34話「なんだこのオバサン!?」
『ようこそ、魔術杖専門店へ~ぷりぷりムッチリ天国~』
……これは、どういう事だろう。
「あの、イリーネ? ここが、貴女が聞いた『腕の良い魔術杖職人』の店」
「その筈ですわ」
魔族の襲来に備えて、魔術杖を作る。それが、今日の俺達の目的。
だが女二人、サクラと共に商店街に出掛けた俺は、怪しいネオンの看板が立つお店の前で立ち往生していた。
今朝。
「……と、言う訳ですの」
俺はユウマの家の庭に『避難シェルター』を作る提案をしたこと、そしてその為にサクラの力を借りたい旨を伝えた。
「ああ、確かにそれは要るな」
「依頼料も美味しいわね」
提案に対する皆の反応は良かった。
サクラ本人も『いざという時、私達も逃げ込める広さのシェルター作っておくわぁ』と乗り気だった。
だがいくら土魔術師と言えど、シェルターを作る程の作業となれば数日掛かりの仕事。短期間で終わる作業とはいえ、どうせなら効率良く仕事がしたい。
なので、
「先に杖を作りに行って、製作の待ち時間に図面引くわ」
「杖があった方が、作業も早いですしね」
「イリーネ、貴女も土の素養有るんでしょう? 手伝ってくれるわよねぇ」
「勿論です」
サクラと話して、俺達は先に杖を作る事に決めた。
その方が、間違いなく効率的だと思ったのだ。
「店ならお任せください。以前話をした博士から、腕の良い職人さんの店を伺っておりますので」
「流石よ、イリーネ」
店選びに迷う必要はない。
ロメーロ博士。以前俺に魔法について色々教えてくれた男が、紹介してくれた『腕の良い店』がある。
こうして意気揚々、俺とサクラは杖を作るため素材を持ち込んで依頼に出向いたのだったが。
「イリーネ。本当に、ここ?」
「その筈、ですわ……?」
その博士から紹介されたお店が、どう見てもエッチなお店にしか見えないのである。
デカデカときょぬーなお姉さんのイラストが看板に描かれたその店は、俺が前にバイトしていた風俗店を彷彿とさせた。
「一応、入ってみる? 店主の看板センスがおかしいだけかもしれないし」
「そ、そうですわね」
大丈夫だよな、博士。お前、ちゃんと腕の良い職人さんを紹介してくれたんだよな。
行きつけのお店を間違えて紹介した訳じゃないよな?
一抹の不安を覚えながらも、俺は遠慮がちに店の戸を叩いた。
「……ごめんくださーい」
「あ? うーい」
一声掛けると、気だるい声が帰ってきた。
中に人は、ちゃんと居るらしい。
「あの、仕事の依頼に伺いました」
「はいはい、どちら様? 紹介とか持ってる?」
扉を開けると、ブカブカの作業服に身を包んだ看板イラスト通りの美女が出てきた。
煤まみれで髪もボサボサだが、作業服からはち切れんばかりに溢れている胸がセクシーだ。
「うち、一見さんはお断りなんだよね」
「ど、どうぞ。ロメーロ博士からの紹介ですわ」
「あー! はいはい、じゃあ杖の方の依頼か! だよね、まだ真っ昼間だもんね。女の子二人だし」
……。その口振りだと、杖じゃない方の依頼も有るのだろうか?
