84話「昼下がりのお茶会」
「いや、何でだ!?」
アルデバラン達と合流した翌朝。
俺達はアルデバランの指示通り、首都郊外の開けた平原へ集合した。その理由は勿論、魔王との決戦に備え朝練をするため。
しかし、俺達はアルデバランパーティと肩を並べて戦った経験がヨウィンの時しかない。お互いに、誰がどんなことを出来るのかよくわかっていない。
だから、まずは互いの実力を知るべく模擬戦をしようという流れになったのだが……。
「一体何をやっておるのだ!!!」
────朝の平原に、アルデバランの怒号が木霊した。
模擬戦は、大将(カール、アルデバラン)が討ち取られたら負けという簡易な集団戦ルールで始まった。即死するような攻撃は当然ナシ、後筋肉天国も『禁術』なのでナシとなった。
アレが決まれば、アルデバランを封じれるのでかなり有利にはなるだろうが……。
ただ詠唱時間が長すぎるので、アリでも使わなかった気がする。詠唱を始めたのを見てから、アルデバランに焼かれただろう。
そして模擬戦の、1戦目の流れはこうだ。
「まずは正々堂々、どうです?」
「……ふん」
まず小手調べとばかりに、金髪サラサラ君(仮)が一人だけ出てきた。そしてレイを見つめ、指をクイクイと挑発した。
それに応じ、レイも独り前に出た。
「では、尋常に」
「……」
このような一対一の試合は、貴族剣術においてよく見られる。
戦場で複数人を相手取る実践剣より、タイマンの優雅な勝負を重視するのが貴族だからな。レイの奴、相手の土俵で戦って大丈夫だろうか。
「っ!」
「はい、そこまで」
案の定というべきか、金髪君は普通に強かった。数合の打ち合いの末、レイは鮮やかに額を打ち据えられた。
金髪君は魔法剣を名乗るだけあり、炎の斬撃や稲妻の歩法などトリッキーな技を使った。
冒険者ではまず扱えない剣だ。流石に初見で、レイも対応しきれなかったらしい。
レイという前衛を失った俺達は、そのまま苦しい形で追い詰められた。
前にナンパしてきた中年のオッサン槍使いがレヴちゃんを仕留め、妹は土魔法でマイカ達の身動きを封じた。
仲間はほぼ全滅し、カールは丸裸。
カールは剣を振るって抵抗を試みるが、討ち取られるのは時間の問題で────
「えっ」
「やりましたわー!!」
そんなタイミングで、俺は真っすぐアルデバランの方へ突っ込んだ。
マイカの指示通り身を屈め近づき、不意打ちで取り押さえて勝利した。
「……いつの間に」
「ごめんなさいね、アルデバランさん」
向こうのパーティは全員、俺が突っ込んでくるとは思わなかったらしい。完全にノーマークで助かった。
「……しまったな、足元をすくわれた」
「素晴らしい勇気です。まさか貴女が前に出て来るとは」
完全に楽勝ムードだった彼らは、苦笑いをして肩をすくめた。
ふっ、俺のスーパープレーが炸裂してしまったか。
そして2戦目。
「……そこだっ!!」
「ぐ!」
今度は乱戦の中で、レイが金髪君を仕留めた。持ち前の鋭い切込みでピタリと金髪の首筋に短剣を当て、行動不能にした。
レイは魔法剣が技の合間にこっそり詠唱していると気付いたようで、その詠唱のスキを突いたらしい。強い。
「炎塵灰!!」
「ほんぎゃあ!!!」
一方で俺は調子に乗ってもう一度突撃したが、アルデバランの魔法の雨に肉弾戦では対応出来ずやられてしまった。流石に二度目は、敵も備えていた様だ。
その後、カール達はレイを中心に切り込んでアルデバランパーティを追い詰めたが……。アルデバラン本人の火魔法にカールが巻き込まれて敗北した。
魔法火力の差で負けたな。俺が無駄死にしてなければもっと良い線行っていたかもしれない。
そしてある程度互いの手の内が分かった状態で、最終戦。
突出して討ち取られるのは良くないから肩を並べろと師匠に助言され、俺はレイの隣でレヴちゃんにフォローして貰いながら戦う作戦とした。
