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29話「悪役令嬢イリーネさん」

 夜が明けて、お日様の輝きが部屋に満ちる頃。


 俺達は今夜の、王弟ガリウスからの招待に向けてどうすべきか話し合っていた。


「ガリウス様からの招待です。失礼のないような礼服が必要ですわ」

「……まぁ、その出費はしょうがないか。うーん、サクラの服を全部売っ払うんじゃなかったわね」


 冒険直後の昨日とは違い、今日も昨日みたいな粗野な服装で出向く訳にはいかない。


 平民を招待したのだ、流石に服装の無礼で手打ちになることは無いだろうが……。それでも、出来る用意はしておいた方が良い。


「……王族の、パーティ……♪」

「レヴさん、落ち着きなさい。楽しみなのは分かりますけど」


 貴族社会に妙な憧れを持っているレヴちゃんは、今夜のパーティを心から楽しみにしている様だ。


 正直羨ましい。圧倒的格上な存在からのご招待とか、貴族からしたら胃痛の原因でしかない。


 レヴちゃんが興奮して失礼を働かないよう、それとなく目を配らねば。


「どんな感じでパーティーって進行するの? 挨拶とか必要?」

「まぁ、必要なのですが……。ここは貴族として礼儀作法を学んでいる、私とサクラで挨拶回りしましょうか」

「…………イリーネ、ごめんなさい。ウチで学んだ礼儀作法は、ガン付けられたら殴り返せって感じのヤツで」

「……そうでしたか」


 そっか、サクラの街でまともな貴族の社交会が開かれるはずもないか。


 じゃあ、まともな礼儀作法分かるの俺だけ?