いや、深く考えないようにしよう。
「わあ、素材も持ってきてくれてるんだ。うんうん、善きかな」
「あの、それで依頼は受けていただけるのでしょうか?」
「勿論、良いよん。随分と、樫を持ってきてくれたねぇ。余った杖素材も買い取らせてもらうけど、それで良い?」
「え、ええ」
だが、一応この店は魔術杖職人の店で正しいことが分かった。
後は、ちゃんとしたモノを作ってくれるかどうかである。
「あの、宜しければ貴女の過去に作った杖を見せていただいても良いですか?」
「ん、良いけど。部屋奥の右の部屋に入ってみて、中に一杯在庫あるから」
「ど、どうも」
杖なんて使ったことがないし、目利きなんて出来ないが。
せめて、この女が前にどんな杖を作っているのか確認した方が良いだろう。
「左の部屋は開けちゃダメよ。エロ────じゃなくて、失敗作しか入ってないから」
「……」
……。聞かなかったことにしよう。
「イリーネ、大丈夫なのこのお店」
「……真面目そうな博士からの紹介でしたので、信用したのですが」
「すっごく見覚えのある品がそこら中に転がってるんだけど。媚薬とか鞭とか、張り子とか!!」
「そういえば、ご専門でしたねサクラ」
やっぱり、この店は夜の商売も請け負っているらしい。
案内された部屋には確かに杖の在庫も有ったが、アダルティなグッズや不自然にデカいベッドなど魔術杖に無関係なモノも沢山転がっていた。
「……本当に、大丈夫なのこのお店?」
「……」
不安になることを言わないでくれサクラ。俺もちょっと迷ってるんだ。
本当に、依頼するのがこの店でいいのかと。
「在庫の杖はどう?」
「ふむぅ。私が以前、家庭教師から借りたモノよりはしっかりしてると思うのですが」
「ふぅん? どんな所が?」
「敵に殴りかかっても、折れにくそうですわ」
「魔術杖を打撃武器として扱うのはやめなさい」
そんな事を言われても。だって、俺は魔術杖を買うのは初めてだ。どんな杖が良い杖で、どんな杖が外れなのかも良くわからない。
だがら、博士の言った「腕の良い職人」と言うのを信じるしかないのだが。
「ん、ん、んほぉぉぉ!? 高ぶってきたー、くふふふー」
時折、作業場から嬌声が上がるこの工房で、果たしてまともな杖が出てくるのだろうか。
あの女、本当に作業してるんだろうな。自家発電に勤しんでないだろーな。
「……不安ですわ」
「信じて待ちましょ、あんたが選んだ店でしょお?」
そうなんだけれども。
「はい、どうぞどうぞ。お姉さん、張り切っちゃったよ」
「え、もう出来たのですか?」
一時間と待たずに、女は作業を終えて部屋から出てきた。
その手には、艶々とした光沢を放つ杖が握り締められていた。
「うん、うん。ヨウィン樫の杖は作り方が決まってるからね、材料さえあれば仕上がるのは早いのよ」
「そ、そうなのですか。試してみても宜しいですか?」
「いいよー。町の外に向かってなら、魔法を使っても構わないから。かなり威力上がるけど制御難しいから、失敗しても凹まないでね」
この職人、一応仕事は早いらしい。
だが、いくら早くても雑な仕事をされたら堪らない。ちゃんと、杖の性能を確かめておこう。
「そうね、私も試させて貰おうかしら」
「どうぞどうぞ。ただ民家に被害出しちゃダメよ? ちゃんと、森側に撃つんだからね」
職人はくれぐれもと、森の方角へ撃つように念押しした。
職人が指さした方角を見れば、数百メートルほどの空き地が広がっており、その先に森が見える。
いくつかクレーターが出来ているのを見ると、みんなここで試し撃ちをしていくのだろう。
「じゃ、私から行くわぁ」
「おー」
方角を確認した後、サクラは杖を構えた。彼女から手始めに魔法を使いたいらしい。
「地霊、懇願。大いなる山林、其を隆起せよ」
「お、土系統か。良いな、この周囲が荒れたら自分で戻して帰っとくれよ」
「我を守るは大地の起伏。土壁!」
さて、どれ程の威力になるかな。レーウィンでは、そこそこ大きな土柱を建てていたが。
……。
「何も起こりませんね」
「ごめん、制御ミスったわ。え、何これ難しい」
高々と詠唱をしたは良いが、魔法は不発に終わったらしい。
やはり、杖を使うと制御が難しい様だ。
