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果てしなき桜花夢 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ねえねえ、こーちゃん。どうして桜って、散ることに焦点が置かれることが多いんだろう?

 いや桜が咲いたり散ったりって、色々な表現に使われるじゃん。でも他にも咲いて散っていく花ってたくさんあるじゃんか。どうして桜ばっかりひいきにされるのか、考えたことってある?


 ――ちょうど年度のはじめと終わりが花盛りになりやすいから、選ばれたんじゃないか?


 ああ〜、タイミングに恵まれた感じかもね。

 実は僕ね、こーちゃんに聞くまでの間で、何人かにも同じ質問をしたんだ。こーちゃんのような答えを返してくれる人もいたけど、中にはお話を引き合いに出してくれる人もいたんだよ。

 こーちゃんが気に入りそうな話もいくつかあってさ。そのうちのひとつ、聞いてみないかい?


 その女の人は児童だったころ、押し花しおりを作ることに凝っていたんだって。季節ごとの花々を閉じ込めて、自分でとっておいたり、リクエストがあったら友達にゆずったりしていたみたい。

 桜もそのターゲットのひとつ。しおりのこともじょじょに知られ始めて、一年で作る桜のしおりは30枚以上に及ぶこともあったとか。

 

 その年の桜は、彼女が住んでいた地域にしては早く、2月の半ばからすでに花開く気配を見せていた。

 桜の花がもつのは、開いてからせいぜい2週間といったところ。今年の注文枚数は多いし、早く取り掛かっておくに越したことはない。

 押し花のコツは、閉じ込める花びらの水分をしっかり取りのぞくこと。彼女は広げた新聞紙の上にティッシュを乗せたうえで、花びらをまぶしていく。そこからもう一枚のティッシュでサンドイッチして、水分を取っていくんだ。

 アイロンを使って水分を処理する方法もあるけど、彼女はもっぱらこの方法を好んで使っていた。自然物のかたわれに、人工の機械で手を加えるのが、なんとなく気がひけたとのこと。

 おおよそ水分が抜けたところでティッシュを取り払い、新聞紙にはさんで辞書を数冊、重しとして乗せておく。あとは一週間かもう少しおけば、しおりにして問題ない状態になるはず。

 ほっと一息ついて、お菓子のせんべいを食べ始めたところで、ふと声が聞こえた。


「今回は、作っちゃだめだよ」


 てっきり、母親にとがめられたかと思って、部屋の入り口を向いたけど誰もいない。

 部屋中には、桜のクマリンの匂いに満ちている。これまで注意をされた試しはないけれど、念のため窓を開けておく彼女。

 外はほどよい風が吹いている。けれど、一時間ほど開けっ放しにしておいたのに、桜の臭いは一向に外へ逃げ出そうとしなかったんだ。


 翌日。眠たげに自分の目をこすって、彼女はおかしいことに気がついた。

 自分が着ているパジャマが違う。このイチゴがたくさん浮かんだ柄のパジャマは、半年くらい前に処分したはず。ぐっと伸びたこの一年での身体の成長に、ついていけなくなったからだ。それを今、自分は着ている。

 とっさに状況が飲み込めなかったけど、部屋を出てみて違和感は更に加速する。ぐっと伸びた慎重で、鴨居部分にかするようになってしまった自分の頭。おはちが大きいのは前からだったけど、それが今は余裕を持ってくぐれてしまう。

 朝ご飯の前後で家中をめぐって、彼女は確信を得た。自分はおよそ一年前の自分の家に戻ってきている、と。


 さすがに一年前のこととなると、よほど印象的なこと以外は、頭から抜け落ちている。どうやら今は2月の終わりごろで、その時の時間割に沿って、「昨日」の自分が支度をしていてくれていた。とても助かる。

