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62話「レッサル決戦 裏切りの剣士」

 悪党族のボス、魔術師の女。


 彼女を剣の間合いに捉え、カールは剣を低く構えた。


「覚悟は出来てるよな」

『冗談じゃない』


 それは、魔術師からしたらまさに悪夢だったろう。


 たった一人の特攻で防衛線を全て突破され、チェックメイトをかけられたのだ。


 結果としてカールの突撃は囮ではなく、主攻となった。


『私のコレクションが、全滅とは。……うう、心が痛い。これが人間のやることか』

「へぇ? 人間らしさを説いてくるなんて思わなかったぜ、この外道」


 カールの後ろには、なお大量の賊が恐る恐る構えている。


 しかし、彼らに何が出来ようか。目の前の男は、文字通り『一騎当千』。


 どれだけ雑魚をカールにけしかけても、勝てる見込みは薄い。


『ああ、恨めしや。貴様を呪ってやるぞ、カール』

「呪えるものなら呪ってみろ、俺はもう女神に祝されてるんだ。貴様のような外道の呪、何も怖くはない」

『全く、恨めしい』


 そう言うと、カールは静かに目を伏せて。


 悪党族のボスを相手に、覚悟を決めた。




「────斬る」




 やがて女は、頭から一刀両断された。














 生暖かい、血が噴き出す。


 力を失った体躯は、草木を朱く染めて血に伏せる。


「……終わったか」


 悪党族の親玉は、今叩き斬った。


 これで、マイカの言うことが事実であれば、悪党族の大半は死体に戻って土に帰る筈である。


「……?」


 しかし、周囲を見渡しても何も変化がない。


 賊は賊のまま、頭領が切り捨てられた事に動揺してはいるが、その場で立って動いている。


 とはいえ、勝ちは勝ちだ。カールは剣を仕舞い、周囲の賊を睨め付けながらリョウガの下へ向かおうとして。



『身体をヨコセ……っ!』

「っ!?」


 不快な声が頭に響き、カールは再びその場を飛びのいた。 


 ……慌てて周囲を見渡すが、誰もいない。切り捨てた女の死体が、足元に転がっているのみである。


「貴様、どこだ!? まだ生きているのか────」

『キーッヒヒヒヒ、そう簡単に滅ぶものかい』


 魔術師の身体は、間違いなく切り捨てた筈だ。


 しかし、魔術師の『気配』そのものはまだ周囲から感じた。


 ……あの女は、まだ死んでいない。



『そろそろ体の替え時だったのさ。実に良いその肉体、もらい受けるぞ……』

「何だと?」



 彼女の言い草は、まるで『身体を奪い続けてずっと生きてきた』かのような口ぶりだった。


 嫌な予感がする。このままこの場所にいれば、取り返しがつかなくなる。


 カールは咄嗟に場を離れようとして、



「っ!!」



 ドス黒い黒煙が大地から立ち上り、カールを丸ごと包み込んだ。


 たとえようのない不快感が、カールの体を蝕み始める。それはまるで、体を誰か別の存在に動かされている様な────



「貴様、まさか……!!」

『もう遅い、もう逃れられない。キヒヒヒヒっ!』



 殺された相手の肉体を、乗っ取る。この魔術師は、そうやって今までずっと生きてきた。


 理屈は、なんてことはない。死霊術師は、死んだ自分を『生前に予めかけておいた』死霊術で操っているのだ。


 不死を得た稀代の天才ネクロマンサーの死霊術は、年月を経るごとに深く強く洗練されていき、1人で『悪の一大勢力』を築き上げるに至った。


 その、呪いのような死霊術を正面から受けたカールは……



「む、何ともないぞ?」

『っ!』



 煙が見えない壁のようなものに弾かれ、事なきを得ていた。



『……何だ、これは。何故、身体を奪えない……』

「ふむ。どうやら、お前のそれは俺に効かないらしいな」

『貴様、本当に何者だ? これでは、お前はもうすでに()()()()()()()()()()()ような────』


 その怨執の籠った声は、カールに向けて罵声を浴びせた後。


「あ? 俺が誰に取り憑かれてるだって?」

『……いかん、このままでは本当に消えてしまう。やむを得ん……』


 何やらか細い声になり、静かにカールの周囲から消えていった。


 ……どうやら賊は、カールに取り憑くのに失敗し逃げ出したらしい。



「逃げたか、あの野郎。殺しても死なねぇなら、どうすれば……」

