第10話 方言
「もうここにはいないようだな」
半分廃墟と化した街を見て呟く。
視線を横へやるとアムが渋い顔で俯いている。
兄を逃がしてしまった事が相当気に入らない様だ。
「止めなきゃ……」
「ん?」
「こんな事……いつまでも続けせせるわけには……いかない」
「何の話だ?」
唐突に訳の分からない事を呟かれて顔を顰める。
相変わらず訳の分からない女だ。
「何って……あんたこの街の様子を見て何とも思わないの?」
言われて辺りを改めて見回す。
特に変わったものは目に付かない。
「感想を付ける程、目を引くものなど転がっていないぞ?」
「な!あんた本気で言ってるの!?こんなに滅茶苦茶にされて!人だって凄く死んでるのよ!?」
興奮した様子でアムは声を荒げる。
気分が上がったり下がったり、情緒不安定な女だ。
大体人が死んだからと言って、それが何だというのか?
弱いから死ぬ。
只それだけの事だ。
目くじらを立てる意味が分からん。
「どうでもいい。それより、このまま奴の尻を追いかけていても効率が悪い。追跡は止めだ」
「!?」
アムは両目を大きく見開き、俺を凝視する。
面白い顔だと思いつつも、俺はそれを無視して言葉を続ける。
「放っておくっての!?兄を!?」
現状はアップルをルブランの軍に侵入させ、その情報からレーヴァテインを追跡していた。だがそれでは始動が遅すぎて、到着する頃にはとっくに奴は現場を去った後だ。こんな事を続ける意味はない。
「倒してくれるって約束したじゃない!?兄を止めてくれるって!!」
「奴は俺を殺すと宣言している。その内向こうから姿を現すだろう。始末はその時すればいい」
アムとは契約時、目的を手伝うと約束はした――その目的は兄を殺す事。
だが最優先するとは言っていない。
いずれ奴の方から姿を現すというなら、その時始末すればいいだけの話。
掴めもしない奴の尾を追うのは完全に時間の無駄だ。
「兄はこれからも街を襲って多くの命を奪うわ。いっぱい……いっぱい奪うのよ!!」
「人の大量死など今に始まった事でもないだろう。いつの時代も、人は人の手によって多くの血を流している」
そもそも人の歴史とは、闘争と殺戮の歴史だ。
ルブラントに有った書物から俺はそう学んでいる。
俺があの都市で最初にやった事。
それは歴史書に目を通す事だった。
俺の時代には考えられなかった様な街の建造物。
色とりどりの艶やかな衣類や細工品。
食堂で出た料理も俺がかつて味わった物とは別次元の出来だった。
それらを体感し、世界がどういった経緯でここまで発展したのかに興味を引かれた俺は、真っ先にその歴史を紐解いたのだ。
だが其処に記されていたものは、俺の想像していた物からは程遠かった。
どこそこで戦争や虐殺があり、何処が勝ってどうなったか。
内容は人同士の争いが大半占めていた。
つまり奴が神となった後の人間の歴史は、血塗られた闘争そのものだったという訳だ。どの時代も多くの人間が死に、そして夥しい程の血が流れている。
今回は偶々それがレーヴァテインの手によって引き起こされているに過ぎない。
仮に奴が暴れなくとも、その内戦争が始まり多くの命が失われのは目に見えている。
つまり人の生き死になど気にするだけ無駄という事だ。
「だから今起きてるこの現状を放置しろって言うの!?」
「そうだ」
「くっ……信じられない。あんたってサイテーね!!」
そう言い捨てると般若の形相でアムは何処かへと向かう。
俺はそんな彼女の行動を見て首を傾げる。
「何故呪いが発動しない?」
見る限り、アムは元気に大股でずんずんと遠くへと歩いて行く。
主に暴言を吐き、勝手に逃走を計っているにも関わらず呪いが発動しない事に俺は眉を顰める。
「悪意は籠っていないのか?」
悪意も敵意も無く暴言を吐き。
教も取らずに勝手に行動しているのに逃走の意図も無い。
不思議な女だ。
まあいい。
兎に角追いかけっこはお終いだ。
≪アップル。もういいぞ≫
もう必要ないのでアップルに終了を告げる。
彼女には姿を改造する際、後々少しでも役に立つ様色々な能力を与えておいた。
そしてその内の一つ、無機物との融合の能力を使わせ、謀本部と呼ばれる場所の柱と融合して情報を盗み取るよう指示していたのだ。
≪り……了解しましたぁ!!≫
何故叫ぶ?
五月蠅くて敵わん。
≪大声を出すな≫
通常の声なら耳を塞げば良いだけだが、念話は直接頭に響ため防ぎようがない。
そのため大声で叫ばれると五月蠅くて敵わん。
≪は、はい!!≫
全く話を聞かん奴だ。
呪いが発動していない事から悪意はないのだろうが、イラっとする。
俺は溜息を一度軽くつき、転移を伝える。
問答無用で引っ張って来てもいいのだが、仮にも自らの僕だ、雑に扱うのは少々忍ばれる。
≪今からお前を引き寄せる。いいな≫
≪引きよせ!?何だか分かりませんが、了解いたしました!!≫
うるせぇな……
少しイラっとしたので奴の出現ポイントに指を被せ、少し力を籠めた。
魔法を発動させると、俺の手に掴まれる形で奴の頭が出現する。
「あいだぁ!?いだだだっだだ!!ご主人様!痛いです!!」
事故を装ったアイアンクローが見事に決まる。
我ながら完璧だ。
「ああ、すまん。声がうるさ……ではなく、偶々偶然お前の頭が俺の手に収まってしまった様だな。許せ」
「いいいいいえ!!その様な事、滅相も無い!!」
アップルは狂ったように額を地面にこすり付けた。
その余りの勢いに石畳から煙が上がる。
「それはもういい。それよりアムを追うぞ」
彼女が何処に向かったのかが少し気になる。
「りょりょりょ、了解しました!!」
アップルが俺の言葉に反応し、飛び起きて変なポーズをとる。
胸を張り、腕を肩と水平に上げて肘を曲げ、指先で蟀谷の辺りを吐く謎のポーズだ。
「それは何だ?何かの遊びか?」
「いいえ!これは偉大なるご主人様に敬意を示すポーズで在ります!諜報の際に人間から仕入れました!!敬礼と言うそうです!!」
敬礼?
良く分からんが人間の世界ではこんなポーズが流行っているのか。
変な格好だ。
「まあいい。それよりアムを追うぞ」
「ラジャー!!」
アムの位置は呪いで大体わかる。
それを元に、俺は彼女の方へと足を向けた。
ん、ラジャー?
アップルの奴、こんな変な喋り方だったか?
……まあ別にどうでもいいか。
細かい事は気にせず俺は歩き出す。