので俺は無視してイリューと向き合った。
カールはストレスでおかしくなっているんだろう。イリューと殺し合うの、一番嫌がってたのはカールだしな。
「身に着けていると、勇気とやる気が湧き出て来るようで」
「この! 人類になんか負けて堪るものですか!」
「アルデバランさんの獄炎魔法を警戒して、広く陣取りすぎましたね。もう間もなく、私達の仲間が此処に到着いたしますわ」
俺の背後では、既にいくつもの火柱が上がっていた。
アルデバランの火魔法だ。イリューの支援が無ければ、彼女の魔法も十分通じるらしい。
「私達は、負けない! 負けるわけにはいかないんです!!」
「受けて立ちますわ。負けられないのは私達だって同じですから!」
俺とイリューの想いが交差して、魔族と俺の拳が向かい合った。
イリューを守るべく、魔族の勝利をもたらすべく、決死の覚悟で突っ込んでくる小柄なゴブリン。
「────先手必勝」
「ぎぃぃ!?」
俺の浸透掌が、ゴブリンの顔面を砕いた。平原にまた一つ、魔族の死体が積み上げられた。
「よ、は、とぉ! ですわ」
「ぎぎぃぎぃ!」
俺は師匠に教わった型通り忠実に、魔族を粉砕していく。
隣で剣を構える勇者を援護するために。
「げヴぉぉぉヲぉ!」
遂に、一際デカい猿顔の魔族が突進してきた。確か、コングと呼ばれた奴らだ。
それは俺が初めて出会い、初めて仕留めたまごうことなき化け物。
「いつまでも、弱いままの私ではありません!」
その跳躍は、殴打は、トラウマとして暫く俺の夢に出てきた。
俺は圧倒的な暴力を前に何もできなかった無力さを、ずっと背負って修行してきた。
「でいやぁ!!」
その怪物の殺人的な殴打を、俺は師匠直伝の歩法で受け流し、
「脳天を揺らして差し上げますわ!」
猿顔の頭蓋にゆるりと手を当てて、浸透掌を叩きつけてやった。
「ぐぉぉオ?」
脳を揺らされたその魔族は、呻き声をあげる。
その隙を逃す気はない。間髪入れず足を思い切り蹴飛ばして、魔族の体勢を崩す。
頭から地面に叩きつけられた魔族は、やがてピクリとも動かなくなった。
「……そんな、そんな! 私達が負けるなんて────」
「よそ見していていいのか?」
俺がたった一人で魔族を圧倒したのを見て、イリューの顔色が変わった。
まさか俺が、ここまでやるとは思っていなかったらしい。
カールの剣先を喉元に突きつけられ、イリューは放心して立ち尽くしてしまった。
「あんなに準備したのに。あんなに努力したのに」
「……時間切れだ、イリュー」
遠くの魔族は必死に此処に駆けつけてきているが、もう遅い。
とうとう、俺達の時間稼ぎは完遂した。
「私達は、負け────」
「よくぞ粘った、貴様ら」
やがて俺の背中から、頼れる声が聞こえてきた。
「……見事な動きだった、イリーネ」
「……ここからは、私達も」
それはクールな師匠と、姉弟子の声。
「さぁて、年貢の納め時かしらぁ?」
「ふ、落とし前の時間ですな」
それは、親友とその従者の声。
「さっさと封じるわよ。おい勇者、やっておしまい」
「なんで命令口調なのさ……」
猫目の悪魔は、勇者に封印をけしかけて。
「は、はは。無事でよかった」
「どうです。姉様は、存外パワフルでしょう?」
父と妹の、安堵の声も聞こえて来た。
「他の魔族はもう間に合わん。貴様に歌わせる暇なんぞ作らぬ」
「ああ、あああああっ」
「人類の勝ちだ、魔王よ」
そして。
紅の髪を靡かせた勇者が、魔王に勝利を宣言した。
「どう、して。私達が、負ける理由なんて」
「そうだな。貴様らは強かった。だが一つ、人類が貴様らに勝っていたものがあった」
アルデバランに杖を突き付けられ、イリューはその場にへたり込んだ。
周囲に、イリューを守れる魔族は居ない。彼女が何かしら魔法を唱えようと、すぐにカールが斬り飛ばせる位置にいる。
ここに、人類と魔族の勝負は決した。
「皮肉な話だ。貴様らの敗因が分かるか?」
「それ、は────」
アルデバランは、勝ち誇り。
凄まじい魔力を練り上げて、優しい目でイリューを諭した。
「結束の力だとか、そんな月並みな事でも言いたいのですか?」
「ああ、その通り。つまり『愛』さ」
射殺すような目でアルデバランを見つめるイリュー。
そして、その魔王ユリィを憐憫の目で見下ろすアルデバラン。
