81話「アナト防衛戦」
……イリューが居なくなった後、聖堂は静寂に包まれた。
誰も何も、言葉を発することが出来ない。俺も、カールも、皆が無言だった。
「……」
元勇者は黙りこくったまま、勇者になった死体を抱え結界の外に出た。
「……」
その時、聖堂にいた誰もが予感していた。
────人類にとってこれ以上ない危機が、迫りつつあるのだと。
「で、どうするカール」
その日の晩。
俺たちは宿に戻って、その話を始めた。
「……船を借りて逃げるのか、イリューを止めに首都に戻るのかって話だよな?」
「避難する、って言い方にしなさい。もうカールには、化け物に立ち向かう義務も能力も無くなったんだから」
マイカは、冷静な顔でカールを見つめていた。
カールは勇者としての加護を失い、凡人となった。
そんな彼に出来ることなど、殆ど何もない。
「……逃げるべきですわね、貴方達は。後は、私にお任せください」
「イリーネ……」
自分から言い出しにくいだろうと思い、俺はカールに向かって提案した。
とっとと安全な場所に避難しろと。
「ノブレス・オブリージュ。民に危機が迫った時に、矢面に立つべきは我々貴族です」
「イリーネ。貴女は……行くのね?」
「無論です。勇者アルデバランに本日の情報をお伝えし、彼女と共に戦う役目は私がやりますわ」
勇者としての加護を失った以上、彼は俺にとって守るべき民の一人にすぎない。
いや、それだけではない。奴は大事な、俺の戦友だ。
「お、俺だけ逃げるだなんて……っ」
「カールさんだけではありませんわ。私以外全員、海を渡って逃げるべきでしょう」
「……え?」
俺は続けて、他の仲間全員にそう促した。
何故なら、ここに居る面子は俺以外『この危険な大陸に留まる理由がない』からだ。
幸か不幸か、俺達カールパーティで身寄りがあるのは俺だけ。
レヴちゃん兄妹も、カールマイカのコンビも、親を失って根無し草。サクラも魔族の襲撃で拠点を失っており、守るべきものは残っていない。
「この国を守るのは、軍事貴族たる私にお任せあれ。……全てを終わらせたあと、またお会いしましょう」
「……イリーネは。それで、良いの?」
「無論。それがお役目ですもの」
一人旅は寂しいが、もう旅の作法はある程度分かった。
おそらく、首都くらいまでなら女一人旅で何とかなるはずだ。
「いや、私もイリーネと首都に行くわよぉ?」
「サクラさん?」
バシッと、俺の肩に軽いチョップが入る。
見れば、呆れた目で親友が俺を見つめていた。
「貴族は、矢面に立つもんなんでしょ?」
「ですが、貴女はもう領地も……」
「馬鹿にしないで。レーウィンは今奴らに預けてるだけで、あそこは私の領地よ。あの街を守るためなら、何だってやるんだから」
……サクラはそうきっぱり言った。もう、戦う覚悟を決めているらしい。
「それに……魔族どもには私の大事な家族に手を出した落とし前。きっちりつけさせてもらわないと」
サクラの目に、迷いはない。
死を覚悟してなお乗り越えた者の瞳。……相変わらず強いな、サクラは。
「悪いわね、マスター。もう少し、私に付き合いなさい」
「ええ、お嬢。死出の旅路まで、いつまでも付き纏わせていただきやす」
マスターも、サクラがそう言うのを分かっていたようで。
クスクスとダンディな笑みを浮かべて、死地へ向かうことを了承してくれた。
「……頼もしい事、この上ありませんわ」
「天然な貴女を一人で行かすのは、ちょっと心配だしねぇ」
彼女を危険に晒したくはないが、心強いのも確かだ。
この旅の途中で、俺は何度サクラに助けられたか分からない。
「……そうだな。すまんレヴ、俺もその二人に付き合って首都へ行こうと思う」
「……兄ぃ!?」
そして一緒に首都に来てくれるのは、サクラ達だけじゃなかった。
なんと静剣レイも、俺に付き合ってくれると宣言した。
「宜しいんですか、レイさん」
「ああ。今より俺は、貴様を守る盾となろう。それで、先の貴様への業に対する贖罪としたい」
……レイは、俺を殺しかけたことをまだ気にしていたらしい。
そんなん気にする必要ないのに。