 ちょうど自由登校の時期だったこともあって、彼女はいつもの通学路を使って学校へ向かおうとする。

 その矢先のこと。信号待ちをしていた時、交差点の向こうから猛スピードで迫ってくる一台のバイクがあったんだ。

 ヴンヴンうなりをあげて、目の前を横切らんとするバイク。そのわき腹に、車が突っ込んだんだ。交差点のど真ん中で。

 ライダーの身体は、大きく宙へ跳んだ。ガードレールを越え、信号待ちの生徒の頭上を舞い、背中から叩きつけられる。バイクのほうはあちらこちらの部品をまき散らすどころか、真っ二つにちぎれてしまっていた。その胴体の前後には、黒ずんだタイヤのわだちが残っている。

 ひき逃げだ。彼女が息を呑んだところで、前方の信号が青になった。みんな先ほどの事故に動じた様子もなく、横断を始めている。


「ね、ね、事故があったんだよ! どうしてそんなに落ち着いているの?」


 彼女は顔見知りの女の子を見かけて、手を伸ばしながら抗議する。

 届いたはずのその手が、すかっと宙を切った。何度試しても、彼女の身体に触れられない。それどころか、往来する人たちも彼女に触ろうとしてこない。たった今も、背広を着て先を急ぐ男の人がぶつかってきたのに、自分の身体はそれをわずかにも止めず、すり抜けてしまった。


「ねえ、やめよう? もうやめようよ?」


 おせんべいを食べた時のあの声が、また響く。はっと振り返った場所には誰もいなかったけど、先ほどスクラップになっていたはずのバイクも、すっかり消え去っている。行き来する人の雑踏の中で倒れているはずのライダーも。

 気がつくと、まだ朝のはずなのに周囲が暗くなり始めている。車たちもまた、横断歩道半ばで立ち尽くす彼女を無視。さりとて轢くこともなく、何度も何度もその体をすり抜けていく。

 そうこうしているうちにライトがつき、人々が渡っていき、また夜が明けてくる……ものすごい速さで一日がどんどん通り過ぎていったんだ。

 何日かが経つと、ガードレールの近くに立て看板が置かれる。バイクと車がぶつかった事故に関して、目撃情報を求める内容。きっと先ほどの、いや「何日も前の」事故に関すること。

 自分ならはっきり伝えられる。そう思って看板を置いた警察官らしき人へ手を伸ばし、声をかけようとするも、いずれも彼の気を留めるにはいたらない。そしてなおも、時間は先へ進んでいく。

 その中で彼女は見た。バイクと車だけじゃない。車同士の衝突。友達とふざけ合っていた自転車の子供と車の接触事故。更には杖をついたおばあさんから、荷物をひったくっていくバイクの姿まで。

 荷物を取られたおばあさんは、その勢いに負けて、うつ伏せに倒れてしまう。バイクはそのまま走り去るも、おばあさんは動かない。無駄と分かっていても駆け寄ろうとした彼女だけど、速くなる時間の流れはそれを許さない。あっという間に現れた救急車とそれに乗っていた人によって、収容は完了。二度とおばあさんは、戻ってこなかったの。


「……今年の桜は、いろいろなものを見過ぎたの。花がすっかり散ってしまっても、アスファルトに挟まる一片がある間は、ずっとずっと」


 三度、あの声が響く。その声音も前の二度とは違う、どこかはかなさを帯びた弱弱しいもの。


「土へかえりきらなかった桜は、次の花も同じ夢を見続けてしまう。それは桜にとってとてもつらいこと。

 だから今年の、今の時期だけでいいから、花びらを土に返してあげてほしいんだ」



 家に帰ると、昨日と同じ位置に新聞紙に挟んだ桜があった。彼女はその花びらたちを家の裏庭にほった穴の中へと埋めていく。ぽんぽんと土をかぶせたところで、彼女はぐらりと強い目まいを感じて、その場に倒れてしまった。


 気がつくと、そこは自分の部屋だった。パジャマも身長も、元に戻っている。

 けれど昨日、準備をしたはずの花びらたちはすっかり姿を消していたのだとか。

 その年を最後に、彼女は桜の押し花しおりを作ることを少なくしていったんだ。自分たちと同じように、彼らもつらい思い出を抱えることはあっても、また新しい一年を生きねばいけない。

 その区切りのために、花びらは散って地面に還らないといけないんだ。そう考えるようになったとか。


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