「『愛』? 何ですかそれは、ふざけているんですか」
「ふざけてなんかいない。……もう少しだけ、貴様には私達を信じて欲しかった」
「え、魔族の敗因ってパンツだろ」
余計な事を言ったカールの顔面が、俺の筋肉パンチで窪んだ。
「本当に、和解の道はあったんだ。信じて貰えないのも無理はないと思ったが、それでも信じて欲しかった」
「あれ? あれれ? 実際『パンツ』が敗因な気がしてきました……」
「前が見えねぇ」
アルデバランが良い事を言っている裏で、ユリィは割と混乱していた。
「私達は、互いを信じあった。私を信じてくれたガリウス様。そのガリウス様を信じた国王」
「……待て待て落ち着きましょう私。敗因パンツは不味いでしょう」
「みんなの力が一つになって、魔族を……貴様らを凌駕したんだ」
「ここは彼女の言う通り、愛に負けたって話の方がマシなのでは」
「貴様の敗因は『愛』だ! 魔王ユリィ!!」
「……な、成程!! 認めるしかありませんね、その敗因!!!」
勇者アルデバランの説得で、イリューは自らの非を認めた。
魔族は、人間の愛の力に敗北したのだ。決してパンツが敗因ではない。
「ふふ、一旦負けは認めましょう。それで、私をどうするつもりですか? ……そうやすやすと封印されるつもりはありませんよ」
「そうか」
「私が粘っている間に、遠くのみんなが駆けつけて来てくれるかもしれません。……私は最期まで諦めない」
周囲を包囲され、剣や杖を突き付けられてもなおイリューの目は折れていない。
どんな責め苦でも耐えてやる、そんな表情だった。
「キチョウ、やってしまおう」
「うん。……先に謝っておくよ魔王、ごめん」
「は、何をしようって言うんですか」
そんな彼女を、勇者キチョウは憐みの目で見据えるのみだった。
その眼には恨みも怒りもなく、ただただ悲しい色だけが浮かんでいた。
「次元の果て。時空の亀裂、汝の暗闇」
「……また、時の魔法ですか。いや、これは……」
「開け、異次元の箱庭。『次元幽閉』」
彼の、その無機質な詠唱と共に。
イリューの前の空間が歪み、ひび割れ、そして亀裂の隙間から漆黒の空間が顔を覗かせた。
これは、一体。
「僕に与えられた能力が、『時の跳躍』だけと思った? 僕は女神様から、『時空魔法』を授かったんだよ」
「……え」
「僕が開いたのは、次元の狭間。この先には、時間の概念の無い虚空空間が広がるのみ」
「え。……え?」
「この先は光も空気もない、虚無だけで形成された世界。この世界の、裏側のようなもの」
その空間を覗き見て、俺の精神が凍り付いた。
怖い。恐ろしい。
そこにあるのは死なんかよりもっと残酷で、もっとおぞましい『虚無』だ。
「君を此処に封印する。普通の封印では、君に抵抗されるだろうし」
「何です、これ。こんな魔法、私、知らな」
「時空魔法の適性がない限り、この空間から脱出出来ない。つまり、君は一生をこの空間で過ごすんだ」
そう告げられたイリューの、瞳に光が消えた。
「わた、し。此処に放り込まれるんですか」
「この中には、空気も水も何もない。おそらく普通の人間であれば、窒息で即死する」
「え、でも、私は」
「そして死ねない君は……きっと、この中で一生窒息死をし続けるんだ」
魔王イリューの顔が、真っ青になっていく。
これから自分がどんな恐ろしい目に遭うかを理解してしまったらしい。
「貴様が選択したのだ。人類と和解しないと」
「い、いや。いやです、そんな」
「最期まで魔族の勝利を諦めんのだろう? だったら貴様には、この中に入って貰う」
これから彼女は、無限に死に続ける。
この世で最も苦しい死に方の一つと言われる窒息死を、数えきれない回数繰り返し続ける事になる。
「最期の通告だ、魔王ユリィ」
「ひ、ひ……っ」
「人類に頭を垂れろ! さもなくば、永遠の苦痛を味わえ」
「い、いや……っ!! 私は、私は!!」
アルデバランはその恐ろしい選択を、イリューに迫った。
無論、アルデバランだってそんな残酷な事をしたい筈はない。
流石に降伏してくれるだろう。彼女はそう、心の奥底で願っていた。
「……あ、あ」
「さあ誓え。人類に恭順を! そして受け入れよ、魔族の敗北を!」
「わた、しは────」
断れば、自分は永遠の地獄に放り込まれる。