「レヴ、お前はカールと共に海を渡れ。その男は、一応信用に足る」
「え、でも……」
「俺は殺人者だ。魔族から逃げ延びて、のうのうと暮らせる身分ではない。サヨリとも盟約もある、俺は残って戦う」
「……そうですか。では、力をお借りしますわレイさん」
「ああ、任された」
だが、彼が残ってくれるなら文字通り千人力だ。
この男は勇者状態のカールですら仕留めたことのある猛者。俺に出せる最大火力はやはり精霊砲であり、その詠唱中を守ってくれる前衛が居るに越したことはない。
「じゃ、決まりね。私とカールはレヴを連れてこの大陸から逃げる。あんた達は、首都で決戦に参加する」
「ええ、アルデバランさんのパーティに混ぜて貰うつもりですわ。以前、カールさんに何かあったら頼って来いとお言葉もいただいていましたし」
「そう。……頑張ってね、死ぬんじゃないわよ」
こうして俺達の方針は決まった。
まもなく、首都に魔族の群れが攻めて来る。それまでに、俺達はアルデバランと合流して今日得た情報を伝えねばならない。
イリューのこと、魔王の特性、弱点などその全てを。
「……なあ、イリーネ。イリューを……殺すつもりか?」
「呪いの関係で、殺せないでしょう。なので、封印する術を探すつもりですわ」
「そっか。イリーネ達が勝っても、またイリューは封印されるのか」
「ええ。彼女自身の言っていた通り、これは『生存戦争』ですもの」
カールは、イリューに同情し何とか助けられないか考えているらしい。
……俺だって、内心はそうだ。彼女の立場になったら、同じように人類を滅ぼそうと画策してしまうかもしれない。
でも、
「……本当に、殺しあうしか無いのか」
「そうね。もう、どっちかが譲歩出来る段階では無くなってるし」
「向こうが覚悟を決めたのであれば、こちらも応えるしかありませんわ」
もうイリューは人間を殺しすぎたし、人間はイリューを裏切りすぎた。
和解の道は、もう取れない。それに、
「それにあの娘、一度も『正義』という言葉を使いませんでしたわ」
「……」
「これは正義の鉄槌ではなく、生き残るための戦争。そう明言することで────私達が戦う道を選んだその時、心が痛まないように配慮したのでしょう」
イリュー自身が、その同情を嫌ったのだ。
彼女は俺達にただ憎しみをぶつけたいんじゃない。
虐待を受ける中でいつしか大事なものになってしまった『魔族』を守るため、生き残るために戦っているに過ぎない。
「これはどちらが正しいとか、どちらが正義だとか、そんな下らない理由の殺し合いじゃない。だから、話し合いでは止まれません」
「……」
「あの娘は、本当に……優しすぎますわ」
イリューがもう少し狡猾な魔王なら、俺たちの同情に付け込んだ策を使ってきたかもしれない。
あるいは、散々に詰って喚いて罵倒して、戦意を挫いてきたかもしれない。
しかし彼女はこれ以上なく正々堂々、宣戦布告をしてきた。襲撃場所すら明言して。
「あれほどの覚悟を持った彼女に、これ以上同情を向けるのは侮辱に等しいです」
お人好しの心優しい魔王。
それが、今回の人類が倒すべき相手。
勝っても負けても……かつてないほど、後味の悪い決着になるだろう。
「そっか。……よし」
「どうしたのよ、カール」
そんなできれば戦いたくない、俺達の敵を想ったのか。
「俺も、首都へ行く!」
「馬鹿かアンタは」
……カールは、俺達と共に首都を目指すと宣言した。
え、何ゆえ。
「えっと、それはどういう了見ですの」
「綺麗事かもしれんが、俺はイリューを止めたい」
「……」
またカールの悪い病気が始まったか。
「……それは、仰る通りただの綺麗事ですわ。絵に描いた餅を食べるようなもの」
「ああ。でもその綺麗事に、俺は命を懸けたい」
「カール、あのねぇ」
カールはあまりにもまっすぐな瞳で、カールはそう言った。
その、猪突猛進な考えは嫌いじゃないのだが……。
「カールさん、その。今回は、相手が悪すぎますわ」
「……」
「いつもの正義感に当てられてるんでしょ。おい馬鹿ール、アンタが居なけりゃ海越えた先で誰が私とレヴを守るのよ」
マイカは心底呆れた顔で、ゲシゲシとカールの足を蹴った。
