45話「ご立派ァ!! 新たなる街レッサル」
「あら、もう到着ですの?」
「まぁ、隣町だし……」
魔法都市ヨウィンを出発して1日、俺達は早くも隣接都市であるゴウィンへと到着した。
レーウィンからゴウィンまで合わせて、ウィン領と呼ばれるウィン侯爵の管理区域だ。
そしてこのゴウィンこそ、ウィン領の端。ここを抜けると別の貴族の領となるので、俺は完全に土地勘が無くなる。
「まだ明るいし、先に進めない事もないと思うけど」
「でも、そうなると野宿よね」
さて、どうしてこの辺の街の名前には、全てウィンが付いているのだろうか。
実は貴族は長期間管理している土地に自分の名前を付ける事があり、ウィン領もその例に則っているのだ。
伯爵、侯爵クラスの上級貴族になると複数の村を領地として任されることが多い。その全ての街が誰の領土なのかを分かりやすくするために、施政者が自らの名前を街に冠する。
そして格の低い貴族が上級貴族に任ぜられる形で各都市を管理する。俺の実家ヴェルムンドも、ウィン侯爵の任命の下で都市を治めている。
つまりこの辺はまるごと、ウィン侯爵の領土なのだ。俺は以前に式典でウィン侯爵に会ったことあるけど、見た目は気の良いお爺ちゃんって感じだった。
「ここを出発したら、次の街まで結構距離がある。今日は日も沈んできているし、ここで一泊して英気を養おう」
「それがよろしいですわね」
因みに、ヴェルムンド家はウィン領のサンウィンという都市を任されている。
そんなサンウィンの長たるヴェルムンド伯爵に、平民のカールは直に路銀の無心に来た訳だ。パパンが温厚で見る目がある人間だったからよかったものの、貴族によっては無礼打ちされてもおかしくない。
そもそも、ヴェルムンド家は伯爵の家系。実は結構な大貴族である。
まぁ、凄いのは家としての格だけだが。サンウィンには目立った財政基盤や特産品、技術などは無い。当然経済規模は小さく、位のわりに金も権力もない。
軍人貴族が過去の栄光で高い位を維持しているものの、その実はその辺の貴族と変わらない権勢という感じである。
「北回りで行くか、南回りで行くか」
「どちらからでもそんなに距離は変わらなそうですが」
ゴウィンの街で宿屋を借りた俺達は、今後の進路について話し合った。
国の中央には険しい山岳地帯があり、まっすぐアナトを目指すのは難しいのだ。山岳は道も整備されておらず、方角も分かり辛く、凶悪な魔物がウヨウヨ彷徨いている危険な場所だ。
なので俺達は、北と南どちらかに回り道してアナトを目指すべきであり。
「私は北回りでいいと思うけど。街が多いし」
「マイカは北が良いんだな」
北回り……、つまり首都ペディアを経由して湾岸都市を目指すルート。商業の発展している都市を多く経由する事になり、道中で物品に困ることは無いだろう。
ただ、首都近郊は物価がバカ高い。ガリウス様からかなりの額の援助を貰ったが、向こうの物価はこの辺の倍以上もある。正直、手持ちで足りるかは分からない。
まぁそうなれば、物価の高い首都で稼げば良いだけの話であるが。
「でも、北回りだと悪党族の出没地域を経由する事になるわよぉ? あいつら、本気でヤバい連中だから近づきたくないわぁ」
「金のあるところ賊有り、商業都市の辺りだと盗賊に襲われるリスクは高くなる。カールの旦那が寝てるところを不意打ちされたら最悪全滅だぜ」
それよりも問題となるのは、今サクラの言った通り盗賊の問題だろう。悪党族、と言われる夜盗の集団が周辺の商業都市を荒らしまわっているという噂はよく聞く。
遠くウィン領まで悪党族が来たことはないが、これから旅をするのであれば警戒しておかねばなるまい。
「でも、南回りは魔物が多い。道も整備されていないし、都市も少ない……」
「襲われるのが盗賊になるか、魔物になるかって話ね。南回りは都市が少ないから野宿の回数も増える、その方が危なくない?」
一方、南回りルートでネックになるのは、その開発度の低さだ。
魔物もあまり退治されておらず、道もあやふやで都市が少ない。田園都市が多く、足りない物資も出てくるだろう。
旅慣れていない俺やサクラには、厳しい道のりとなるに違いない。
「イリーネはどう思う?」