「馬鹿ね、イリーネの魔法で一発じゃない」

「うわぁ!? マ、マイカ?」



 斬ってもなお、相手に乗り移って存在を保とうとする化け物。


 そんな怪物を倒すにはどうすればいいか、カールは途方に暮れていた折に突然話しかけられた。


「お、お前等。良かった、無事だったか」

「カールこそ、よくやったわ」


 見れば、それはカールの進撃を見て合流すべく引き返してきた自警団とマイカ達だった。















「リョウガはどう?」

「……心身喪失状態ねぇ。命に別状は無いけど、その」

「快復の目処はつかない、かしら?」


 サクラは、リョウガを診察して難しい顔をした。


 どんなに揺すっても、腕をつねっても、リョウガは身動ぎ1つしない。


 彼女はもはや、生きていく上で最低限の反射を認めるのみであった。


「こっちは……、イリーネは昏睡してるだけなのね?」

「何故か、ほぼ精神はノーダメージみたい。結構長時間、禁呪を食らったはずなんだけどぉ」

「流石イリーネ、心が強いんだな」


 一方でサクラに洗脳されて無さそうと太鼓判を押されたイリーネは、ムニャムニャと笑って「弾ける肉厚……」と謎寝言を言っていた。


「イリーネはともかく、リョウガの状態はかなり悪い訳ね」

「心を壊されれば、人は死んだのと変わらないわ。あの魔法が禁呪に指定されたのも、納得よぉ」

「愚痴っても仕方ねぇ。……リョウガの事は、後でゆっくり考えよう」


 そこで話を切ると、マイカはリョウガをおぶって立った。


「私がリョウガを背負うから、自警団は先行して道を確保してくれない?」

「ああ、承ろう」

「カール、アンタは私達の後ろを護衛しなさい。まだ、賊が遠巻きにこっちを見てる」

「俺が居る限り近づいては来ないだろうがな。よし、任された」


 こうしてカールを殿に、全員で悠々とレッサルに帰還した。


 自警団が先行し、その後ろにマイカ、サクラとイリーネを背負ったマスターが追従する形だ。


「どこかに、レヴが見当たらないか?」

「リョウガが突っ込んだ時にいたみたいだけど……、見失ったわね。焦らなくても良いわ、イリーネさえ目覚めれば正気に戻せると思うから」


 これで、残す目標はレヴの保護だけ。


 本音を言えば今すぐ探し出したいところだが、今は退路の確保が優先だろう。


 カールは周囲に気を配りながら、撤退する仲間を見守り続けた。



「……ん」

「あら、リョウガ?」




 5分ほど歩いたころだろうか。


 マイカの背中から、小さなうめき声が上がった。


「ちょっと皆、ストップ。リョウガが今……」

「え、もう意識が戻ったのぉ?」


 モゾモゾ、とリョウガがうめき声と共に動き始めたのだ。


 マイカはリョウガを地面に降ろし、座らせてみた。


「……あんた、大丈夫? 無事?」

「うー、イテテ。頭が割れそうだ」

「もう喋れるようになったの?」


 地面に降ろされたリョウガは、頭を押さえ呻いている。


 しかし、はっきりと意識は戻っている様子だった。


「すまんな皆、心配かけた。キッツい魔法だぜ、まったく」

「お、おかしら……、大丈夫ですかい?」

「何とかな。これでもお前らの団長だぞ、リョウガ様をなめんじゃねぇ」


 その言葉に、サクラは小さく息を飲んだ。


 ……今の彼女は、サヨリではなく『リョウガ』のままの様だ。兄を失った記憶を持たぬサヨリ、つまり偽物のリョウガ。


「もう大丈夫だ。立って歩ける」

「禁呪に指定されてる魔法を食らったのよぉ、無茶しちゃいけないわ」

「へ、禁呪だぁ? 大したことなかったぜ、あんな魔法」


 リョウガはそう言うと、ふらつく様子もなく立ち上がった。


 足取りはしっかりしている。リョウガは本当に、復活したらしい。


「おお、流石だなリョウガ。もう復活するとは」

「カールか、お前こそ流石だぜ。あんな強い奴らを次々と……、完全に計算外だったぜ、良い意味で」

「そっちこそ、しっかり約束守ってくれてありがとうな」

「約束? ああ、アレか。俺は約束は守る男なんだ」


 ニシシ、と笑い合うリョウガとカール。


 心の奥まで『リョウガ』に染まり切った少女は、まるで男同士の様にカールと手を組み交わした。



「……ねぇ、リョウガ。本当に貴方、大丈夫?」

「何がだよ、お嬢ちゃん」



 サクラは、心配げにリョウガの手を握る。


 精神的にかなり重症で、快復の見込みは薄かったリョウガ。その彼女がこの短時間で復活できた理由は、おそらく『再びサヨリだったことを忘れた』から。


