16話「黒歴史を力へ変える系勇者カール」
勇者は夜光に剣を掲げ,迫り来る無数の魔族に対峙した。
人間の背丈程の剣を構え、人間の数十倍のサイズの化け物に相対した。
……俺は『ソレで何が出来るんだ』と思った。
だってそうだろう。あんな化け物相手に、剣1本でどう戦うというのか。
しかもカールは上級魔法すら使えない、最近女神に選ばれただけの剣士だ。
敵は、この俺がズタボロになりながら精霊砲を使ってやっと屠れた化け物。そんな怪物が、数えるのも馬鹿らしい数で徒党を組んで攻め込んできた。
ちっぽけな冒険者1人が相手取るには、あまりに絶望的な戦力差ではないか。
「俺が寝ている間に、よくもまぁ好き放題暴れてくれやがったな!!」
そして、魔族は切り刻まれる。
飛び散る血肉に、染まる大地。群れの先頭を走る怪物の、無残な断末魔が飛び交う。
────俺には、その光景をすんなりと理解できなかった。
おかしいだろう。カールの怒声と共に放たれた斬撃は、風刃となって数匹の魔族の首を纏めて吹き飛ばした。
理解ができぬ。月夜の怪物は、彼の一振りで死骸を晒した。
「襲ってきたのは、貴様らだ。なら皆殺しにされても文句はねぇよなぁ!!」
あれだけ強かった怪物は。
あれ程に恐ろしかった、あの巨体の生物は。
その男のほんの一動作で、物言わぬ細切れの肉塊に成り果てた。
「与えましょう、絶対の矛を」
カールが女神から受け取った恩恵は、実はたった3つだけである。
「私に与えられるのは、どんな敵をも屠ることが出来る『必殺』の素養」
それは『女神から魔力を借り受ける』恩恵と『肉体を女神の力で強化される』恩恵。
「どのような剣を使おうと、貴方の斬撃は防がれることはありません」
そして、この世の有りとあらゆるモノを切断できる『絶対切断』の恩恵だった。
「斬りたくないものは残しておけますし、斬りたいものは絶対に斬ることが出来ます」
それは、女神が人類に与えたとっておきの切り札。
「魔族を統べる王に対しては、現人類の殆どの攻撃手段が無効となるでしょう。しかし、貴方だけはその腰に佩いた剣で魔王を倒すことが出来る」
鉄鋼だろうと、大地だろうと、空間だろうと。カールが斬ろうと思ったモノに、切れないものは存在しない。
それは事実上、女神自身の持つ『神の権能』の貸与だった。
「貴方が世界を救うのです、カール」
その少年は、真っ直ぐで素直な心を持った剣士だった。
女神が力を貸したとしても、決して驕ることなく努力を続けられる人物だった。
そして、その少年は────
「……何だ、あのカールの動き。見たことがない奇妙な型だ」
「だけど、流麗ね。そうあるべき、剣の流れに沿っているわ」
「分かるのかお嬢様」
「これでも喧嘩の世界で生きてるのよ。生まれてこの方、剣士はいっぱい見た事がある」
凄まじい形相で魔族を屠り始めた、勇者カールの後ろで。
俺は半ば夢うつつ、その非現実的な光景に困惑しながらサクラと呑気な会話を繰り広げていた。
「恐らく、カールの剣は我流。そして1人で多数を相手取る事に特化した剣筋を研究してる」
「……む? アイツ、そこらの雑多な冒険者の一人だぞ。そんな特殊な剣術を身に付けられる環境じゃなかった筈だが」
サクラの見立てによると、カールは随分と奇妙な剣術を使うようだった。
元来、日銭を稼ぐ冒険者が好んで習得するのは『徒党を組んで騙し討ち上等の、何でもアリ剣術』だ。
これは職業軍人と異なって、『いかに手柄を稼ぐか』より『いかに生き延びるか』を重視しているからである。
多人数で囲んで確実に獲物を仕留める連携、暗器を用いて煙幕を張り逃走する戦法など、卑怯だろうが実践的な技術であることが多い。
逆に、職業軍人……。まぁウチの実家もそうなのだが、貴族の爵位を得た軍人は1対1の状況に強い剣術を好む。
それは、今の貴族は剣を握って闘う機会が、試合という『身の安全が確保された舞台』に限られるからだ。
そして試合で冒険者みたいな卑怯な剣を使うと、社交界で白い目で見られる。正々堂々の、タイマンでの勝負で勝つことが誉れとされるのだ。