「大丈夫。イリーネは、私が守る……」
「頼りにしていますわ、レヴさん」
技が未熟な俺はレヴちゃんにフォローして貰い、隙を作って最強技のマッスルボンバーを叩き込む事に専念する。
カールと、アルデバランの因縁。二人の勇者の、意地のぶつかり合い。
……そして、いよいよ決戦の火蓋は切られた。
「行きますわ!!」
「……お前が相手か、おっぱいちゃん!」
俺では金髪には勝てない。なので、俺はセクハラ中年の戦士の前へ出て相手取った。
槍を構えて威風堂々、長髭の男は自在に槍を回し風を切る。
彼の後ろには妹が控えていた。おそらく援護の土魔法が飛んでくる、足元に気を付け引っ掛けられないようにしよう。
「……」
「ふぅ」
レイはと言えば、再び金髪剣士の前へと躍り出て睨み合っていた。
互いに出方をうかがっている様だ。あそこは、レイを信じて任せよう。
「我が必殺の奥義、見せて差し上げますわ!!」
「勇ましいねぇ! ……そういう強気な女は大好きだぜ!」
咆哮と共に俺は拳を構える。
ここまでの戦績は、1勝1敗。この模擬戦の結果で、俺達の因縁に決着がつく────
「って、いや何でだ!?」
と、盛り上がってきた最中にアルデバランが大声を上げて突っ込んだ。
今良い所なのに、何を怒っているんだろう。
「……アル?」
「何故、そっちのイリーネは徹頭徹尾、突っ込んでくるんだ!? 一戦目は奇策かと思ったが、さっきから完全に戦士として運用してるじゃないか!! 勿体ない!!!」
……。そう言えばそうだな。
「ぐ、何てパワー……」
「隙ありですわ、食らえ、浸透掌!!!」
「くそっ!! 腕が!」
「ほらぁ!! おかしいだろ、また魔法じゃなくて肉弾戦してる!!」
言われてみれば至極もっとも。
俺ってば、最近肉弾戦の修行し過ぎて魔法使いの本分を忘れていた気がする。
いや、そもそも俺の本分は筋肉使いじゃないか。じゃあ、これで正しいな。
「ちゃんと精霊砲を押し返す準備してたんだぞ、こっちは!!」
「そちらに妹もいるのに、そんな危ない魔法使えませんわ」
「変なところで常識的な……っ!!」
そんな事言っても、この模擬戦であんまり魔法使いたくないし。
大前提として、俺やアルデバランが全力で撃ち合ったら凄い被害になる。だから暗黙の了解として、彼女は初級~中級の魔法しか使っていない。
だったら最初から魔法は捨てて、肉弾戦した方が役に立てそうだもん。
そもそも魔法使いとしての立ち回りとか、知らんよ俺は。
「そう言えば今まで、イリーネは先陣で戦士やってたような」
「確かに、あんまり魔法使いしてるところ見たことないな。ヨウィンの時くらいじゃないか」
「普段からそのスタイルだったのか!?」
……そうだっけ?
「むぅ。もしやとは思うたが、まさかイリーネは……」
「ええ。リーダー、姉様は割とアホなんです」
「前々よりイリアを見て『もしかしたらイリーネも……』と思っておったが」
「え、それどういう意味ですかリーダー。弁明の内容によってはウサギ百烈拳かましますよ」
妹は無駄にアルデバランに食って掛かった。
「ですが、ラジッカと互角にやり合えている時点で戦士としても優秀ですね。貴族と言えど普段から鍛えていれば、身体強化を用い十分に戦士として運用は……でも、アレ? イリーネ嬢、身体強化使ってます?」
「……あ、忘れてましたわ」
「そのパワー素かよ!?」
そうだそうだ、何か忘れてると思った。
ちょい待ってくれ、詠唱するから。
「……詠唱完了。これが、フルパワー☆イリーネ様ですわ!!」
「げぇー!! さらに威圧感が……」
「おいイノン!! あれは魔術師として正しいのか!?」
「あそこまでパワー特化な方は初めて見ますね」
ふははは! 久しぶりのフルパワーだ。
漲る。実に漲るぅ!!