 もし、再び彼女がサヨリだった事を思い出してしまえば、再び彼女は心神喪失状態になるだろう。


「イリーネはともかく、貴女は重症だった筈よ。大人しく誰かに背負われていた方が良いわ」

「あら、マイカ」


 その意見に同調して、マイカも口を挟んだ。


 彼女が人の心配をするなんて珍しい、とカールは目を見開いた。


「俺の方が重症だった、だぁ? 普通に考えて、今も寝てるイリーネの方が重症だろ」

「馬鹿、リョウガの方が重症だったってサクラに聞いたわ。ほら、背負ってあげるからこっちに来なさい」


 そう言うと、マイカはニヤリと笑って縄を取り出した。


「縛り上げて引き摺られたくなかったら、おとなしくしなさい」

「お、おいおい荒っぽいな」

「縄で縛られるのはお嫌い? 見たところアンタ、人を縄で縛る方が好きそうだもんね」

「やめてくれ、俺にはどっちの趣味もない」


 怖めの笑顔のまま、マイカはリョウガを縛り上げようとゆっくり近づいていく。


 マイカが本気な事を悟ったリョウガは、冷や汗を垂らしながら後ずさりして────




『ちっ、縛られる訳にはいかん』

「逃げるな!」




 そのままマイカに近づかれるのを嫌ったリョウガは、背後に大きく跳躍した。


 間髪入れずにマイカは縄を投げたが、躱されてしまった。


「……カール、リョウガを取り押さえなさい!」

「お、おい! これって一体」


 カールは、まだ状況を飲み込めていない。


 しかし、リョウガから邪悪な気配が漂っていることには気が付いた。


「……まさか、リョウガは」

「ええ、乗っ取られてるわ」


 マイカのその言葉を聞いて、全員が戦闘態勢に入る。


 一方でリョウガ(?)は、ポリポリと頭をかいた後に呆れるように笑った。


『何処で気付いた?』

「リョウガは、私やイリーネを『たん』付けして呼ぶの。あと、イリーネはアンタの指示で昏倒させてるんだから、今も寝てて当然でしょ」

『む……』

「最後に、その娘は私を縛り上げた時に『女の子を縛るのが大好き』って公言してたわ」

『……気持ち悪い奴だな、コイツ』

「実の兄の言動を模してるだけなんだろうけどね」


 マイカは、先程カールが『悪党族のボス』を斬った瞬間を遠目で見ていて、ある程度予測していたのだ。


 人に乗り移れると宣言した『ボス』がカールへの憑依に失敗した後、何処に向かうかを。


 一番近くに有って、かつ乗っ取りたくなる優れた身体は……リョウガしかいない。


「リョウガを、解放しろ……!!」

『解放しろったって、もう廃人だよコイツ。放っておいても衰弱するだけさ、私が使ってやった方が有効活用さね』

「それ以上……、それ以上その娘の人生を無茶苦茶にするな! 悪党族!!」

『そんなの知ったこっちゃ無いよ』


 友達が乗っ取られた事を知り、カールは激怒した。


 鬼のような形相でボスに乗り移られた『リョウガ』を睨み付けている。


「殺してやるぞ……っ!!」

『おお、こわいこわい。お前にはどうも勝てる気がせん』


 今すぐにでも斬りかかりたい。


 しかし、リョウガごと斬るわけにはいかない。


 そうこう葛藤している間に、ボスの女は仲間に向けて宣言した。



『皆の衆、安心しろ! 私はまだ生きているぞ』

「これは……ボスの声!?」



 それと同時に、先程斬られた筈のボスの肉体が再構成される。


 起き上がった頭領の姿を見た悪党族は、歓喜に包まれた。


『今死んだのは私の偽物だったのさ。トリックだよ』

「流石ボスだぜ!!」


 あの目の死んだ女は、みるみると修復され先程と変わらず立っている。



「……死霊術。さてはあの女、自分の死体を操ったわね」



 ……あの女性も、今のリョウガの様な『被害者』だったのかもしれない。


『さぁて、私はいったん引かせてもらおう。少し、怪我も負ったしね』

「……てめぇ! 逃げる気か!」

『逃げさせてもらうさ。本当はお前らを傀儡にして持って帰るつもりだったが……、今回は許してやろう』


 リョウガの姿を借りたボスは、自嘲気味に笑いながらカールに背を向けた。


『今回の戦果は、この女の肉体だけで妥協しとくよ』

「……逃がすと思うか!」

『ああ、思うね』


 即座にカールは、逃げるリョウガを追った。


 彼女に斬りかかる事は出来ない。しかし、取り押さえることは出来る筈────!


