42話「決着とパンツ」
「……これは」
開けた森のその奥に、男の呟きが溶けて消える。
「どういう、事だ?」
敵のレーザー攻撃をかい潜り、途中で襲ってきた護衛の巨大魔族どもをなぎ倒し、なんとか魔法発射地点まで到達したカール。
そこに合ったのは、ちょっとした家より大きい『固定砲台』の……残骸であった。
「もう、砲台は壊れてるな。俺以外の誰かが、此処を襲ったのか?」
カールは、怪訝そうに顔を顰めた。周囲を見渡しても、自分以外に動いているものはいない。
一面はカールに切り捨てられた魔族の血で染まり、生き残った個体は這う這うの体で逃げ出した後だ。
しかし、やっとたどり着いたその『目標物』は……もう破壊されている。
「もしや俺やアルデバラン以外に、魔族を倒そうとしている者が居たのかも」
そうとしか考えられない。少なくとも、自分以外の誰かがこの砲台をぶっ壊したのは確実だ。
カールは、誰も居なくなった発射地点で内部から破壊された砲台の残骸を拾い上げ、その場で立ち尽くす事しか出来なかった。
「……一応、周囲を調べよう」
魔族の気配がなくなった砲台付近。
やることが無くなったカールは、少しでも敵の情報になるものが残ってないか調べていくことにした。
もしかしたら、これをやった誰かの痕跡を見つけられるかもしれない。せっかくここまで来たのだ、何かしらの情報は持ち帰らないと。
「砲台は、爆破により破壊されている。恐らく、やったのは魔術師」
砲台の破片は熱で歪み、焼き切れていた。
少なくともこれは、戦士職による破壊ではない。殴打や斬撃ではなく、爆炎により破壊されている。
魔術師の仕業と見るのが妥当だろう。
「いやにデカい砲台だ。だが、砲台の破片に制御盤の様なモノがついている……」
カールは、弾けとんだ鉄の塊の一部を手に取った。恐らくは、砲台の一部だろう。
そしてカールはその太い鉄塊に、細かなボタンが付けられた『小さな板』が溶接されていることに気がついた。
「む、人間語だと!?」
しかも驚くべきことに、その板にはなんと人間語が書かれていた。
「『砲撃』と記されたボタンも付いている。間違いない、これが砲台の制御装置だ。まさか、この砲台を制御していたのは人間なのか?」
カールがこの場所に来るまでに斬った敵は、間違いなく魔族だった。
しかし敵が持ち出してきた兵器は、人間の手によるもの。
まさか、魔族と手を組んだ人間が居るのだろうか。だとすれば、生かしてはおけない。
「……これはドワーフ? いや、ゴブリンか」
その砲台の破片を調べていくと、潰れた死体が埋もれていた。
そのグロテスクな光景にカールは目を背ける。
砲身に潰されたせいで損傷が激しいが、これは恐らく噂に聞いた魔族の代表『ゴブリン』だろう。
「ゴブリンは手先が器用で、伝説によれば人間語を理解するとか」
カールは、この街で調べた勇者伝説の情報を反芻した。ゴブリンと言えば悪知恵が働く、比較的人に近い種族の魔物だ。
もしかしたら人間ではなく、こいつが砲台を制御していたのかもしれない。
「む。黒いレース、ピンク色のリボンがあしらわれた透け透け」
そしてカールは、瓦礫の隙間から女性ものの下着を拾い上げた。
それは、恐らく使用済みである。
「周囲に、ゴブリンと巨猿魔族以外の骸は見当たらないな。ここに来る道中、ゴブリンを見かけなかったことを考えるに、人間ではなくこのゴブリンが砲台を制御していたと考えるのが妥当か?」
よく調べてみれば、ゴブリンの骸は砲台周辺にいくつか転がっていた。
少なくとも複数のゴブリンが、砲台付近に居たらしい。普通に考えるなら、このゴブリンが大砲の操り手だったのだろう。
