53話「ハールム系勇者が実は同性愛者だった件」
魔族の跋扈する死地。
襲われたレヴが遮二無二逃げ出したその先は、不幸にも魔族の本隊の待機する場所だった。
「……」
闇の中、無数の赤き瞳が煌めく。獣の咆哮が、周囲をひしめく。
……間もなく、レヴは生きる事を諦めた。どうあがいても、自分は助からぬ事を知った。
そして無様に逃げる事をせず、その場に無言で座り込んで、小さく祈りを捧げ始めた。
────せめて、自分と愛する家族の死後は、安らかなものでありますようにと。
その小さな祈りに、どれ程の効果があったかは分からない。
……間もなく魔族は、迷い込んだ人間の存在に気付いた。
地面に座り、祈りを捧げる少女を見て腹を空かせた。
「ヴォッヴぉッッヴおオオォッ!」
餌だ。これは、降って沸いた幸運だ。
魔族は舌なめずりをしながら、レヴの座るその場所へと歩み寄った。
近付いてくる獣の気配を感じてなお、少女は祈るのみであった。
「────」
その時、不思議な事が起こった。
魔族を、心地好い歌声が包み込んだのだ。
それを、レヴは迎えに来た天使の讃美歌と信じて疑わなかった。
そして彼女が祈りを捧げる事、数十分。まだ、魔族がレヴに接触する気配がない。
(まだだろうか)
いつになれば食われるのかと、レヴは目を開いて周囲を見渡した。
もう十分以上に祈りを込めた。
後は無様に食されるのみ。そう考え、少女はゆっくり目を開き。
────周囲には、何も居なくなっていた事実を知った。
「えっ」
あれだけ恐ろしかった化け物は、無抵抗に座り込んだレヴを放置して消えたのだ。
物音もなく、静かに。
「……えっ?」
こうしてレヴは生き残った。
年端のいかぬ少女は一人、何もない荒野に置いてきぼりにされた。
これは実に、少女がカールに出会う数か月以上も前の話である。
「……」
照り付ける赤い朝日が、少女に朝を告げる。
鳴り響くやかましい銅鑼の音に反応して、隣で寝ていた貴族令嬢が飛び起きる気配を感じた。
「……ふぅ」
コシコシ、と目を擦り。
少女は一人、兄の顔を浮かべて焦燥感に胸を焦がれる。
「……兄ぃ」
彼は今、何をしているのだろうか。
私は今、何をするべきなのだろうか。
何をするにも、手が付かなかった。
思い出すのは、暖かかった兄の掌。
レヴは兄の姿を見てから、ずっと彼に頭を撫でられる瞬間を夢想していた。
そう、それは以前のように。
……貴族令嬢は素早く着替え、訓練のために出ていった。
他の仲間は欠伸をして、もう一眠りをする様子だ。
しかし少女が寝床に入っても、兄の事で頭が一杯になるだけ。
レヴも寝巻きから着替え、普段着となり部屋を出る。
────身体でも、動かそう。兄に、別れた後も努力していたことを示さねばならないから。
きっとまた、兄と会える。小さな妹はそう信じていた。
むしろ今、レヴにそれ以外の事を考える余裕は無かった。
少女はいつもの服に着替え、ゆっくりと部屋を出て廊下を歩き────
「どうです!? 私の胸では、魅力がありませんか!?」
「ちょ、ちょ、イリュー?」
「男同士も素晴らしいとは思いますが、非生産的です! ほら、ほら、女性は素晴らしいですよ?」
「当たってる! さっきから胸が────」
「当てております!」
「どうしたのさお前!!」
……巨乳にデレデレしているカールを見た。
「カール。何、してるの……?」
「あ、ちょ、レヴ! これは違う、これはイリューが……」
「カールさんを誘惑しているのです!!」
「……そう。ふーん」
イリューの胸はでかい。
その豊満さは、あのイリーネをも凌ぐ勢いだ。
「何故だイリュー! 何故突然にこんなことを!」
「私、知ってるんですからね! カールさんが風呂場でイヤらしいことをしていたの!」
「えっ。カール、何それ……」
「記憶にないんだけど!?」
