第5話 スレイヤー
「なにこれ!凄い!腕が一瞬で!!凄い凄い!!!」
女は自分の肩口から生えて来た新しい腕をぶんぶんと振り回し、絶叫する。
ギャーギャーとやかましい女だ。
一緒に行動するに当たってふらふらされても面倒臭いので、体力を回復させ腕を再生させてやったのだが、失敗だった。煩わしくてかなわん。
こんなに五月蠅くなるのなら、腕の再生だけに留めておけばよかったと後悔する。
「ありがとう。凄く楽になったわ」
女は満面の笑顔でウィンクを飛ばしてくる。
その頭の悪そうな行動に、こいつは自分の立場をちゃんと理解しているのだろうかという疑問が湧いてくる。
「それでさ、一つ聞きたいんだけど」
それまで嬉しそうにしていた顔が気まずそうな表情になり、此方から目を逸らす。喜んで飛び跳ねたり、いきなり目を逸らしたりところころ忙しい奴だ。
「何だ?」
「なんで……裸なの?」
余りのくだらない質問に思わずため息を漏らす。
こいつはそんなくだらない事を聞いてどうする積もりなのだろうか?
だがまあいい、質問には答えてやるとしよう。
「服を着た事がないからだ」
生物は生まれてくるとき裸で生まれてくる。
それは俺も同じだ。
奴から切り離された瞬間に、俺は生まれた。
いや、正確にはそれ以前にも存在はしてはいたが。
だがそれは一個人としてではなく、一部として存在していたにすぎない。
奴に切り離された時はじめて俺は自我を持ち、俺になった。
それは俺の誕生と言って差し支えないだろう。
だから俺個人としては服を着た事が無い。
それだけの事だ。
「ああ、いや。そ、そうなんだ……」
何故か女は残念な物を見る様な目つきで、此方をちらりと伺い見る。
その眼はとても自身が使える主に向ける目ではなかった。
一瞬その生意気な目を抉り取ってやろうかとも思ったが、虫けら相手に大人げないと思い止めておく。
「聞きたいことはそれだけか?」
「あー、えっと、その。出来たら服を着て貰いたいんだけど。でもそんな物……ないわよねぇ。あ、そうだ!この通路の先であたしバックパックを落としたんだった!あれの中なら股間を隠せる布とかも入ってるわ!」
女は先程俺が通って来た通路を指さす。
「バックパックという物が何かは知らんが、そんな物は無いぞ?」
「え!?何でわかるの?」
「さっき通路内の物は全て消し炭に変えたからな」
「…………え?」
女が間抜け面でポカーンと口を開ける。
そのどうしようもない間抜け面を見ていると、再び溜息を吐きたくなってくる。
「な、なんで!?」
何で何でと煩わしい。
こいつは一々全てに質問をぶつける気か?
「魔物が襲ってきたから通路内全てを消し飛ばした。それだけの事だ」
「そっかー、通路内全部消し飛ばしたのかー。あは…あはははは……そっかー……」
「理解したか?ならもう行くぞ」
口を半開きにし、気の抜けた表情の女に行動を促す。
こんな所にいつまでも長居する気はない。
「あ!ちょ、ちょっと待って!」
正気を取り戻した女が歩き出した俺を呼び止めた。
またかと思い、軽く溜息を吐いて足を止め振り返る。
もう何度この女に溜息を吐かされた事か。
「今度はなんだ」
女が上着を脱いで俺に押し付けてきた。
渡された服は獣の皮を鞣したものだろうか、非常に手触りが悪い
「それ、身に着けて。流石に裸のままじゃあれだし、っていうかあたしも目のやり場に困るっていうか」
成程、貢物か。
どうやら自分の立場が少しは理解できて来た様だと感心する。
少々ゴワゴワして身につけるには不快だが、下僕からの気持ちだ、仕方ない。
俺は袖に腕を通す。
「違う違う違う違う!なんで上に着ようとするわけ!?」
「ん?お前は上に来ていただろう?」
「いや、そうだけども!そうじゃなくて!下よ!下を隠して欲しいのよ!あたしは!」
「下か……着方が分からん」
「着るんじゃなくって!ああ、もう貸して!」
女は俺から上着を引っ手繰ると俺の後ろに回り、その袖口を俺の腰に回す。