戦時中ならいざ知らず、戦争が遠い記憶の話となって軍人の頭から『実戦』の文字が抜け『名誉』の要素が強くなった。
剣での試合は、自らの家の『名誉』を高めるためのもの。1対1という状況でのみ真価を発揮する、軍人の剣。
……俺は女の子なので習ってないけど。
しかし、カールの剣はそのどちらにも当てはまらない。
「1対多の剣術って、つまり古流剣術って事だよな」
「……一般的にはそうね」
なら、カールの用いている『多人数相手が前提の剣』と言うのは何なのかと言えば、遥か昔に戦時中の職業軍人が編み出した流派であろう。
敵に囲まれたとしても、軍人として彼らは逃げる事が許されない。だが、死ぬ訳にもいかない。
そんな状況で生き延びるために、当時の剣士は『多人数相手に斬り結ぶ技術』が求められた。特に『魔法剣士』は一騎当千と扱われていたので、単騎で敵陣に突っ込むことも多く、普段から多人数相手に剣を合わせる必要があった。
実践的なその古流剣術を、何故カールの様な平民冒険者が習得している?
「でも、古流剣術とも動きが違うわ。カールの剣は、それとも別物」
「え、違うのか。じゃあ何なんだ?」
「分からない。分からないけど、あれは……」
古流剣術でもないのか。じゃあ、カールが使っている剣は何なんだ。
「見たところ、アレは自分より大きな化物に囲まれた状況を想定している剣術よ。剣先を常に自分の頭より上に構えているし、受け筋も高い位置からの攻撃に対応できる様に意識されてる」
「……まさに、あの化け物を相手にするための剣術って事か?」
「そうね」
つまりは、彼の技法は魔族を狩ることに特化した剣術らしい。
何処でそんな剣を習得したんだ、カールは。いったい何時から、魔族の復活を予見し修行していたっていうんだ?
女神様に選ばれたのは最近だと聞いていたが、そんな付け焼刃で身に付けた技術が、あんなに自然な剣筋に昇華できるものなのか────?
『昔からカールは熱心な女神教の信者でね。ガキの頃から勇者に憧れて、毎日修行だとか言って剣振ってたのよ』
……まさか。
「サクラお嬢様、そういや聞いたことがある。アイツは、カールは小さな頃から勇者に憧れていて、剣を持ち出しては一人で振りまくっていたと」
「……そうなの?」
「あのバカ、きっと剣術の師匠が居なかったんだ。だから、一般的な剣術は身に着けることが出来なかった。そして────」
ああ、頭が痛い。
俺は、カールが何故あんな特殊過ぎる剣術を身に着けてしまったのかを理解してしまった。
そう、あいつは……
「英雄になりたいという妄想の果てに、自分よりデカい怪物と戦うための剣を修行し始めたんだ……」
カールは、強い剣士になりたかったわけではない。
幼少期より、おとぎ話の英雄に憧れていた。だから、おとぎ話の主人公のような戦いがしたかった。
その憧れのせいで、実践的でまともな剣術ではなく『創作の主人公が習得している様な特殊過ぎる剣術』を我流で会得してしまったんだ。
前世の俺がか●はめ波を練習したように。
今世のカールは、英雄譚の主人公の剣術を真似て習得してしまった。
「……子供じみた英雄への憧れが、実践レベルの『対魔族特化の剣術』に昇華しちゃったってこと?」
「実際に魔族が攻めてきたせいで、あの剣術は子供じみた憧れでは無くなったけどな」
この時俺は、女神が勇者としてカールを選んだ理由を理解した。
こんな創作の世界の独自剣術を実戦レベルにまで修行した男なぞ、そんなに多くはあるまい。
しかもカールは女神教の熱心な信者で、素直な性格だ。勇者としては申し分ない。
何故俺が勇者ではないのかと疑問に思ったこともあったが、考えてみればかなり妥当な人選だ。
「もしここが平和な世界なら、アイツはガキっぽい平凡な冒険者でいられたんだろう」
「……でも魔王は復活してしまい、彼が望む『英雄が必要な世界』になったって事ね」
「逆だ。この時代が、お人好しを矢面に立たせないといけないヤバい状態に陥ってしまったんだ」
女神様とやらが直に動かないといけないような、世界崩壊の危機。
そんな情勢が、カールからただの夢見がちな若者として生きる権利を奪ったのだ。
