48話「馬鹿野郎、俺は勝つぞお前」
きっとそれは、イリューからすれば目を疑う光景だっただろう。
数百メートルは先から迫り来る、賊の群れ。
そんな暴徒相手にカールは剣を低く構えて、思いきり大地を蹴って翔んだ。
「────はえ?」
「とおぉっ!!!」
カールのその人外染みた跳躍に、イリューが間の抜けた声を溢す。
掛け声と共に一閃。
一息に賊の正面へと躍り出たカールは、しなるよう剣を振り抜いて円状に斬撃を飛ばした。
「這蛇飛斬!」
突然の襲撃に反応しきれなかった賊は、技の餌食となってしまう。
地を這うように四散するカールの『広がる斬撃』は、数秒の間に敵の膝から下を切り刻んだ。
足を失った賊は、何が起きたのかも分からぬままその場に倒れ伏した。
そして自らが足先から血が吹き出している事に気付き、悲痛な叫び声を上げた。
「……今のは、何ですの?」
「カールお得意の加減技ね。前にレーウィンでチンピラをヤった時も、あの技を使ってたわ」
周囲に花開くように散る、地を這う斬撃。
見たことのない技の美しさに、俺は感嘆した。
「……膝より下を狙うから、死人が出にくい技」
「ただ2発目以降だと、倒れた負傷者を細切れにしちゃうのよ。だから初撃限定ね」
「そもそもあの技、飛べばかわせるし……。初見殺し技」
ふむ、成る程。
確かに飛んだだけで避けられるのであれば、とんだ初見殺し技だ。
「でも、あれで半分くらい仕留めましたわ」
「あれだけ減れば、あとは肉弾戦で十分でしょ」
あの技をとっさの判断で避けた者、そもそも斬撃の範囲外に居た者。
それらを前にしてカールは剣を納めて、拳を握った。
「勇者ってのは女神様により滅茶苦茶に強化されてるみたい。だから殴り合いでも、アイツはそうそう負けないの」
そのマイカの言葉の直後、蹴りあげられた賊が宙を舞う。
うむ、やっぱり戦闘に関してカールは凄い。
流石は選ばれし勇者、本当に1人で何とかしてしまいそうだ。
「それが心配でも、あるんだけどね」
────大丈夫、自分は強い。
青年カールは、賊を相手に大立回りしながら、それを確かめていた。
────自分は、選ばれた勇者だ。自信を持て。
レーウィンでカールは、大きな犠牲を出した。
酒に飲まれ、意識を失い、サクラの家族の大半を助けられなかった。
────戦えば、勝てる。これが、俺の役割だ。
ヨウィンでの決戦、カールは何も出来なかった。
3射目を撃たれる前に砲台を潰したかったが、下を守る魔物に妨げられて砲撃を許してしまった。
街が助かって良かった。
民が笑顔になるのは、素晴らしい。
……でも。そこに、カールは関わってなかった。
握った拳が、賊の鳩尾を撃ち抜く。
数メートルは吹き飛んで、賊は動かなくなる。
今、クーデターで混乱の極地に遭ったレッサルを守っているのは誰でもない。
カール自身だ。
「どうした、オラァ!! かかってこい!!」
猛々しく、青年は叫んだ。
普段は3枚目なお気楽男カールも、戦闘している時だけは荒々しい口調となる。
それは、必死で自らを鼓舞しているからなのかもしれない。
「悪党どもめ、覚悟しやがれ! 苦しめた民に、泣いて詫びろ!」
その速度は、並の戦士ではとらえきれない。
元々身体能力の高いカールが、女神直々に身体強化を授けられているのだ。
普通の身体強化魔法とは比べ物にならない、圧倒的な身体能力量。それは、人と魔族の差を無くしてしまう、勇者にのみ許された力。
存在からして、勇者とは人間を超越した怪物なのだ。そこに、神から直々に『絶対切断』の異能まで付与されている。
人間の身で彼にタイマンで勝てる存在など、恐らくこの世に存在しない。
「……む!」
だが、一つ落とし穴があるとすれば。
カールに与えられた加護はその全てが『攻撃力』に偏重しており、彼自身の耐久力はか弱い人間のそれと変わらぬという事だろう。
