10話「そろそろ、アイツを絞めとかないと駄目かもな」
その日の昼。俺は、妹との今生の別れを済ませた。
「姉様。お達者で」
「イリア、気を付けて帰るんですよ」
「貴重な情報を、ありがとうな」
この町の治安は良くない。女神様の話では、もうすぐ魔族も攻め入ってくると言う。
名残惜しいが、早く帰って貰うのがイリアの為だ。
「道中気をつけなさい。サラがついているので心配はしていませんが……、仮面を被った不審者には注意してくださいまし」
「あっハイ。一応は気を付けます、ハイ」
「……なんか生返事な気がしますが、まぁ良いでしょう」
死ぬつもりはないが、命がけの戦いであることは明白だ。もう二度と妹には会えないかもしれない。
悔いの残らない別れ方をしよう。俺は力いっぱい妹を抱擁し、その耳元で約束を囁いた。
「また、会いましょうイリア」
「……ええ、姉様」
手に、妹が残してくれたペンダントを握りしめながら。
馬車に乗った二人が、街の外に消える。
これで、イリアとの別れは済ませた。いよいよ、決戦の時間だ。
「もう依頼は見繕ってる。出発は、3日後だ」
「了解ですわ」
カールとマイカは、俺達が買い出しにいっている間に既に仕事を見つけてくれていた。
既に、商人の護衛依頼を引き受けたらしい。
「食料を扱ってる商人だ。ここが襲われる可能性は、十分にあると思う」
「行き先と期間は?」
「レーウィンからヨウィンまで。往復5日くらいね」
そうか、5日か。となると、しばらくバイトを休まねばならんな。今日、マスターに伝えておこう。
「……旅支度は、大丈夫。必要なものは、全部買いだしてる」
「なら、明日依頼人に顔見せに行くだけだな。その後は3日後まで今まで通り情報収集だ」
いよいよ、本格的な戦闘が始まる。
魔族がこの商人に食い付くかは不明だが、襲撃があれば魔族の死体を持ち帰れるかもしれない。
そうなれば、魔族が存在するという何より大きな証拠だ。少なくとも、サクラは協力してくれる筈。他の貴族も、喧嘩している場合ではないと気付くだろう。
俺達で勝てなさそうなヤバイ敵の場合は、戦略の練り直しだ。何はともあれ、一度戦ってみないと分からない。
「各々、心の準備をしておけ」
「はい」
心の準備など、もうとっくに済ませている。後は夜にしっかり、筋肉の準備をしておかないとな。
「冒険者の依頼が入った。しばらく、バイト休ませてくれ」
「おい、何でこのタイミングで長期依頼なんか受けるんだよ。他家との決戦が近いって言っただろ」
「憎き弟とよく似た男を見つけてだな。その情報を得るために、依頼を受けることになった」
「……その依頼、断ってくれねぇか。金なら、上乗せして出すからよ」
マスター、バイトしばらく休ませて。
そんな軽いノリでシフト変更お願いしたら、めっちゃ渋い顔された。
「そろそろ、ガチの抗争になるんだよ。お嬢の身が危ないかもしれん」
「抗争? 今は、3家の勢力が拮抗してるから平和なんじゃないの?」
「プーンコとソミーが停戦協定を結んだらしいんだよ。この情報がマジなら、こっちに矛先向けられる」
あらま、勢力拮抗が崩れたのね。
「お前みたいな怪しいのでも、そこそこ戦力には数えてるんだ。頼むから、残ってくれねぇか」
「そう言われても、もう依頼は受けちまったからな」
「金は上乗せするっての」
「そこはお前、信用の問題だよ。分かるかマスター? 俺みたいな冒険者は、信用第一でやってんだ。信用されなくなると依頼受けるのを拒否されるようになってだな────」
「お前の見た目で信用第一は無理がある」
「せやな」
痛いところを突くじゃねぇか。
「まぁ、何だ。帰ってきた時に何か有ったら手は貸すさ」
「……ち、仕方ねぇ」
だが、俺の本当の目的は魔族の討伐。この町の勢力争いなんぞに、首を突っ込んでる余裕はないのだ。
サクラには借りがある、少しくらい肩入れしても良い気もしていたが……。まぁ、タイミングが悪かった。
これは、しょうがない。
バイトの休みをもらった後。俺は、レヴに頼んで戦闘の手解きを受けていた。
貴族のお嬢様たる俺は、野蛮な喧嘩などという行為とは疎遠だった。せいぜい、妹と兄妹喧嘩していたくらいだ。