俺はカールのその無邪気すぎる剣術と、それに不釣り合いな異常な攻撃力にため息をつく。
それは女神が、西部劇が好きな幼児に拳銃を握らせて強盗を退治させている様な、薄気味悪さを感じた。
「悪い、結構逃げられた。半分くらいは狩ったと思うんだが……」
半刻後。
英雄様は、殆ど反り血も浴びずに無傷で俺達の前に戻ってきた。
「猿仮面、無事なのか? 見たとこかなりヤバそうなんだが」
「私が傍に居るから、今回は無事ね」
「サクラが居なかったら死んでたそうだがな」
……無傷、ね。
俺はこの重傷と引き換えに1匹仕留めたのに、カールは一息に死体の山を築いたのか。
女神の恩恵を受けているとはいえ、少しモヤモヤとした気持ちになるな。
「そんなに強いなら早く起きろよカール、俺の苦労返せ」
「……すまん。俺がもうちょい早く起きていれば」
はからずも、少しキツめの口調になってしまう。
助けてもらった手前、俺は何も言えない。なのだが、どうも心に折り合いがつかないのだ。
……多少は、カールの力への嫉妬も混じっているかもしれない。
「酒が入ると、どうもな。これでも頑張って起きた方なんだが」
「うるせー。酒に弱いくせにガバガバ飲んだからだろ」
「ぐうの音も出ないよ。女神様が夢に出てきて、アームロックで起こしてくれなきゃ明日まで寝てただろう」
「……思ったよりファンキーだな、女神様」
成る程、女神は夢の中でこのアホを起こそうとしてたのね。
一応は、俺達を助ける努力をしてたのか。
「カールに酒を盛ったのは私の部下よ。だから、それは私の責任だわ」
「サクラ……」
「危険に晒してごめんなさい、猿仮面。そして危ないところを助けていただき、ありがとうございましたカール」
俺がカールに文句を垂れていたら、サクラが割って入ってきて頭を下げた。
空気が悪くなりそうなのを、察したのかもしれない。
「詐欺師扱いして申し訳ありませんカール、貴方は紛れもなく勇者でしたわ」
「……あ、いやその」
流石に、サクラも貴族令嬢なだけはある。
カールの言っていた『魔族が攻めてくる』というのが虚言でも何でもなかった事を知ると、自らの非を認め頭を下げた。
この辺の切り替えの早さも、施政者向きの性格だな。
さて。カールはサクラから結構きつく当たられていたが、奴の反応はどうだろう?
「あの、お嬢様。ち、乳首見えてますよ」
「服を着るタイミングが無かったんだから仕方ないでしょ!!」
彼は謝罪より、お嬢様の乳首が気になったらしい。目を左右へと揺らしながら、カールは頬を染めて俯いていた。童貞らしい反応と言える。
だが、セクハラになりそうだから口をつぐんでいたが、俺も気になってた。よく指摘したぞカール。
「よく考えたら私ほぼ全裸じゃない……。こんなはしたない格好で……」
「命の危機だったしな」
サクラお嬢様は正気に戻った。
さっきまでの腰にバスタオル巻いただけの裸族スタイルから、カールのマントを借り受けて露出魔の待機形態スタイルにフォルムチェンジした。
「私も顔を隠したくなってきたわ。猿仮面、あんたの仮面寄越しなさいよ」
「今のお嬢様が猿の仮面まで装着したら俺より不審ですぜ」
「うるさいわねぇ」
その格好で動物のお面まで装備したら『本物』になっちゃうだろ。
「……なあ二人とも、今から俺達が借りてる宿に来ないか?」
「む、何故だ?」
「話がしたい。俺が常日頃言ってた『魔族が攻めてくる』ってのが冗談じゃ無いと分かっただろ。この人類の危機に、協力して欲しいんだ」
ああ成る程、俺やサクラを協力者にするつもりか。
「……服を着る時間を頂けるなら、私は構わないわ」
「当然待つよ」
サクラは着替えるようだが、俺に着替えはない。宿に置いてるからな。
……ふむ、ふむ。つまり俺はこの格好のまま、宿に戻るのか。
「猿仮面も来てくれるよな」
「嫌です」
「……ん?」
……流石に、バレる。
変装しているとはいえ、このままマイカやレヴちゃんに会っちゃったらモロバレだ。
イリーネだけ何時まで経っても帰ってこない状況で、精霊砲使える髪の色も声色もイリーネに似通った仮面とか気付かれない方がおかしいわ!