「この私のフルパワー形態を見て生きて帰った者はいません……。くくく、御覚悟を」
「何か物騒な事を言ってるぞ!」
そのまま俺は高笑いと共に、中年槍使い目掛けて真っ直ぐ突っ込んだ。
「……総括!!」
「わー」
模擬戦が終わった後、俺達は互いに意見交換会を行った。
誰の動きがどうだったとか、こうした方が戦術的に良いとかそんな感じの。
「イリーネは周りが見えず、戦線から突出する悪癖がある。勇猛なのは構わんが、足並みをそろえる重要性を学べ」
「はいですわ」
最終戦、俺はラジッカ(おっさん)を撃破してそのままアルデバランに詰め寄ったが、イリアに背後から不意打ちされて負けた。
一気に勝負を決めようと気がはやった。まさか妹が、中級クラスの攻撃魔法を習得しているとは思わなかった。
旅に出る前は、金属加工くらいしかできなかった筈なのに。妹も成長しているという事か。
「イリーネは後ろ寄りに配置する。自分も魔法アタッカーとして参戦出来て、かつ後衛職の護衛も兼ねた戦士としての運用だ」
「ガッテンですわ」
俺はアルデバランパーティで、後衛の最前列という微妙な位置に落ち着いた。
遊撃に近い動きが求められそうだ。
こうして、俺達の編成が固まった。
最前列は、カールと金髪、レイ。
その少し後ろに、中年とレヴちゃん。
後衛として、前よりに俺とマイカ。
最後尾に、アルデバラン、サクラ、回復と妹。
これが、新たなる勇者パーティ────カール・アルデバラン混合軍だ。
カールパーティでは手薄だった前衛が補強され、俺が魔法職として力を発揮できる良い布陣だと思う。
マイカと並んで戦うのは、何だか新鮮だ。困った時は彼女にすぐ相談できるのはありがたい。
「よし、では朝練はここまで」
一人一人に総括が行われ、終わった頃には時間は昼過ぎになっていた。
可哀想に妹に連行されてきたメイドさんが、簡素なサンドウィッチを用意してくれていた。
彼女が、アルデバランパーティーの家事担当らしい。屋敷から出て以来、ずっとパーティの雑用をやらされ続けていたようだ。完全に契約外労働である。
それもこれも、イリアが家を飛び出した尻拭いだ。妹の横暴で振り回して申し訳ないと謝ると、サラは『これが仕事ですので』と笑顔で返事をしてくれた。
実に、人間の出来た女性だ。妹も見習ってもらいたい。
「あ、そうそう。今夜、国軍に挨拶に行くぞ」
「……国軍?」
久し振りに実家のメイドの料理を楽しんでいる最中、アルデバランはそんな事を言い出した。
……アルデバランも、国と繋がりがあるらしい。
「ああ、現在ガリウス様の主導で魔族討伐隊が編成されている」
「おお、なんと」
「我々と共に国を守るべく立ち上がった兵士達だ。顔を合わせておいて損はない」
聞けば、ガリウス様はヨウィンで既にアルデバランパーティーとも接触していた様だ。
ヨウィンでの、決戦の後。ガリウスはアルデバランと話をし、巨大な砲撃の詳細を聞いた。
王弟ガリウスは既に地上に2人の勇者が存在することを知り、魔族襲撃がいよいよ現実味を帯びたと考えた。
ここで動かなければ一生後悔するだろう。彼は自身の持つ権限全てを使って、急速に軍備を整え始めた。
「すぐさま軍を召集せよ。急いで首都に、精鋭を配置するのだ」
「……御意」
これが、結構危ない橋であった。
普通なら、王の弟が急に軍備拡張を始めればクーデターを疑われる。何なら、そのまま内戦に発展してもおかしくない。
事実、かなりの臣下はガリウスを急遽招集するよう提案した。
しかし、国王のガリウスへの信頼はとても厚かった。
「彼のやる事は、我が命と思え。弟ガリウスが、真の忠臣である事を私は疑わない」
王はそう命じ、弟ガリウスが説明に来るのを悠然と待った。
この王の英断のお陰でガリウスに邪魔は入らず、非常にスムーズに軍備が整ったのだそうだ。
かくして、それなりの軍勢が首都に集結する事となり。
仕事を終えてガリウスの報告を聞いた王は一言、「大義であった」とガリウスを労ったと言う。
