56話「貴族令嬢の悲劇! 攫われたお嬢様」
……俺が墓地で謎のリョウガの墓(?)を見つけた後。
リョウガに事情を聞くためアジトへ戻るべく歩いていたら、何と壁の方から声がするではないか。
こんな時間に怪しいなと様子を見に行けば、不審な連中が壁際で何かをしていた。
……恐らく、壁に縄を掛けて登っているようだ。まさかこいつら、賊か!
「宵闇からレッサルの街を守る守護神、小人族の……『猿仮面』見参!!」
この街は治安が悪いから猿仮面を被ってきて正解だった。
今の俺の勇ましい姿なら、賊もビビって降伏する筈である。
俺は意気揚々と名乗りを上げて、賊の前に姿を現した。
「……お前ら逃げるぞ! あんな怪しい奴を相手にしていられない!」
「何ておぞましい姿なんだ……。極めてなにか生命に対する侮辱を感じる……」
「何だ? 本当に……その、アレは何だ!?」
敵に動揺が広がる。いい感じだ。
しかし気になったのは、敵の中で指示を出している人間の声に聞き覚えがあった事だ。
「落ち着け! 俺に従え……っ!」
「は、はいアニキ!」
暗くてよく見えないが、敵はどうやら『静剣レイ』らしい。
む、しまったな。奴はカールにすら勝てる猛者。
いかに俺と言えど、あの男を相手にして100%勝てる自信がない。ここは、深追いしない方が良いか……?
「あ、いつかのカッコいい仮面の人……」
「って、レヴちゃん!?」
まさかの静剣レイの出没にどうしようか困っていたら、レヴちゃんが集団に混じっているのが見えてしまった。
くそ、レイの奴め。
まさかレヴちゃんを連れ出す気か。しまった、その展開は考えていなかった。
「何故そんなところにいるんだ、少女よ! 彼等は賊だぞ!」
「え、あ、その……」
こうなればやむを得ない。多少無茶は承知で、レイを止めるしかない!
「待ってくれ妹。今あの仮面を見て何だって」
「え、カッコいい……」
「ウワアーーーー!!?」
レイは妹から俺の感想を聞いて何やら驚愕していたが、そんな事はどうでも良い。
ここで、レイを捕まえてレヴちゃんを取り戻す!
「おいそこの不審な男!! 今すぐその美を理解している幼女を解放するんだ! さもなくば夜道で猿に気を付けなくてはならなくなるぞ!」
「……」
レイタルは凄く色々突っ込みたそうな顔をした。しかし、何とか噛み殺して黙り込んだ。
よし、取り敢えず増援を呼ぼう。カールがくれば、きっと何とかなる。
「みんな起きてくれ、大変だ!! 悪党族が街に入り込んでいるぞ!!」
「む、仲間を呼んだか……!!」
「しかも幼女誘拐まで行っている、ロリコン悪党族だ! 今すぐ此処に来てくれ!!」
俺はとりあえず絶叫して仲間を呼び、速やかに肉体強化呪文の詠唱を始めた。
油断は無し、本気の戦闘態勢だ。俺は一人でレイを倒せないまでも、時間稼ぎをせねばならない。
「脱出を速めろ!! アレは俺が何とかする……っ!」
「兄ぃ、気を付けて。その人滅茶苦茶強かったはず……」
「え、人!? 人なのか、アレ」
そりゃあ、どこからどう見ても人だろ。
「ふっ!!」
間も無くレイは闇に紛れ、斬撃を放って来た。
それはやはり早く、鋭く、正確無比な攻撃。
「筋肉防御」
「何だそれは!」
きっと、奴は首筋を狙ってくる。
俺は攻撃の気配を感じた直後に、両腕で首と頭を覆った。これで、致命打は貰わない筈。
果たしてレイは、やはり俺の首を狙ってきた。それも、
「背後か────」
闇に乗じて、俺の背後に回ってから。しまった、バリアの裏を突かれたか。
俺は咄嗟に振り向いて、回し蹴りを放った。蹴りはレイには避けられたが、敵の攻撃を凌ぐにはそれで十分。
敵は蹴りを嫌って、後ろに跳躍して距離をとった。
ふむ、身体能力はやはり重要だ。奴の攻撃に対して、見てから反応できている!