カールは先入観のせいか脳筋だからか、幸いにもまだ、気づいてなさそうである。なら、このまま誤魔化しきるしかない。
名家ヴェルムンドの令嬢が、猿の仮面を装備して風俗で働いてたなんて噂が飛び交えば我が家は終わりだ。
何としても隠し通さなければ。
「……猿仮面、何か用事でもあるのか? なら日時を改めて……」
「嫌どす」
頭が悪そうなカールならともかく、顔見知りに見られたらバレる可能性の方が高い。
日時を改められようと、嫌なものは嫌だ。
「魔族とやらが本当に居るのは分かった。だが、お前の魔族退治なんぞに付き合っている余裕はない」
「お、おいおい。人類が滅ぶかどうかの瀬戸際だぞ? それよりも優先しなきゃならない理由って」
「あんな化け物と闘うなんて2度と御免だって言ってるんだよ」
俺の赤ピンク色の脳細胞をフル回転させ、それっぽい断る理由を考える。
今の俺の重傷っぷりなら、こんな言葉が出てきても不自然ではないはずだ。
「……猿仮面」
「それに、俺にはやらなきゃならない事があるんだ。こんな命懸けの闘いに身を投じている余裕はない」
何かそれっぽい言い訳を絞り出せ。俺、そもそもどういう話でここに来たんだっけ?
誰かに復讐するとかそんな話だったような。
「俺はある男を探してるんだ。それは俺の妹を拐い、婚約者の命を奪った胸に7つの傷のある男」
「何と……!」
「俺は絶対に復讐を果たし、妹を助け出さねばならない。あんな化物との戦いで、命を落とす訳にはいかない!」
おお、咄嗟に出てきたにしては良い言い訳じゃなかろうか。
俺はカール達に見つめられながら、声を震わせクッと悔しげに喉を鳴らした。
迫真の演技である。
「あれ、前と言ってる事が違────」
「お嬢は黙っていてくれ。すまんカール、俺にはやらねばならぬ事がある」
「そんな事情が有ったなんて……。無理を言ったな猿仮面」
よし、うまく誤魔化せたようだ。このまま、ノリで撤収してしまおう。
仮面を掌で覆った俺は、クールに体を翻し。
登り始めた朝日を背に、ゆっくりと歩きだした。
「いつか、全てが終わった時。その時は改めて力を貸すよ」
「……そうか。ありがたい」
「お嬢様も、治療ありがとうな。いつか、また会おう」
「いろいろ突っ込みたいけど……まぁ良いわ。行くのね、猿」
おう、行くぞ。
だってカールより先に帰らないと、怪しまれるじゃないか。
「忠告。貴方、暫くは絶対に安静よ。少なくとも3日間は、戦闘禁止ね」
「了解だ」
お嬢様からのありがたい忠告を頂き、背を向けながらグッと親指を立てる。
朝日に照らされた俺はハードボイルド系猿仮面として立ち去り、カサカサと隠れるように早朝の風俗街を後にした。
カール達が帰ってくるまでに、このボロボロの身を清め部屋に戻らねばならん。
傷を誤魔化す化粧の時間も必要だし、急がねば。