「要は空気を読めばいいんでしょ? 作法とか知らないけど、イリーネの様子見て失礼はないようにするわ」

「マイカさんは、まぁ、上手いことやってくださるでしょうね」

「私、作法は分かる……。いつかのために、お父に聞いて学んでた……」

「あら。レヴは偉いですわ」


 ふむ、意外。


 この二人の言うことを信じるなら、パーティに出てもあまり問題にはならなさそうだ。


「一応、一般的な礼式は知ってるわよ? ただその、ウチの地区は社交界の鼻つまみ者だから……」

「なら初めて私に会った時の様な、普通の対応でよろしいかと思いますわ。喧嘩だけは、くれぐれも避けてくださいね?」

「ど、努力するわ」


 サクラは一応貴族だし、喧嘩っ早いのさえ何とかなれば問題にはならないと思う。


「問題は……」

「何故俺を見る」

「……はぁ」


 まぁ、一番の問題はうちのリーダーだな。


「カール。いくら招待されたとは言え、令嬢の乳を揉んではいけませんよ?」

「滑ってスカートずり落としたら、相手次第で首を跳ねられるわよ?」

「……当然、口説くのもダメ……」

「俺をなんだと思ってるんだ」


 ラッキースケベの神様と思ってるが。












「練習ですわね」

「……おー」


 朝食を終えた後。


 俺はユウリ家の食卓で、テーブルマナーについて講習会を行うことになった。


「マスター、少し協力してもらえますか」

「はいよ」


 使用人役として、マスターにも協力を仰ぐ。


 彼は扱い的にサクラの使用人の様なものだ。今回のパーティーに呼ばれていないとは言え、彼にも貴族の社交界に慣れておいてもらった方が良いだろう。


「では、まず何の知識もないまま実際に食事をしてもらいましょう。マスター、我々はテーブルに座っていますので食器を並べていただけますか?」

「ヘイヘイ」

「マスターも、分からないことがあれば聞いてくださいな」

「見くびらないでくだせぇ。俺も元はテンドー家の厨房担当。その辺はわきまえていまさぁ」


 ほう、彼の料理技術はサクラの実家で身に付けたのか。


 なら、使用人としての動きは問題ないんだな。


「さて、コースが始まるとまずは私たちの前に小さな料理が運ばれてきます。これは、アミューズと言って食前酒に合わせるモノですわ」

「……へー」


 マスターが運んできた何も乗ってない小皿から、俺はナイフとフォークを使って料理を頂く振りをする。


 それに倣い、他の仲間も真似て料理を口に運ぶ真似をした。


「本来であれば、着席時に使用人が酒を注ぎに来るはずですわ」

「王族の酒か……。きっと旨いんだろうな」

「ただし、今日の席で酒に呑まれるのは好ましくありません。特にカールは、勧められても飲むべきでは無いですね」

「異論ないわね」

「間違いない……」

「……はい」


 カールがシュンとしたけれど、この釘は刺させて貰おう。


 俺だって王族のパーティーの経験は少ないのだ。1杯で潰れる馬鹿のフォローまで出来ん。


「あら、カール。私に喧嘩でも売りたいのかしらぁ?」

「……えっ?」


 突然、サクラがカールに声をかけた。


 ふと見ると、サクラは愉快かつ好戦的な目でカールを見ていた。


 ……あぁ、成る程。


「カールさん。貴方の置いたナイフの刃先が、サクラさんに向いていますわ」

「えっ? ……あ」

「刃を向ける、と言う言葉の意味はご存じですわね? それは無礼どころか、敵意すら表す行動です。本番では絶対にやめてくださいね」


 うむ、これ本番でやってたら洒落にならんかったな。


 まぁ、ガリウス様の様子だったら『平民のやることだ』と注意で済むだろうけど。


 面倒くさい系の貴族にやっちゃったら目も当てられない事になる。


「ナイフは外向きでなく、内向きに置くこと。これは鉄則ですわ」

「肝に命じます……」

「この様に、テーブルマナーは結構面倒くさいのです。細やかなマナーはこの際気にしないでおきますが、絶対にやってはいけない事だけ重点的にやっていきましょう」


 やはり、練習しておいてよかった。


 何としてもこの場で、仲間達にパーティを無難に乗り切るだけの礼儀を身に着けさせる。


 それが貴族たる俺の責務だな。


「……そうですわね、では私が招待された他の貴族の役をしますので、会話してみてください」

「会話?」

「貴族のパーティーは社交の場ですわ。席の最中、近付きになりたい人に話しかけに行く事もありますの。今回は我々がメインゲストですので、何人かは話し掛けて来るはずですわ」


