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68話「再会を約して、新たなる街へ」

「レイ……お前が欲しい」

「……カール」


 それは荷造りを終えて、サヨリに挨拶に行った折。


「俺達には、お前が必要なんだ」

「……乞われても困る。俺の肉体はサヨリのモノなんだ」

「……でも!」


 俺達パーティーは、目が死にかかってるサヨリを前に、頭を下げて懇願していた。


 レイを、俺達の旅に連れていかせてくれと。


「お願いだ、サヨリ。この通り!」

「あの、カール様。そんな、いきなり頭を下げられても」

「頼むサヨリ! どうか……レイを俺にくれないか!」


 ……真剣な表情で、サヨリを見つめるカール。


 想い人に見つめられた若きレッサルの指導者は、特に照れる様子もなく明後日の方向を向いてぼやく事しか出来なかった。



「……何だかスゴく嫌です、この状況」

 














「魔王……ですか。そんなのが、本当に」

「ああ、嘘でもなんでもない。実際、俺達は何度も魔族と矛を交えた」


 出発の前日、俺達カールパーティーはサヨリに今までの旅の事を伝えた。


 レーウィンで戦った猿の化け物、ヨウィンでやり合った砲撃戦。


 その奇想天外な話を、サヨリはふんふんと真面目に聞いていた。


「……与太話と思いたいのですが」

「嘘じゃない! 信じてくれ、サヨリ!」

「無論、信じますとも。カール様が、わざわざこんなつまらないジョークを時間かけて話に来るとは思えませんし」


 幸いにも、サヨリは俺達の話を疑わずに信じてくれた。


 後は、レイを借り受けることが出来るかどうかである。


「俺だけでは、皆を守りきれるかどうか分からない」


 魔族は、俺達の想像を遥かに凌駕する化け物揃い。


 戦力はいくらあっても足りない。まして、俺達パーティーには圧倒的に「近接戦闘要員」が不足している。


 カールが突っ込んでしまえば、後は俺(筋肉)とレヴちゃん(ロリ)しかまともに戦えないのだ。


 俺もレヴちゃんもそこそこ戦えるとは言え、静剣────レイには大きく劣るだろう。


「だから、俺にレイをください!!」

「土下座しないでくださいカール様。本当に、もう、何かアレに見えますので」


 だから、カールは静剣レイを仲間に加えさせてくれとサヨリに頼み込んでいた。


 その静剣は、やはり赤ふんどし姿でサヨリの傍らに控えている。


「あーあ、それ私が言われてみたかったヤツ……」

「……む、今何か言ったかサヨリ」

「言ってない、お前は黙ってろ」


 レッサルは、まだ不安定。静剣レイの手助けが必要な場面も多かろう。


 だが、そこを曲げて頼むのだ。どうか、魔王を倒すために力を貸してくれと。


「まぁ、こんなので良ければ援助し(さしあげ)ますけど」

「良いのか、サヨリ!」

「ええ、まぁ。その代わり……」


 しかし、サヨリは躊躇う様子もなく許可をくれた。


 ずいぶんあっさり許してもらえたので、意外そうにカールは彼女を見つめる。


「カール様の使命が全て終わったら、またレッサルに遊びに来てくださいね」

「……ああ、約束する!」

「いっぱい、お話聞かせてください」


 そう言って笑うサヨリは、少し拗ねている様にも見えた。










「まぁ、付近の悪党族は滅んだみたいですし。何とかなると思います、というか何とかします」

「頼もしい」


 サヨリ曰く、別にレイが居なくともレッサルはどうとでもなるとの事だった。


「元々、そこの赤ふんどしが敵に回ってもやりくり出来てましたから」

「そういや、そうか」


 今まで賊が出没している様な状況でも、サヨリ率いる自警団が居れば何とかなったのだ。


 賊が滅んだ今、レッサル周囲に脅威はほぼ無くなっている。自警団の面々が生き残っている今、レイの存在は過剰戦力と言える。


「むしろ、レイが居ない方が楽っちゃ楽ですね。一応ソイツ、お尋ね者ですし」

「……そういえば賞金首か、レイ」

「貴族様がレイの顔を知っていたら、誤魔化すのが面倒です。バレたら彼、即処刑ですし」


 すっかり忘れてた。そうだ、レイって賞金出てる悪党じゃん。


 辺境伯様がレイの顔知ってたら不味いのか。


「確かに、誤魔化せない可能性もありますわね」

