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54話「俺は自警団団長の、リョウガだぞ……」

「……」


 ポチャン、と水音が風呂場に響く。


 リョウガとカールは向かい合ったまま、静かな湯舟の中で互いに黙り込んだ。


「なぁ、リョウガ。どこで聞いたんだ、そんな情報」

「詮索するより先に答えてくれよ、どうなんだ」

「それは……」


 静剣レイが、レヴの兄である事実は伏せる手筈だ。


 だから誰も、その情報を自警団に漏らす筈がない。


 カールは仲間を信用している、彼女らは全員口が硬い筈────





 いや。イリューが居たか。


 彼女とはまだ付き合いが浅すぎて人柄が掴めていない。しかし、何となく口は軽そうな印象がある。


 イリュー自身、カールパーティーに肩入れする理由もない。もしかして、彼女が漏らしたのかもしれない。



「……ああ、隠していてすまん。本当は、情報共有するつもりだったんだが」

「一昨日だろ、それ。だがうっかり俺が熱くなっちまって、話すに話せなくなったって所か?」

「そうだ。お前が本気でレイを怨んでいたのは伝わったからな」



 何にせよ、リョウガは何処かでレヴの情報を掴んでいたらしい。これ以上は、隠す方が印象が悪かろう。


 カールは諦めて、全てをリョウガに打ち明けることにした。



「静剣レイは、レヴの兄だそうだ」

「そんな所だろうな。……で、その事実を隠してどうするつもりだった?」

「実際に、そのレイと話して決めるつもりだった。取りつく島もないときは、お前らと協力してレイを討ってただろうな」

「ったく。逆に言えば、保護してこっそり逃げ出す可能性も有ったってことじゃねーか」



 リョウガは不快げに喉を鳴らし、ジトリとカールを睨み付けた。


 居心地の悪い静寂が、カールを包む。



「それより、リョウガはそれを何処から聞いたんだ?」

「誰からも聞いてねえよ? カマかけただけだ」

「……」

「お前が一番、パーティーで腹芸が下手そうだったからな。教えてくれてありがとよ」



 今度は、カールが絶句する番だった。


 言われてみれば、確かにカールが1番表情に出やすいかもしれない。


 腹芸の達人である貴族2人とその付き人、無表情系少女、腹黒性悪とうっかり勇者のパーティー。カマかけを狙うなら、そりゃあカールだ。



「あの娘が、このレッサルの出身だって話を聞いてな。どことなく顔立ちも似ているし、様子もおかしいし。もしかしたらと思った」

「……」


 カールは、やらかしたことを悟って顔を青ざめさせた。今の感じだと上手くすっとぼければ、十分に誤魔化せていたに違いない。


 レヴはこの男にとって、妹の仇の身内だ。知られてしまったからには、衝突は避けられないかもしれない。



「はっはっは、落ち込むな落ち込むな。こういうのも経験だ、修行しろい」



 しかし、リョウガはそんなに機嫌が悪くなさそうだ。


 カールが意外そうな目でリョウガを覗き込むと、彼は笑って話を続けた。


「まぁ聞け。俺がレイを殺してぇのは本当だが、それ以上に仲間を殺されたくない想いの方が強い」

「リョウガ?」

「あの娘が兄妹だって言うなら、レイに投降を促せるんじゃねぇか? その自信があるなら協力してやるぜ。あの男が降れば、悪党族なぞ一網打尽に出来る」


 リョウガはそう言うと、腕を組んで何かを噛み殺した。


「俺はヤツに恨み骨髄。だが感情優先で殺しにかかり、無駄に被害を増やすつもりはねぇ」

「む、良いのか」

「レイを殺せて仲間を大勢失うなら、レイを殺せずとも誰も死なない方が良い。俺は死んだ人間より、生きた人間の方がよっぽど大切なのさ。辺境伯様に取り入るのも、要は『悪党族を下した』って功績さえあれば良いんだ。細かい首はどうでもいい」