「傷……?」
突如カールを、鈍い激痛が襲った。咄嗟に腕を引き、カールはその場を飛び退いた。
カールが自らの腕を見れば、タラリ、腕から血が垂れていた。
「誰だ!」
いつの間にか、カールは斬られていたらしい。上腕に数センチの、深い傷が出来ている。
腕の腱は無事で有る事を確認しながら、カールは歯ぎしりして周囲を見渡した。
「剣アニキ!!」
「おお、やるじゃねえか!!」
「……」
凍てつくような目線が、カールを貫く。
カールが斬りかかられた方向には、無言で短剣を構える黒髪で寡黙な剣士がそこに居た。
「ち、よくもやりやがったな」
少し反応が遅ければ、カールは腕を切り落とされていただろう。
それほどに、その剣士の一撃は速く鋭かった。
「……」
「まずはお前から相手にしてやる!」
この剣士を放置するのは不味い。カールの直感が、そう告げていた。
その佇まいは静かで、その構えは軽やか。並の剣士で無いことは、明らかだ。
この男に隙を見せれば、いつ首を飛ばされてもおかしくない。恐らくこの男こそ、賊の最強兵士であろう。
だからカールは油断なく、あらゆる敵の動きを想定しながら一歩賊へと踏み込んで。
「────あ?」
「……」
大地を蹴ろうとしたその瞬間に、敵の短剣が自らの心臓に突き立てられているのに気が付いた。
……無拍子。
寡黙な剣士は何の予備動作もなく、カールの懐に飛び込んで、ただ胸元に剣を添えたのだ。
「こ、この────」
「……」
このまま大地を蹴れば、その短剣は深々とカールの心臓を抉るだろう。
カールは踏み込みかけた軸足を何とか止めて、後ろへと倒れ込んだ。急な方向転換を行ったおかげで、賊の短剣が胸を穿つ事はなかった。
しかしカールには、バランスを取る余裕がない。
大地を蹴ろうとした軸足は明後日の方向にかっとび、カールは後頭部から地面に頭を打ち付けてしまう。
「痛っ────」
「……」
その隙を、剣士が逃す筈がなかった。
「……覚悟」
「ぐっ!?」
頭を打ち付け目を白黒とさせているカールの首元目掛け、剣士はその短剣を振り下ろした。
カールは剣士に馬乗りされ、ゆっくり短剣が首筋を目掛けて伸びていく。
後は、勇者の頚をかっ切れば剣士の勝利であった。
「させません、のことよ!」
「む……」
しかし、そう簡単にはいかない。何せカールの背後にも、沢山仲間が待機しているのだ。
既のところで、カールの苦戦を察知した仲間の貴族令嬢がドロップキックで割って入った。
少女の体格とはいえ、人間一人の体重を乗せたキックが直撃すれば吹っ飛ばされる。
剣士は、キックを避けようとカールから飛び退かざるを得なかった。
「徒党を組んでいるのはそちらです、卑怯とは言いませんわよね!」
「イ、イリーネ! すまん、助かった」
カールは九死に一生を得た。あのままでは彼は、首のない死体となっていただろう。
駆けつけてきた貴族令嬢に礼を言いつつ、カールは即座に立ち上がった。
「……くそっ!」
しかし、カールの顔は暗い。
『自分一人で十分』だと大言壮語しておきながら、この体たらくなのだ。
「今度はこっちの番だ!!」
カールは安堵のため息より先に、自分への不甲斐なさで激高していた。
強さこそが自分の価値だというのに、魔王どころか賊に殺されかけてどうするというのだ。
不甲斐なさと焦りを怒号に変えて、カールは再び剣を握りしめた。
次は、油断しない。次こそは、敵を皆殺しにしてやると。
「……カール、『動』が過ぎますわよ?」
「えっ……」
そんなカールの、不安定な気持ちを見抜いたのか。
令嬢は敵を真っすぐ見据えたまま振り向かず、優しくカールを諫めた。
「貴方は優しい人。きっと戦闘にのめり込むために、そうやって自分を鼓舞しているのでしょう?」