永劫に、助けは来ない。
「さあ言え、言ってくれ。人類に降伏すると!!」
そんな状況に、耐えられるはずがない。
普通に考えれば、降伏する他に選択肢は無い────
「貴女は、どれだけ魔族が辛い目に遭ってきたか知っていますか」
イリューはポツリと、そんなことを呟いた。
「皆、思いは一つなんです。人類に復讐してやる、あの連中にだけは思い知らせてやらなきゃならないと」
「……」
「今、此処に向かってきてくれている子達も皆、思いは同じなんです」
その眼からハラハラ涙をこぼし。
唇を真っ青にしながらも、イリューは言葉を止めなかった。
「ピンチになったから降伏なんて選択肢は、あの子たちに無いんですよ。お前等に頭を下げるくらいなら死を選ぶ、それが総意なんです」
「い、イリュー」
「まだ諦めてない子がいるのに、私が諦めるわけにはいかないんです。最期の一匹になろうとも、貴様ら人類に地獄を見せると誓って此処にいるんです」
それがイリューの答えだった。
いや、魔族全体の……総意だった。
「怖いです。そんな場所に封じ込められたくなんかないです。でも、でも」
「やめろ、その先を言うなイリュー」
「大将である私を守るため、死んじゃったゴブリンさん達。殺されたコングさん達。そんな仲間の無念をふいにして、私一人降伏する訳にはいかないんです」
魔王は、イリューは、何処までも優しかった。
自分に付き従い、信じてくれた仲間を裏切って降伏するなんて道を選べるはずがなかった。
「ああ、ああ。怖い、怖い、怖いです」
「じゃあ、諦めて降伏をせよ」
「でも……」
だからイリューは泣き腫らした目で勇者キチョウを睨みつけ、
「誰が貴様らに降伏なんてするものですか。人類」
「……」
そう、言ってのけた。
「……その覚悟、受け取った」
「最期まで、抵抗はさせて貰いますけどね……」
「キチョウ。……やるぞ」
俺は、その様を呆然と眺める事しか出来なかった。
文字通り命懸けで、アルデバランに殴りかかるイリュー。
その直後、イリューは金髪の一撃で吹き飛ばされ、その胴体を掴まれて。
「開け、次元よ────」
「これで、終わりです」
イノンの手によって、イリューは次元の狭間へと投げ込まれた。
「あうっ! まだ、私は……」
「しぶといな」
しかしギリギリで再生が間に合ったのか、イリューは亀裂の間に挟まってしぶとく生きていた。
両腕でしっかり亀裂を挟み込んで落ちないように藻掻いていた。
「嫌だ、いやです、落ちたくない! まだ私、魔族の皆を幸せにできていない!!」
しかし彼女は、かなり強い力で次元の狭間に吸い込まれようとしている。
あと一押しすれば、きっと二度とと戻ってこれなくなるだろう。
「────イノン。後は私がやる、引っ込んでいろ」
「アルに、そんな汚れ仕事をさせるわけには」
「私が始めた事だ。黙って見てろ」
必死で藻掻くイリューに、アルデバランは杖を振りかざした。
トドメを刺すつもりのようだ。
「炎の精霊、塵よ舞え」
「諦めない。諦めてたまるものですか!」
必死で首を左右に振り、涙目で叫ぶイリュー。
そんな彼女は、遠くを見つめながら呪詛を絶叫していた。
「その灼熱の吐息を、奴にまぶせ」
「私を信じてくれている子がいる限り、私は────」
そんな魔王を、無機質に、無表情に見据えるアルデバラン。
その眼には先程の、同情や憐憫の感情はない。
ただ、冷酷に敵を見据える瞳だった。
「滅びよ、魔族」
そして爆炎が、イリューを包みこんだ。
そしてゆっくりと、亀裂を掴むイリューの右腕の力が緩まった。
「……ぁす、……て……」
やがて、次元の亀裂を掴む手が開き。
魔王は黒焦げになりながら。
「だぇ、か────」
次元の狭間へと、吸い込まれるように落ちていった。
「助けを求めるのが遅いんだよ!!」
「え、ちょっと!?」
そして、あっという暇もなく。
カールが迷わず、落ちたイリューを追ってその狭間へと飛び込んでしまった。
俺の目の前で、カールまで虚空へと消えていく。
「ちょ!? あのバカ飛び込んだぞ!?」
「……筋肉潜航!! でりゃあああ!!!」
「あ、姉様ぁ!?」
間髪入れず俺も亀裂に顔を突っ込み、カールの足を筋肉で掴んでやった。
アホかコイツは。馬鹿なのかこの男は!!
