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#008 全てを俺から取り上げる

 部活を終えた後の正門前は、人気(ひとけ)が少ない。


聖羅(せいら)、待った!?」


「ううん、全然」


 だから、俺と聖羅はいつもそこで待ち合わせしていた。


「でも、下の名前では呼ばないで、とお願いしたでしょう?」


「悪い。つい、癖で」


「もう、仕方がないなぁ。でも、早く直してよ」


「どうして?」


「倉内君と付き合ってると、勘違いされたら困るから」


「勘違い?」


「……馬鹿」


 何時もの掛け合い。

 駅までの数分間、二人以外の人影は無かった。


 だが、この日は違った。

 招かれざる客が、突然現れたのだ。

 俺はそいつに、


「中蔵にちょっかいを出すな!」


 背後から叫ばれる。

 と同時に、膝下に体当たりを食らった。

 下半身が跳ね上げられ、その反動で頭がアスファルトに叩き付けられる。

 まるで鹿威しの様に。


 誰かが駆け寄る気配がする。

 顔を向け様とするも動かせない。

 それどころか、全身が痺れていた。


「類、大丈夫!? 意識はあるの!?」


 聖羅だ。


「……か、体が動かせない」


「嘘……嘘でしょ? 類!!!!」


「僕はただ……中蔵を守ってやろうと……」


 と言ったのは、俺にタックルした男だった。


「気安く私を呼ばないで! そもそも、貴方誰なの?」


「え!? 僕は君達と同じクラスの……」


 ああ、教室で見たことがある。

 確かクラスメートの……誰だったか?

 高校に入学して一月経つが、話さない奴とは本当に話さないからな。

 なので、未だに顔と名前が一致しない。


「貴方なんか知らないわよ!」


 キツイ言葉に、クラスメートの顔が蒼白に変わり……


「嘘だろ……、席も隣同士で、今朝だっておはようって……」


「あ、待ちなさい! 類にこんな事して、ただで済むと思ってるの!」


 走り出す二つの人影。


(お、痺れが取れてきたな……)


 俺はボーッとする頭を抱えながら、(おもむろ)に立ち上がった。

 そして……




  ◇




 目が覚めるとそこは、


(……何も見えない)


 真っ暗闇だった。

 分かるのは、


(薄布が被せられ、敷物が敷かれているな)


 程度。

 どうやら丁重に寝かせられているらしい。

 そもそも、


(何処なんだ、ここは?)


 根本的な事が分からなかった。


(確か、爺さんの集落をゴブリンが襲っていて……)


 と考えつつ、(こうべ)(めぐ)らす。

 刹那、


「痛っ!?」


 後頭部からの激しい痛みに襲われる。

 痛みの中心に手を伸ばしてみると、そこは大く腫れ上がり、随分と熱を発していた。


(俺の身に、何があったんだ?)


 思い出そうとするも、頭痛が津波の如く襲い、考えられなかった。

 そこに、


「ルイ・クラウチよ、目覚めたか?」


 の言葉と共に、部屋に光が差し込む。

 眩しさのあまり手をかざし仰ぎ見る俺。

 光の中には、見知らぬ老人の姿が浮かんでいた。


「……誰だ?」


「儂じゃよ、儂」


「……ああ、爺さんか。頭から毛皮を被ってないから分らなかった」


 悲壮な覚悟を顔に浮かべ、弓矢を携えて矢の如く砦に向かった。

 今はその手に、小さなランプを下げていた。


「ぬかせ」


「でも、無事で何より」


「ゴブリン如きに遅れはとらんよ」


 俺は起き上がり居住まいを正そうとするも、


「うっ……」


 再び痛みに襲われた。


「ああ、無理はすな。それよりもじゃ」


 爺さんは大きく手を鳴らした。

 それが合図だったのだろう、食欲のそそる香ばしい匂いが鼻をつく。

 釣られたのか胃袋が盛大な自己主張した。


「……良い香りだ」


 俺は誤魔化すも、顔の火照りまでは隠せない。


「ふむ、どうやら腹の方は問題ないようじゃな。なら、先ずは腹を満たして落ち着かせ、それから事の顛末を話そうぞ」


 やがて、恰幅の良い女が現れた。

 お盆らしき物の上に、何品もの料理を載せて。


(焼物に煮物、更には汁物と。どれも肉がふんだんに入って美味そうだ)