「つ、強いぞこの不審者! 何でフィジカルだ……」
「ふはははは! 俺は地獄からの使者『猿仮面』! 格闘技世界チャンピオンだ!」
「地獄だと……? まさかここの門は、冥府ではなく地獄へと続いているのか……っ!?」
ノリで名乗った適当な称号に、レイは異様に戦慄していた。
何でそんなに過剰反応してるんだろう。中二病なんだろうか。
「おーい、何事だ!」
「む、来たか!」
間も無く、深夜のレッサルに人の声が響いて来た。どうやら、すぐ近くに人が居たらしい。
俺の叫びを聞いて、村の住人らしき人々が近寄ってきたではないか。
「……くそ、お前ら脱出はまだか!」
「あと少しです、アニキ……」
「ふははは! タイムリミットの様だな、賊ども」
俺一人なら厳しいが、皆で力を合わせればきっとレイを捕らえられる。
レヴちゃんを連れていかれる訳にはいかない。
俺は味方の到着に歓喜し、レイを相手に『ウキイイイィ』と咆哮して。
「怪しい奴だ!」
「ウッキャアア!?」
駆け付けてきた村人に、顔面をぶん殴られた。
痛ってぇ!!?
「何をする!」
「怪しい奴がいると、声がしてきてみたが……ここまで怪しいとは思わなかった! みんな、袋叩きにしろ!」
「ち、違う! 俺じゃない、俺は怪しくない!」
何と村人は、俺を賊と誤認して殴りかかってきた様だ。
しまった、この辺りに灯りが無いことを忘れていた。
夜の闇が深すぎて、村人からしたらどちらが怪しいのか分からないらしい。
「……行くぞ、皆」
「ほら、あそこ! あそこに賊が入り込んでるから!」
「貴様こそ賊だろう! 何をどうしたらそこまで怪しくなれるんだ貴様!」
「待て、邪魔をするな! 悪党族に逃げられる!」
レイは今の状況を好機と見たのか、速やかに撤退を続けた。
レヴちゃんの姿も見えなくなっており、賊はもう殆ど壁の外に出たらしい。
ぐ、どうする! ここは火魔法を使って周囲を照らし、村人に正しい状況を認識してもらうべきか?
いや、詠唱する暇がない。こんな状況で呪文なんて唱えても、殴りかかられるだけだ。
「こんちくしょおおおお!! 猿連打!」
「うわっ、こいつ腕をぶん回し始めたぞ!」
「猿の奇行種に違いない!」
まずは威嚇で、村人から距離を取り。
「吹き抜ける一陣の空。春風!」
「む、何だ! こいつ魔法を使うぞ!」
詠唱が短く殺傷力も低い風魔法で、周囲を吹き飛ばして一旦冷静にさせる。
距離も離れたし、力の差も分かっただろう。
よし、これで話を聞いてくれる筈────
「魔法使いだ! 殺せ!」
「殺られる前にやるぞ!」
村人は、逆にヒートアップした。
ちくしょう、どうしてこんな事に。俺はただ、レヴちゃんを取り返したかっただけなのに。
「ぬおおおおお! こうなりゃ自棄だ、やってやるぞ! 空翔肉輝!」
「な、何だ!? アイツ、急に手足をバタバタさせ……」
「おい、浮いてないか!?」
それは、まさに奇跡。
自棄になって風魔法で周囲を守りつつ思いっきり地団駄を踏んだら、何と、フワフワ俺の体が浮き始めた。
おお、風魔法にこんな使い方があったのか。
「アイキャンフラーイ!!」
「おお、浮いている……見苦しくバタバタしながら、浮いているぞあの男!」
「不審者だ! 空飛ぶ不審者だ!!」
これは良い。空中に離脱できれば、奴等に殴られずに済む。
このまま壁を越えて、悪党族を追撃してやる!!
「待てや悪党、滅べや賊! 今宵の猿は天をも駆ける斉天大聖の化身なり!」
「ウワアーーーー!!!」
ジタバタと壁を越えて浮き上がる事で、俺は再びレイの姿を捉えた。
奴も、俺が空を飛んで追撃してくるとは思わなかったらしい。物凄い叫び声を上げて、レイは驚いていた。
「アレは本当に人なのか!?」
「化け物の類いじゃないのか!?」
「あのカッコ良いお猿さんの声、何処かで聞いたことある様な……?」
む、レヴちゃんを発見。何やら戦慄している兄の隣で、可愛らしく座っている。
逃してなるものか、俺は何としてもレヴちゃんを保護する。それが、カールの仲間たる俺の使命!