だが、彼の表情は小揺るぎもしない。
「マイカ一人いれば、レヴの護衛は十分だろ」
「か弱い女の子が2人で、知らない大陸に移住しろってんの!?」
「か弱い女の子は、賊の睾丸を叩き潰さない」
カールはもう、俺たちについてくることを決めたらしい。
……だが、勇者の加護を失ったカールは普通の冒険者程度の腕しかない。
あまり言いたくないが、足手まといにしかならないだろう。一体どう言えば、納得してくれるだろうか。
「どうしてそこまでして、ついてこようと思いましたの?」
「俺は、イリューともう一度話がしたいんだ」
「はぁ。話って、どんな話を?」
「和平の道を。ガリウスさんに頼み込んで、魔族領を復活させてもらうとか」
……魔族領の復活、て。またそんな無茶苦茶な。
「いやそんなの、国が受け入れられるわけないでしょ。人類の天敵の為に何で土地用意しないといけないのよ」
「ええ。おそらく、賛同を得るのは難しいでしょう」
「でも、このままじゃあんまりじゃないか」
カールの話は要領を得ない。やはりコイツ、何も考えていないらしい。
うーん。ほんと、そう言うのは俺大好きなんだが。
今はちょっと違うなぁ。
「……そもそも、どうやって話をするつもりだ?」
「彼女の言葉を信じるのなら、イリュー本人はこの上なく弱い。おそらく、常に護衛の魔族と一緒に行動するはずだ」
「でしょうね」
「つまり、強力そうな魔族が居れば魔王を見つける手掛かりになる。そこに、俺一人で突っ込む」
「成る程。魔族のエサ一丁あがりって訳ね、この馬鹿」
護衛の強そうな魔物を探すってところまではいい線言ってると思うが、一人で突っ込んじゃいかんでしょ。
「カール、流石に無茶だ」
「……そうか」
「呆れた。そこまでアンタがイリューに入れ込む理由って何よ」
「そんなもん決まってる」
いつも以上に、俺達に食い下がるカール。
それはただ、青臭すぎる正義感だけから来る行動なのか────
「まだ仲間だろ、アイツ」
「……」
それとも、この男の持つ譲れない信条から来るモノなのか。
「もう破っちまった約束だけど。俺は、アイツがピンチになった時は助けにいかなきゃならねぇんだ」
「いや、あのね」
「あの時アイツ、助けを求めてた。どうにかしてくれって、心で叫んでたんだ」
そのまま、カールは言葉を続けた。
「アイツが勇者ノワールを殺し、毅然とした態度で宣戦布告を仕掛けてきたあの瞬間」
彼は見たのだ。イリューの泣き出しそうな瞳の奥に隠れた、どうしようもない後悔を。
「だれか私を止めてください、って。俺に向かって叫んでたように見えた」
そんな目で見つめられては、逃げ出すわけにはいかない。
イリューは、ほんの一時とはいえカールの仲間だったのだから。
「ここで行かなきゃ男じゃねえ」
それは、単なるカールの妄想かもしれない。
ただの思い込みで、イリューは本当にさっさと俺達に逃げてほしいのかもしれない。
でも、少しでもイリューが助けを求めている可能性があるなら───
「俺はイリューを助ける」
……とまぁ、それがカールの真意であった。
「……マイカさん、幼馴染でしょう? カールさんの説得をお願いしますわ」
「無理。こうなったらコイツ、テコでも動かないから」
「おう、よくわかってくれてるじゃないか。さすがは俺の幼馴染だぜ」
ニカニカと吹っ切れた顔で笑う元勇者。
あー。そうか、こういう男だから勇者に選ばれたんだよな、このバカ。
「……カールと兄ぃが残るなら、私も残りたい。もう、独りぼっちはイヤ」
「となると、私一人だけ船を借りて逃げ出すと。……そんなこと出来るかぁ!!」
「そうなるわよねぇ」
マイカは頭を抱えて、グビリと酒を呷った。飲まなきゃやってられないらしい。
「じゃあ、結局は……」
「全員で首都にとんぼ返り、ですか。はぁ、私一人で折り返す覚悟、無駄になってしまいましたわ」
俺もマイカにあてられて、キツめの蒸留酒を一杯頂く。
ああもう、この男は本当にどうしようもない。
「ま、死なない限りは蘇生してあげるわぁ。後々お金取るけど」
「え、有料!?」