「まぁ、別人だの奴隷身分だので誤魔化すつもりではいましたけど……、彼を連れていきたいならどうぞご自由に」

「……だ、そうだぞレイ」

「ふむ」


 レイはサヨリの言葉を聞き、真面目な顔になった。


 俺達についてくるべきか考えている様子だ。


「……貴様らには、返しきれぬ恩や償うべき咎がある。サヨリの許可があるならば、力になろう」

「よっしゃ!」


 サヨリが許すならと、レイは二つ返事で旅の同行に了承してくれた。


 これで近接戦闘員不足、男女比とか諸々の問題も全て解決する。


「良かったですわね、レヴさん。お兄様がついてきてくださりますよ」

「……それよりまず、赤ふんどしをやめて欲しい」

「……俺も好きでこの姿をしている訳ではない」


 そして、レヴちゃんもどことなく嬉しそうだ。


 もう会えないと思っていた兄との再会。嬉しくない筈もない。














 レッサル滞在の最終日の夜。


「おやややや、イリーネさん。こんな夜に、どうされました?」

「散歩ですわ。今夜で、レッサルの街の見納めですから」


 外でこそトレ(こそこそトレーニング)を終えた俺は、アジトに帰ると玄関でイリューに遭遇した。


 まだ起きていたのか。


「一人歩きは危ないですよ、ぷんぷん!」

「そうですわね。以後、気を付けますわ」

「次から散歩する時は誘ってください! 私が護衛してあげますよ!」

「それはありがたいですわ」


 ……うん。普通に俺の方が強いと思うけど、取り敢えず感謝しとこう。


 イリューってそもそも、戦闘出来るんだろうか? 前は冒険者パーティーに所属してたとか言ってたけど。


「そして上手くイリーネさんを護衛できたら、ご実家のヴェルムンド家から護衛料をせしめます! がっぽり!」

「……さっきの感謝返してくださる?」

「ヴェルムンド家といえば、かなりの名家。報酬には期待がかかります♪」


 まぁ名家だけど資産はショボいぞ。


 慎ましく清廉潔白に生きてる一族だからな、ヴェルムンド家。軍事貴族の名残で、私兵団の装備とかは充実してるけど。


「にしても、私の実家を知ってらっしゃるのですね。ウィン領を離れたら、中々知ってる人は居ないのですが」

「え、まぁ。貴女のご先祖の、割と有名な逸話を知ってまして……」


 イリューはそう言うと、何かを懐かしむような顔になった。俺の家の昔話を、聞いたことがあるらしい。


「邪悪なる龍を払った、精霊使いの勇者。それが、ヴェルムンド家の始祖では?」

「おお、よく知ってますわね」


 どうやらイリューは、本当にうちのご先祖について知ってるらしい。


 そう、俺の家はそう言うことになっている。


 勇者の血筋といえば耳触りは良いが、数百年前の勇者の血なんざそこら中に混ざりきってる訳で珍しくもなんともない。


 そして今、『勇者の末裔』を名乗れるのは直系の子孫だけである。うちは残念ながら直系ではなく、勇者の末裔は名乗れない。


「ただし、分家ですわ」

「あれ、本家じゃないのですか」

「分家の私達一族が、一番出世していますの。曾祖父の活躍で」


 そうなのだ。『軍神』と呼ばれた曾祖父ヴェルムンド卿が異民族との戦争で大活躍したので、今の俺達の地位がある。


 一方で勇者の末裔を名乗る本家ヴェルムンド家は、うちと違ってその戦争での武功が少ないから木っ端貴族だったりする。


「じゃあ、ほぼ本家では?」

「『軍神』ヴェルムンド卿を始祖とするなら、本家名乗れますわね」


 まあ、規模的には実質本家みたいなモンかもしれない。勇者を始祖とするから分家になるだけで。


「まぁ、イリーネさんも勇者の血筋には変わりありません」

「血筋なのは、その通りでしょうね」


 現代の貴族は、辿れば大体勇者の血に行き着くらしいけど。


「あのですね。私、()()()()とでも言うのですか……。何となく、イリーネさんからオーラを感じますよ! 勇者のオーラ的な♪」

「おほほほ、それは照れますわね。いつか、カールさんと肩を並べて戦えれば良いのですが」

「きっと出来ますよ。うん、きっと」


 イリューは純粋な笑みを浮かべ、俺の頬を撫でた。


「私も、微力ながら力になりますよ!」


 優しい笑みを浮かべ、イリューは笑う。


「……。ええ、どうも」

「はい!」


 しかしその言葉には、どこかモヤモヤとした感情が乗っているように聞こえた気がした。


 



