 ……それは、リーダーの顔だった。


 私情より、集団を優先できる英雄の思考。



「俺ぁもう、誰かが死んで誰かが泣く顔を見るのはごめんだ」



 リョウガはカールが想像していたより、数倍はデカい人物の様だった。


 まだ若いだろうに、自警団のリーダーを任されるだけの事はある。リョウガは間違いなく、英雄と呼ばれるにたる人間だった。


「……分かった、協力しよう。レヴにも話をして、静剣を説得させて見せる」

「ああ、頼んだぜ」


 こうして、カールとリョウガは風呂場での会談を終えた。


「じゃあ明日にでも、俺の部屋に仲間全員を呼んでくれカール。具体的な手筈を打ち合わせしよう」

「ああ」


 そう言うとリョウガは、カールに背を向け立ちあがった。



「……」



 しかし、その男の肩は少しばかり震えていて。



 それは気のせいなのだろうか。やがて彼が出て行ったあとで風呂場の外の扉から、微かな嗚咽が聞こえた気がした。






















「アホボケとんま。まんまと釣られてペラペラ話してるんじゃないわよ!!」

「ごごごめんなさいい!!」


 マイカに締めあげられるカールを見て、俺は思わずため息を零した。


 風呂上がりの彼から話を聞くに、リョウガにレヴちゃんの事を知られたらしい。


「あまり責めないであげてくださいな、マイカさん。あの男、かなり切れ者ですわよ」

「分かってるわよ、そんな事は! リョウガはヘラヘラしたエロチビに見えて、存外抜け目ないわ。だから警戒しとけって話!」


 初日にイカサマがバレて吊るし上げられたマイカが言うと説得力が違うぜ。


「でもまぁ、隠し事が無くなってスッキリした感じだし結果オーライじゃないかしら? 元々のプランだと、あの男を出し抜かないといけなかったわけだし」

「むー、そうだけどさぁ」

「……兄ぃ、捕まって殺されたりしない?」

「多分しないと思うぞ。ヤツの言い方だと、罪は償ってもらうが殺しはしないって感じだった」


 ふむ。それならば、レイさえ投降すれは比較的穏便に済みそうだ。


「後はどうやって、レイに接触するかですが」

「レヴを連れて、奴らの拠点に急襲をかけるってのはどうだ」

「拠点の場所が判明しているならありですね」

「その辺の手筈は、明日リョウガと考えましょ」


 まぁ確かに、俺達だけで話をしても始まらないか。


 明日、朝練の後にでもリョウガに時間を作って貰おう。


「じゃ、今日は解散。各自、明日に備えて寝ましょ」

「おう」


 既に陽は落ちていて、暗くなっている。これ以上、話をする事もないだろう。


 俺達は男女部屋に別れ、就寝する事にした。














 ────カツン。


 ────カツン。






 その日は少し、寝苦しい夜だった。


 妙に湿度が高く、ムシムシとしていた。



「……何の音でしょうか」



 誰かの足音に引っ張られ、俺は真夜中に目を覚ました。


 外を見ても、夜空に星が浮かんでいる時間だ。



「……」



 起き上がって周囲を見渡すと、俺の隣でサクラは寝息を立てており。


 イリューは不気味な笑みを浮かべて半脱ぎで鼻提灯を揺らし、マイカはお行儀よく隅に丸まって眠っている。



 ────そして、レヴがいない。



「……もしや、出かけた?」



 レヴの寝ていた筈の寝袋は空で、部屋のどこを見ても彼女の姿はない。


 そして今の足音だ、もしかして彼女は外に出て行ったのかも。


 ただのトイレであれば問題ないが、今の不安定な精神状態のレヴを一人にするのは少し怖い。



 ……少し、追ってみるか。






















 廊下に出ると、既に彼女は見えなくなっていた。


 まずはトイレへと進んでみたが、そこにレヴは居なかった。


 やはり、外に出て行ったらしい。


「……こんな時間に、何処へ?」


 考えろ。俺がレヴなら、何処に行く?


 訓練所で一人訓練か? それとも、食堂でつまみ食いか?