「打ち落とせー!」
「ウッキャアアアアアア!!」
その時、背後から石が飛んできて俺の頭に直撃した。
痛ってぇ!!?
「街の外に逃がすなー!」
「石をぶつけろー!」
「ちょ、待てみんな! 本当に俺は怪しい者じゃ無いんだ!」
「むしろ怪しくない所を教えてやがれ!」
村の皆は、俺への攻撃を諦めない。石をぶつけて、俺を叩き落とす目論見のようだ。
くそ、仲間を呼んだのが完全に裏目った。こんな深夜だと同士討ちになってしまう可能性もあるのか。
1つ賢くなったぜ。
「ぬわぁぁぁ!! 魔法の制御が!」
「……俺たちも石をぶつけるぞ!」
「前からも来たぁ!?」
俺が石をぶつけられているのに気付いて、悪党族どもも石を投げ始める。
ぐ、流石にこれじゃ魔法の維持が出来ない! このままでは……
「ムキィイィイ!!?」
「落ちたぞ!」
地上にまっ逆さまだ。やべ、この高さは死ねる。
「ぬおおお5点着地ぃ!!」
「む、この猿野郎、受け身を取りやがった!」
幸いにも落ちた先は何もない土で、うまく受け身をとれたので助かった。
しかし、脛の骨は折れたっぽい。まずい、このまま本当に袋叩きにされてしまう。
「今がチャンスだ! なます切りにしろ!」
「怪物を打ち倒せ!」
「くそ、南無三!」
万事休すか。かくなる上は仮面を取って、女性であることをアピールして────
「……って、猿仮面!? 何やってんだお前!?」
「む、その声は!」
迫り来る暴威に怯えて丸まっていたら、見知った声がする。
顔を上げると、村人に混じってカールがいた。ようやく到着したらしい。
「みんな落ち着け! この不審者は見た目ほど有害な生物ではない! むしろ、街にとって益虫の類いだ!」
「益虫だと!? こんな怪しくて頭がおかしそうな生物が、何の役に立つというんだ!」
「……よく考えろ! 本当の不審者なら、ここまで怪しく身を作らない! 完全無欠、徹底的に怪しいことこそ猿仮面が不審者ではない証拠! 逆に!」
「え、ああ、そうなのか……? そういうモノなのか……?」
カールが俺と村人の間に割って入り、皆を説得してくれている。
助かった。だが、こんなに悠長にしている時間はない!
「聞けカール! 少女レヴが、悪党族に連れ去られたんだ!」
「……なんだと?」
「何とか俺一人で足止めをしようと頑張ったが、村の連中に邪魔をされてしまって逃した。すまんがカール、お前が追撃してくれないか!」
ひとまず、カールにレヴちゃんが連れ去られた事を話しておく。
早く追ってくれカール、このままじゃレヴちゃんが……!
