71話「迷走する勇者」
「……なぁレヴ、何処行きたい?」
「カールが連れてってくれる所」
「うーん。……そ、そうだな、食事エリアで軽いモノを摘まみながらブラつくのはどうだ?」
「うん……、楽しそう」
その日。少年は、生まれてはじめてのデートをノープランで敢行していた。
ノープランなのは仕方ない。彼は昨日告白され、下調べの時間もないままデートに駆り出されたのだ。
冒険者をやっていたカールとて、首都に来たのは僅か数回。それも、依頼で来ただけで滞在したのは一泊のみ。
彼に、首都を案内できるほどの土地勘は無い。
「……カール、見て。大道芸人が集ってる」
「おお、そうそう。首都では、芸人がああやって路上で小金稼ぎすることもあるんだ」
「……あのおじさん、火を吹いてる。魔法使いかな?」
「あれは、口に酒を含んでるんだろうな。どうだ、少し見物していかないか」
だから彼に出来る事は、その場その場で面白いものを発見し、楽しい時間を作り上げる他ない。
路傍の芸人や商店の菓子など、カールは童貞なりに目につく楽しいものを必死で探しまくっていた。
「……ボールの上で逆立ちしてる。あのバランス感覚、タダ者ではない」
「お、おいおい。逆立ちしたまま剣を丸飲みし始めたぞアイツ」
「……片手立ちになって、バランス崩しちゃうかも」
存外に、芸人のショーは楽しめた。
人を楽しませて飯を食っているだけはある、見ごたえのある芸だった。
「小腹が空いたな、飯にしようか」
「……うん」
芸人のショーが終わると、程よくお腹が空く時間になった。
しかし、飯と言ってもカールが洒落た店を知ってるはずもなく。
2人はパッと見で綺麗そうな、庶民向けの軽食屋に行き当たりばったりに飛び込んだ。
「……」
「……」
さて、繰り返すがカールは童貞である。
女性とデートなど、したことがない。
厳密には、マイカとデートをしたことが何度かあるのだが……。
『はいカール、次はこれを買いなさい』
『とほほ」
『カードでの負け分よ、しっかり払ってね』
カールがカードで負けた分何かを奢ると言う、デートと呼んで良いのかよく分からない搾取であった。
マイカはそのお出掛けをデートとカウントしているが、カール目線ではタカりにしか見えていない。
『次はあの店を回るわ』
『……はーい、好きにしてくれ』
あとマイカは事前にキッチリプランを立ててくるタイプであり、カールが事前に計画を立てる必要もなかった。
だから、本当の意味でカール主導のデートは人生初である。
────何をすれば良いんだ!?
カールは、柄にも無くテンパっていた。
いつも気安く会話を交わす相手だった、妹のような少女レヴ。
そんな彼女に、カールは何故か『緊張して上手く喋れない』。
旅の仲間の、妹のような少女。
人生で初デートの相手。
その両方の側面を併せ持つレヴに、カールはどう接して良いか分からないのだ。
「美味しいけど、高いねこの店……」
「首都は何でも高いもんだ。むしろ、良心的だよここは」
カールは、出されたほんのり甘くて弾力のあるパンを噛みしめる。
それは確かに、レッサルやヨウィンで食べた普通のパンとは違う『美味しい』パンであった。きっと、何か高品質な小麦で作られたモノなのだろう。
……ただし、その値段は倍近いが。
「金銭に余裕はある、あまり気にするな。マイカに、カードのイカサマ分を賠償してもらうつもりだし」
「……ああ、そんな話も合ったね」
そして、カールはレッサルで露見した『マイカのイカサマ』で弱みを握っている状態である。
これまでカールは、散々に毟られ続けてきたのだ。その分を、請求する権利が彼にはある。
いつもならば財布の紐が固いマイカも、ソレを引き合いに出されたら折れてくれるに違いない。
「……カールは、マイカとどれくらいの付き合いになるの?」
「え? まぁそうだな、物心が付いた時からずっと一緒だったが」
小動物少女は、前から気になっていたことをカールに尋ねた。何でもない風を装って、彼とマイカとの過去の話を。
二人はどんな関係だったのだろうか。本当に一度も、付き合ったことはないのか。
帰ってきたカールの返答は、
「何だろうな。マイカとは性格も、頭の良さも、倫理観も何もかも違う奴なんだが」
「……」
