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20話「勇者の敗北、決意の涙」

 その虹色に輝く魔術師は、間違いなく異形の存在だった。


 そもそも勝てる相手じゃない。何かを同じ土俵で競える存在ではない。


 同じ魔術師であるサクラには、ソレが一層ハッキリと理解できた。


「お、おいサクラ。コイツなんかやべぇぞ」

「……ふん。見ればわかるわ」


 同様に、異次元の存在であるカールもアルデバランの力量を悟ったらしい。


 勇者を名乗るだけの事はある。その赤髪の魔術師からは、凄まじい魔力の奔流が渦巻いていた。


「力の差に気が付いたか? 今すぐそこで土下座するなら、お前は見逃してやっても良いぞ」

「えぇ。まぁ、確かに凄い魔力よね」


 その赤髪が魔力を見せつけ、流石に血の気が引いたサクラの顔を見て、ニヤニヤとアルデバランは嗤った。


 きっとすぐに、許しを乞うと思ったのだろう。


「で? それが何だというのかしら?」


 だが、しかし。返ってきたサクラの反応は、赤き勇者の予想したソレとは異なった。


「む?」

「私の名前はサクラ・フォン・テンドー」


 彼女は顔こそ青ざめさせているものの、その目付きに一切の怯みは無く。


 正面から目を見つめたまま、杖を構えたアルデバランの正面にまっすぐ歩みより。


「生まれてこの片、イモを引いたことがないのだけが取り柄なのよ!!」

「なっ!?」


 女勇者の胸ぐらを掴み、勢いよく頭突きをかましたのだった。
















「……あら?」

「そこまでにしなさい、アル」


 そのサクラの意地をかけた頭突きは、アルデバランに当たることはなかった。


 見上げれば、金髪碧眼のイケメン剣士がサクラの頭を抑えてアルデバランを守っていたからだ。


「……誰? タイマンの喧嘩に割り込むなんて、無粋な人ねぇ」

「申し訳ありません、お嬢さん。これでもアルは、僕にとって大切な人でして」

「ふん、要はそこの赤いのの仲間ってことね」


 興が削がれた、とサクラはアルデバランの胸ぐらを離した。


 せっかく、覚悟を決めて仕掛けたというのに。肩透かしも良いところである。


「それに、アルはやる時は本気でやっちゃう人なのです。あのまま続けていたら、貴女の方が危なかったんですよ?」

「まさか、それで私に恩を売るつもり? 反吐が出そうだわ」

「いや、まぁ、そうですか」


 謎イケメンの乱入で少し冷静になったサクラは、一歩引いて周囲を見渡した。


 もしかしたら、割り込んでくるヤツが他にも居ないかと思い至ったからだ。







「……アルは、僕が守る」

「やれやれ、うちらの大将は喧嘩っ早くていけねぇ」


 その勘は、正しかった。


 見れば、筋骨粒々のヒゲ中年と人形のように透き通る肌の少年が、アルデバランの背後からサクラを睨み付けているではないか。



「3人も新手が出てきたか。おいサクラ、この人数相手なら混じっても構わんな?」

「……そうねぇ。お願いするわ、カール」

「……始まっちまったもんは仕方ねぇ。お嬢、俺も入りやす」

「私も助太刀、する……。貴族にしては良い啖呵だった」


 アルデバランの仲間が喧嘩に割って入り、カール達も色めき立った。


 もう、サクラから頭突きをかましてしまっている。


 こうなれば、彼女を守るためにも参戦するしかない。冷静気味だったマスターも、覚悟を決めて拳を握った。



 ────しかし。意外なことに、目の前の金髪男はアルデバランの口を抑え、ペコリと頭を下げたのだった。



「……いや、こちらが引きますよ。元々は、アルから絡んだみたいですし」

「なに!? イノン、貴様何を……っ!」

「アル、僕は言いましたよね? この街では喧嘩はご法度だって」


 その展開に、サクラは呆とする。


 一方で不満を垂れようとしたアルデバランに向かい合い、キラキラした笑顔の金髪は少し怖い顔をして叱りつけた。


「魔族を名乗ったならともかく、彼が勇者を名乗ったから何だというのですか」

「いやだって、勇者はこの私────」

「それは、堂々と公言してはいけないと約束したでしょう? 貴女が勇者であるという情報は、秘匿された方が都合が良い。むしろ、他に勇者を名乗ってくれる人がいるならありがたいじゃないですか」