そんな経緯で急遽集められた「ぺディア国軍」。
まだその練度は、お世辞にも高いとは言いがたい。頭数は揃ったものの、まだ平和ボケした貴族達が慌てて駆けつけただけに過ぎない。
なので、今現在は訓練所を増設し、必死で練度を高めている最中なのだそうだ。
「……とはいえ、一部に精鋭も混じってる。国王の親衛隊は今でも苛烈な訓練が施され、かなりの精鋭だとか」
「へぇー」
「私達の強力な味方だ。……まだ要請してから一月も経っていないのに、軍の形を整えてくれたガリウス様には頭が下がる」
魔族の数は多かった。
いくらカールやアルデバランが超人とはいえ、たった2人で街を守り切るのは困難。
俺達も協力するとはいえ、頭数はどうしても必要になってくる。
「国に出来る事は、全てしてもらった。後は我々が応えるのみ」
「……おう」
「我々は国軍の先陣を切る。そして我々が討ち漏らした魔族を、軍にカバーしてもらう。これが一番被害が少ないだろう」
軍の主な仕事は、民を守ること。魔族の盗伐は勇者に任せる方針だそうだ。
……実際、人類最強と扱われていた俺の精霊砲ですら大した戦果にならなかったからなぁ。俺より弱い貴族が徒党を組んでも、魔族を撃退するのは厳しいだろう。
一方でアルデバランが魔法をぶっ放せば、相当な範囲をせん滅できる。そのアルデバランを護衛するのが、俺たちの役目だ。
「まずは、新たな仲間に乾杯。私達も親睦も深めよう」
「今まで喧嘩してましたからね」
「セファの女神が消えた今、人類を守れるのは私達のみ。過去の因縁は忘れ、盃を交わそうではないか」
紅い英雄はそういうと、カールに向けてグラスを掲げた。
「見事魔王を救って見せよ、ボンクラ」
「お前に言われるまでもねーよ、チビ」
二人は互いにグラスをカチリと鳴らし、注がれた紅茶をグイと飲み干した。
「フロイライン、イリーネ。お隣、失礼してもよろしいですか」
「あら、ご遠慮なさらず」
昼食は、そのまま親睦会になった。
マイカはいつもの様にカードで勝負を吹っ掛け、中年のおっさんから搾り取っている。
マスターはメイドのサラと、使用人談義で盛り上がっていて。
サクラはキチョウと名乗っていた、童顔ショタと話し込んでいた。
「一度あなたと話をしてみたかったのです」
「おや、光栄ですわ」
「ふ、貴女のことはイリアからよく聞いていましたよ。とても、素敵な方だと」
「お恥ずかしい。あの子は少し、物事を大げさにいう癖があるのですわ」
こうしてみると、アルデバランパーティって結構乙女ゲーしてるな。金髪王子に中年イケオジに童顔ショタ。
全員がアルデバランを取り合ってたりしたら面白いんだが。少なくともショタ君は、アルデバランを時々呆けて見つめている気がする。
そして。貴族同士だからか、金髪糸目の乙女ゲー王子様担当イノンが俺の隣に腰掛け話しかけてきた。
俺もパーティの外交担当。ここは、親睦を深めるとするか。
マッキューン道場の師範代とか言ってたなこいつ。マッキューン家ってどっかで聞いたことある。
聞き覚えのある家は、大体大貴族。俺は詳しいんだ。
「今日の戦いぶりは見事でした。かなり鍛えてらっしゃるので?」
「ええ、貴族としての嗜み程度には」
……えーっと。どこで聞いたんだっけなぁ。
道場開いてるってことは、剣術の名門だろ? てことは、ヴェルムンド家と同じく軍事貴族?
貴族剣術とはいえ、名字で流派を名乗れるってことはかなりの腕のご先祖が居た訳で。
思い出せ、どこで聞いたっけ……。
「実に意外でしたよ。ヴェルムンド家といえば魔術の名門ですからね」
「魔術師とはいえ、体こそ資本ですから」
「その言、大いに同意ですよ」
……、あ!!!
そうだ、思い出した。
「───体を鍛えていなかったせいで都落ち、なんてもう御免ですもの」
「おやおや。ひょっとして、根に持っていらっしゃるので?」
コイツ……。マッキューン家って、確かウチの仇敵やんけ!!