 ……いや、レヴはそんな食いしん坊ではない。むしろ可能性が高いのは、



「……墓地に行ってるのかも」



 きっと彼女は眠れないのだ。


 不安に押しつぶされそうで、どうしていいか分からなくて、死んだ祖父のいる墓地に向かった可能性はある。


 そう考えて俺は、身支度を整えて深夜の墓地へと向かう事にした。



























 イリーネの予想は、当たらずも遠からず。


 確かに、レヴは色々な感情に潰されそうで眠れなかった。そんな彼女が向かった先は、夜空の見える丘であった。




 ────レヴ、見ろ。綺麗だろ


 ────うん……




 そこは、兄との思い出の場所。


 幼き日に、兄に連れられ深夜に抜け出して星を見に来た丘。



「兄ぃ……」



 ここに来れば、懐かしい感情が溢れてくる。


 兄が隣で寝そべって、夜空を指さしているような錯覚にとらわれる。


 なのでレッサルに来て以来、レヴは眠れなくなるとここに来るようになっていた。





 街は静寂に包まれている。


 動くものは何もない。ただ静かに、星だけがこの場を彩っている。


 改めてレヴがこの街を見渡すと、随分様変わりしてしまっていた。街道は崩れ、建物はところどころ半壊し、廃墟だらけになっていた。


 よくもまぁ、数年でここまでひどくなったものである。



 ただ、この丘は変わらなかった。


 街を一望できるこの丘だけは、兄との思い出のまま変わらぬ姿をしていた。


 夜風に吹かれ、レヴは微睡む。暖かな感情が、レヴの寂寥を癒す。


 ああ。早く兄に、会いたい────












「────」



 その時誰かの、息を飲む音が聞こえた。


 近くに人がいる。暴漢なら襲われるかもしれない。


 こんな時間に出歩いているなんて、ろくな連中では無いだろう。警戒するに越したことはない。



 少女は丘の上で腰を上げ、近付いてくる何かと向き合い……。




「え────」




 夜闇の中、目を見開いた『静剣レイ』と目が合った。















「……」


 声が出ない。


 声が出せない。


 会いたくて会いたくてたまらなかった、生き別れの兄がそこに居た。


「アニキ、どうしたんです。……っと、街の住人!」

「ち、先手必勝。殺せ────」

「……待て!」


 レヴを見て剣を抜いた部下を、レイが制止する。


 兄の額には脂汗が浮かび、凄まじい形相でレヴを睨みつけている。


「……兄ぃ?」

「────っ!」


 恐る恐る声をかけると、レイは絶句して剣を落とした。


 この反応、やはり見間違いや似ている人物ではない。正真正銘の、レヴの兄『レイタル』だ。


「あ、え? 妹、さん……?」

「やめろ、殺すな。彼女だけは殺さないでくれ、頼む……」

「で、でもアニキ! この街の住人は!」

「分かってる、分かってるんだ! でも、レヴだけは────」


 ポロポロと涙を溢れさせながら、レイは恐る恐る妹に近づいて行く。


 レヴは、抵抗しない。お互いに見つめ合ったまま、彼らは静かに抱き合った。


「あ、あ、あぁ……、レヴ」

「……兄ぃ」


 久々に触れた兄の身体は暖かかった。


 賊に身を落としてもなお、優しい目でレイはレヴを抱きしめた。


「……アニキ。落ち着いてくだせぇ、この街はもう」

「分かっている。だがこうして、レヴの顔を見ると」

「……」


 部下の男と話をしながらも、レイは妹を抱き締めて離さない。


 大粒の涙を流しながら、兄は静かに妹を抱き続けた。


「……兄ぃ、生きてたんだね」

「ああ、カインのお陰だ……」


 カイン。それはレイやレヴの兄貴分に当たる人。彼も、レヴにとっては肉親の様なものだったが、


「カインは、生きてる?」

「死んだ。……見殺しにされちまった」

「……そう」


 カインは死んでいた。あの闘いを生き残ったのは、兄のレイだけらしい。


 今や彼だけが唯一の、レヴの肉親だ。


「アニキ。もうそろそろ」

「ああ。……レヴ、ごめんな。助けられなくて」

「……?」