「貴族的なことを言わせてもらいますと、北回りして盗賊を退治したいところですが」
「あー、イリーネはそうなるのね」
魔物がある程度沸くのは、仕方ない。
しかし盗賊が出没するのを、見逃しておきたくない。もし襲ってきたら、この俺の筋肉で四つ折りにしてやる。
「……イリーネの言うことは、さておき。私、北回りして故郷に寄りたい」
「あら、レヴ」
「まだ、家族が死んだことを親戚に報告できてない。お墓も建てられてないし」
……そっか。レヴちゃんって、カールに拾われた事を親戚の誰にも報告できてないのか。
なら、元々の親類に会いに行くべきだろう。
「祖父ぃの家が、レッサルにある」
「レッサルか。なら、北回りだな」
「うーん、そういう事情なら仕方ないわねぇ。ま、危険さはどっちもどっちか」
死んだ家族の事を出されたら、反対もできない。
マイカも俺も北回り派だし、サクラもそれ以上反対はしなかった。
「悪党族は残虐非道。よくよく警戒しながら進みましょ」
「安心しろ、俺が返り討ちにしてやるからさ」
「カールが起きてるなら、負ける心配はしてないわ。夜襲に備えて、寝ずの番を立てましょ」
と言う訳で、俺達は北沿いの……首都を経由するルートでアナトを目指すことにした。
首都近辺になると賊は出なくなるらしいが、各地に点在する商業都市周囲ではいつ襲われるか分かったものではない。
警戒を怠らず、用心せねば。
「……お父は、かなり有名な冒険者。どんな状況だろうと戦えるように、基本は無手で戦うスタイルの戦士だった」
ゴウィンを出発した俺達は、レヴちゃんの希望通りレッサルを目指すことにした。
「お父とお母の他にも、兄のレイタル、従者のカイン、飼い狼のラズーと一緒に各地を旅して回っていた」
「へぇ」
道中、俺はレヴの話をポツポツと聞いていた。
彼女はどんな人生を歩み、どんな旅をしてきたか。仲良くなった今なら、レヴちゃんは拒まず教えてくれた。
「お父は、色んな場所に出向いて『普通の冒険者の手には余る』依頼を片付けていく事を生業にしてた。……お母は魔術師で、そんなお父のサポートをしていた」
「皆に頼られていた冒険者なのですわね」
「そう……」
聞けば、レヴの父はかなり凄腕の拳士だったらしい。自分より大きな熊の魔物相手に、素手で殴り勝ったと言う。
きっと、かなりの筋肉レベルを持つ豪傑だったのだろう。
「従者まで居たのねぇ」
「……うん。お父の事をカインは『アニキ』って呼んで従ってた。昔、命を救われたとか」
「慕われてたんですね、お父様」
「うん……。カインが、お父がいかに凄かったかを私に教えてくれた人」
レヴの父は人望があり、多くの人間に慕われていた。そのうちの一人がカインと呼ばれる従者だった。
彼は幼少のレヴ兄妹を、依頼などで親のいない間世話していたという。
きっとレヴの父親自慢は、カインからの受け売りが多いのだろう。
「兄ぃは、私の3つ上。お父とカインの弟子で、将来有望な拳士だった」
「なるほど」
「去年辺りから、お父の依頼についていくようになった。役に立ってる兄ぃを見て、正直羨ましかった……」
「そんな歳で依頼に……。優秀だったんですね」
「ラズーは狼。魔物とか盗賊とかが近付いてくると吠えてくれる偉い奴」
「おお、成る程。そういう役割なのですか」
そんなレヴの一家は、大所帯でウィン領を旅していて。
「……みんな、みんな。私を庇って死んじゃったけど」
あのマントヒヒ顔の魔族に出くわしてしまい、殺された。
「近接拳士と、あの魔物は相性最悪でしょうねぇ。精霊砲に耐える化け物を、素手で仕留めるのは不可能だわぁ」
「でも、私が逃げ出す時間は稼いでくれた。カインも、兄ぃも、ラズーも、全員私だけは逃げろ、って」
辛い事を思い出させてしまった。
レヴは末の娘、きっと全員から愛されていたのだ。それこそ、命を懸けてでも守りたいと。
そして、レヴだけが生き残った。
「遺骨も、遺品も無いけど。せめて、墓だけは立てて供養したい」
「そうだな。レヴの家族の勇敢な最期、お前の祖父さんに報告しねぇとな」
「……ん。レッサルに着いたら、紹介する。祖父ぃの家に泊まりに行こう」
レッサルまでは、数日かかる。
旅の途中、俺はレヴに格闘の手解きを受けながらずっと家族の話を聞かせて貰った。