レヴは静かに憤慨する。人がシリアスな物思いに耽っているというのに、この男は何をラブコメしているんだ。
少女は、想い人の頬をつねった。
「痛ててて!? 誤解だレヴ、俺は珍しく昨日、何もイヤらしいことを────」
「普段はもっとイヤらしいのですか!?」
「変態。……変態カール」
「誤っ解だぁ!!」
兄の事しか考えられないと思ったが、カールのパーティーは騒がしい。
気が付けばレヴも、いつものノリに戻されつつあった。
「この娘、すっごく可愛くないですか!! わぁ、頬を膨らましてる!!」
「……ちょ、触るな」
「凄い、ふにふにです! 妹にしたい!!」
やがて傷心していた少女は、修道女に捕まった。
「これはヤキモチって奴ですね! へー成程、レヴちゃんってそう言う!! はあああああぁん、これが萌えって奴なのでしょうか!」
「うざ……、この人尋常じゃなくうざ……」
「このジト目が可愛いです~!! ぐっへっへっへ」
イリューと言う修道女は、可愛いモノには目がなかった。
彼女は嬉々として、目がどんよりしている少女を抱き締めていた。
「あー、イリュー?」
「はぁはぁ、レヴさん可愛い、レヴさん可愛い!」
「……身の危険を感じるから、離れ……ろっ!」
イリューは興味の移り変わりが激しく、周囲が見えなくなる悪癖が有った。
彼女はそれで何度も痛い目を見たが、一向に直る気配はなかった。きっと、それは彼女生来の気質も関連しているのだ。
かつてイリューの親友からすら、『知り合いの中で一番ヤベー女』評されたほどである。
「レヴちゃん可愛い、ハァハァ。このまま食べてしまおうかと、邪な念が沸いてきてしまいそうです」
「……ひぃ!! 助けてカール、本気だこの女」
ダバー、と瞳を輝かせ涎を垂らして発情シスターはレヴを抱きしめる。
犯罪的な絵面だ。イリューがもし男なら、いますぐカールは殴り飛ばしていただろう。
「はいはいストップだ、イリュー。そもそもお前、当初の目的を忘れていないか」
「はっ!! そうでした、私はカールさんを注意しに来たのでした。聞いてくださいカールさん、同性愛なんて非生産的ですよ!」
「どの口がそれを言う」
イリューはカールにすら突っ込まれた。
「同性愛って、何? カール」
「分からん。俺には身に覚えがないのだが」
「昨晩、風呂場でマスターさんとドスケベしていたでしょ! 見たんですよ私!」
「何それ怖い」
きっと修道女は、何か勘違いをしているのだ。
そう考えたカールは、自らの潔白を示す為にこう宣言した。
「カール、詳細が聞きたい」
「じゃあ、マスターに聞いて見ろよ」
「それで、俺が呼ばれた訳ですかい」
「……そう」
「割とどうでも良いわぁ」
結局イリーネ以外の全員が、食堂へと集った。
サクラからすれば究極にどうでも良い話題だが、若干2名ほどにとっては死活問題なのだ。
「じゃあ、答えてあげなさいマスター」
「ヘイ、お嬢」
「……では改めて。昨日の夜、カールとお風呂で何が有ったの?」
サクラは寝ぼけ眼を擦って欠伸をしているが、他の女子たちの瞳は真剣だ。
「お話ししやしょう。それは昨日の夕暮れ、俺は一人で風呂に入っていやした。すると、目を血走らせた旦那が乱入してきて『一緒にどうかな』と言うではありませんか。男同士断る理由もねぇと乗ったんでさ」
「それで?」
「しかし、どうも旦那の様子がおかしい。普段は興奮する様を見せねぇ旦那が、鼻息荒くして俺の男の象徴に興味津々でしてね。俺としても、どうしたものかなぁと」
「マスター!!?」
「やっぱり!?」
昨晩の風呂場での出来事は、マスターから見ても少し妙な言動に感じたらしい。
と言うか実際に変だった。
「言われてみれば……そっか。コイツって」
「……おいマイカ。何だよ、神妙な顔をして」