だから一度、プロの冒険者に稽古をつけて貰いたかったのだ。
「……イリーネ。確かに貴女の力は凄いけど、まだ動きが甘い」
「私は身体強化の魔法が使えるだけ。戦闘に関しては素人ですわ」
「……分かった。じゃ、教えていく」
レヴちゃんは、このパーティーの近接職だ。せっかく仲良くなったことだし、空いている時間に『戦い方を教えて』とお願いしたら快諾してくれた。
彼女は、小さなダガーナイフを振り回す戦闘スタイルらしい。だが、俺は止めておけと言われた。
スピードと手数が重要になるので、魔法を詠唱する隙がある俺には向かないそうだ。
「イリーネは武器持ってないけど、杖とか使えないの?」
「魔法的な意味では、杖を使え無くもないです。武器的な意味では全く使えませんけど」
魔法使いたるもの、杖を装備する人は多い。杖使って魔法打つと、結構威力が上がるからだ。
だが、俺は今のところ杖を装備するつもりはない。俺の魔法の腕だと、火力をブーストしたら制御しにくくなるからだ。
以前、家庭教師に杖を借りて上級魔法を庭にぶっぱなして見たがエラい事になった。俺は素の魔法火力が凄いので、そこにブースト掛けちゃうと大惨事になるのだ。
ただでさえ一撃必殺の威力がある上級魔法、わざわざ暴発させるリスクを背負いたくない。威力を上げずとも、元々十分に威力がある。なら、杖なんかいらない。
あと、単にめっちゃ魔法の杖が高価なのもある。貴族ですら、気軽に買える値段じゃない。
「……杖は使わないの? じゃあ、徒手空拳を教える」
「お願いしますわ」
「戦いの基本は、相手の動きを読むこと。どんなに強い一撃でも当たらなければ無意味だし、どんなに弱い相手でも急所に一撃を貰ったらおしまい……。相手の動きの流れを理解しないといけない」
レヴはそう言うと、緩やかに拳を構えた。俺の真正面で、ファイティングポーズを取っている。
「……今、私は何を狙っていると思う?」
「えっと。おそらく、正拳突きでしょうか」
「……私の姿勢をよく見て。重心が、前に寄ってるでしょ?」
そこまで言うと小動物的少女は、突きの構えから突然に体を翻した。
レヴは一歩突き出した足を軸に180度回転し、俺の下半身に強烈な足払いを繰り出す。その一撃は当たることなく寸止めされ、俺の脛の骨の前で停止した。
……今のが実戦なら、反応できずにスッ転ばされてたな。
「お、驚きましたわ」
「……正解は、回し蹴り。前足を軸にしないといけなかったから、私の重心が前に寄ってたんだよ」
「成程。貴女の重心のおかしさに気付いていれば、今のも予測できたという事でしょうか」
あれこの娘、強くない? 今の蹴り、全く反応できなかったんだけど。
前にチンピラとやり合った時、こんな凄まじい技使ってくる奴いなかったぞ。
「……最初はこんなクイズ形式で、経験を積んでいって貰う。お父も、こうやって私に近接戦を仕込んでくれた」
「ええ、よろしくお願いしますわ」
「次からは、私が答えを言う前に自分で反応してみて。良い動きだったらそういうし、駄目だったら教える」
だが、味方が頼りになるのは良い事だ。俺は実戦に関してはド素人、ずっと冒険者として生きてきた彼女の知恵は頼りになる。
あとで、カールとも訓練しよう。奴には、俺からいくつか魔法を仕込んでやらんといけないし。
「次は、この状況。イリーネは、どうする────?」
「ふ、こうですわ!」
こうして俺は、自分より年下の指導者の下でミッチリ戦闘訓練をさせて貰ったのだった。
レヴちゃんと仲良くなれた恩恵は、思った以上に大きかった。
「……次、これはどうする?」
「そのまま耐えて、ぶん殴りますわ!」
「……違う! 少しは避ける努力をしてイリーネ」
しかし、残念なことに俺はあまりレヴちゃんの教えを上手く実践できなかった。
「こんな風に背後を取られた時は?」
「両手で頭を守り、気合を入れて耐えますわ! そしてそのまま頭突きで反撃!」
「……ち、違う」
残念ながら俺は、相手の攻撃をかわすスキルを身に付けられなかった。咄嗟に手が出て防御は出来るようになったものの、どの方向に避けたらいいかの判断がつかない。
だがガードして耐えられれば、逆にブン殴ることが出来る。致命傷さえ受けなければ、ガードした方が状況が良い。なんか性に合っている気がするし。