「だが、しかしだな……。勇者は私だし、認めてもらいたいし、その」

「……アル?」

「……うぅ」


 どうやら、アルデバランはこの仲間に頭が上がらないらしい。


 言い含められて大層不満そうに、彼女は口を尖らせて黙り込んだ。


「さて、ご迷惑をお掛けしました。僕のリーダーの数々の無礼に関しては、僕が代わりにお詫びします」

「……む。サクラへの侮辱さえ取り消すなら、俺から言うことは何もない」

「勿論ですとも。非礼な暴言の数々、ここでお詫びと謝罪をさせていただきます。申し訳ありませんでした」

「む~……」


 不完全燃焼。それが、サクラの本音であった。


 だが、避けられる争いは避けた方が良いのも事実。


「その謝罪、受けておいてあげるわ」

「……サクラが納得したなら、俺も引こう」


 サクラも、アルデバランの仲間の謝罪を受け入れた。


 これにて、一件落着である。


「ただ、今後貴方達とは絡みたくないわね」

「そうでしょうね。なるべく、顔を合わせないようにしておきましょう」


 茶髪のギャング令嬢は、そこまで言うと踵を返した。


「僕達にもまだ二人ほど仲間が居ますが、彼女らにも言い含めておきますよ」

「頼むわよ」


 1度は全面衝突かと思われたその諍いは、こうして平穏無事に終息し────











「ウッキャァアアアアアア!!!!」

「ウッサぁぁああああああ!!!!」


 謎の獣の奇声に、飲み込まれていった。













「え、何?」

「な、何事だ!?」


 周囲は、再び混乱の渦中に陥った。


 何せ、その名状しがたい獣の様な呻き声と共に、見るからに不審な3匹の怪人が転がり込んできたのだから。


「この前はよくも通報してくれやがったな、このウサギ野郎!! ニンジンのアミュレットなんか身に付けやがって、ますます怪しくなってるじゃねぇか!」

「それはこちらの台詞ですよ、不審者猿仮面! お前みたいなのはとっとと家に帰って、妹でも愛でていると良いのです!」

「そうですよ、私に健康で文化的なメイド生活を返してください!」

「何を訳の分からない事を!」


 通りに現れたその3人の不審者は、それぞれボロボロの猿の仮面1人と気味の悪いウサギの仮面2人だった。


 奇々怪々なその面々は、周囲に目もくれず互いに罵倒しあっている。


「……何、あれ?」

「教育に悪いからレヴは見ちゃいかん! ほら、俺の方を向いていような~?」

「……でも、あの人たち格好良いから見ていたい」

「ダメだ! お兄ちゃんは、レヴがあんな変態になること許しませんからね!」


 カールやサクラはすぐに目を逸らしたが、まだ幼さの残るレヴは仮面の集団に興味津々だった。


 意外なことに動物仮面の不審者は、チビッ子に人気らしい。


「……知らない人、知らない人。私は勇者アルデバラン、あんな不審者と知り合いだったりなんか────」

「あ、リーダー! そこに居るのは、私達のリーダーアルデバランじゃないですか、少しこっちに来てくださいよ!」

「巻き込まれてしまった!」


 カール達と同じく、目を逸らして他人の振り決め込んでいたアルデバラン。


 しかし、彼女はウサギ系変質者から声をかけられてしまっていた。


 なんと、アルデバランは不審者と知り合いらしい。


「……何してるんだ、その、イリ────」

「私の名前は、ウサギちゃん戦士1号です!!」

「何してるんだ、その、ウサギちゃん戦士1号……?」


 アルデバランが巻き込まれている間に、カールはサクラと目配せして群衆の中に逃げ込んだ。


 猿仮面に対する対応は、基本的には『全裸で道端を歩く人』と同じである。決して目を合わさず、無関係な人を装うのだ。


「聞いてください、リーダー! そこの糞ダサ仮面は、許せないことを言ったんです!」

「てめぇの方こそ、俺の逆鱗に触れたんじゃねぇか!」

「あ、いや、あのだな。とりあえず落ち着いて、な……?」


 しかし、既に巻き込まれてしまっているアルデバランはもうどうしようもない。


 是非もなし。さっきまで喧嘩していた張本人アルデバランは、一転して仲裁する側になってしまった。


「まぁ、何だ。お前ら、何をそんなに怒ってるんだ?」

「「コイツ、この俺(私)の仮面をダサいと馬鹿にしやがった!!」りました!!」

「……ぁー」


 流石のアルデバランも、絶句した。


「信じられません。このウサギちゃん戦士、一生の不覚です! こんな怪しい不審者仮面に、仮面のセンスを侮辱されるだなんて!」

「誰が怪しい不審者仮面だ、俺のどこが怪しいのか言ってみろ!! 自分の顔を鏡で見ながらな!!」

「ムキー!! まだ言いますか、このアホー!!」


 どっちもどっち。赤髪勇者はそう切って捨てたかった。


 どちらも死ぬほどダサいし、この上なく不審である。


「リーダーは分かってくれますよね!! この、ウサギの可愛さと格好良さを!」

「……えっ」


 だが最近仲間になった純粋無垢な土魔術師は、自分の仮面を格好よく可愛い姿だと信じて疑っていない。


