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第7話 アップル

「人間の街か……」


目の前に広がる光景に強く違和感を感じる。

俺の知る人間の街はもっと見窄らしく、往来を行く人々の表情は暗く陰りのあるものばかりだった。


それがどうだ。

人々の顔は笑顔で彩られ。

立ち並ぶ建造物はどれも小奇麗に建てられている。掘立小屋だった以前とは比ぶべくもない。中には当時の神殿や、下手をすれば王宮に匹敵するレベルの建造物もちらほらと見受けられる。


アムの兄が乗っていた魔装機と呼ばれる兵器といい。

目の前に広がる光景といい。

1000年と言う時の流れはここまで人間の生活を変えたのかと、素直に驚嘆するばかりだ。


「何そんなに驚いてるのよ?」


アムが此方の顔を覗き込んできた。

そんな彼女の尾骶に少女が蹴りを入れる。


「いったぁ!何すんのよ!?」


「気安く御主人様に話しかけるな!無礼だろうが!!」


赤毛赤目の少女がアムに吠える。

愛くるしい顔立ちに反して、彼女の言葉は荒々しい。

それもそのはず、何故なら彼女は―――


「ちょっと!スレイヤーからもデーモンに何とか言ってよ!!」


彼女の名はデーモン。

正確には名ではなく種族だが。

人間の世界で情報収集するに当たって魔物である彼女(しもべ)をそのまま連れ歩くのは不味いとアムが言ったため、姿形を人間に改造したのが今のデーモンの姿だ。


結構適当に造形したのだが。

アム曰く、絶世の美少女らしい。

人間の美醜に興味は無いが、まあ不細工よりかはいいだろう


しかし目立つな。

2人が騒いでいるせいで周りの視線が集まってしまう。

別に見られて減るものではないが、好奇混じりの無遠慮な視線は不快極まりない。全員の目玉をくり抜いてやっても良かったが、悪意自体は無さそうなので見逃してやることにする。