「む、これは絹性か。そこそこ、高級な素材……。身に付けていた女性は身分が高い人なのだろうか」
カールは周囲を見渡しながら、拾い上げたパンツの肌触りを確かめた。
それは、どうやら絹で出来ていた。
「む。少し離れた広場で、夜営をしていた形跡がある。ゴブリンどものモノだろうか」
周囲を軽く見回ると、明らかに何者かが飯を食っていた形跡があった。
そして、拙く汚い食器や乱雑に扱われている武器が積み上げられていた。
恐らくは、敵の夜営の跡だろう。
「微かに薫る香水の香り……。控えめで涼やかな印象を受ける。この下着の持ち主は、きっと清楚な人なのだろう」
カールはパンツをクンクン嗅いだ。
花の香りのような、良い臭いがした。
「おお、魔法陣。俺は魔法に詳しくないが、街に戻れば沢山専門家がいるだろう。持ち帰ろう」
取り敢えず砲台を爆破される前の形に戻してみよう。そう考えて砲台をパズルの如く組み立てると、その外壁に大きな魔法陣が浮かび上がった。
きっと、この砲台の核となる魔法陣だ。これも持ち帰るとしよう。
「パンツは俺のポケットで良いか。破片は、俺の上着にくるんで……」
周辺の事は、かなり調べられた。襲撃は空振りに終わったが、それなりの情報は手に入れることが出来た。
あとはこの情報を持ち帰って、マイカ達と相談しよう。
「下着ばっかり調べてんじゃないわよこのエロカール!!」
「もげろっぱ!!」
マイカの拳が、カールを空高く吹き飛ばした。
奇妙なことに、敵はカールが到着した時には既に壊滅していたらしい。
カール以外にも、魔族の砲撃を止めようとした存在が居る様子だ。
「……砲台は既に破壊されていた、か。つまり我々以外に、魔王に仇なす者がいるのだな」
「多分な。会ってないから分からないが」
「もしかしたら、我らの知らぬ勇者かもしれん。女神様に確かめねば」
アルデバランはまた深く考え込み始めた。
敵の戦略兵器を生身で2回も相殺した化け物、アルデバラン。彼女が女神と話すことが出来たなら、是非情報を共有してもらいたいものだ。
カールの女神はちと胡散臭いからな。アルデバランの女神の意見も聞きたい。
「……とにかく。敵は壊滅した、と言う事で良いの?」
「その様子ですわね。まぁ、また同じように攻撃してきても私が弾き返して差し上げますわ」
「あー、それよ! イリーネ、何なのアレ。あんなの使えるなら、最初から使いなさいよぉ!」
無駄に死ぬ覚悟決めちゃったじゃない、とサクラはポカポカ殴ってきた。
や、すまんすまん。俺もギリギリで習得したんだ。
「それは私も気になる。イリーネ、あれは何なのだ」
「ユウマさんの持ってきた論文に書かれていた魔法ですわ。それは彼の父親が、生涯をかけて研究した魔法です」
「ふむ。してその魔法の名は?」
「筋肉天国と言うそうですわ」
────!?
む、何処かから息を呑む音がしたな。まぁ良いか。
「何だその戯けた名前は」
「え、格好良いではありませんか。どうやら古代の闘技場で、魔法を封じ戦うために用いられた魔法だそうです。なので、そんな名前なのだとか」
「へー」
────え、ちょっと待て。あれは、そんな名前では!
頭の中で、爺さんの焦った声がする。
まぁ気にすんな爺さん、どうせなら皆に自慢できる方がいいだろ? 任せとけ。
ここは俺がセンス溢れる、格好良い名前を定着させてやるから。
────いや、ちょっ。
「ほう……元々は防御魔法ではないのだな。成る程、それであんなにチグハグな性能なのか」
「チグハグ?」
「ああ。これはなんて非効率的な術式だと、驚いたものよ。防御魔法とは、とても言えない」
────なんじゃと!? 貴様もわしの魔法の素晴らしさを理解せんか!?