「もっと力抜きな。最初は、普段の半分くらいの威力を意識すると良い」
「ええ、了解よ」
職人はニヤニヤとしながら、呪文を失敗したサクラを眺めている。
この女、失敗するのが分かってたな。
「我を守るは大地の起伏────」
気を取り直して、サクラが再び詠唱した。微かに、額に汗が見て取れる。
「土壁!」
その高らかな叫びと共に、土はせり上がり────
「……あらまぁ」
「うっそぉ」
「ひゅー、良いじゃん」
目の前に、小さな一軒家ほどの土の塊が隆起したのだった。
「頑張って扱ってね。ウチの店の杖は魔法の強化率がウリだから、制御難易度跳ね上がってる代わり威力は保証するよ」
「す、すごいわね。小さな壁を作るだけのつもりだったのに」
「その杖に慣れるまでは、ここにきて練習してもいいよ。街中で魔法の練習するわけにはいかないでしょ? 客寄せになるし」
職人はニヒヒと笑って、サクラの背を叩いた。
どうやら、杖の性能は本物らしい。あの博士の紹介は、間違っていなかったのだ。
「じゃあ、私! 次、私もやりますわ!」
「おお、頑張りな。ちゃんと、森に向けて撃つんだよ」
「ええ、勿論です」
俺は貰ったばかりの杖を握りしめ、目の前の空き地を睨みつけた。
以前、俺が猿仮面として魔族と戦った時を思い出す。俺の精霊砲は絶大な威力ではあったが、魔族にはあっさり耐えられてしまった。
俺は『精霊砲』は十分な威力だと信じ込んでいたが、足りなかったのだ。もっともっと、強力な魔法を使えないとこの先カールの旅には付いていけない。
正直なところ、俺は魔法が嫌いだ。長い時間をかけて詠唱し、ただ広範囲を吹き飛ばすだけの攻撃に、ロマンも何もあったモノじゃない。
だけど、肉弾戦は俺に求められていなかった。人間の筋力では、魔族にどうあがいたって太刀打ちできなかった。
魔法使いが戦争で役に立つには、魔法をしっかり極めねばならない。
「行きますわ!」
「あ、ちょっとイリーネ」
もう、何も聞こえない。俺の精神は研ぎ澄まされ、杖と一つになりつつある。
よし、いける。
「こ、こんなに倍率の高い杖で『精霊砲』撃っちゃったら凄いことになるわよ!? それは理解してるよね?」
「え、その娘『精霊砲』が使えるのかい? 実際に見るのは初めてだ」
「────炎の精霊、風神炎破」
「ちょっとぉ!?」
魔力が、杖を通じて荒れ狂っている。
大地から、空から、風から、太陽から、精霊がひょこっと顔を覗かせて近づいてくる。
「ややややばいですって! この杖でイリーネが魔法使っちゃったら……」
「何を慌ててるのさ、お嬢さん」
「精霊砲よ!? 人類最強の攻撃魔法よ!? 杖なしで撃っても数十メートルはクレーター出来るのに、杖ありで撃っちゃったら大惨事よ!」
「え、それマジ? で、でも大丈夫。安心して、ウチの店の杖で最初から魔法を発動できた奴なんていないし────」
精霊が、制御に協力してくれている、そうか、これが俺の魔法成功率の高さの理由か。
呪文を間違えても、きっと今までは精霊さんが術式を修正してくれていたのだ。ありがとう、精霊さん。
「あれ、制御出来てそうじゃない?」
「出来てるわねぇ」
4種類の精霊は、ニコニコと俺に手を振ってくれている。どうやら、万全の状態らしい。
よし、発動の準備は整った。
……では、ぶち飛ばしていくぜ!!
「えっ、えっ? この娘、ひょっとしてかなり高レベルの魔術師だったり?」
「イリーネ、ちょ、待っ────」
ちゅどーん。
「成程。君達は、新作の杖で魔法を試し打ちしていたんだね」
「はい」
「もう少し周囲への迷惑は考えなかったのかな? 凄まじい爆音が響き渡って、町中が大混乱に陥った訳だが」
「面目次第もありませんわ」
夕刻。
俺とサクラ、そして職人のお姉さんはお巡りさんの詰め所で職務質問を受けていた。
「私、魔術杖を扱うのは初めてだったのです」
「それで加減が分からなかったの? うーん、まぁそれは仕方ないけど……」
「そう言う時は、職人が気を付けてあげないと。そこの職人、魔術杖製造のライセンスは持ってるよね? 初心者講習、ちゃんとしたの?」
「は、はい。というか、初心者講習の途中の出来事で」
「講習中の事故は監督者の責任ですよ」
クドクド、と正論でお巡りさんは注意を続けた。