 あの言い方だと、おそらく相応に大きな宴席が用意されるはず。となれば、他の貴族に話しかけられる展開もあり得そうだ。


 ま、大丈夫だとは思うけど……。一応、サクラにも念を押しておこう。


「サクラさん。失礼ながら貴女の家柄は、あまり格式高いとは言い難い。それを、悪しき様に言う方もおられるかも知れません」

「……そーね、実際よく言われるわぁ」

「重々ご承知かと思いますが、何を言われても手を出してはいけませんよ。貴方の誇りの高さは存じておりますが、本日の席は相手が悪すぎますので」

「……わーってるわよぉ。私だってここで暴れたら、家が再興できなくなるって理解してるわ」


 ふむ。サクラがそう言うなら信用しておこう。


「では、私は少し性格の悪い貴族になりますね」

「……性格悪いイリーネって、想像し辛いな」

「ん、おっほん」


 ……演じるって言っても、誰をモデルにしようか。ヴェルムンド家の知り合いって、基本的に性格いい人多かったからな。


 微かに見たことある、ムカついた貴族の真似を片っ端からやっていくか。






「あら、ごめんあそばせ。本日は遠い所よりお越しいただきありがとうございますわ、平民の方々」

「わ、イリーネの顔が怖くなった」


 おい、せっかく演技してるんだからイリーネ扱いすんな。


「我々は心より歓待申し上げておりますのに、実に残念ですわ」

「……何が言いたいのかしら?」

「どうやら、あなた方は私どもを軽く見られている様子。まさかそんなみすぼらしい服装で会に出席されるとは、私どもの力不足を嘆かざるを得ませんわ」


 うん、うん。実際、前にこんな事を言ってきた奴が居た。かなりの成金貴族で、遠回しにウチの金欠を馬鹿にしてやがったのよね。


 戦争の無い時代に、軍事貴族が金持ってるわけないだろうに。


「……随分と堂に入ってるわね」

「イリーネが、悪い貴族に見えてきた……」


 外野うるさい。こう見えて、演技は得意中の得意なんだよ。


「あらぁ? これでも、私に用意できる最高の品質の衣装よぉ?」

「それはそれは、失礼を。ですがあなたの身に着けている服は、どう見ても安い布地と二束三文の装飾品に見えますが……。もしや、商人に騙されて安物を掴まされたのでは?」

「うぐっ……」


 あ、しまった。うっかりサクラの傷を抉ってしまった。


 でも、実際に言われる可能性もあるし……。というか、言われたし。


「教養は必要です事よ? ちゃんと悪いものは悪いものと見抜ける目がないと────」

「……」


 うーん。結構本気で怒らせちゃってるか?