「カールって、酒に酔って女の子を誉めはすれど、女の子自体に興味を示した事って無かったような。むしろ、男友達とばかり連るんで……」
「やっぱり……っ」
「待てえぃ!!」
マイカは顔を青ざめながら、そんな事を呟いた。
実はそれは、カールがマイカに振られる(?)前の駆け出し冒険者時代の話だ。
当時のカールはマイカに一途だった為、他の女性と仲良くする気がなかったのだ。
「……旦那ぁ。すみやせんが、俺は女が好きでして」
「違う誤解だ、これは罠だ! マイカの仕組んだ罠なんだ!!」
「別に隠さなくても良いのよ? 私は理解があるわ、カール」
「違いますよ!? と言うかマイカ、お前はからかってるだけだろ!!」
マイカは顔を青ざめさせてはいるが、幼馴染みの彼には分かった。
アレは全て分かった上で、面白いから乗っかっている性悪の顔だ。
「……カールぅ」ウルウル
「ほら、レヴが本気にしてるから!! 腹黒畜生なお前と違って、レヴはまだ純粋なんだから!!」
「誰が腹黒畜生よ」
一方でレヴは大分本気にしていた。
少し泣きそうになりながら、カールの衣服を掴んで寄りかかった。
「で? カールがそうで、何か問題でもあるのかしらぁ?」
「……む」
「女所帯なんだから、リーダーがそういう方が安心ってモノじゃない?」
サクラは、本気で興味が無さそうだ。
カールを落とせれば、勇者の玉の輿に乗ってお家再興は出来るかもしれない。かつてそんな戦略を練ってはいた彼女だったが、
『付け入る隙は無さそうねぇ』
いざパーティーに入ると、既にマイカとレヴと彼の奪い合いが発生していた。
今さら自分が寄りかかっても、勝ちの目は薄そうだ。ならパーティーの和を保つ方が良い。
そう考えてイリーネ同様、サクラは様子見をしていた。
「そうね、何の問題もないわね。カールが男に興味があるとして、困るのはマスターだけだし」
「なら、カールの性癖の話はこの辺にしときましょ? そっとしてあげるのが一番よぉ」
「……カールぅ」
「おかしい、どれだけ否定しても誤解が広がって収まらない。俺の言葉の信頼度が低すぎる」
面倒になったサクラにより適当に話題を流され、カールは少し涙目になった。
────ちくしょう。
その日の夕暮れ、カールは憤慨していた。
それは数分前の出来事。彼が部屋で休んでいたら、なんと健気な少女が顔を赤く乗り込んできて、
『……恥ずかしいけど触って良いよ』
と誘惑するではないか。
これは、可愛いレヴの姿を見たかった修道女による策略だった。
『……っ』
プルプルと震える少女を前に、カールは困った。
拒否して帰してしまえば疑惑が深まるし、かといって仲間に手を出すわけにはいかない。
困り果てたカールの取った行動は、
『無理する必要ないんだよ、レヴ』
『えっ、あ────』
取り敢えずノリで少女を抱き締めて。
『続きはもっと大人になってからな?』
『続き……っ!?』
頭を撫でながら、適当な口説き文句をほざいて。
『じゃあな、レヴ』
『あ、えと……』
特に用事は無かったが、部屋にいるのは居たたまれないので何となく外に出たのだった。
部屋には、頭が沸騰しかけているレヴだけが残された。
レヴちゃんに無駄に恥を掻かせてしまった。カールだって大人なのだ、それくらいの事は分かる。
きっと心優しく真面目なレヴは、自分の身を犠牲にしてまで俺の性癖を矯正しようとしたのだろう。
それもこれも、全てマイカのせいだ。
あの女は知っているはずなのだ。カールがちゃんと、女に興味がある事を。
実はカールは少年の折、村の男衆と覗きを画策した事があった。
しかしそれは、幼馴染の行動を知り尽くしたマイカ自身の罠で防がれ、適切な懲罰を加えられた。
それはまさにカールにとっては黒歴史。
とても自分の口からそんな事を言い出せなかったが、これは立派にカールが『女性に興味がある』証拠だろう。
「確かこの時間、マイカは風呂場に行くと言ってたよな」