「それは、魔法使いの戦い方じゃなくて重装兵の戦い方……」
「私は肉体強化魔法で、筋力だけでなく防御力も上がっていますの。軽い一撃ならば、耐える方が反撃しやすいと思いますわ」
「……。うーん、そっか。防御力も上げられるなら、実質重装兵みたいに動いても問題はないか……。お父も、出来るだけ本人の資質に合った動きをした方がいいと言ってたし」
どうやら俺は、レヴの想定とは違う戦闘技法を身に着けてしまったらしい。彼女的には『ゆらゆら敵の攻撃を避けながら、魔法でカウンターする』スタイルを教えたかったそうだが。
だが、この『軽い攻撃を耐えて反撃する』ってスタイルは、凄くシックリ来た。
これは、筋肉に自信がある俺にぴったりのバトルスタイルではなかろうか。
「……その腕や足で弾く戦闘スタイルだと、手足の防護は必須になる。明日、買いに行こうか」
「はい、ありがとうございますわ」
「明日は、買った手甲を使って刃物を弾く方法を教える……」
うん、戦い方が確立したのは良い事だ。何も考えず突っ込んで殴るより、よっぽど勝率が良い。
「……ところで、魔法は詠唱が必須だけど。イリーネは肉体強化、いつ唱えたの?」
「ああ、レヴさんに訓練を申し込むずっと前からかけてましたわよ? 魔力の鍛錬ですわ」
「……ああ、そうなの」
む、危ね。流石は一流冒険者の娘、魔法の知識もあるのか。
俺が、肉体強化魔法を使っていないことがバレちゃうところだった。あれ使っちゃうと筋肉への負荷が減るから、普段から使いたくないんだよね。
……さて。程よくレヴちゃんと汗を流した後、俺は夜の街に繰り出した。
「お、猿仮面か。こんなところでどうした」
「む」
別にやましい目的がある訳ではなく、夜のバイトが無くなったので飲み屋に情報収集しに行くことにしたのだ。
貴族令嬢としては許されなかった、いけない夜遊び。だが今の俺には、情報収集という大義名分がある。
ここ数日で身に着けた酔っ払いを相手にするスキルで、魔族やそれに類する話を聞ければ御の字だ。
「お前もここで飲むのか。風俗以外で見かけないから、通い詰めてんのかと思ったが」
「そこまで女好きじゃねぇよ」
バイトではなく、普通に飲むのは楽しい。あれこれ気を使わないで済むし、安い酒でも騒ぐ馬鹿と一緒に飲むと旨く感じる。
「ついてるな、猿。もうすぐ、この店にサクラお嬢がいらっしゃるぞ。俺は席取りだ」
「あー、お嬢様が来るのか。視察?」
「いや、単に飲みたくなったらしい。機嫌が良ければ、お前も奢ってもらえるかもな」
お、あの娘が来るのか。猿モードではあんまり話していなかったから、良い機会だ。
ちょっと、話しかけてみるか。
「あのお嬢様、お酒飲むんだな」
「酔うと可愛くなられるぞ。お持ち帰りしそうなアホが居れば、身内だろうと血祭りにあげるが」
「ひえー、おっかねぇ」
ふむ、ナンパを疑われるような行動は避けるか。口説くような言葉も使わない方がいいな。
一応、今の俺は男で通しているし。
「お、来た来た。お嬢だ」
一応貴族対平民の図式なので身なりを整えていると、まもなくサクラお嬢様が店に入って来た。
ふむ、いつも通り茶髪をフワフワさせているな。
「ん、なんか男と一緒に居ないか?」
「何だと!? お嬢に粉掛けるゴミクズは何処のどいつだ」
だが、気になるのはその隣にちょいとナンパな男が居る事だ。ペラペラとお嬢様に話しかけて、その手を握りしめている。
な、何やってんだアイツ。
「……あの野郎。俺がちょっと目を離した隙に何やってやがる」
「な、なあ。アイツってさ」
「おう、話したことがあるアイツだな」
その、貴族相手にナンパをかましている頭の悪い男の正体は。
「パーティの女を誑し込んでると噂の、ハーレム野郎カールじゃねぇか。お嬢にまで手を出すつもりならぶっ殺してやる」
「うーわ」
それは顔を真っ赤に泥酔している、褒め上戸モードのカールだった。
「おい、お嬢様が視線でSOS出してるぞ。助けに行けよ」
「勿論だ、あの野郎。肥溜めに沈めてやる」
……。アイツも情報収集してたんだろうか?
何で一人で飲んでるんだよ。保護者のマイカは何処行った。