 一度切り上げて、謝っておこうかな。


「……いえいえ。貴方には分からないでしょうが、見ての通り最高品質の衣装よぉ?」


 おっ。まだ続けれるのか。


「馬鹿になさらないでくださいな、私も目利きには自信が────」

「貴女の家に招待されるにあたって、これ以上の準備は必要ありませんの。この家の格式に合わせた、まさに最高級の衣装です事よ」

「……」


 サクラはそう言うと、ふんと席を立った。


 ……これは。


「ええ、それで正解ですわね。自分の家を卑下せず、そして馬鹿の相手をせず。お見事な対応ですサクラさん」

「あ、普通のイリーネに戻った」

「ウチは悪名高いからね。そういうのは慣れてるって言ったでしょ?」

「ですが、先程の無礼を謝っておきますわ。不愉快な事を申し上げて申し訳ありません、サクラさん」

「良いわよそんなの。てか、多分アレってあんたが言われた奴でしょ」


 あ、やっぱバレたか。


「では、今のサクラさんの対応をお手本にしてください。次は、カールさんに話しかけますわ」

「おお、俺か」


 サクラは、放っておいても安心だろう。


 さて、じゃあ次は最大の問題児カールに行くとするか。


 この男、仲間をバカにされたらあっさりブチ切れるのが目に見えているからな。


「それでは参りますわよ? ん、おっほん」

「お、また顔が怖くなったな」


 さて、今からカールの前で仲間を侮辱しなければならない訳だが────


 ここは、俺の演技力に全てかかっている。


 俺は演技とは言え、仲間の悪口を言いたくはないからだ。


 となれば、俺は(イリーネ)を侮辱する他はない。後はどれだけ、演技した俺がイリーネとは別の性格悪い貴族と認識されるかどうかだ。


 イリーネがイリーネを煽っても、カールからしたら反応に困るだけだろうしな。


「此度の成果は素晴らしいですね、平民の剣士。きっとさぞかし腕が立つのでしょう」

「あ、え、ええ。どうも……」

「ガリウス様から招待される平民など、一生に一人見れるかどうか。光栄に思いなさい」


 よくいるタイプの、ナチュラルに平民見下し系貴族。


 だが、高圧的に接しているのにカールはどこ吹く風って感じの態度だ。相手がどれだけ偉そうでも、あまり気にしないんだよなコイツ。


「にしても、大変でしょうね。貴方の仲間は、ずいぶんと癖がありそうな人ばかり」

「癖……?」

「そうですとも。あまりマトモな方ばかりには見えませんわ」


 さて、いよいよ本番。心苦しいけど、カールを煽っていくか。


「特にあのイリーネとか言うのは良くない。見るからに性格が悪そうね」

「……む?」

「仲間、というか付き合う相手は選んだ方が良いわ。低俗な人間との付き合いは、自らの価値を落とすもの」


 まぁ実際、俺は普段猫被ってるしな。性格悪いと言えなくもない。


「おい取り消せよ、どういう意味だ」

「あら、私のありがたい忠告に盾突く気?」


 あ、割と本気で怒った。やっぱり、カールに仲間の話題は禁句なのね。


 あと、上手いこと演技に入り込んでくれてる。


「イリーネは何を考えているか分からない、腹黒い女よ。きっと、心の内で色々とやましい事(筋肉)を考えているに違いないわ」

「違う。お前にイリーネの何が分かる」


 何が分かると言われても。


 カールが演技だと忘れかかってキレているが、イリーネについては大体何でも知ってるぞ俺。


「イリーネは優しい人だ! 話して居ればわかる、人の痛みを理解して行動できる人だ! 貴族だとか平民だとか関係なく、人の本質を見て話してくれる!」

「……あら、そう」

「イリーネは大事なものを守る芯の強さを持った、白百合のような女性だ。常に冷静沈着で、常識的で、魔法の腕は超一流。心も広くてちょっとの事では怒らないし、可愛くてスタイルもよくて髪が綺麗で、まさに非の打ちどころのないお嬢様って感じで!」

「……あーっと」

「イリーネはまだ不慣れだろうに、旅の途中でも色んなところに気を配って俺達を纏めてくれているんだ。宝石のような瞳に、金絹のような髪、唇は溶けるように紅く声は鈴の音のように美しい。実際に女神を見たことのある俺が断言する、イリーネは地上に舞い降りた女神のような────」

「あ、ストップ。ちょいとストップ、一旦終了ですわ」


 とりあえず悪い令嬢の振りをして(イリーネ)をバカにしてみたら、凄い勢いで褒め台詞があふれ出してきた。


 成程、カールの前で仲間をけなすとこうなるのか。


「駄目だ、お前はまだイリーネの魅力を分かっていない」

「あれ、このカール正気を失ってませんか?」

「今からもう1時間かけて、俺がイリーネの魅力をだな────」

「ちょ、ストップ!!」


 助けて、助けて。このままだと何時間も誉め殺しにあわされる。


 幼馴染みカモン!


「止まらない、さっきからカールが止まりません! マイカさん、助け────」

「あー……。取り敢えず45度くらいの角度で勢いよく殴ったら戻るわよ?」


 カールは家電製品か何か?