 翌朝。


 とうとう、レッサルを旅立つ時が来た。


「カール様によく従い、忠義を尽くしなさい。そして全てが終わったら、このレッサルに帰ってきなさい」


 サヨリは、自分より年上だろうレイに向かって訓示を示していた。


「貴方は賊に騙され、罪のない人々の命を脅かした。貴方のしたことは決して許されない」

「……」

「でも、ここレッサルはお前の故郷です。お前が悪に染まらぬ限り、絶対に私は民を見捨てない」


 そう説教垂れるサヨリには、カリスマが有った。


 彼女がリョウガを名乗っていた時と変わらぬ、心強さと求心力があった。


「……」


 レイも、年下からの訓示と言うのに閉口して素直に聞き入っている。


 サヨリの言葉は荒くれ者のサクラのカリスマとは違う、父母のように包み込む安心感を持っていた。


「以前の、お前に酷い仕打ちをしたレッサルは滅びました。これからは、誰もが胸を張って故郷だと自慢できるレッサルになる」

「……それは、素晴らしいな」

「そこがお前の、静剣レイの新たなる故郷。……旅の途中であろうと困ったことがあれば、妹連れて何時でも帰っていらっしゃい」


 ……でかい。人間としての器があまりに大きい。


 その小柄で年下の少女の言葉に、皆が感服して聞き入っていた。


 そうか、これが。これが自警団の長にして民衆の『英雄』の器か。


「……ああ。いつか、帰ってこよう」

「ええ、引き続き自警団で性根を叩きなおしてやります」


 そう言うと、サヨリは含み笑いをしてレイから顔をそむけた。


 自らの最愛の兄の『仇』にすら、この態度。彼女は本心から、レイを愛すべき民として扱っている。


「そしてカール様とそのご一行。この度は、このレッサルに多大な貢献をしていただき感謝の念に堪えません」

「いや、俺達は仲間の為に動いただけだ。こっちこそ、宿に飯と世話になった」

「その程度では、とても返せない恩です。盛大に歓待しますので、カール様もまた遊びに来てくださいね。約束しましたよ」


 そう言うと、カールはサヨリとしっかり握手を交わした。


「……」


 それ以上の言葉を、二人はかわそうとしない。ただ眼だけで、静かに見つめ合っている。


 今回、カールとサヨリは肩を並べ共に戦った。きっと、何かしら通じ合うものが出来たのだろう。


「本当に名残惜しいですが。そろそろ、引き留めるのも悪いでしょうか」

「そんなことは無いが……」

「また会える日を信じて、ここでお別れです。ご武運を祈っていますよ、カール様」


 やがて数十秒見つめ合った後、サヨリは手を離し手さげ袋を取り出した。


「……餞別です。一応、私の手縫いなんです」

「え? お、おおありがとう」


 サヨリはそれをカールに手渡し、そのまま、



「あっ!!」



 チュっと、カールの頬にキスをかました。


「あああっ!!!」

「え、え、ええ?」

「私の気持ちを込めた贈り物、大事にしてくださいね」


 その暴挙にマイカやレヴは憤怒の表情を浮かべているが、サヨリはどこ吹く風でカールの頬を撫でた。


 ……ほう、完璧な奇襲攻撃。中々やりますね。


「え、あ、その」

「またレッサルに帰ってきたときに返事を聞かせてくださいね。……ずっと待ってますから」

「え、えええ!?」


 流石の朴念仁も、こんなに真っ正面からの好意には反応するらしい。


 これは強いな、流石サヨリ。少なくとも、一緒に旅してるのにずっとウダウダしている二人に大きく水をあけたぞ。


「「……」」


 二人は何かを言いたそうにして、何も言えなさそうだった。