「あ、いや」
「ですが、その激しい『動』も過ぎれば毒となる」
イリーネの声色は、やわらかだ。
カール自身の切羽詰まった感情を包み込むような、優しい言葉だ。
「貴方の後ろには、沢山仲間がいましてよ。自分だけで何でもしようとしてはいけません」
「だ、だが」
「カール、貴方の命は貴方一人のものではないのです。貴方が倒れれば、仲間全体に危機が及びます」
説教をするのではなく、あくまで諭すように。
イリーネは淡々と、カールへ言葉を続けた。
「仲間を大切に思うのであれば、仲間が傷つかぬ様に最適と思える指示を出してください。それが、リーダーとしての素養ですわよ」
「それは……」
「貴方は私達の核なのです。もっと仲間を頼っていれば、心に余裕もできるでしょう? どうか感情に飲まれず、冷静に有ってくださいな」
「む……」
聡明な令嬢に諭されて、カールの激しい感情は少し収まった。
そうだ、落ち着け。先程までのカールは、感情に飲まれ暴走しかかっていた。
「……いや、分かった。イリーネ、ありがと」
「どういたしまして、ですわ」
次こそは冷静に。次こそは、確実に。
敵の剣士の、息の根を止めねばならぬ。
こうして幾分かの冷静さを取り戻したカールは、再び剣士へと目線をやり、
「────え」
その剣士が既に、仲間の目前に肉薄している光景を見た。
「……魔法使いから、先に潰す」
「えっ……?」
気がついたら、剣士はソコに居た。
賊を真っすぐ見据え警戒していた筈のイリーネですら、その踏み込みに反応できていない。
咄嗟に腕を十字に組んで急所を守ろうとしたイリーネだったが、それよりも剣士の斬り込みの方が早かった。
「ぐ、防御を────」
「遅い」
ああ、何という失策。カールは、引っ張り出してしまったのだ。
本来のパーティの形であれば後衛で安全に魔法を行使する筈の魔法職を、自らの窮地で最前線に呼び出してしまった。
最初からパーティで応戦していれば起こらなかった、その歪な陣形のせいで────
────ざくり、と鈍い音が戦場に響き。
そしてカールは、黒髪の剣士の短剣が、イリーネの頸元を弾き飛ばす瞬間を見た。
ドサ、と無機質な音がする。ぴちゃぴちゃと、残酷な水垂れ音がカールの足元を濡らす。
噴水のごとく血飛沫を振り撒いて、首の角度がおかしくなった貴族令嬢は、前のめりに大地に身を投げ出した。
その目からは、どんどん光が失われていった。
「……イリーネッ!!!」
倒れ伏したイリーネの首は、前半分が吹き飛んでいた。
コポコポと不気味な飛沫音が、首の皮一枚繋がっている令嬢の口腔内から聞こえてきた。
「……次は、お前」
「て、てめぇぇぇっ!!!」
魔法使いを仕留める時は喉を潰す。これが、この世界における基本戦術だ。剣士は、その基本を忠実に守ったに過ぎない。
「ああ、ああああああっ!!」
一度は冷静になったカールだが、仲間の死で再び激昂してしまった。
イリーネが殺されたのだ。自分の不甲斐なさのせいで、大事な仲間を失ってしまった。
それはこの男にとって、まさしく身を裂かれるより辛い出来事だ。
そうなってしまったカールの剣に、キレはない。
ただ怒りに任せて剣を振るだけの、チンピラだ。
超一流の技術を持ったこの賊の剣士に、勝ち目はないだろう。
「ロックオンだぜ♪」
もう、何もかもどうでも良い。
この剣士を殺す。勇者の力を使って、周囲の賊を巻き込んで、惨殺空間を作り上げてやる。
そんな醜悪な憎悪に飲み込まれかけたカールは、底抜けに陽気なその声を聞いた。
「ファイアッ!」
「「「「ヤー!!」」」
その野太い掛け声と共に、賊の立っていた場所に弓矢が降り注いだ。
これは堪らじ、と寡黙な剣士は舌打ちしてカール達から距離を取った。
「お前ら行くぞ! あの冒険者を救え!」