「それはこないだの旅の途中の話だ。俺は不覚にもうっかり、水浴びをするイリーネの隠れ穴に飛び込んでしまってだな……」

「えっと、ごめんなさいカール? 令嬢チョップ!」

「ぐわっ!!?」


 若干照れの入った俺は、全身の筋肉をバネにした一撃を腕に乗せカールに叩きつけた。


 ふむ、良き威力。俺の渾身のチョップを食らったカールは、激しく転がって壁に叩きつけられた。


 強くしすぎたかな。


「イリーネのチョップでそんなに吹っ飛ぶ訳無いでしょ、大袈裟ね」

「……カール、バランス、崩した?」


 幼馴染と小動物は、不自然に吹っ飛んだカールを怪訝そうに見ている。


 にしても、確かに随分吹っ飛んだなぁ。


 今の一撃は精々、俺の本気の50%程だ。女神に選ばれた存在カールなら、かすり傷で済む程度の威力の筈────


「ちょ、カールの頭蓋骨が陥没してるわぁ!? ちょ、どいて、緊急治療よぉ!!」

「えっ」


 ぴゅーっ、と虚ろな目のカールが頭から血を吹き出す。そして、サクラが迫真の表情でカールへと駆け寄る。


 その日、俺はカールが案外打たれ弱いことを知った。 

















「申し訳ありませんわ、カール……」

「いや、俺こそすまない。我を失って暴走してしまった」


 俺は、深々とカールに土下座した。


 今までは、カールが強すぎてあんま重傷負ったところを見たこと無かった。だがこの男、酒で昏睡したりスタングレネードで気絶したり、割とやられる時はやられている。


 防御力は一般人と同じレベルなのか、カール。


「大切なイリーネを悪く言われて、頭に血が上ってな」

「まぁ……」

「途中から演技だってすっかり忘れてたわ。アレが俺の本心だ」


 俺の謝罪に、カールも謝って返す。自分がバランスを崩したのが原因と思っている様子だ。


 割と重傷を負わせてしまったのに、なお俺を口説く姿勢を忘れないのはすげーな。


「ほんとカールはカールね。スッ転んで死にかけるとか、何考えてんの?」

「うるさいなマイカ。てかお前気を付けろ、今ナイフの刃先が俺に向いてるぞ」

「向けてんのよ」

「どういう意味だよ!」


 俺と妙に距離の近いカールを見て、ジト目のマイカはしれっとカールに刃を向けていた。


 あれは確信犯だな。


「……心配して、損した」

「レヴ? お前も気を付けないと、刃先が俺に向いてるよ?」

「……知らない」


 カールが俺を口説きだしたせいで、LOVE勢の不満が高まってる。


 これはいけない。


「二人とも、既にテーブルマナーを使いこなしてるわね」

「まぁ、コツは掴んだわ」

「意外と、簡単……」

「あれ、テーブルマナーってそういうもんなの!?」


 違います。


「じゃあ、残り二人もやりますわよ。カールのは、悪い見本だと思ってくださいな」

「そうね。後はカールが本番で、女の子口説き始めたりはしないよう祈るのみね」

「……いや。カールなら、やる……」


 まぁ本当にやったら、速やかに筋肉チョップで眠ってもらうけどな。 


 あー。本番が不安だ。






















「ふむ、成程。貴女はかのヴェルムンド家の御令嬢か」

「お会いできて光栄の極みですわ、ガリウス殿下」

「まさか、貴族が冒険者の仲間におられるとはな。ではこのような変則的な会は、初めてであるか?」

「ええ、仰る通りでございます」


 夕方。招待された通りの時間にガリウス邸を訪ねた俺達は、予想とは違った歓待を受けていた。


「我ら血族以外の者は、席を外させている。この席は、私が君達の為だけに用意した席である。私は一人の……リタの父親として、君達に謝意を示したいのだ」

「格別のご配慮を頂き、感謝いたします」


 そう、俺の予想が外れて有象無象の貴族が会に参加していないのだ。


 用意された料理は超豪勢なのだが、会に出席しているのがガリウス様とその奥方、そしてリタだけ。


 その理由は曰く、


「盛大な会になればなるほど、冒険者たる彼らの肩身が狭くなるだけ。私の示す誠意とは、君達に最大限の『楽しい時間』を過ごしてもらう事に他ならない」


 だそうだ。


 要はガリウス様も『平民を見下す貴族』が多い事を把握していて、俺達が不快な思いをしないようにしてくれたのだろう。


 めっちゃええ人やん。


「こ、っこ、この度は助けていただいてありがとうございます、なの」

「こちらこそ、リタ様の御力になれて何よりですわ」

「あ、えと。苦しゅうない、なの」


 リタちゃんはまだ、社交界慣れしてなさそうだな。歓迎パーティを抜け出すような子だし、社交経験値(スキル)は低いのかもしれない。


「さてさて。改めて私からもお礼を申し上げよう、冒険者諸君。我が娘リタを保護してくれて、本当にありがとう」

「殿下の支えとなれたこと、一生の誉れと思いますわ」


 父親からもフォロー? の謝辞が入る。


 リタちゃんの言葉がたどたどし過ぎて、不安になったのかもしれない。


「私は昨日、娘から今回の話の詳細を聞いて把握しているつもりだ」

「はい、殿下」

「だが、出来れば君達からも今回の顛末をお聞かせ願いたい。構わないだろうか、カール殿」

「は、はいっす!!」


 いきなり話を振られて、ビクンと背筋を伸ばすカール。


 俺が殿下の応対してるからって、油断してたなコイツ。お前が俺達のリーダーだって忘れるなよ。


「では一つ、お伺いする。我らが王族に伝わる暗器『破裂球』を、君達は初見で見破ってリタを拘束したとの事だが。まさか、冒険者界隈にあの武器の情報が洩れていたりするのかな?」

「破裂球? ……あ、あの凄い音のする道具でしょうか」

「そうだ」


 あ、アレそんな名前なんだ。


「俺は、その、気絶してしまったので……。イリーネとマイカだけが、見破ったみたいです」

「はい、殿下。ご心配なさらずとも情報は漏れておりませんわ。何やら魔法具であることは分かりましたので、リタ様が耳を塞いで蹲ったのを見て、私も真似をした方がいいと判断したのみです」