 自分を信じきった声で、ウサミミを揺らしながら跳び跳ねるウサギちゃん戦士1号。


 それはきっと、アルデバランにとって苦渋の選択だっただろう。だが彼女は、


「そ、そうだな。うん、私はかっこ良いと思うぞ、その仮面……」

「ですよね!!」


 その純粋無垢な仲間に、合わせることを選んだ。



「リーダーなら、分かってくれると信じてました!」

「えぇ……?」


 そのウサギ型不審者を公衆の面前で褒めたアルデバランは、周囲からドン引きされた。


 何なら、同じくウサギ仮面を被ったメイドも引いていた。


「お前……、マジか。ソイツのリーダーやってるくらいだから普通の奴ではないと思ってたけど」

「ア、アル……。本気で言っていませんよね?」

「正気に戻って、アル……」


 迂闊な発言のせいで赤髪勇者は、自分のパーティメンバーからまで白い目で見られた。


「え、いや、今のは……」

「そもそも、よくそんな面妖な仮面を付けたヤツと仲間になれるな。美的センスおかしいんじゃねぇの、お前?」

「ぁー……」


 そして絶対に言われたくなかったその言葉を、よりによって不審者(さるかめん)からぶつけられた。


 アルデバランの心の中の大切な何かが、砕け散る音がした。


「よく見れば、お前自身もかなり服装ダサいし。髪が赤色だからって、全身赤で染めるのはセンスないわ」

「……えっ? いやだって、赤は私のパーソナルカラーで……」

「じゃあお前さ、もしも猿が『私は猿です』って書かれた服着ててみろ? 凄くダサいだろ、そう言う事だ」


 罵倒されたショックから立ち直る暇なく、アルデバランは猿仮面の不審者にセンスのダメ出しをされた。


「あーでも、確かに私もそれ思いましたね。赤色に合わせて、白とかグレーとか見映えるワンポイントが有ればなぁと」

「まぁ、今まで魔術一辺倒で生きてきたんだろ。お洒落に関しては、ド素人でも仕方ない」

「大丈夫ですよリーダー、私が今度もっとセンス良い服を見繕ってあげますから」

「……」


 アルデバランは、目が死にそうになりながらその言葉を噛みしめた。


 何で私は、ウサギやら猿やらの仮面を得意げに被っている変態に、ファッションセンスでマウントを取られないといけないんだろう。


 そんな、心の底で尋常ではないストレスに襲われながら。


「まったく、興が削がれたぜ。おいウサギ被りの変人、今日の所は勘弁してやる」

「それはこちらのセリフです。本当は今すぐその猿仮面をひっぺがしてやりたい所ですが、リーダーのお洒落を優先するとしましょう」

「材料とデザインを決めていただければ、私が衣服をお作りいたしますよ」

「ありがとうございます、ウサギちゃん戦士2号。ですが、それ以上私に近付かないでくださいね?」

「あれ?」


 何かを言い返そうとして、何から言い返せばよいか分からないアルデバラン。


 そんな彼女の正面に立った猿仮面は、自分より背の低い女魔術師(アルデバラン)の頭を撫でながらこう言った。


「まぁ、もっと精進するんだな」





「うわぁぁぁあああん!!」


 とうとう、彼女は何かに耐え切れなくなったらしい。


 赤髪の勇者アルデバランは、両目に大粒の涙を浮かべながら何処かへ走り去って行った。


「え、あれぇ?」

「リ、リーダー!? どうしたんですか!?」

「うるさい、こっち来るな、1人にさせろ!!」


 ウサギ(イリア)は心配そうな声でアルデバランを追ったが、女勇者はそれ以上の速度で駆けてゆき、やがて人ごみに消えてしまった。


「お前なんかに泣かされたんじゃないんだからな!! ばーかぁぁ!!」


 そんな、捨て台詞を残しながら。


「え、あ、あれ? アイツ急にどうしたんだ?」

「情緒不安定なのでしょうか? リーダーなのに」


 ぽかーん、とその泣いた女の子(アル)の後ろ姿を眺める不審者たち。


「あああ、またアルが泣いてしまった!! おいそこの猿、言い過ぎですよ! アルは口が悪い割に、すっごく打たれ弱いんですから!」

「え、そうなの? なんかゴメン」

「アル、アルー! どこへ行くの?」

「うわぁ、まためんどくさい機嫌取りをせにゃならんのか」


 泣きながら走り去ったアルデバランを、慌てて追いかけるパーティメンバー達。


 こうして、この場における勝者がついに決定した。



 後に宿命のライバルとなるカールパーティと、アルデバランパーティの抗争の初戦。


 その勝者は────


「……悪いこと、しちゃったかな?」





 猿仮面だった。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] イリアさんは? 今回のでアルデバランさんの弱点ゲット? 次はえげつなく泣かすの? [一言] 猿が『私は猿です』~ のあたり、その理屈でいくと猿の仮面をかぶって『私は猿仮面です』と名乗る…
[一言] 色々とこじれるなあ
[良い点] なるほど……最高ですね!!
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