「街の恩人を、死なせてたまるモノかよ!!」
その陽気な声は次第な数を増し、湧き上がるような叫びと共に肉薄してくる。
呆然とカールは、矢の飛んできた方向へと振り返り、ソレを見た。
「うおおおおおおおっ!!!」
それは、いつの間なのだろう。
その聞き慣れぬ鬨の声に困惑し、カールが周囲を見渡すと。
カールの背後から、多くの地鳴りと共に頼もしき軍勢が迫って来ていたのだ。
「冒険者よ、よく持ちこたえてくれた!! レッサル自警団、ここに見参!」
「てめーら、悪党族を根絶やしにするぞ!! 全員突撃ぃ!!」
「「「おおおおおおおっ!!!!」」」
重装備で身を固めた戦士達が、雄叫びを上げながら戦場に突進する。
それは、コリッパの悪政が無ければ今もレッサルの治安を守っていた筈の歴戦の戦士。
即ちつい先ほど、奴隷市場から解放されたばかりの自警団メンバーであった。
「まだイリーネは間に合う、処置をするわぁ!! カール、周囲を固めなさい!」
「サクラ!」
「もう、もう!! 本当にこの娘は、無茶ばっかり!!」
間も無く半狂乱になりながら、もう一人の貴族である茶髪令嬢がイリーネの前に滑り込んで来た。
外傷の専門、回復魔法のスペシャリストであるサクラだ。
「マスターとイリューは助手をなさい、包帯と消毒取って!!」
「あいよ、お嬢」
「わ、わっかりました! 死なないでイリーネさーん!」
サクラはテキパキと周囲に指示を出しながら、荷物を広げイリーネの治療を始めた。
カールは言われた通り、その周囲に賊が近づかぬ様に威嚇する。
「……間に合ったわね。まったく、感謝してよ? 賊に向かって飛び出した瞬間から、こうなる気がして自警団呼びに行ったのよ」
「マイカ、お前か! す、すまん、本当に恩に着る」
この、早すぎる救援の仕立て人はマイカだった。
マイカはカールが自信満々に飛び出したのを見て、少し不安がよぎり一人レッサルの街へと敵襲を知らせに行ったのだ。
「うん、大丈夫。イリーネ、何とかなりそうよぉ」
「そうか、良かった。……だがマイカ、どうして俺が失敗すると分かったんだ?」
「イキってる時のカールは大体失敗するモンよ。幼馴染みは、何でも知ってるの」
そう言うとマイカは、ゲシッとカールのケツを蹴っ飛ばした。
カールは決して弱い人間ではない。戦闘力は、順当に人類最強クラスだ。
だが、彼の精神面は平凡そのもの。調子に乗れば失敗するし、油断すればやられてしまう。
カールは根っから優しいだけのお人好しで、お世辞にも戦闘向けの性格ではない。それを、彼の幼馴染はよくよく知っていた。
「手配犯の『静剣レイ』がいるぞ! 大物だ!」
「奴に接近戦を挑むな! 遠くから矢で射殺せ!」
カールが苦戦した剣士は、このあたりでは名前の知れた賊らしい。
自警団たちは彼に接近戦を挑もうとせず、ひたすら弓矢での遠距離戦に徹していた。
「……っ」
「絶対に近付けさせるな! 矢の嵐をお見舞いしろ!」
あの恐ろしい剣士も、間髪入れず遠巻きに射られ続けるのは堪えるらしい。苦虫をかみつぶす様な顔で、剣士は矢を嫌ってどんどん撤退していく。
「あの人たちは賢いわね。自分より格上に対する戦い方をわきまえてるわ」
「む」
「あんたは、あの剣士の賊に正面から挑み過ぎ。あの剣士よりアンタの方が身体能力は上なんだから、近距離は逃げに徹しなさいよ。離れて距離を取って、飛ぶ斬撃とかで遠巻きにチマチマ戦えば良いのに。そういう戦い方をしてくれたなら、私も弓で援護できたし」
そう。
よく観察すれば気付けたのだが、あの剣士の賊は飛び道具を携帯していないのだ。彼は己の剣技のみで戦う剣士崩れの賊である。
だから正面からでなければ、カールでも勝てる相手なのだ。
「ま、いい経験になったでしょ。次からは、もう少し考えて行動なさい」