「もう一人の自分、って言うべきか。マイカとは一緒にいるのが当然って感覚なんだ。家族より、相棒に近い関係な気がするなぁ」
……明確な、幼馴染との惚気であった。
「……ふーん」
「お、レヴ。この先に、歌い手ショーの露店が有るらしいぞ。見に行かないか」
「……。うん、行く」
自分から聞いた事であるので、レヴは文句も言えない。
しかし、その回答は少女を不快な気分にさせるのに充分であった。
「ハロー、エブリワン! 今日も一獲千金を求めて、夢見る少女が華やか舞台に上ってくるぞ!」
歌い手の露店は、随分とにぎわっていた。
路上に設置されたベンチには収まり切らず、立ち見の客であふれかえり。
「今日も大入り満員ありがとう! では、さっそく今日のショーを始めようか!」
その舞台上に上がるのは、小太りの意地悪そうな男性だった。
「へぇー。入場料、取られないんだな。首都は太っ腹だ」
「……カール。この舞台、あんまり面白くない、かも」
「え、どういうことだレヴ。来たことあるのか?」
レヴは、舞台を見て少し顔を顰めた。
純朴な少年カールはこの大きな舞台をタダで見られる事に驚いていたが、小動物少女は見た瞬間にこの舞台が『汚らわしいもの』だと気付いた。
「い、一番! 東の村の、アリーシャです!!」
やがて舞台に上がったのは、みすぼらしい服装の少女。
カールの想像していた、華やかな歌い手の衣装とは程遠い。
「母が、病に苦しんでいます。どうか、どうか私にお恵み下さい!!」
半ば懇願するように少女はそう叫ぶと、舞台の上に小さな籠を置いた。
頭上に疑問符を浮かべていたカールは、やがて絶句する。
「あ、あのー空ぁ~!! 収穫の~祝いぃ~」
何と少女は、歌いながら服を脱ぎ始めたのだから。
何かに耐えるように、歌う村娘は舞台上で肌を晒し続ける。
それに呼応して、客席から雨の様に小銭が降り注いだ。
「なっ────」
「見世物ショーだね、これ……。借金まみれの人を舞台に上げて、お捻りを稼がせるショー。稼ぎが悪いとその場で奴隷に落とされるから、皆必死で客に媚を売ってる」
「……」
「……どうする? このまま見たい?」
「胸糞悪い。ごめんレヴ、変なところに連れて来て」
やっぱり知らなかったのか、とレヴは鼻を鳴らした。
カールはきっと、純粋な歌のショーと勘違いしていたに違いない。知っていれば少なくとも、デート中の女性を連れて来る場所ではない。
「行こうか」
「うん」
こうして楽しいはずのデートは、最悪の空気へと変わってしまった。
レヴの顔が、密かに曇ったのをカールは見逃さなかった。
「さぁて、2番目の出場者はこちら!! パーティに内緒で多額の借金を背負ってしまった少女リューちゃん(仮名)! 一獲千金を目論んで、彼女はこの舞台に立ってくれたぁ!!」
「はーい!! 皆さんこんにちは、ヤケクソ系新人アイドルのリューです!!」
「リューちゃん、その怪しげな衣装は何かな? というか、何で顔を隠しているの?」
「実は私の正体は魔王なんです! 正体を隠す為、顔出しはNGです」
「これはこれは、とんでもない新人が現れたもんだ」
醜い笑い声が響く中、カールはレヴの手を引いて客席から立ち去った。
……彼自身、嫌なものを見て冷静ではいられなかった。
「では皆さん聞いてください!! この場で即興で作り上げて歌います!! 『私は☆MA・王』」
「良いぞー!!」
……結局。
カールの人生の初デートは、失敗に終わったと言えるだろう。
カールは、いつものようにレヴに接して会話した。
レヴも、普段と変わらない距離感でしかカールと話せなかった。
それはつまり、デートと銘打たずカールと二人で出かけても、きっと今日の行動は何も変わらなかった。
「ごめん、レヴ」
「ねぇ、カール。さっきの参加者の声、何処かで聞いたような」
「え? わ、悪い。気分が悪くて見てなかったよ」
「そ、そっか……」
首都デートを楽しみにしていただろうレヴに申し訳ない。
カールは、心の中でひっそり落ち込んでいた。
「ねぇ、カール」
見世物舞台から出てから、レヴは意を決して想い人に話しかけた。
「……私とお出掛け、つまらない?」
「……なっ、そんな事は無いぞ!」
「そう。……本当に?」
朝から、カールは難しい顔をしていた。