「あ、私も同じ理由で真似しました」


 情報漏洩を気にしてたのね、把握把握。アレ、もしかしたら王族秘伝の隠しアイテムだったりするんだろうか。


「ああ、成程。リタには、今後アレを使う際にギリギリまで視線を外さぬよう指導しておこう」

「そうされてしまえば、私も昏倒は避けれませんでしたでしょう」

「君達も、あのアイテムについてはくれぐれも秘密で頼む。では、次の質問である」


 もしかして、今のを確認するために貴族を会から追い出したってのもあるのか?


 多分それも、理由っぽいな。


「イリーネ殿。君は妖精が見える、と聞いた」

「……ええ。不思議に思われるかもしれませんが、本当に見えたのです」

「そして妖精の導きに従い、リタとロッポを見つけ出したとか」

「仰る通りです」


 ああ、妖精さんの話? きっとリタから聞いたのだろう。


 嘘を付くわけにはいかない。でも正直に答えても、ガリウスから可哀そうな人扱いされてしまう。


 くすん。


「それは、事実であるか?」

「……事実ですわ」

「そうか」


 ガリウス様はそう言うと、何故かくっくっくと笑い出した。


 何だ?


「貴殿は嘘をついていないな。私は、人の嘘を見抜くのが得意なんだが……」

「は、はぁ」

「そうか。ふふ、これはこの街の学者が全員ひっくり返る話だな」


 そう言うとガリウスは、俺を面白いものを見る目で覗き込んだ。


 何だって言うんだ?


「伝承には有ったのだ。太古の昔、精霊の力を借りて魔を払った勇者が居たと」

「精霊の力、でございますか?」

「その男は精霊の助けを借りて仲間を導き続け、最後はたった一人で凶悪な魔王に挑み、そして破ったという。それは私が一番、子供心に胸を躍らせた冒険譚だ」

「ああ、勇者伝説の1小節ですわね。私も、聞いたことがございます」


 そうそう、その偉大な精霊術師の末裔がヴェルムンドなんだよな。それで、『精霊砲』が我が家の代名詞になってる訳で。


「もっとも、現代の研究では『精霊とは魔力の総称であり意思を持たないモノ』と判明している。だから、精霊が何かを導くなんて有り得ないのだよ。だから今の話は、創作の伝承として扱われた」

「へ? 精霊は、実在するのではないのですか?」

「しない、或いは魔力と同義の存在とされているよ。このヨウィンの街ではね」


 え、それじゃあ我が家の超必殺技(エレメンタルバスター)は何やねん。


 パパンは『精霊の力を借りて放つ大技』とか言ってたが。


「だが、君が見たのは精霊で間違いない。未来の情報を伝え、人間を導き、そして未来を変える為の手助けをする存在────まさに、伝承の『精霊』と一致している」

「精霊……? 私には、あれがロッポさんの遺志により動いている様に見えたのですが」

「さもありなん。何せ精霊とは、すなわち人の魂だ。勿論、ロッポの意思で動いておっただろう」


 む? それ、どういう意味だ?


「あの霊は、満足げに森に溶けて消えましたが……。精霊なら消えないのでは?」

「森の他の精霊と同一化したのだ。これからロッポの魂は森で霧散し、溶け合い、そして森全体の意思の一部として在り続けるのだろう」

「……成る程」


 つまりゴーストと精霊って似たようなもんなのね。


 ……精霊ってそういうもんなの?


「伝承の通りに考えるなら、君は精霊にこの上なく愛された存在なのだろう。精霊を視認できる者は、ここ数百年で一人もいなかったからね」

「さ、左様ですか」

「精霊に愛されたものは、精霊の関わる魔法ならどんなに適当に詠唱しても発動させられるという。むしろ発動の効率が良すぎて、まともに詠唱すると暴走してしまう事があるそうだ」

「……あっ」


 それ、めっちゃ心当たりある。いつも適当に呪文唱えてんのに大体うまく発動するから、師匠が癇癪起こしていたし。


 教え甲斐がねーって。


「私自身、魔法についてよく勉強しているつもりだが……。これは、まさしく魔法学会が大荒れする情報であるな」

「え、えーっと……」


 じゃあ俺ってば、精霊使いになるの?