さっきの説明聞いてたのか!? その中は宇宙空間みたいなもんだぞ、飛び込んだら窒息するぞって!
「イリーネまで上半身突っ込んだ!! 何か、藻掻いているぞ」
「────」
「え、何聞こえない! 何か言ってるの、イリーネ!!」
くそ、叫んでるのに声が出ない。そうか、真空なのか此処。
カールの足は何とか、捕まえた。でもこのままだと引きずり込まれるから、誰か俺を引っ張てくれ!!
息が出来なくて力が入らんっ!!
「とりあえずイリーネを引っ張るぞ! 力を貸せ、皆!」
「姉様の馬鹿、あんぽんたん! ふ、ふぎぃぃぃぃ!!」
「す、凄い重さだ。特殊な引力でもかかってるのか?」
息が出来ない、苦しい! このままだとマジで窒息して力が抜ける!
しかも、凄い力でなんか吸い寄せられてる。このままじゃマジで落ちる!
早く、早く!
「……俺に任せろ! はっ!!」
するとやがて、股間に凄い筋肉を感じ、
「……ぷはぁ!! はぁ、はぁ」
「おお、イリーネ。やはりカールの足を掴んでおったか」
「ええ。早くこの馬鹿を釣り上げますわよ」
数秒後、俺は凄い力で引っこ抜かれて地上へと戻ってきた。
師匠が俺の両足を抱え込み、引き抜いてくれたらしい。流石師匠のマッスルだ。
「……がっほ、ごっほ! すまん、助かった」
「あほバカール!! あんた何やってんのよ!」
「だって、だってよ!」
同様にして、レイがカールを引き抜く。
レイを仲間にしといて本当に良かったぞ。あのマッスルがないと俺達は死んでいた。
やはり筋肉は鍛えねばならんな。
「……ひくっ、ひくっ」
「コイツは、見捨てられんだろう」
そして、最後に。
カール自身が腕に抱いた、イリューを亀裂から引き抜いたのであった。
「……おいこの愚か者。その女は、自ら封印される道を選んだのだぞ」
「そうかもな」
イリューはボロボロ泣きながら、その場に蹲って動かない。
よほど、怖い思いをした様だ。
「ソコをどけ、再度その女を亀裂に放り込む。次は飛び込むなんて馬鹿な真似をするでないぞ」
「退かない」
「おいカール、貴様……」
そんなイリューを庇うように。
カールはその手に剣を握りながら、アルデバランに相対した。
「子供のような駄々をこねるな。早く、決着を付けるぞ」
「駄目だ。コイツが助けを呼んだら、俺は助けに行く。そう言う約束をしたからな」
「は?」
「俺はもう……約束を違えねぇ」
ああ。コイツは本当にもう。
何がしたいのか、何を考えているのか、全く分からない。
いやきっと、何も考えていないんだろう。
「俺はイリューを助ける」
「その女は人類の敵だぞ」
「ああ、もう俺の仲間でもなければ味方でもない。敵だ」
「イリューは、その女は人類への降伏を拒んだ。となれば、私達はソイツを滅ぼす他にない」
「うるせぇ!!」
イリューは泣きながら、カールを見上げている。
その目には、困惑と動揺と、何かの期待が浮かんでいて。
「人類の敵だろうと! 俺の仲間でなかろうと! 助けてと言われたからには、手を差しのべるに決まってる」
それは、お人好し過ぎることを理由に最初の勇者に選ばれた男。
「イリューを封印したければ、俺が相手だ」
愚かな勇者カールは、そうきっぱりと言い放ったのだった。
次回最終話
GW中に投稿します