『お前が居ない状況で、お前の大切なお仲間が無事にお家に帰られるとでも?』

「……」


 そのボスの捨て台詞と同時に、周囲の賊が咆哮した。


 賊どもの皆が目の光を失い、獣のごとく奇声を上げて剣を構える。


『ほらお行き、私の可愛い下僕たち。一人でも多く、奴らを殺すんだよ』

「ぐ、カール! この数は────」


 女は、物量作戦に出たのだ。


 死した兵で有ることを強みに、賊達を突進させた。カールに殺されることをも厭わず。



「ちょ、きゃああ!! 誰か、助けてぇっ!!」

「お嬢ぉ!! この、離れやがれ!」



 カール一人ならば、賊の群れなど切り分けて突き進めよう。


 だが彼の仲間は、カールが居なければ満足に撤退すら出来まい。


「……みんな、俺の後ろに来い! 自警団、悪いが非戦闘員(みんな)の周囲を固めてくれ」

「分かった! カールの旦那を援護するぞ!」


 カールは、ボスの追撃を諦めざるを得なかった。


 高笑いして立ち去るリョウガを見送りながら、悪党族に強襲されている仲間をレッサルまで撤退させるため、カールは殿の役目を強いられたのだった。










「……ぜぇ、ぜぇ」

「旦那、味方は大方離脱出来ました!」

「そうか、はぁ、はぁ」


 荒れ狂う敵の中を、必死で切り裂いて。


 一人、最前線に残り続けたカールと自警団の精鋭は、とうとう仲間を戦場から撤退させることに成功した。


「……旦那も、撤退を! 流石に、もう限界でしょう」

「ああ、正直やべぇ」


 戦闘の負担は、カールに集中していた。


 賊のボスからして、カールは何としても殺したい存在だ。彼の死体を利用できれば、さぞかし有用に違いない。


 だからボスの支配を受けた雑兵は、みな命を捨ててカールに斬りかかったのだ。


「でも、お前らが先に逃げてくれ。奴等の狙いは俺だ」

「ですが旦那!」

「心配は要らねえ。俺の仲間のために今まで戦ってくれてありがとう、自警団。最後くらい、俺に命を張らせてくれ」

「……」


 敵は大軍だ。しかも、殺しても殺しても蘇ってくると来た。


 今カールが撤退すれば、少なからず自警団に犠牲者が出るだろう。命を恐れず突っ込んでくる敵と言うのは、本当に恐ろしいのだ。



「……恩に着る。カールの旦那の心意気を無駄にするな! 迅速に撤退せよ、自警団!」

「おお、早く行け」


 カールを先に逃がしたら犠牲が出る。それを悟っていたらしく、自警団も意地を張りはしなかった。


「何から何まで、本当にすまねぇ。カールの旦那」

「良いってことよ」


 こうして、とうとう戦場にカールが一人残された。


 自警団さえ戦場を離脱できれば、心残りなくカールも撤退できるのだ。


 これが、最後のひと踏ん張り。


「……しゃあ! かかってこい!」



 勇者は一人、多くの死者の群れに囲まれて、無為に剣を振り続けた。











 どれだけ、人を斬っただろう。


 どれだけ、血を浴びただろう。


「ぐ、ぐ!」


 カールの体力は無限ではない。彼は朝からずっと、休みなく無数の賊を斬り続けれたのだ。