聞けば、彼はデートなどしたことないと言っていた。だから、緊張しているのだと思った。
「私ね。……今日、一度も、カールの笑顔を見てない」
「……」
レヴにそう言われ、勇者はハッとなった。
確かに。カールは朝から、一度も笑っていなかった。
「……」
「ち、違うんだレヴ」
口ではそう言えど、何が違うのか。
確かにカールは、朝から何も楽しんではいなかった。
デートをするのに夢中で、真剣になりすぎて。レヴとの会話を楽しんだり、笑ったりしていなかった。
「ねぇ、カール」
「……何だ、レヴ」
「カールは、私をどう思ってる?」
少女は、少し諦めた顔でカールに問うた。
「私を見て、可愛いと思ってくれる?」
「……勿論だ! レヴは世界で誰より可愛くて」
「じゃあ、結婚したい……?」
少女の口から出てきたその言葉に、カールは口を開いたまま絶句した。
「いや、そう言うのはまだ、早いというか」
「だよね。……うん、でも私はカールが結婚してくれたらすごく嬉しいよ?」
「……」
「私は、カールが好きだから。カール以外、何も目に入らないから。だから、カールが結婚してくれたら、すごく嬉しい」
やがて、その少女の声は少しずつ湿り気を帯びてきた。
「カール。……カールは、私をそういう目で見てないよね?」
「……いや、それは」
「カールは私の事、大事にしてくれてる。仲間として、家族として、愛してくれてる。それは知ってるよ」
まぁ、薄々と少女自身も気付いていたことだ。
カールには、少女趣味がない。まだまだ発育途中の彼女では、カールの恋愛対象になり得ない。
「……私を大切に思って、愛してくれてるから。今日のデートも、断らなかったんだよね」
その言葉に、カールは押し黙った。
押し黙るしかなかった。
────恐ろしいほどに、レヴはカールの心情を読み当てていたからだ。
家族を失って独りになったレヴを、放っておけなかった。
家族愛を求め、自分を慕ってくるレヴを、心底可愛いと愛した。
しかしそれは、カールにとって紛れもなく『恋愛感情ではない』。
家族に向ける、仲間に向ける愛情だった。
「カール、お願い。どうか、嘘をつかないで」
「……レヴ」
「私は、私は────同情や、責任感で付き合ってほしくない。私を見て、好きになってほしい」
絞り出すようにそう言うと、レヴはカールに抱き付いて、
「私を、本当に好きになってくれるなら。このまま、私にキスをして」
「────」
「それが出来ないなら。……ちゃんと、決着を付けて」
そう、懇願した。
「……」
その瞳は真っ直ぐに、カールを見つめる。
小さくても、レヴは女性だ。
カールなんかよりずっとずっと、恋愛をしていた。
「……俺は」
レヴの体温を、感じる。
カールの理性が、グラリと揺れた。
……可愛い、のかもしれない。
レヴを、異性として見れるかもしれない。
そう感じるほどに、今の彼女の顔からは幼さが消え、『大人の女性』であるかのような雰囲気を纏っていた。
カールは決断しなければならない。
レヴはもう、ありったけの勇気を振り絞ってくれている。
ここで答えずして、何が男か。
カールは悩みもがき、考え抜いて、そして────
「カールッ!!」
「……マイカ!?」
その、答えを出す直前。
彼とは切っても切れぬ幼馴染み。
マイカが、この場に姿を現した。
「……ふぅん。やっぱり、マイカも来たの」
「あ、や、えっと」
レヴは、マイカが現れても動揺しなかった。
むしろ『そろそろ現れるんだろうな』と予想していたかの様な態度だ。
「……マイカ。今ね、私、カールにプロポーズしたよ」
「え、え」
「マイカは。……貴女は、どうする?」
何故この場にマイカが、と目を見開いているカールとは対照的に。
その少女は、落ち着いた声で恋敵に尋ねた。
「……」
幼馴染みが見た景色は、互いに向き合ってキスをする間近の友人と想い人。
二人は、マイカの想定よりずっと関係が進んだ様子だ。
「……その。レヴ、少しカールを貸してくれないかな」
「いや。絶対に、いや」
マイカはこの場に、カールに告白する為に来た。
イリーネに背中を押され、十分に覚悟は決まっていた。マイカは今日、10年越しの想いをカールに告げに来た。
だからこそ、レヴは拒否した。