「この街に居るってことは、そう言うことなんだろう……。父や母も、ここに居るのか?」

「兄ぃ? 何を言ってる?」


 しかし先程から、兄の言動が少し妙であった。


 父も母も、目の前で食べられたではないか。


「父ぅ、食われたよ……?」

「そうか……。いや、何でもない」

「兄ぃ、大丈夫?」


 要領を得ない兄の言葉に、レヴは疑問符を浮かべた。


 だが、今のレヴは兄に会えた事で舞い上がりそれどろこではない。


「ねぇ兄ぃ、私ね。今、カールって言う冒険者と旅をしてるの」

「……冒険者? どう言うことだ」

「……魔族から命からがら逃げ延びた後、カールに拾われた。そして、祖父ぃに報告にレッサルまで来たんだけど」


 妹は珍しく饒舌に話し、レイを真っ直ぐ見つめて。


「兄ぃ、どうして悪党族に? 話を聞いたよ、この町の住民を殺したって」

「……レヴ、何を言っている。生き延びた? あの魔族の大群の中を?」

「……うん。生き延びてないと、此処に居ない」


 兄に、悪党に堕ちた理由を問う。






「まて、レヴ! お前は────生きているのか?」

「生きていないと、此処に居ない。兄ぃ、さっきから何を言ってる?」


 ザワ、と周囲の賊もざわめいた。


 彼等は意外なものを見た様な、そんな目でレヴを見つめている。



「生きているなら、この町から出るぞ。こんな場所に居ちゃいけない」

「……どう言うこと?」

「四の五の言ってる時間はない。一刻も早く、レッサルを脱出するんだ」


 レイは真剣な瞳になり、レヴの前に向き合った。


「よく聞けレヴ、この町はもうとっくに滅んでる」

「……何? どう言うこと?」

「この町はもう、死者の暮らす町なんだ。死人が何食わぬ顔で、生者の様に動いているあの世とこの世の繋ぎ目の空間」


 タラリ、と額に汗が浮かぶ。


 レイは、鬼気迫る顔で廃墟の街並みを指差して言った。



「この街には、死人しか居ない────」

















 深夜の墓地には、誰もいなかった。


 レヴちゃんは此処に来ると思ったが、当てが外れた。


「むー、もしかしたらもう戻ってるかも」


 やれやれ、無駄骨だったか。レヴは一体何処に行ってしまったのだ。


 闇雲に探すのもよくない。1度部屋に帰って見て、まだレヴが帰っていなければ皆を起こして捜索しよう。


 そう考えて墓地を去ろうとし、俺は墓石に蹴躓いた。


「おっと」


 幸い倒れずにすんだが、危ないところだった。


 深夜に蹴躓いて頭を打って死ぬとか洒落になってない。




「────火の精霊よ」




 うん、灯をともそう。


 これで周囲が明るくなった。もう転倒する心配はない。


 さっき蹴り倒してしまった墓石も元に戻して、一応拝んでおこう。


「先程は失礼致しましたわ、墓石の主さん」


 しっかり真心を込めて、墓に祈る。


 蹴ったこちらが悪いのだ、しっかり誠意を示さねば。






「……」






 火の魔法が、墓を照らして。


 揺らめく炎に影を成し、墓石に字が浮かび上がった。




「……えっ?」




 夜風が、墓地を吹き抜ける。


 気持ち悪いほどの静寂が、夜の町全体を包み込む。








 ────それは、偉大なるレッサルの勇者









 俺は見てしまった。


 墓石の主に祈るため、その名を読んでしまった。









 ────民衆の守護者に殉じた英雄







 息苦しい動悸が止まらない。得も知れぬ恐怖が、俺の身を包む。


 これはたちの悪い悪戯なのだろうか。何故こんなものが此処にある?


 だって、比較的新しいこの墓に刻まれた、その名は────













 ────自警団の主リョウガ、此処に眠る





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全然そんなこと考えてなかった!どうなってるんですかすごい何これ!
これは……御立派さまの呪い?!
[良い点] 鳥肌が立って鳥になりそう
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