道中、悪党族の襲撃はなかった。
旅すること3日、俺達は無事にレヴの故郷レッサルへと到着した。
「……ん、何もない街だけど」
「のどかな場所ですわ」
レッサルは、普通の田園都市だった。
俺の実家のあるサンウィンや、この前まで滞在していたヨウィンに比べるとのんびりした雰囲気の街である。
「でも、立派な建物も見えますわね」
「……あれは、大聖堂。この街は、女神マクロの信仰都市だから」
ふむ、この街は女神マクロの信徒か。カールの主神ではない奴だな。
女神を信仰し聖堂を有する村は、少なくない。特に信心深い村は、大聖堂と呼ばれる宿泊施設や祈祷像を備えた大掛かりな施設を村の運営費で経営している。
旅人は安い値段で大聖堂に泊まれるが、雑魚寝部屋に寝具を渡されて放り込まれるだけなのでサービスは悪い。
「祖父ぃは、あんまり信心深くなかった。聖堂の連中が、女神の為だの村の為だの言ってガンガン金を毟ったから」
「あの規模の大聖堂は、維持に相当費用が掛かるわねぇ。よく分かんない石像まで建てられてるし、この規模の村で維持するのはそもそも無謀じゃない?」
「うん、無謀。あの石像は知らない……。前は無かった、またお金を使って建てたんだと思う」
信仰のために無駄金を注ぎ込むって、何か馬鹿みたいだ。
この村の住人が納得してるなら気にしないけど、俺は身の丈にあった聖堂にしとけと思うなぁ。
「……取り敢えず、祖父ぃの家に行こう」
「だな。まずは、挨拶だ」
田舎村には不釣り合いに豪華な聖堂。
それに少しばかりの薄気味悪さを感じながら、俺はレヴの案内のもとで街を進んでいった。
「……あん? あんたら、誰?」
レヴの案内した家から顔を出したのは、若い青年だった。
彼はレヴを見て怪訝な顔をしているし、レヴもぱちくりと青年を見て驚いている。
「……私は、この屋敷の親族の者。この家の主、ジャレイは私の祖父ぃだ。貴方は、祖父ぃとどういう関係?」
「ジャレイ? 誰だそれは」
「この家は、祖父ぃの家でしょ? 貴方は間借りしてるんじゃないの?」
レヴは祖父の家から出てきた初対面の人にテンパりながらも、冷静に応対している。
だが、どこか話が噛み合っていない様子だ。これは、まさか。
「……あぁ、そう言うことか。お嬢ちゃん、俺は去年この家を購入したんだよ」
「購入……?」
「ここは、俺が買うまで売家だったんだ。君の言うジャレイさんと言うのは、前の住人の事ではないかな」
その青年は少し申し訳なさそうな顔になりつつ、言葉を続けた。
「権利書を見せてもいいよ、ここはもう俺の家なのさ。前の住人についてはよく知らないんだ、悪いね」
その顔に、嘘を言っている様子はない。
彼は、まぎれもなくこの家の所有者なのだろう。
「……そうか」
「この街では、大聖堂が村役場を兼ねている。この家の前の住人について聞きたいなら、ソコに行ってみると良い」
「……丁寧に、どうもありがとう」
そこで会話が途切れ、青年はバタンと扉を閉めた。
静寂が、俺達を包む。
レヴの祖父は、何処かに引っ越してしまったのか。せっかくはるばると祖父に会いに来たのに、レヴは誰にも会えぬ事となるのか。
「……行きましょうか」
「うん……」
少し嫌な予感を感じながらも、俺達はレヴの案内に従って大聖堂まで足を動かし続けた。
「ジャレイ氏は、昨年の夏に亡くなっています」
大聖堂で住人録を照合して貰い、俺達はレヴの祖父の死を知った。
「死因は病死。出歩く姿を見かけなくなり不審に思った近所の住民が、屋敷内で死亡しているジャレイ氏を発見したと記録されています。当時肺炎が流行っており、ジャレイ氏も肺炎であったそうで」
「……そう、ですか」
レヴの祖父は引っ越したわけでも、旅に出た訳でもない。ただ、流行り病で命を落とした、それだけでだった。
「……その。遺品と、遺骨はどうなりましたか?」
「身寄りのない死者の場合、遺品は大聖堂が接収し市場に売却されている筈です。遺骨は、恐らく共同墓地に埋葬されたかと思われます」
「……待て」
身寄りのない死体、という言葉を聞いてレヴが目を吊り上げた。
その眼には、少し怒りがこもっている。
「それはおかしい。父はこの街の出身だし、この街で冒険者登録をした。だから大聖堂は、父の存在を知ってたはずだ」