袖はそこまで長くは無かったのだが。
どうやら相当伸縮性があるようで、引っ張って無理やり俺の腰回りを一周させ、片方のちぎれている肩口を丸めてそこに結び付け。
そして俺の股間に垂れ下がる本体部分を股下から引っこ抜き、腰回りの袖に結び付けた。
「ああ、もう腕に当たっちゃったじゃない!最悪!」
女は自分の腕をごしごしと自分の服にこすりつける。
全く何がしたいのか理解できない。
「とりあえず、これなら丸出しよりはましよね。ま、本当にとりあえずレベルではあるけど……あ、あと名前。あたしまだ貴方の名前を聞いてなかったわ」
名前……か。
俺の名前は……
問われて一つの名が頭に浮かぶ。
レイゴッド。
一瞬そう名乗ろうとして止める。
これは俺の名であり……そして奴の名だ。
今更俺が奴と同じ名を名乗るなどあり得ない。
「スレイヤー。そう、スレイヤーだ」
狩るもの。
それが今から俺の名だ。
神となった奴を、俺は狩る。
「スレイヤーね。私はアム・レントよ。よろし……ぐ…う……」
女が突然苦しみだし、その場に伏せる。
その顔には脂汗が浮かび、苦悶の表情で苦し気な声を上げていた。
俺は女のそんな様子を冷ややかに見下ろした。
女が突然苦しみだした原因を知っているからだ。
魂の隷属。
隷属を誓った者は俺に嘘を吐けない。
目の前の女が苦しみだしたのは俺に嘘を吐いたからだ。
偽名か……
女の苦しみ様から悪意が無かったのは判る。
悪意のある嘘ならこんなものでは済まない。
少し考えて、俺は女の嘘を許す事にした。
悪意が無かった事と、女の名前が本名だろうが偽名だろうが正直どうでも良かったからだ。
「許す」
俺がそう口にすると、女の苦悶の表情が和らいだ。
女は荒い息をゆっくりと整え、よろよろと起き上がる。
「今のは……いったい?」
「俺に嘘を吐いただろう?そのペナルティだ」
どうやらやっと自分の立場を理解したようで、女の顔から血の気が引いて行くのが分かる。どうやら俺との契約をかなり軽く捉えていたようだ。だがこれで自分の立場がはっきりと理解できただろう。
「俺への虚偽や敵対行動には全てペナルティが発生する。特に悪意が籠っているものは死に直結する可能性が高い。良く覚えておけ」
女は俺の言葉を聞き、口元に手を当てて俯いた。
何か小さくぼそぼそと一言二言呟いたかと思うと、直ぐに顔を上げる。
その表情には先程までの悲壮感はない。
「つまり嘘をついたり、攻撃したりしなきゃいいのよね?」
「そうだ」
「そっかそっか。じゃあ気を付けるわ」
思ったより女の反応が軽く、思わず拍子抜けしてしまう。
どうやら想像以上に神経が図太いらしい。
まあ一々ビクビク怯えるよりかは幾分かましか。
ちらりと少し離れた位置に佇むデーモンを一瞥する。
俺の視線に気づいた奴がびくりと体を震わせた。
その怯えように頭が痛くなってくる。
本当に厄介な物を拾ってしまったものだ。
まあ拾ってしまったものは仕方がない、ゆっくりと教育するとしよう。
「まあ命を救ってもらったわけだしね。それぐらいは我慢するわよ。あ、あたしの本名はアミール・レインブラ。あなたもレインブラの名前ぐらい聞いた事あるでしょ?」
「ない」
「え……あ、そう……」
どうやらそこそこ有名な名の様だが、当然俺はそんな名など知らない。
俺の返事を言いて女――アミールが困惑したような表情を浮かべる。
「まあ、あれよ。スレイヤーは知らないかもしれないけど、あんまりめでたい名前じゃないのよね。だから今、あたしはアム・レントって名乗ってるの。出来たら私の事はそっちで呼んで貰えると有難いんだけど……」
「わかった」
態々偽名を名乗っていると言う事は、面倒事の種になると言う事か。
障害など全て粉砕すればいいだけではあるが、わざわざ自分から問題を抱える必要はないだろう。
「ではアム。それにデーモン。行くぞ」
俺はアムと、未だに怯えて俺に近づこうとしないデーモンへと声をかけ。
ダンジョンの出口を目指す。