「だって、もうあなた勇者でも何でもないし。無理言ってついてきて仕事増やしてるんだから、それくらい当然よねぇ」
「俺の取り立てはきついですぜ、カールの旦那。借金の返済はお早めに」
「久々にギャングらしいところを見ましたわ」
もしかして俺の治療費とかも、後々請求されるのだろうか。
まぁサクラのことだし、うちの実家の規模で払える額にしてくれるだろうけど。
「ま、いざとなれば俺なんざ使い捨ててくれて構わねぇ。イリーネとレイをアルデバランの元まで届ける護衛とでも思ってくれ」
「その二人より弱っちいアンタが、何を護衛するのよ」
「……捨て駒? そういうの得意だろマイカ」
「イリューさんから、自分の命を軽く見るなと説教されたのをお忘れですかカール」
こうして、その日俺達はイリューと戦う覚悟を決めた。
各自軽く酒を嗜んだ後、朝一番から出発できるよう荷造りを終えた。
そして首都まで旅する英気を養うべく、寝ようとしたその時────
「ヴぼぉぉヴぉっ!!」
どこかで聞いたことのある、おぞましい獣の咆哮が街に響き渡った。
「え、またコングさんたちどっか行っちゃったんですか」
イリューが死にながら帰還した後。
慌て気味な仲間のゴブリンたちから、イリューは報告を受けていた。
「コングさんたちは、私を主と認めてくれていないんでしょうか」
「キー」
「そうだと良いのですが……」
イリーネと肉弾戦をする羽目になったマントヒヒ顔の巨大な魔族。
彼らは、あまり魔王ユリィの命令に従わず動いていた。
その理由は、
「武功を急いで先駆けって、昔の軍人さんみたいですねぇ。……あんまり無茶しないでくれると良いんですけど」
「ギッギィー」
彼らは非常に短気で好戦的な生物だ。そして、人類に対する憎悪も人(?)一倍である。
体の大きい彼らは雁字搦めに捕らえられていた経緯があり、ユリィやゴブリンなど小柄な魔族と比べてはるかに自由が少く食事もショボかった。
その積年の恨みを晴らすべく、勝手に行動して街を襲うことが多々あった。
ユリィも彼らの深い恨みを理解しており、勝手な行動をたしなめつつも強く注意することはなかった。
「で、次はどの町に向かったんです。さすがにもう勇者とカチ合って、壊滅させられるようなことはないと思いたいんですが」
「ギギギ……」
「えっ」
しかし先日、運悪く彼らはカールの滞在するレーウィンを襲撃し、返り討ちにあって半分以下の数に減った。
流石にユリィはコングをしっかり叱り、今後は勝手な出撃は控えるよう命令した。
だというのに、これである。
「……よりによって、アナトですか!?」
「ききぃ?」
「いえ、まぁその。……まぁ、それも運命です」
しかしコングは性懲りもなく、勝手に出撃して人間の街を襲いに行ったという。
その先は……つい先ほどまでユリィもいた『湾岸都市アナト』。
こんなタイミングで襲撃されてしまっては、カール一行も海を越えて逃げ出す暇はなかったに違いない。
一瞬、ユリィは迷った。今から急いでコングを止めにいけば、襲撃までに間に合うかも知れなかったからだ。
……だが。
「私には、もうカールさん達を……助けに行く理由も資格もない」
「……」
「だって、敵対しちゃったんですから」
ユリィには、人類を守る義理がない。そして、今のカール達ならコングでも十分勝てるはずである。
現状あそこに居てコングを倒しうる存在は、イリーネくらいだ。
静剣レイは、体格差のありすぎるコング相手には無力。現に前は、命からがら逃げだす事しかできなかった。
勇者カールはその力を失い、ただの冒険者になっている。
おそらく、今までイリューと共に旅していた彼らは……全滅するだろう。
「数体はイリーネさんに持っていかれるかもしれませんが。……まぁ、あの町なら壊滅させられるでしょうね」
ユリィは躊躇う素振りを見せた後。
静かに顔を伏せて、心配そうに自分を見上げるゴブリンの頭を撫でた。
「コングさんは、やんちゃですね」
「……きぃ、きぃ」
「貴方達ゴブリンさんはこんなにお利巧なのに。また、あの子たちにお説教しないといけません」
───その表情は、慈愛と母性に溢れた聖女の顔であった。