 ……筋肉使いから精霊使いにジョブチェンジしてしまった。ダサくなったなぁ。


「私は、君の経験にとても興味がある。出来れば、今回の件は論文として報告して貰いたい。それは君自身にとっても、貴重な経験となるだろう」


 ……論文。


 書いたこと無いけど、絶対に面倒くさいヤツだよねそれ。


「光栄でございます。是非とも、殿下の期待にお応えさせていただきます」

「うむ」


 まぁガリウス様のご命令とか、断れる訳無いんですけどね。


 ユウリに相談して、助けてもらおう。


「いやいや、痛快。精霊なんてものはいない、魔力に意思は存在しないと街の学者は言い続けておったが……。私にはどうにも、それが不満だった」

「それは、どうしてでございましょうか」

「結論に、夢が無いからである」


 ガリウスはそう言うと、両手を広げて笑みを溢した。


「精霊は存在したのだ。ならば、私が胸踊らせた伝承も作り話ではなく事実であったと言うこと」

「左様でございますね」

「善きかな、勇者伝説。楽しきかな、古代の伝承。久々にこの街に顔を覗かせた甲斐が有ったと言うものだ」


 おお、ガリウス様は勇者伝説が好きなのね。


 だったら、詳しい人を紹介してもらえる様に頼んでみても良いかもしれない。


 王族からの紹介なら、どんな人でも好意的に教えてくれる筈。


「ガリウス様は、勇者伝説に深い知見をお持ちなのですね」

「おうとも。私は王族であり、魔法使いであり、研究者であるのだ」

「素晴らしいですわ」


 うまく誉めつつ、思いきって正面から頼んでみよう。


 この人には、変に遠回しに頼むよりまっすぐ行った方が印象が良さそうだ。


「君の発表を楽しみにしているよ。あの天才が、どんな顔をするか見物だ」

「……あの天才、ですか?」

「ああ。この街にいる精霊否定派の筆頭学者は、まだ齢11の天才少女なのだよ。飄々として聡明なのだが、彼女の話には夢がなくて好きになれなかった」


 ……ん? 少女の天才学者?


 飄々として、聡明?


「その方のお名前を、お聞きして宜しいですか?」

「ああ。ユウリ、と確か言ったかな」



 ……おうふ。


「彼女は頭は良いが、それが短所にもなっている少女だ。自分が正しいと信じたことは、決して疑わない」

「……」

「ユウリ女史は常々、『精霊なんて不確かな存在に、未来を見通せる筈はない。人間だけが、未来を知覚できるのだ』と言って憚らなかった」

「……あぁ、それで予知魔法の研究をしてらしたのね」

「おや、ユウリ女史とは知り合いかな? 彼女は君の発表を聞いて、きっと深くショックを受けるだろう。だが、それもきっとユウリ女史にとって良い経験になる筈さ」


 お、おお。そっか、そうなのか?






 ────その症状については、ボクに心当たりがあるかもしれない。自信はないから、一度専門家に話を聞いてから話をするよ。






 あれ、ひょっとしてユウリもガリウスと同じ結論に至ってた? 俺が見たのは、精霊だったと気付いていた?


 つまり、俺がこの精霊の話を学会で発表すれば……。



「イリーネ殿の経験は、ユウリ女史の生涯をかけた研究を否定する話だ。だが、それが事実であるなら公に知らしめねばなるまい」

「……」


 だよね。


 ユウリが今までやってきた研究、全否定する事になるよね。


 


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― 新着の感想 ―
精肉使い……やはり勇者なのか? 自覚が無いだけで?
[良い点] えっイリーネさん、女装の似合う伝説の男の娘ルートくんの子孫なのw
[一言] 肉体そのものが頑強になってるわけではないのか……魔族特攻属性とかそういうことなのか?
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