「……」
どうやら、大聖堂はジャレイ氏の身内に連絡を行わず勝手に財産を整理したらしい。
レヴも怒って当然だ。
「祖父ぃが死んだなら、冒険者ギルドを通じて父に連絡を取ることもできただろう。なのに、父は何度かギルドに立ち寄ったが、祖父ぃの死の連絡なんてなかった」
「ええ、そうでしょう。大聖堂では、街の外の冒険者にまで死者の連絡はしておりませんので」
「……祖父ぃに身寄りは有った。私の一族の墓はある、そこに祖父ぃは入るべきだった!! 祖父ぃが死んでたなんて話を聞いたら父はこの街に飛んで帰ってきた!!」
淡々とした態度の職員に、レヴの語気が荒くなっていく。
いかん、このままじゃ喧嘩になる。権力側と事を構えるのは、あまりよろしくない。
「レヴさん、落ち着いて……」
「でも、確かにおかしい話ね。死者が出たなら、遺族に一報入れるのが普通では?」
「法改正がありまして、入れずとも良いという事になったのです。ギルド間での言伝には金がかかります、我々もボランティアで仕事をしているわけではありませんので」
レヴの怒気を飄々と受け流しながら、職員は話を続けた。
「死者が出た際、3日以内に身元引受が無い場合は大聖堂がその資産を接収します。それが、今のレッサルのルールです」
「え、3日!? 冒険者は、3日くらい依頼で家を空けるでしょうに」
「規則は規則ですので」
なんてことだ。なんて町だ。
人の死をなんだと思っているのか。それはつまり、人が死んだらそれを遺族に周知せず、3日過ぎればその遺産だけ没収するぞと言ってるようなものではないか。
「……で、その没収した財産は何に使ってるのよ。アンタらの酒代になってんじゃないでしょうねぇ」
「我々を愚弄するおつもりですか。聖堂の資金は、余さず『ゴリッパ』様の像の建立に当てているのです。我々は贅沢など、するはずがないでしょう」
「『ゴリッパ』様?」
あん? なんだその初めて聞いたワード。
「先代の、この街の司教様ですよ。その偉大さを讃えるために、息子であるコリッパ様が巨費を投じて建築しているのです」
「あ、あの作りかけの大きな石像の事!?」
……え、あれって司教の石像だったのか? 女神の石像じゃなくて?
司教を信仰してどうするんだ、アホなのかこの街は。
「ゴリッパ様は偉大な指導者であらせられました。コリッパ様は父君に心服し、その死後も石像を建立して讃え続けているのです。ああ、何と素晴らしき親子愛」
「……そんなモノの為に、私の実家や、思い出は売り払われたのか」
「そんなモノ、だと? 子供だからと言って、あまり無礼な発言をするなら逮捕しますよ」
職員の声が、少しいら立ちを帯びた。
そんなに大事なのか、そのゴリッパ様とやらが。
「……もう、良い。行こうか、みんな」
「レヴ、よろしいのですか」
「もう、何を言っても手遅れ。せめて、祖父ぃの眠っている場所に行って祈りたい」
「そうですか」
これ以上、いくら話しても平行線だ。そう感じたのだろう、レヴは悔しげな顔をしながらも職員に背を向けた。
「おや、墓を参るにせよ荷物は置いて行かれないのですか?」
「荷物、だ?」
「あなた方は旅人なのでしょう? 祖父が死んだのであれば、泊まる場所もないでしょうに。今のうちに宿泊登録をしておけば、荷物は預かりますよ」
……ああ、そっか。
大聖堂は、宿泊施設も兼ねてるんだっけか。
「……」
「悪いな、ちょっとこの場所に泊まる気にはならねぇ。金に余裕があるから、宿を取ることにする」
そのあまりに空気の読めていない職員の言葉に、カールが割って入る。
当り前だ、レヴが今どんな気持ちでいると思ってんだ。誰が、こんな場所で寝泊まりするか。
「残念ですが宿など、この街にありませんよ?」
「……は?」
「この街に訪れる旅人など数が知れてますからね、宿は廃止し全員大聖堂に宿泊する事が義務付けられています」
「な、なんだそりゃ」
「お1人様一泊500G、ここでお支払いください。野宿は治安維持の観点から、逮捕拘留となるのでご注意を」
……超ボッタクリ価格。
ビビるわ、なんてアコギな事やってんだコイツら! ヨウィンで最高の宿借りても、500Gは行かないぞ!?