ギラリ、と糸目の奥の瞳に嘲笑が混じる。
俺にはわかる。コイツ……親睦を深めに来たわけではない。
因縁のある俺達の家の関係を知ってて、牽制しに来てやがる……。
───数十年前、俺の祖父が当主の時代。
平和になって軍事貴族が権威を失う中、軍閥の人間に唯一残された権力の席である『王宮親衛隊長』の地位を決める争いが起こった。
その席を争ったのが、ヴェルムンド家とマッキューン家。
魔法のヴェルムンド、剣術のマッキューン。その当主同士の実力は、互角だった。
なのでどちらが親衛隊長の席にふさわしいかを、国王の前の決闘で決める事になった。
「貴女の祖父は正々堂々の勝負で負けた、そこを恨まれても困りますよ」
「正々堂々、ですか。正々堂々であれば何故、魔法禁止ルールの決闘になったのでしょうね」
「それは、当時の選定官に聞いてもらわないと存じかねます」
その勝負は、魔法も剣もありの1対1の決闘が当初予定されていた。
しかし、なぜか決闘前日にルールが改正され魔法が禁止の決闘になった。
魔術師が剣だけで、剣士と決闘。そんなもん、ヴェルムンドに勝てるはずがない。
こうして祖父は首都を追われ、今の田舎町の領主として飛ばされたのだった。
聞けば、どうやらマッキューン家は謀略が大好きな一族で、その選定官に多額の賄賂を贈った可能性があるのだとか。
子供心に、ふざけた話だと憤慨した記憶がある。
「私は祖父を誇りに思っていますわ。何せ、祖父こそ正々堂々で清廉で、誰にも恥じることなく決闘をやり遂げたのですから」
「ええ、素晴らしいお方であったとお聞きしますよ。とっても、ね」
(騙しやすくて)素晴らしかったという、若干裏の意味が聞こえた気がした。
俺は他人の顔を見れば大体言いたいことの想像がつく。多分、マジでそう言ってるコイツ。
この野郎、喧嘩売りに来たのか? お、いくらでも買うぞオラァ。
「しかし、鍛えてはいらっしゃいますが。……貴女は、魔法使いに専念した方が良いと思われます」
「おや、それはどうして」
「フロイライン、貴女が傷つくところを見たくないのですよ。今日の模擬戦でも、危ない場面が多々ありました。何度冷や汗をかいたことか(お前、近接戦の才能ねーから引っ込んでろや)」
……。
「ふふふ、ご心配には及びませんわ。頼れる仲間が近くにいますもの(うっせーほっとけや)」
「なるべく無茶をなさらないでくださいね。魔法使いは、近接では勝てぬものです(いいから引っ込めって言ってんだよ)」
「ご心配ありがとうございます、気を付けますわ(お前には関係ねぇよ)」
何だこいつ、ものすごく口が悪いぞ。
さてはイノン・マッキューンめ、今回の魔族との決戦で権力バランスが変わることを恐れてやがるな。
マッキューン家の剣術はすごいが、魔術はヘッポコ。そして、集団戦では貴族剣術より高火力な魔術師の方が有用。
ヴェルムンド家の俺の方が活躍すると、コイツら的にはおいしくないのか。
「それよりマッキューン様。私も、少し心配なことが」
「おや、どのような」
「1対1での試合の多い貴族剣術、邪魔が入らなければとても強いと存じますが……。もしや、マッキューン流は乱戦は苦手なのでは?」
俺は心配そうな顔を作って金髪君を見上げてやった。
……一瞬。ピクリと、ヤツの眉毛がつり上がった。
「レイさんは、非常に腕の良いお方でした。今日はまんまとしてやられましたよ」
「ええ、あの方は本当に頼りになりますの」
そう、結局今日の模擬戦で金髪君がレイに勝ったのは一回だけだった。
1対1、邪魔の入らぬ状況では強い。それが貴族剣術。
裏を返せば、彼の流派は目の前の相手に集中しすぎるきらいがある。
……イノンは乱戦の中レイと相対したが、隙を付かれマイカの弓に仕留められてしまっていた。事実上の敗北である。
「レイさんは視野がものすごく広いのですわ、何処から攻めても反応されますの(お前と違ってな)」
「是非とも見習いたいものですね。平民の剣に華麗さは無けれど、その実用性には目を見張るものがある(泥臭い平民剣と貴族の剣術は違うんだよ)」
「ええ、素晴らしく有用です。私も習っておりますわ(その平民に負けたのは誰だよ)」
ニコニコ。
俺達はお互いに穏やかな笑みを浮かべ、サラの入れてくれた紅茶を口に含んだ。
「実に楽しい。貴女との会話はよく弾む、イリーネ嬢」
「私も、とても楽しいですわ。私達、相性が良いのかもしれませんわね」
上辺の会話は、穏やか。
しかし、ヤツの額にはハッキリ血管が浮き出ていた。多分、俺の額にも浮かんでると思う。
イリアの奴、今までよくコイツと喧嘩しなかったな。性格超悪いぞ、このクソ金髪。
……あの娘は爛漫だから、気づかなかったのやもしれんが。
「おっほっほっほ」
「はっはっはっは」
ミシミシと空気が凍り付く中、俺とイノン・マッキューンはお互いの紅茶を飲みほした。
あー、なんて不味いお茶の席だ。
「イリーネが……。金髪イケメンとあんなに楽しそうに」
「ドンマイドンマイ、あんたには高嶺の花だったのよ」
「そうか? 何か近寄りがたいくらい険悪に見えるんだが」
一方、遠目で談笑する二人の様子を見ていたカールの脳が破壊されていた。
貴族同士の会話には、通訳が必須なのだ。