アルデバランの言い種に、爺さんが頭の中でキレた。
まぁ落ち着きなよ、まずは聞こうじゃないか
「この結界が遮断するのは魔力のみ。魔法で射出された質量の有る物体────、つまり火矢や石弾などは防げんだろ」
「あー」
「しかもそれを防ぐための物理障壁は、自らの対魔法結界のせいで展開できないと来た。純粋な魔力砲に対してしか効果の無い魔法なぞ、防御魔法と言えなくないか?」
言われてみればそうだ。
例えば結界の外から巨大な岩を投げつけられたら、防御魔法も迎撃できず詰むな。
魔法で作った炎はどうなんだろう? 消えないのだろうか?
……炎を纏った飛来物体、つまり火矢とかは防げなさそうだ。魔法で着火されようと、もう燃えてしまっているモノはそのままな気がする。
────そんなもん、筋肉でどうとでも出来ようが!
せやな。
「今回は外からの攻撃に対して使用しましたが、恐らくこの魔法は本来は敵ごと閉じ込めるものです」
「……ふむ」
「敵と自分を魔法の使えないフィールドに押し留め、そして近接戦で勝つ。それが、理想の使い方でしょう」
「成る程、魔術師相手の戦いでカールの援護として使うのか。それは……その使い方なら、この上なく有用だろう」
え? カールに頼らず自分で近接戦するつもりなんじゃが。
「外からの物理攻撃に弱いが、中に閉じ込めさえすれば魔術師を完封。確かに良き魔法かもしれん」
「そうでしょう?」
「……ただ、私には扱えそうにないな。どれだけ、多属性が関与してるんだコレ。しかもこの魔力の要求量……」
ブツブツとぼやきながら、アルデバランは論文を読み始めた。
勇者たるアルデバランをもってしても、筋肉天国は習得出来ないらしい。
そもそも超難度って言ってたもんな。ポンポン初めから成功するのは、俺くらいか。
「アル、私達の主力は貴女です。魔法を封じる結界など習得しても、むしろ首を絞める機会の方が多いのでは」
「それもそうだな、イノン」
仲間のイケメンに諭されて、アルデバランはポイと論文を投げ捨てた。爺さんが怒るからもっと丁寧に扱って。
「……今回は助けられたな、礼を言うぞイリーネ」
「何を仰いますか。アルデバラン、貴女が砲撃を相殺して時間を稼いでくれたからこそですわ」
「私は勇者だから、それくらい出来て当然だ」
論文を拾おうとして屈む俺に向き合ったアルデバランは、やがて赤いマントを翻して立ち上がった。
「魔王は、我らのすぐ傍まで迫ってきている。きっと、イリーネの力を借りることがあるやもしれん」
それは、確かに感じた。魔王軍という脅威が、つい先ほどまで俺達を殺そうと巨大なレーザーで攻撃を仕掛けてきたのだから。
「お前は信用できる。また会おう、イリーネ」
「……ええ。また会いましょうアルデバラン」
そう答えると、魔炎の勇者はニヒ、と格好の良い笑みを浮かべた。
花が咲いたような、まぶしい笑顔だ。アルデバランはこんな顔も出来るのか。
俺は思わず、その邪気の無い顔に見惚れてしまった。
澄みきった空の下で不敵に笑う彼女は、まさしく冒険譚の英雄の様だった。
「……よし。では行くぞお前ら!」
アルデバランは、背後の仲間に向けて号令した。
そんな彼女の背後では、魔砲撃により雲が吹き飛ばされ、まっすぐ抜けた青空が俺達を見下ろしていた。
「この腐れ発情レズメイド!! 今度と言う今度は許しませんからね!!」
「ひ、ひえええー!! 魔が差したんです、堪忍やぁ~!!」
「やかましい!! やかましい!! もう最期かと、お姉様に抱き付きに行こうとしたのに!!」
そして突き抜けた青空の下、ウサギ同士がSMプレイに高じており。
「……ご、ごくっ」
「どうだ、ラジッカとやら。何か分かるか」
「このパンツの持ち主は相当なスケベ女だな。エロエロだ」