 それに、食欲をそそる肉の香りと、アクセントだろう青い匂い。

 俺は運び込まれた料理に釘付けとなりつつ、爺さんの様子を窺った。


「ヌシが村まで運んでくれたレッド・ヘルムとフォレスト・ボアだ。それに村の畑で育った白芋、近くで採れた山草じゃ。茸で味を整えている。どうした? さぁ、食え。それとも、黒奴族は儂らの飯が食えぬのか?」


「いや……」


 そう言う訳じゃない。

 ただ……


「何じゃ?」


「俺一人でこんなに食べて良いのか?」


 確か食糧が足りないのでは。

 俺がその点を指摘すると、爺さんは殊の外目を丸くした。

 そして——


「これは驚いた」


「何がだ、爺さん」


「ああ……とその前に、儂の名はシド。このタリス村の元村長にして、今は唯一人の猟師じゃ」


 砦では無く、村だったか。

 そして、〝前〟では無く〝元〟村長か。

 で、今は猟師だと言う。

 下剋上でもあったのか?


「元村長が猟師をしているのが気になるのか?


 俺はコクリと頷き返した。


「現村長は儂の孫娘でな。娘婿の前村長が魔物に襲われ亡くなった後、老い先短い儂が再び就くよりも、と言う訳じゃ」


 爺さんは何ともない事の様に語ってはいるが、目元が潤み始めている。

 俺が無理に尋ねた訳でもないのだが、


「すまん」


 と一言詫びた。


「ヌシが謝る事でもない。それに、もう半年も前の事じゃ」


 言う程古い話ではない。

 俺の胸が小さく痛んだ。


「ヌシがそんな顔をするな。それよりも飯だ。村の者が手すがら作った品々。温かい内に食ってやってくれ。それに食いながら、どうしても聞いて貰いたい話がある」


「聞いて貰いたい話?」


「ああ。だが、その前に先ずは汁物から口に入れ、腹を落ち着かせろ。それから具を食え。ヌシが空腹のままでは話し辛い。それに、これは出来立てじゃから熱いが、フォレスト・ボアの肉から油が滲み出て本当に美味いのじゃ」


「分かった。なら、それから頂こう」


 俺は差し出された木の器を受け取る。

 中には、獣脂が溶けたであろう薄く黄色がかった透明な汁の中に、大胆にぶつ切りされた肉塊が幾つかとジャガイモらしき芋、それに爽やかにして苦味の強い香りを放つ香草が。

 肉は見ただけで分かるほど、柔らかく煮込まれていた。

 両手で持ち、口元に近づける。

 途端に、食材の混然一体となった香りが俺を打ち据えた。


——何と芳潤な香りか!


 堪らず、口をつけてみた。


——旨い!


 喉も渇いていた所為か、熱いのも構わずゴクゴクと飲んでしまう。

 そんな俺の様子を、目を細めながら見ていた爺さんが口を開く。


「でだ。食いながら聞いて貰いたい事と言うのが他でもない……」


「悪いが後にしてくれ!」


 俺は我を忘れ、食事に勤しんだ。




 出された料理を全て平らげた後、俺は満腹による多幸感をデザート代りに味わっていた。


「はぁー、食った食った」


「猟師の儂も驚く食いっぷりじゃった」


「育ち盛りの十六歳だからな」


「十六にはまるで見えぬぞ?」


 若く見える?

 って、それは無いか。

 考え方を含めておっさん臭いと言われてたしな。


「それよりも、何やら話があるとか?」


「おお、そうじゃった。ヌシの食いっぷりに圧倒されて、忘れておったわ!」


 爺さんが「実はな……」と切り出し、語り始めた内容は、


「すまんが、堪えてくれぬか」


 で終わった。


(堪えてくれぬか……だと、ふざけるな!)


 拙い、昂ぶった感情を抑えるのが難しい。

 握り締めた拳の震えが止められないのだ。

 何故ならば——


「……確認する。間違ってたら指摘してくれ」


「うむ」


「まず一つ、(レッド・ヘルム)(フォレスト・ボア)を爺さん……」


「シド、だ」


「……アンタは、約束を違え全てを俺から取り上げる、そう言ったのか?」

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