「私はもう、出せる勇気全部出したもん」
「……レヴ」
「ここで引き下がれる訳ない。……私が先に、告白したんだから」
何となく。女の勘で、レヴは気が付いていた。
ここで、マイカとカールを二人にしたら、自分は負けると。
「……マイカ。今さらやってきて、二人きりになれるなんて、そんな虫の良い話を期待しないで」
そう言うと、庇うようにレヴはカールを抱き締めた。
その目に涙を浮かべながら。
「……ああ、そう」
取られたくない。負けたくない。
……それは、当然だ。
レヴの気持ちを考えれば、デートの真っ最中に他の女が割り込んできたのだから、譲る理由がない。
「おい、マイカ。一体何の話だ」
「貴方の話してんのよ、カール」
「マイカ……?」
これは、ウダウダしていた自分が悪い。
サヨリに先を越され、レヴも後を追い。
そんな中でマイカだけは、ぼんやり『傍観していた』のだから。
「言うのが遅くなって、ごめんカール」
マイカはこれが、最後のチャンスだと気付いた。
他人のデートに割り込んで、男に告白しようとしているのだ。
相手が気心しれたレヴで無ければ、即座に張り飛ばされておしまいだっただろう。
「……昔から、好きだったよ」
マイカの口から、その言葉が出たあと。
彼女は口を固く閉じて、二人に背を向け立ち去った。
「────えっ」
カールが、再び呆ける。
マイカは返答も聞かぬまま、その隙をついて歩き去ってしまった。
……彼女の勇気的に、これがもう精一杯だった。
「……」
「え、ちょ。マイカ?」
無言で立ち去った幼馴染みの、背を見て戸惑う。
カールは自分が何を言われたか理解するのに、しばらく時間を要した。
「……勝手なヤツ」
「レ、レヴ。今のは一体……」
「……自分で考えれば?」
カールからすれば、とうの昔にフラレた筈の相手だ。
そのマイカが、おもむろに告白してきた。
それも、レヴとのデート中に。
普段は悪魔的で、倫理観の欠如した女の子。
やる時には誰よりも頼りになる、冷徹非情の目的達成マシン。
そんなマイカが、こんなタイミングで告白してきた事実。
「……やはり、策略か」
「これはひどい」
マイカはそんな普段の行いから、策略を疑われた。
「カール。いくらなんでも、それはひどい」
「え、違うの?」
「違うよ……」
ジト目で年下の少女に睨まれる、童貞。
しかし、レヴも彼が何度幼馴染みから『ハニートラップ』を食らったかを知れば、いくらか意見は変わるかもしれない。
「……前から、マイカはカールが好きだったよ」
「そんなバカな。俺、昔にフラレたぞ」
「はぁ。マイカの事だから、意地を張ったとかじゃないのソレ」
カールには、中々その話を受け入れられなかった。
むしろ、マイカに好かれてるなんて、そんな馬鹿な話があるかと思った。
「なぁ。……好いている相手を嵌めて、カードで借金漬けにするとかある?」
「……だって、マイカだよ?」
「……成る程。そう言うこともあるか」
カールは、その言葉に腑に落ちた顔になった。
レヴは、何故自分がマイカの気持ちを解説しているのか分からないと言う顔をしていた。
「……」
「で。どうするの、カール」
「……ああ」
レヴに促され、やがてカールは思案を始めた。
……少年は、少女の顔を覗き込む。
それはくりくりと丸い目が可愛らしい、年端もいかぬ幼い顔だ。
しかし、その表情は真剣で。何処か、大人びた雰囲気をも併せ持っている。
いや。少なくとも、恋愛に関してはレヴの方がカールより精神的に年上なのは間違いないだろう。
レヴと、付き合った未来を想像してみる。
決して、悪いことにはならない。
きっと、彼女は献身的にカールを支え続けるだろう。今は見た目が対象外であろうと、年を重ね成長すればきっと美人になるに違いない。
そんな、自分には勿体無いほどの娘が、真正面から想いを告げて来たのだ。断る理由があろうか。
先程の、悲壮な顔で想いを告げて、立ち去った幼馴染みの顔を思い出す。
かつての、自分の想い人マイカ。
フラレたと思っていた。しかし、本当は両想いだった。
……生まれた時からずっと隣にいてくれた、かけがえのない人。
「……レヴ」
「うん」
そして、カールは決断した。
少年は、優しく少女の肩を手繰り寄せて、
「……ごめんな」
「うん」