「静かにしろ、目障りだ」


「も、申し訳ありません。ご主人様」


俺の言葉にデーモンは顔色を蒼白に変え、片膝を折って首を垂れた。

彼女からすれば畏怖からくるものなのだろうが、その大仰な行動にますます好奇の視線が集まってしまう。


「怒ってはいない。それに俺の命を狙ったり、裏切ろうとしない限り少し位の無礼は許す。だからお前もそう硬くならず楽に接しろ」


そもそも度を越した行動には呪いによるペナルティが自然と発生する。

ペナルティが発生しない範囲内であれば、余程不快でない限りは全て許すつもりだ。


「勿体ないなきお言葉です!」


デーモンは更に頭を深く下げる。

話を聞いた上で更に頭を下げるとは……どうやら知能は相当低い様だ。


「ちょっと、目立つから止めてよね」


地べたに頭が付かんばかりの姿勢だったデーモンの体をアムが引き起こし、彼女の膝の土を払ってやる。


「それでなくてもあんたは見た目で目立つんだから、変な行動して注目を集めないでよ」


「人間共の視線など知った事か!」


デーモンが顔を歪めてアムに牙をむく。

このままこのアホを放置していてはいつまでも不快な視線の的のままだと判断し、ため息を一つ付いてから口を開く。


「デーモン。ここには情報収集の為にやってきている。無駄に目立つ積もりはない。騒がしい行動は控えろ」


「も、申し訳……」


デーモンは再び跪こうとするが、ぴたりと動きを止める。

俺から放たれる殺気を感じ取ったからだ。

勿論本気で殺す気はないが、頭の弱い奴は言って聞かせるよりも体に覚えさせた方が早い。


「目立たない様、行動しろ」


念押しの俺の言葉に、デーモンは顔から滝の様な汗を流し口をパクパクさせる。

蛇に睨まれた蛙状態で声も出せないらしい。


「ま、まーまー。次から気を付ければスレイヤーももう怒ったりしないって!ね、スレイヤー」


そう言いながらアムはデーモンの肩を引き寄せて摩る。

殺気はデーモンのみに放ったもので他の者は毛程にも感じないはずなのだが、固まっているデーモンの様子から察したのだろう。

勘のいい女だ。


しかし意外だ。

別個体とはいえ、アムは魔物(デーモン)に殺されかけている。

その同種である存在を庇う様な真似をするとは……命の危機すらたった数日で忘れてしまったという事か。


僕1号2号、揃ってオツムの程度が弱い。

その事実から再び溜息を漏らす。


「何で私の方を見て溜息ついたのよ?」


「気にするな」


指摘した所でどうせすぐ忘れるだろう。

そう判断し、無駄を省くべく適当に流す。


「そんな心底嫌そうな顔をしておいて、気にならないわけないでしょ!」


どうやら顔に出てしまっていた様だ。


「まあいいわ。それよりさ、デーモンって種族名でしょ?名前が無いってんならちゃんとつけてあげない?」


「名前か……」


顎に手をやり考える。

正直下僕の名前等どうでもよかったが、今後デーモン種と出くわした際呼称が同じでは紛らわしくなる。


その時俺の頭脳に一つの閃きが走った。


「そうだな、名は――「デー子とか勘弁してよね」


「……」


俺の言葉を遮ったアムの顔を、俺は訝し気に覗き込む。

主である俺の考えを呼んだお手並みは見事と言えるだろう。

だがその後に続いた否定の言葉は頂けない。


「何故だ?」


色々考えたが、何故否定されたのかその答えに辿り着けなかったので質問してみた。そんな俺の言葉を聞き、アムは盛大に溜息を吐いて首を横に振る。

その一連の動きに少しイラっとさせられるが、まあ悪意が無いのならとグッと堪えた。


「女の子でデーモンだからデーコとか、名付けとしては安易すぎて下の下よ。ペットじゃないんだから、ちゃんと考えて付けてあげなさいよ」


「名前など所詮記号だ。そこに上等も下等も無かろう?」


「あー、はいはい。まともに考える気が無いんならあたしが考えるわよ」


アムはやれやれといった表情で手をひらひらとさせる。

明かに敬意の欠片も感じられない行動ではあるが、呪いが発動しないという事は悪意は無いという事になる。

一瞬魂の隷属(ソウルスレイブ)が上手く掛かっていないのかとも考えたが、そんなはずは無いと考えを振り払う。何故なら俺の魔法にミスなどあり得ないからだ。


そうなると考えられるのは一つ。

要は彼女の育ちが悪いという事だ。

そうでなければ自らの主に対し、ここまで悪意なく失礼な態度を取事など出来はしないだろう。


教育して(ぶんなぐって)やろうかとも思ったが、多少の無礼は許すと言った手前簡単に怒るわけにはいかない。仕方ないので今度こいつが何か粗相をやらかしたら、その時は今回の腹立ち分も上乗せしてやるとしよう。


そんな算段を腹に抱えつつも、俺は顔色一つ変えずに鷹揚に頷き。

アムの提案を受け入れてやる。


「まあいいだろう。お前の好きに決めろ」


先程口にした通り、俺にとって名前などは所詮記号でしかないのだ。

彼女が考えたいと言うのならば、別にそれを咎める必要はない。

好きにすればいい。


「んー、じゃあアップルなんてどうかしら!すっごくかわいくていい名前でしょ!」


顎に手をやり、少し考えた後。

アムは目を輝かせながら自分の考えた名前を嬉しそうに口にする。


「好きにしろ」


恐らくデーモンの赤い瞳と髪の色から連想したのだろう。

その名前も大概安易な名前だと感じたが、口にするのは止めておく。

指摘すれば機嫌を損ね、新たな名を考え直すと言い出しかねない。


はっきり言って時間の無駄だ。

高々デーモンの名前を決めるのに、これ以上無駄な時間を使うつもりはない。


「今日からあなたはアップルよ!よろしくね、アップルちゃん!」


当の本人であるデーモン――改めアップルの方を見ると、まだ青い顔で俯いていた。どうやら先程の脅しに未だに怯えているようだ。

その為俺とアムのやり取りはほとんど耳に入っていなかったのか、アムの言葉には反応を示さず。俺の顔色をちらちらと怯えながら窺っている。


どうやら少しばかり強く脅し付け過ぎたようだ。

このまま放置するのもあれだと思い、断腸の思いで奴の真似をする。


「お前が俺の言葉に素直に従うのなら、俺はお前を害したりはしない。安心しろ、アップル」


俺はアップルの頭に手をやり、笑顔を見せた。


かつて奴の一部だった時、散々見せられた光景だ。

これをすると何故か子供は決まって暗い顔から笑顔に変わっていた。

俺はそんな奴の猿真似をする。


すると彼女の顔から恐怖が消えていくのが分かった。

狙い道理、効果は抜群だ。

奴の真似をするのは腹立たしかったが、上手く行ったのだから良しとしよう。


「あ、アップルとは私の名前でしょうか!?」


「ああ、そうだ」


「ありがとうございます!主から頂いたお名前!大事にします!」


そういって彼女は深々と頭を下げる。

その様を見て俺は再び溜息を吐く。


完全に振り出しに戻った感じだ。

デーモン……いやアップルは、想像以上にアホで臆病だ。

もうこれは矯正不可能と判断し諦めるとしよう。


この後、名付けが俺ではなくアムだったと知り。

彼女にアップルが噛みつく事となるが、まあ些細な事だ。

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