 斬っても斬っても、敵は蘇り続ける。まさに、終わりのない戦い。


「がぁぁぁ!!」


 周囲には人っ子一人いなくなった。


 カールは一人、賊を撒きながら森の中へと逃げ込んだ。


 これ以上戦えない。今のカールは、正真正銘に限界だった。


「このまま、レッサルに逃げ込んだら……街に被害が出るよなぁ、クソ!!」


 死体を斬れど、すぐに修復され。


 2度斬って、3度斬って、それでもなお賊は立ち上がってくる。


 最早今のカールに出来るのは、時間稼ぎのみだった。半日も経てば、きっとイリーネが目を覚ましてくれる。


 そうすれば、彼女の『魔法無効化結界』が全てを終わらせてくれるはず。


 それまで、彼はただひたすらに『敵を斬り続ける』のみ。



『あっはっは。随分ヘバっているねぇ』

「……貴様!!」



 鉛のように重たい剣を振り回し、彼は再び血に染まる。


 しかし、いくら戦えど終わりは見えず。限界を迎えつつあったカールに、再び邪悪な声が囁いた。


「貴様、何処にいる! 姿を見せろ!!」

『おお、怖い怖い。お前の探し物を届けに来てやったのに、酷い態度だ』

「何だと……!」


 やがて、森の奥からゆっくりと『リョウガ』が姿を現した。


 憎き敵の姿にカールは全身の力を奮い立たせるが、そのボスの隣に立っている少女の姿を見て色を失った。


『この娘を見ろ、お前の仲間だろう?』

「……レヴ!!」


 リョウガは……、『ボス』は、レヴの首筋に剣を押し当てた状態で姿を見せたのだった。


『お前は仲間を随分大事にしている様だが……。どうだ、この娘は大事な仲間であってるかい?』

「貴様……。貴様っ!」

『この娘はそこそこの良い剣士らしいし、あまり殺したくはないけれど。私は別に、この娘を死体にして操ってもそんなに損はしないんだ』



 ────ザクリ、と剣がレヴの喉元に突き立てられる。


 刃半分ほど、レヴの華奢な皮膚に剣がめり込んだ。



『キッヒヒヒヒ、あと一押しすれば頸動脈が切り裂かれるねぇ。ドクンドクンと、刃に触れそうになって脈打っている』

「や、やめろ! やめろっ!!」

『ほう、嫌かい? ならその場で剣を捨てて、殺されな。そうしたら、これ以上この娘に手出しはしないよ』



 そう言うと、リョウガは悪辣な笑みを浮かべてスリスリと剣を擦る。まるで弦楽器でも奏でているかの如く。


 剣が動くたび、レヴの首筋の血肉が裂けて、小さく血飛沫が舞い散る。


『どうするんだい? この娘が死ぬかお前が死ぬか、2つに1つだねぇ』

「……う、あ」


 ボスはこの瞬間を待っていたのだ。


 カールが疲弊しきって碌に戦えなくなった、この瞬間を。



「……」



 ここで、カールがレヴを無視して撤退するとどうなるだろう。


 レヴは殺されるかもしれないが、自分だけなら逃げ切れるはずだ。


 カールは女神に祝福された勇者。彼の死は、人類にとって取り返しのつかない事態としか言えない。



『さぁ、選べ剣士』



 カールがレヴの代わりに殺されたとして、どうなる?