「……みんな! 俺に続け、仲間を救出するぞ!」
「そ、そんな変態の言うことを信じられるものか! きっと騙されている!」
「……なら、俺一人で追撃する! サクラ、猿仮面を保護してやってくれ」
「わ、分かったわぁ」
ぬっと、闇の中からサクラの声が聞こえてきた。
暗くてわからなかったが、カールのすぐ傍にサクラも居たらしい。
街の外へ走っていったカールと入れ替わりに、サクラが俺の前に歩いて来た。
「……お猿さん、久しぶり」
「ああ久し振りだ、お嬢。すまねぇな、ドジっちまったぜ」
「貴女は年がら年中ドジってるでしょうに」
間もなく温かな癒しの魔法により、折れた足は治されていった。
……ふいー、助かったぜ。
「まったく、夜中にやってくれる」
「あら、リョウガ。遅い到着ねぇ」
サクラが俺を庇いながら手当てをしている間に、とうとう自警団の長が場に姿を現した。
リョウガが両翼に部下を引き連れて、出動してきたのだ。
「みんな聞け。今警備から報告があってな、俺達が捕らえていた賊が逃がされていたそうだ。どうやらその猿型変態の言うことは、本当っぽいぜ」
「え、じゃあ本当に悪党族が侵入を……?」
リョウガの報告で、ひとまず俺への疑いが晴れる。
そうだよ、俺は不審者でも何でもないんだ。
「そもそもこんな目立つ奴、悪党族に居たら絶対覚えてるだろ。俺は、こんな奴見たことねぇがな」
「お頭の言うことは尤もだ、こんな怪しい奴忘れるはずがねぇ」
「じゃあ本当にこいつは、悪党族ではなくただの不審者?」
何にせよ、これで自警団の信用が得られた! 後はこいつらに力を借りられれば────
「おい、自警団! すまんがお前達も追撃してくれ、少女が拐われたんだ!」
「……おう、その話も聞いている。だが悪いな」
少し街の外壁に目をやって。リョウガは、ゆっくり首を振った。
「こんな暗闇の中、敵を追っても仕方ねぇだろ。奴等に待ち伏せされてる可能性もある」
「……おい! じゃあ、少女レヴを見捨てるってのか」
「見捨てやしねぇよ。あの娘はしばらく大丈夫の筈だ、身内の賊が守るだろうさ」
……むぅ。確かにレイは、レヴちゃんを大事にしてそうだった。
賊の内部は分からないが、レヴちゃんが今すぐ酷い目に合う可能性は低いか……?
「た、た、大変ですー!」
「お、どうしたんだイリューちゃん。そんなに慌てて」
遅れて、マイカやイリューが現場に駆けつけてきた。イリューはワタワタと焦っていて、マイカも少し険しい顔をしている。
俺の知らぬところで、何があったのかもしれない。
「カールは何処!?」
「落ち着きなさいマイカ、今賊の追撃に出てるわぁ」
「……本当に賊が来てたのね。なら、非常に不味いことになったわ」
イリューは「どうしましょ、どうしましょ」とパニックになっているし、マイカの顔は冷静でありながら額に汗を浮かべていた。
ふむ、どうやらかなり悪い事態が発生したらしい。一体何が────
「レヴさんが居なくなってるんですー! き、きっと賊に拉致されちゃって!!」
「……ああ、その様だ。レヴが賊に連れていかれている姿を、そこの不審者が見たそうだ」
「それだけじゃないのよ」
ああ、レヴちゃんが拉致されたのを焦ってたのか。
まぁそれに関してはカールの追撃結果待ちかな。自警団は追ってくれないみたいだし……。
「イリーネの姿も見えないの!」
「何だと!? イリーネたんの姿が!?」
……。
「そ、そいつは不味いぜ! 悪党族は、俺達と同じく貴族に恨みのある連中が多い……っ!」
「そうよね。イリーネも拐われたとしたら、今頃……!」
あ、うん。
そっか、そうなるのか。
「顔色……、いや仮面色悪いわよぉ? お猿さん?」
「な、何でもないぞお嬢」
え、どうしよう。無駄に心配をかけるのは良くない。
イリーネは無事だと伝えるため、ここで仮面を取るべきだろうか。
でも、それをやっちゃったら俺の尊厳が。色街でバイトをしていたこととか、色々知られてしまう。
「イリーネたんも拐われたのだとしたら、相当酷い目に合わされるぜ」
「ああわわわわわ! どどどどうしましょうー!?」
れれれ冷静になれ。まだ、チャンスはある。
そうだ、明日の朝に合流すれば良いんだ。
適当なタイミングでしれっと、「実は隠れてましたわオーホッホ」と言って現れれば問題はない。
「みんな安心してくれ! 俺も力を貸すから、一緒に賊から仲間を取り戻そうではないか!」
「くそ、イリーネたんを取り戻すには力が必要……! こんな不審者でも味方にするしか無いのか」
「なんて怪しい力を手に入れちまったんだ、俺達は。天国のお袋に顔向けできねぇ」
額に冷や汗を浮かべながら、俺は調子の良いことを言って誤魔化した。
う、うん。きっと何とかなるだろ!
「……」
「……」
……なんかサクラ主従から冷たい目線を感じる気がする。