 そうだよね、何も言えないよね。
















「ヒュー、モテますな旦那。これで何時でも、レッサルに永住できますねぇ」

「ま、マスター。からかわないでくれ」


 一応、カールからしてみれば生まれて初めての女子からの告白だったらしい。


 カールは顔を真っ赤にして、ぎこちなくサヨリと別れた。


「どうするんですの? どうしますの?」

「あ、あんまり弄らないでくれイリーネ……」

「いい娘じゃない、気風が良いわぁ。貰っときなさいな、私だって部下に欲しいくらいよぉ」


 道中、こんなに愉快なものは無いので、俺とサクラの二人で囲んでカールを弄り倒していた。


 まぁ、半分くらい『二人』に対する焚き付けも兼ねていたが。


「そう言えば、団長……サヨリは夜遅くまで起きて何かを縫っていた。貴様への贈り物だったか」

「兄ぃ。何で止めなかったの、ソレ」

「え、止める必要が有ったのか……?」


 新たに旅の仲間になった『静剣』レイは事態を全く呑み込めていない様子だった。


 妹の想い人とか、マイカの好意とか察している様子はない。レイは結構、そう言う心の機微に弱いのかもしれない。


「何を貰ったんですか? 防具とか? それとも服?」

「おお、そう言えば開けてなかった」


 イリューに問われ、貰った袋の中身を取り出すカール。


 キスの衝撃で中身を確認し忘れていたが、せっかくなら彼女の前で開けてお礼を言うべきだったかもしれない。


「え、っと。これは……」

「……わあ」


 魔王(イリュー)勇者(カール)は二人で袋を覗き込み、感嘆の声を上げる。


 一体何が入っていたのかと俺も覗き込んでみると、



「赤ふんどし?」

「……赤ふんどしですね」

「……えー」



 そこには、レイが着させられていたモノより立派な装飾の赤ふんどしが折りたたまれて鎮座していた。


「え、嫌がらせ? 俺、ひょっとしてサヨリに嫌われてた?」

「あの態度で、そんなことは無いと思いますが」

「……いや、純粋に好意だろう。確かサヨリは、言っていた」


 カールが手渡された赤ふんどしに困惑していると、レイが真面目な顔で解説を始めた。


「サヨリは、赤ふんどしを着た男の人に興奮すると」

「え、まさかの性癖!?」



 ……レイがさせられていたあの姿は、単なる辱めではなくサヨリの性癖によるものだったらしい。


「お、女の子って赤ふんどし好きなの?」

「え、全然……」

「分かりませんわ、私はそれほど……」


 筋肉質な男の赤ふんどしなら、まぁ……? でも別に、特別赤ふんどしに思い入れは無いかなぁ。


「サヨリと結婚したら、基本は赤ふんどしスタイルになるかもね」

「変態的ですね♪」

「……。大分イヤだな、それは」


 残念ながら、サヨリ手縫いの赤ふんどしは大きくカールの好感度を下げた。


 彼女、案外と天然なのか……?


 ……もしかして、サヨリの兄リョウガは赤ふんどしを手渡されても喜ぶキャラだったのだろうか。


「妹よ。やはり異性に下着を贈るのは、アリだったのでは無いか……?」

「兄ぃ……」



 サヨリの意外な趣味に戦慄しているその裏で、静かに『静剣』が妹にビンタされていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 赤ふんどし、あまりにも謎だ…
[一言] カールの事狙ってない組が楽しそうで何よりです 次は海の街編かな 楽しみ
[一言] 今の内にイリューを筋肉で手懐けておかないと……
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