大聖堂で雑魚寝させてもらうだけなのに、なんでそんな額払わねぇといけないんだ。
「……その額なら、その辺の村の家に金払って泊めてくれって頼んだ方が良くねぇか。大聖堂って、格安で宿を取らせてくれる施設じゃなかったのかよ」
「このレッサルで、大聖堂以外が宿屋に相当する行為を行えば厳罰です。いくら払おうと、誰も泊めてくれないでしょうね」
「そのお金はあの石像に行くのですわね?」
「これも、大聖堂の維持の為。レッサルには、この大聖堂が必要不可欠なのです」
……。
「今日中に、この街を出よう」
「外には悪党族がうろついています、非常に危険です。泊まって行きなさい、僅かな資金を惜しんで命まで奪われても知りませんよ」
「……」
その職員の態度に、そろそろ俺の腹も据えかねてきた。
大聖堂とは、民を守る施設じゃなかったのか。
こんな詐欺恐喝まがいの、遺産泥棒をする組織の何が必要不可欠か。
「……行こう」
「レヴ……」
「落ち着いて、イリーネ。私は、怒ってないから……」
随分と、俺は怖い顔をしていただろうか。
俺が固く拳を握りしめている事に気付いたレヴは、哀し気な笑顔で俺の手を握りしめてこう言った。
「怒ってくれてありがと……」
「……」
レヴは、そう言って静かに佇む。
ああ。いつの間にか、俺がレヴちゃんに宥められてしまっているじゃないか。
情けないことこの上ない。
「俺はこう見えて強いからな、野宿でも怖かねぇ。いくぞみんな」
「本当に、お泊りにならないので?」
「その100分の1の値段なら考えてやってもいいかもね。本来、大聖堂はそんな値段で寝床を提供する施設よ」
「この街は、大聖堂こそ象徴なのです。他の街と一緒にしないでください」
ああ、その通り。
他の街で真面目に信仰やってる人と、こんな連中を一緒にしちゃ迷惑だ。
「賊に襲われても知りませんよ、本当に良いのですね」
「……本来は、施政者たるお前らが賊退治するべきでしょぉ? あんなのに金を使う前に」
「あの石像さえ完成すれば、全てが上手くいくのだ。ゴリッパ様が、街を守ってくださる」
この街の、大聖堂を運営している連中は。
間違いなく、気が狂っていやがる。
「ここ、か」
「……そう、共同墓地」
聖堂の裏の野山。
ほとんど整備されていない獣道を進むと、乱雑に組み上げられた石が立ち並ぶ『墓地』へと到着した。
「祖父ぃも可哀想に。誰にも看取られず、こんな場所に埋葬されて」
「レヴ……」
「……最後に会った時は、大層元気だったのに。こんなことなら、去年にも顔を出しとくべきだった」
レヴは、その小汚い墓石の前に屈んで座る。
そして、何かを懐かしむ様に拝みだした。
「祖父ぃ。遅くなってごめんなさい。貴方の冥福を、孫のレヴが祈ります……」
────年端も行かぬ少女の祈りが、山風となって墓標を吹き抜ける。
その祈りは、きっと彼女の祖父に届いただろう。
「……ねぇ、カール」
「どうしたレヴ」
「……私」
こちらに振り向かぬまま、レヴは肩を震わせた。
ぽたり、と地面に雫が零れ。
「私、本当に独りになっちゃった……」
少女はそう言って静かに、嗚咽を零した。