この時カールは、少し黒い感情に飲まれていた。
「ここは一丁、乱入してやろうか!」
サクラとマスターは、食堂で歓談していた。レヴは、今別れてきたばかり。
イリューはさっき部屋の扉の前ですれ違ったし、今風呂場に入っている可能性があるのはマイカだけである。
他の女性陣の裸体を見るのは申し訳ない。だが、幼馴染みで性悪なマイカが相手なら話は別だ。
もし何か文句を言ってきても「俺はソッチだから問題ないんじゃないか」と言い返してやろう。
「たまにはやり返してやらんと、俺の沽券にかかわる」
カールは進む。鼻息荒く、マイカが入浴しているだろう風呂場へ。
リョウガに『自分からエロを望み、受け入れろ』と謎の助言を受け取った影響もあってか、今の彼は積極的だった。
……果たしてマイカは、どんな反応をするだろうか。
流石に照れるのか。それとも、無言でキレるのか。はたまた、想像だにしない恐ろしい復讐をされるのか。
その先にどんな恐ろしい結末が待っていようと関係ない。カールだって男なのだ。
男の子には意地がある。美少女幼馴染の入浴する風呂場へと、突入しなければならない時期がある。
それが、今なのだ。
「たのもーう!」
カールは風呂場を開け放つ。
湯舟に、動揺する人の気配。しめた、マイカはやはり入浴中だったのだ。
「おや、誰か入っていたのか。気が付かなかったぜ」
「……」
白々しい発言をしながら、カールは湯舟へと進む。
カールは同性愛者ではないのだ。このように、立派に異性に興味がある人間なのだ。
勇者は声高に、幼馴染にそう教えてやろうとして────
「騒がしいな、風呂くらいゆっくり浸からせろい」
「リョウ♂ガ……」
湯舟の中から、自警団のリーダーである男が姿を現した。
どうやらカールの悪だくみは、失敗に終わったようだった。
「お前も風呂か?」
「ああ。良ければ一緒に入ってもいいかな……?」
「ん? 好きにしろよ、そのくらい」
カールは少しガッカリしながらも、リョウガの湯を借りて体を清め始める事にした。
せっかく服を脱いだので、このまま風呂を浴びてしまおうと考えたのだ。
「俺は団長特権で、1人風呂を浴びれるんだ。この時間の風呂は、俺専用だぜ?」
「そうなのか」
「外にその旨の看板を出していたが。見落としたのか、そそっかしい奴め」
湯舟に浸かり、髪を濡らしたリョウガがジト目でカールを見る。
マイカを覗こうとするあまり、勇者は不注意になっていたらしい。
「……なぁ、リョウガ。お前って、髪が濡れると印象変わるな」
「あん?」
そしてカールは、とある事実に気が付く。
生意気盛りな少年のような見た目をしたリョウガは、風呂場だとどう見ても色っぽいのだ。
「リョウガ、やっぱ鍛えてるんだな。良い筋肉をしている」
「だろ? まぁ、小柄な体躯を生かすには瞬発力が必須でな」
ニヤリ、と自慢げな笑みを浮かべるショタ。
ここは風呂場だ。蒸せるほど濃い男の香りが、周囲を包み込んでいる。
────男が二人きり、密室、高湿度。何も起こらない筈はなく。
「にしても風呂に乱入してくれてちょうど良かった。俺ぁ後で、カールには話をしに行こうと思ってたんだ」
「俺に、話?」
「そうだ、出来れば二人っきりでな」
湯舟に浸かったカールに、リョウガは囁くような声で話しかける。
二人きり、誰にも聞かれたくない相談が有るらしい。
「この風呂場には、俺たち以外誰もいない。ここで聞こうか、リョウガ」
「ああ、そうさせて貰うぜ」
見つめ合う、勇者と英雄。
肌と肌が触れ合う距離、吐息が煙となって肌をくすぐり。
「なぁ、カール」
「なんだ、リョウガ」
英雄は、猛禽類の様に獰猛な目でこう言った。
「お前らの仲間の『レヴ』って言ったか。あの女が『静剣』の関係者と言う情報は、マジなのか?」
……そして、風呂場を静寂が包み込んだ。