話を聞くに、突如として街に轟音が響き渡り、東の方角から土煙が上がったのを見て住人は「すわ、敵襲か」と大パニックになったらしい。
数日前から、アルデバランが「魔族が攻めてくるぞ」と町中で吹聴して回っていたのも混乱に一役買った。
「本当に魔族が攻めてきたのだ」「こんな場所に残っていられるか」「お前は実は人間に化けた魔族なんだろう」等と妄言がそこかしこで振り撒かれ、ちょっとした阿鼻叫喚になったという。
「……イリーネ」
「て、てへぺろ、ですわ」
その勇者アルデバラン本人も、フル装備で俺達の元に駆けつけてきた。彼女も、魔族の襲撃だと思ったらしい。
先程の爆音が俺の放った魔法だと理解すると、「……うわぁ」と呟かれて引かれた。
何せ。俺が放った精霊砲のせいで、工房と森の間に位置した空き地が丸ごと全部、巨大なクレーターに変わっていたのだから。
「イリーネ、攻撃魔法に範囲はあまり求められない。威力が分散する上、仲間も巻き込んでしまうからな」
「あ、はい」
「初めて杖ありで撃ったんだし、今回は仕方ない。今後は、もっと範囲を絞ることを意識しろ」
と、俺は魔炎の勇者様から有難いアドバイスを頂いた。
ふむふむ、覚えておこう。
「だから言ったのよ」
「ごめんなさいですわ、サクラ」
今回はやらかしたな。反省反省。
その後、俺達はガードに数時間たっぷり叱られ、反省文みたいな調書を書かされた。
「随分と時間がかかってしまったわ。こりゃ、作業は明日からかしら」
「そうですわね」
取り調べから解放され、ユウリの家に帰り着いた折。空は赤焼けに染まり、辺りはやや暗くなってきていた。
この暗さで、土木作業をするのは危険だ。避難所の建設は、明日にしよう。
「本日は魔術杖を入手できただけでも、良しとしましょう」
「素材を持ち込むと、結構安いのねぇ」
少し予定は狂ったものの、今日の最優先目的は果たした。
今までと比べ数倍の高火力の魔法を撃てるようになったのは、想像していた以上の戦果だ。
「魔法制御の練習もしないとですね」
「また、あの職人の所に行って練習させてもらえばいいわ」
「そうですわね」
次はちゃんと、火力をセーブして撃とう。もうちょいと威力を押さえないと、実践では使えそうにない。
「マイカ達にカールは、上手くやってるかしら?」
「マイカさん達は、何だかんだで良い情報を掴んできそうですが」
「ま、聞けばわかる事か」
こうして、俺達はやっとユウリ邸の門を開き────
「あら、あら。お邪魔しているのです~」
玄関をくぐると、微笑んでいる見覚えのない女性に出迎えられた。
「え、はぁ、どうも」
「……貴女、誰?」
その女性は、白い布を一枚身に纏うのみの姿だ。玄関広場のその中央に、巨乳でおっとりした女性が悠然と佇んでいた。
一応は女性として大事なところを隠しているが、その裸に布切れ1枚の出で立ちは、はっきり言って痴女である。
「お会いするのは初めてですね~。初めまして~」
「ど、どうも初めまして。イリーネ・フォン・ヴェルムンドと申しますわ」
「サクラよ。貴女、挨拶をするなら名乗りを上げるべきではありませんこと?」
「ああ、それは失礼を~」
目の前の女性はユウリ邸に忍び込んだ変質者の可能性もあったが、とりあえず丁寧に挨拶されたので返しておいた。
サクラは不審そうにしていたが、この女性からはあまり邪気を感じなかった。
まぁ、正直変な人だなぁとは思ったが────
「私は知叡の女神、神魔の創造主にして最古の『現人神』。名は女神セファと申します~」
────。
……はい?
「ふぁい?」
「くすくす。疑っておりますね~?」
思わず、素っ頓狂な声がこぼれる。女神? 女神、だって?
その女は、聖母のような微笑みを浮かべ。金糸の如く撫でやかな髪を、ふわふわと室内で揺らしながら。
「ですが、そこの精霊使いさん。貴女ならば、ひしひしと感じとれるでしょう?」
自信満々に、俺を指さして彼女は言った。
「私が、『本物である』と」
────その女は、女神を名乗り。
何もかもを見透かしたような目で、俺達を見据えて笑っていた。
「え、別に何も感じませんけれど……」
「あれ~?」
でも、別に俺は特に本物であるとか感じていないのであった。
なんだこのオバサン!?