「そんなにか。そんなにエロエロなのか」
「ああ、間違いない。エロエロのムチムチのプリプリだ」
「ふ、ふわあああ」
アルデバランパーティーの男衆は、カールと混じって拾った下着を吟味していた。
「出発だって言ってるだろ、この発情バカども!!」
「前が見えねぇ……」
「ごめんなさい……」
馬鹿どもは速やかにアルデバランに折檻された。
うん。やっぱり俺達のパーティよりキャラが濃いな、アルデバランのパーティ。
その後の話。
俺達カールパーティーは、事の次第をガリウスに報告した。
この街から逃げ去る予定だったが、後ろ髪を引かれたので残って魔王軍を迎撃した事。
そしてその結果、ユウリの祖父の魔法がこの街を救った事。
「……はぁー! 大手柄であるなカール一行よ、また助けられてしまった」
「いえ。この地を守ったのは私たちではなく、アルデバランとユウリの一族ですわ。私はその、最後の美味しいところを取ったに過ぎません」
「ええイリーネの言う通り、俺達は何もしていません」
実際にカールは何もしていない。
「ところで、イリーネ殿。是非、貴女が街を魔族の暴威から救ったという魔法を教えていただけないか」
「ええ、勿論ですわ」
ガリウスは『筋肉天国』の話題になると驚嘆し、是非にとユウリの祖父の論文を求めた。
その論文に書かれた内容を読むと、ガリウスはうーむと唸り声をあげた。
「成る程、これは……。魔法使いとしては受け入れがたい内容であるな」
「そうなのですか?」
「恐ろしすぎるではないか。敵がこれを発動された瞬間、自分はひ弱な無能に成り下がるのだぞ? この魔法の価値に気付けるほど賢い者は、何としてもこれを『役に立たぬ魔法』として世に出さぬように画策するだろうな」
ガリウスは、興味深そうにユウリの祖父の論文を見た。
成程、この魔法が世に出なかったのはそんな背景があったかもしれないのか。
「面白いな、実に面白い。この技術、王宮の牢獄に設置しても良いかもしれん。しかし敵に使われると、王宮の護衛をまるごと無力化されてしまうかもしれんのか……。迂闊に広めるわけにはいかんな」
「あの、ガリウス様?」
「良し決めた。この魔法は有用ではあるが、世に出さぬ方が良きだろう。イリーネ、その魔法は『禁呪』に指定する。今この瞬間から、この論文は国家機密である。ゆめ、人に漏らさぬよう」
「へぇあ!?」
え、国家機密ってマジっすか!?
「うむ。大変危険な魔法ゆえ、これは王家の管理としよう。ユウリ殿、貴殿の祖父ソウマ氏の名は、偉大なる魔法使いとして王家に代々伝わることになろう」
「……伝説のネタ魔導師が、本物の大魔導師になった」
え、えー。
確かに俺好みで凄い魔法だけど、国家機密扱いとかマジかそれ。
つまり、好き勝手にガンガン使えないって事?
「では、諸君らの活躍と魔王軍の脅威、しかと理解した。私から早急に王へ伝えるとしよう」
「あ、ありがとうございます」
「あのような巨大な魔砲撃を目にしては、敵の存在を疑いようもない。安心したまえ、国は君達を全力で支援すると誓おう」
という訳で、俺達はついに国家公認の勇者へと昇格することが出来た。
『筋肉天国』を封じられたのは痛いが、ガリウス様と知り合えていた事自体は望外の幸運だったのかもしれない。
「路銀も用意しておこう。ヴェルムンドの令嬢が居るのであれば、大金の管理も手に余らんだろう」
「ええ。閣下からの御恩情、大切に使わせていただきますわ」
こうして、俺達のヨウィンでの戦いは、幕を下ろした。そして次なる戦いに向け、しばし体を休める事とした。
ついでに、謝礼と路銀としてガリウス様から目も眩むほどの大金を手渡され、マイカの目がキラキラに輝いた。