そのまま抱き締めた。
「レヴの言う通りだった。今日の俺、凄くレヴに失礼なデートしてたよな」
「……それでも、私は嬉しかったよ」
「俺はレヴを愛してる、その言葉に嘘はない。今後、この言葉を嘘にするつもりもない。だけど」
カールの腕の中で、レヴは悟った。
自らの、その恋の終わりを。
「……ごめん。レヴを、そういう風に見たことはなかった」
「知ってた。気付いてたよ、カール」
カールは、レヴを家族のように思っていた。
身寄りがなくなった少女が、成長するまでずっと面倒を見る覚悟はあった。
でも、それは。異性に向ける愛情とは言えない。
「……私じゃ、駄目だったんだね。カール」
「いや、その」
「もう良いよ。スッキリしたし、うん」
カールの腕の中、顔を上げぬまま少女は涙を浮かべ笑った。
自分に出来ることは、全てやった。その上で、フラレた。
レヴに泣き出したい衝動はあれど、後悔は無かった。
「……で?」
「へ? で、とは」
「……で? マイカはどうするの」
どうせフラれるのならば、最後まで良い女で居よう。
そう考えたレヴは、色々な感情を飲み込みながら、マイカの立ち去った方向を指差した。
「私なら、マイカを追える」
「……っ!」
そう、パーティーの斥候役はマイカ一人ではない。
冒険者として有名だった両親から様々な指導を受けたレヴもまた、斥候として最低限の技術を持っていた。
「アレを追うなら、最後まで付き合うけど?」
「……良いのか、それで」
「良いよ。だって、私」
少女は、カールの腕を離れる。
レヴはもう二度と、その腕の中に『異性として』包まれることはないだろう。
「カールが、大好きだもん」
それでも。
少年は、少女の憧れの人だった。
「……居た」
「マ、マイカ!」
間も無く、マイカは見つかった。
フラれると思い込んでいた幼馴染みは、人気の少ない路地で一人寂しく泣いていた。
「……え? 二人とも、何でここに」
「話がある、ちょっと来い」
レヴの案内のもと、カールは幼馴染みの前に辿り着いた。
ここからは、少年が勇気を見せる番である。
「……イヤよ、来ないで」
「良いからこっち来い」
「イヤ、聞きたくない」
カールが歩みよると、マイカは後退る。
その情けない鬼ごっこを、レヴは黙って見続けた。
「……っ!!」
「あ、逃げるな!」
マイカは恋愛下手だ。
なまじ他の事が何でも出来るので、恋愛は彼女にとって最大のコンプレックスだ。
プライドの高いマイカは、恋愛での危機に直面すれば遮二無二逃げる悪癖が有った。
「カール、追って!」
「おうとも!」
いつものように逃げる、幼馴染み。
男を見せる為、追う勇者。
「……」
マイカは、その無駄に高い知能を存分に使って離脱を試みていた。
正直なところ。もしレヴとカールが付き合っていたら、自分の口からどんな罵詈雑言が飛び出すか予想できなかったからだ。
自分の品性が疑われるような、酷い言葉を大事な仲間に言ってしまうかもしれない。
今はまだ、マイカには失恋を受け止められるだけの余裕が持てない。
だからこその、逃走だった。
「……クソ、見失った!」
「カール、あっち……」
土地勘が無いとは思えない程、正確に裏道を利用したマイカの逃走劇。
もう、四の五のを言っていられない。
カールは勇者としての力を解放し、多少路地がぶっ壊れようが気にせず地面を蹴って、
「……待ってくれ!!」
マイカを、背後から全力で抱き締めた。
「一回しか言わないから聞いてくれ!!」
温かい、幼馴染みの体温。
カールは燃え上がる羞恥心を押さえ込み、目を閉じたまま大声で叫ぶ。
ここで、全てに終止符を打つために。
「俺が本当に好きなのは───お前なんだ!!」
「……はい?」
帰ってきた声は、困惑だった。
それはマイカらしからぬ、落ち着いた声色と口調の。
「……ん?」
「あ、あの」
イヤな予感がする。
何か、取り返しのつかないことを仕出かした気がする。
額に脂汗をにじませて、カールは恐る恐る目を開けた。
「……」
そして、目をぱちくりさせる仲間の貴族令嬢と目が合う。
何と言う事でしょう。
地面を蹴る力配分を誤ったカールは、裏路地を飛び出して偶然そこを歩いていた女性に告白してしまったのでした。
朴念神、ここに極まれり。