 レヴが本当に殺されずに済むかなんてわからない。結局、レヴも殺されるかもしれない。


 そうなれば、カールは完全に無駄死である。



 ────こんなチンケな人質作戦に、乗る必要はない。いや、乗ってはいけない。


 ────マイカならどうする。迷わず、レヴを見捨てる筈だ。


 ────それに、俺の死体を利用されたらどうする。他の仲間にまで、迷惑をかける事になる。



「俺は」

『おう』


 無表情な顔で、レヴがカールを見つめている。


 彼女を救う手立てはない。人類の為、皆の為、カールは死んでやるわけにはいかない。


「俺は────」









「────剣を捨てよう」





 ……カールは、その冷酷な答えを選べなかった。


「俺がレヴを、見捨てられる訳が無い」

『キッヒッヒヒヒヒヒイイ!!』


 愚かな選択であることは気付いていた。


 レヴを見捨ててでも、生きて帰るのが正解だとカールは分かっていた。


「殺すなら殺せ。一生怨んでやる」

『好きに怨め、私は生まれてこの方、怨まれた報いを受けたためしがない』


 だけど。その答えを選べないのが、カールという男の限界なのだ。


 大事な仲間と、ちっぽけな自分。その命の重さを比べるべくもない。



 カールは、誰よりも仲間を愛する男なのだ。



『グヒヒヒヒ。また、新しいコレクションをゲット……』



 カールは大人しく剣を捨てた。


 四方八方の賊が、大挙として押し寄せる。


「ああ、志半ば」


 勇者は、何も持たぬ右手を天にかざして目を閉ざす。


「申し訳ありません、女神様────」


 しばらく声を聴くことのできなかった、女神に懺悔を捧げた。







「……お?」


 しかし、いつまでたってもカールが斬りかかられることは無かった。


 不思議に思って目を見開くと、何処からともなく飛んできた弓矢が賊を射抜いていたのだ。


「こ、こ、こんのぉぉぉぉ!!! 馬カぁールぅ!!!」


 それと同時に、凄まじい張り手がカールの頬を襲う。


 凄まじい怒気をはらんだその叫び声に、彼は聞き覚えがあった。


「……は? マイカ!?」

「あんな相手が、約束なんか守るわけないでしょう!! 素直に剣を捨てる馬鹿があるか、不意を突いてレヴを助ける手段を考えろ大間抜け!!」

「ちょ、お前!!! 何でここに戻ってきやがった!!」



 それは、確かに撤退したはずのマイカだった。


 このツンデレ幼馴染は、カールが心配の余りこっそり撤退せずに隠れていたのだろうか。


「俺は、お前らを逃がす為に死ぬほど頑張ったんだぞ!! 何でここに戻ってきた、アホマイカ!!」

「今のあんたに言われたくないわ、この単細胞!!」


 周囲の賊はなんのその。張り飛ばされたマイカとカールは、その場で大げんかを始めてしまった。


『……お、何か知らんがもう一人傀儡が増えた様じゃの』

「お生憎様。私はあんたに降参する気なんて欠片もないわ」

『そこの剣士は、もう体力も限界だぞ? お前ひとりで、何が出来る』

「そうね、カールを逃がしてレヴを取り戻すくらいはできるんじゃないかしら」

『あ?』


 マイカは憮然とリョウガに立ち向かい、不敵に笑う。


 その姿には、虚勢やハッタリを感じない。


「お、おま、マイカ。この状況を何とか出来んのか」

「私って言うか、実質サクラの手柄なんだけどね」


 そう言うと、マイカはカールの手を取って走り出す。


「ほら、早く逃げるわよ」

「おい、マイカ!! 馬鹿、俺が逃げたらレヴが────」

「殺されるって? そうはならないから安心なさい」


 格好を付けて何をするかと思えば、マイカはカールを引っ張って逃げだすだけ。


 ボスは無駄に警戒してしまったと、ガッカリしながら叫んだ。


『良いのかい!! 本当に、今からこの娘を殺すよ!』

「殺せないわ」

『本当にやらないとでも思っているのか!? きひひひ、死霊術師にとって死体は────』

「そうじゃない」


 リョウガは、最後までその言葉を話せなかった。


 それは、決してマイカに台詞を遮られたからではない。


「ウチの回復魔術師は優秀でね」

『────痛っ!? な、誰だ!?』


 リョウガ────悪党族のボスは、背後から襲われて大きく吹き飛ばされたからだ。



 そして、振り向いた悪党族のボスが見たモノは。




「……」

『レイ……?』 



 怒髪天を衝き、首に傷を負った妹を抱きしめる『静剣レイ』の姿であった。


「な、何でアイツが!」

「アンタにやられて気絶してたのを、サクラが見つけたの」


 その剣士は無言のまま、恐ろしい気迫でリョウガを睨む。


 その眼に、一切の曇りは無い。


「言ってたでしょ? サクラ、ちょっと時間が有れば洗脳を解除できるって」

「あっ」



 それは、久方ぶりに正気を取り戻した『レヴの兄』の姿であった。



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― 新着の感想 ―
頑張ればこの敵も『神』になれるかも知れないけど、牛子に取り憑けるならそれこそ向こうが偽……いや弱女神。 カール神は多少のルールブレイカー気質はあっても、悪というほどの悪じゃなかろう。 ……オマエ…
[良い点] 普段満足に筋トレできないイリーネちゃんは、夢の中で存分に筋トレ出来たから、逆に精神が満たされたみたいな感じだったのか…。 この逆転に次ぐ逆転、すごいですね…
[一言] これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ
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