「……むぅ」
対魔族に特化した剣術ではなく、対人間に特化した剣術を用いる賊。如何に勇者と言えど、接近戦では分が悪かった。
ただ、カールの敗因はそこであった。
「……旗色が悪い。退くぞ」
「ちくしょう!! 次はお前ら皆殺しにしてやるからな!!」
やがて賊たちは悔しそうに、戦場から背を向けて走り出した。
レッサル自警団の戦いは、実に見事なものだった。領主の支援もなく装備もボロボロのまま、レッサルを守り続けた彼らの実力は本物なのだ。
自警団は敵の強みを封殺する見事な指揮で、賊を撃退した。
「深追いするな! 俺達では、静剣レイは捕らえられん!」
「逃げ遅れた賊を討伐しろ、少しでも敵の戦力を減らせ!」
「勝ち戦だ、鬨の声を上げろ!!」
自警団が到着し、まもなく賊は鎮圧された。
その間に無事イリーネの治療は終わり、すぅすぅと静かな寝息を立てて令嬢はサクラの膝枕で眠っていた。
「はぁ……キモが冷えたわぁ」
「お嬢、お疲れです」
こうして、レッサル防衛線は防衛側の大勝利に終わった。
カールにとっては望んだ活躍は出来なかったものの、『だからこそ』得るものの大きい戦いだった。
選ばれた勇者カールとて、まだ若く青い。降って湧いた勇者の力に溺れ、周囲が見えなくなっていたのかもしれない。
自分には頼れる仲間がいる。自分には勝てない相手でも、誰かの力を借りれば倒せる。
そんな当たり前の事を気づかせてくれたのは、やはり彼の仲間であった。
「……おい。そういや、レヴは何処に行った?」
戦勝に安堵の息を漏らしたカールは、ふと違和感に気付いた。
周囲に、レヴがいないのだ。
「誰か、レヴを見なかったか?」
「え、知らないわよ。私は自警団呼びに行ってたし」
「さっきまで、近くに居たわよぉ?」
パーティの最年少、そしてカール以外の唯一の近接戦闘員レヴ。
そんな彼女を、今回の戦闘で一度も顔を見せていない。カールの知るレヴであれば、自警団と一緒に参戦して賊を討伐する筈だ。
見当たらないのは、どう考えてもおかしい。
「まさか攫われてないだろうな! おーい、レヴ!!」
不安になったカールは、周囲へと呼びかけた。たまたま目に見えるところに居ないだけかもしれない、実はすぐ傍に居るのかもしれない、そう考えて。
「レヴ、レヴ……、っと。居たわカール、あそこよ」
「あそこ?」
「ほら、街の入り口付近」
こういう時は、目の良いマイカの仕事が早い。
見れば遠くレッサルの入り口付近に、ぼんやりと立っている見慣れた少女がいた。
「あの娘、一歩も動いてないみたいね」
「む、そうか。……流石のレヴも、殺し合いが怖かったのかな?」
「人間同士で殺し合った事は無かったのかもしれないわね」
カールは見当たらなかった仲間の少女を見つけ、安堵した。
そうか、戦場に居なかったのは参加しなかったからか。怖かったのであれば仕方ない、彼女はまだ親の庇護の下で生きる年齢の少女なのだ。
誰が、それを責められようか。
「俺が迎えに行ってくるよ」
「お願いね」
カールはなるべく、優しく声を掛けようと考えた。
一人だけ、賊との戦闘に参加しなかった。レヴにとって、それはきっと負い目に他ならない。
大丈夫だよ、怖かったんだな。そんな言葉を用意して、カールはレヴの立っている場所にゆっくりと駆けていき────
「────どうして」
カールは、すぐに気付いた。レヴの瞳が、壊れそうなほど繊細に潤んでいたことに。
「おい、レヴ……?」
「……何で、どうして」
近づいてくる愛しい人に目もくれず、少女は逃げ行く賊を見つめて放心していた。
ポタポタと地面に涙の雫を落としながら、レヴは何かを探すように手を伸ばして呟いた。
「……兄ぃ」
レヴの伸ばしたその掌の先では、『静剣レイ』が賊を纏めて山の奥へと駆けて行った。




