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#005 第一異世界人

「う、うぅ……」


「起きろ! 起きるのじゃ、類!」


 誰だ?

 いや、この声は……


祖父(じい)ちゃん?」


 声と共に、部屋のドアが外側から強く叩かれていたのだ。


(どうしたんだろう?)


 俺はベッドから跳ね起き、ドアへと向かった。


「あれ、なんか煙臭い」


「まだ寝ておるのか! 家が火事じゃ! このままではお陀仏じゃぞ!」


「え!?」


 俺は慌ててドアを開ける。

 途端に、部屋に雪崩れ込む煙。

 激しく咳込んだのは不可抗力だ。


「ほ、他のみんなは?」


 俺は咳き込みながら問うた。


「皆避難した。後はお前だけじゃ!」


 だが、階段は煙と火の勢いが凄く、降りられない。


「類、お前は窓から飛び降りるのじゃ!」


「……じいちゃんは?」


「儂は責任をとってここで死ぬ」


「な、なに言ってんの?」


「失火の原因は、儂の寝タバコなんじゃ……」


 その瞬間、俺の頭に血が上った。

 (おもむろ)に祖父の腹に拳を入れ、


「ぐへっ……」


 くの字に曲がった老体を担ぎ、窓へと向かう。


「な、何をする類!」


「あれ程止めろって、皆言ったじゃねーか!」


「それで止められたら、タバコ中毒者は苦労せんわ! 儂の保険金で家を建て直せばええ!」


「全然足りねーだろ!」


「何でそれを知ってる!?」


「テーブルにあった契約書を、大分前にチラ見した」


「何!?」


「て言うか、その前に働いて返せ!」


 俺は祖父を、窓からそっと落とした。




  ◇




(……ん?)


 何かが俺の肩を小突いた。

 だが、無視する。

 火事場を凌いだ所為か、まだまだ体が怠いからだ。


(人をそっと落とすのって、ほんと大変……)


 直後、俺は脇腹に強い衝撃を覚えた。


「痛っ!?」


 目を開け、定まらぬ焦点で原因を探る。

 見るとそこには、泥塗れのブーツで俺の脇腹を踏みつけた、


「じ、じいちゃん!?」


 に良く似た、爺さんがいた。

 目を丸くしている。

 死んでいるとでも思っていたのだろうか。


「ヌ、ヌシがいい加減目を覚まさぬからだ! このままでは野垂れ死にするぞ!」


(生きているのは知ってたらしい。なのに何故驚いた? ま、そんな事は置いといてだ。見れば見る程、祖父ちゃんに良く似てる。 と言うか……)


 第一異世界人は年寄りか。

 それも浅黒い肌に、白い髭を蓄えた。

 そこはかとなく、インディアンに似ている。

 何故か、猪に良く似た動物の頭皮を頭から被っているがな。

 見る角度によっては、白い髭も相まって月輪猪だ。


 とその前に。

 今、言葉が分かったよな?

 俺の心を読んだかの様に、爺さんは、


「このレッド・ヘルムはヌシが倒したのか?」


 と尋ねた。


 間違いない、言葉が分かる。

 ただ、何故だ?

 それに、レッド・ヘルムとは?


 目線の先を追うと、そこには頭を割られて息絶えた熊。

 片目赤備熊の事か。

 ん? 死骸が……


「死骸が消えてない?」


「はっ! 魔物ならいざ知らず、獣の体が消えてたまるか」


 つまり、この鱗を持つ熊は魔物ではないらしい。

 如何にも魔改造されてそうだと言うのにだ。


(成る程、見た目ではよく分からない事が分かった)


 俺が一人得心していると、老人は再び最初の問いを口にする。


「で、ヌシが倒したのか?」


 それも、口元を小さく吊り上げながら。


「(あ、これ、俺に不利益を押し付けて来る奴の顔だ)……ああ、そうだ」


 俺は身構えて答えた。


「なら、取引だ。儂はヌシに儂の住む集落へ案内し、飯と夜露を凌ぐ場所を世話する。その対価として、レッド・ヘルムを全て寄越せ」


「(ほら来た)一頭丸々か?」


「ああ。代わりに、暖かいスープを一杯くれてやる」


 熊の価値が低すぎやしないだろうか。

 俺が黙っていると、


「ヌシは黒奴族(こくぬぞく)。その黒眼に黒髪が何よりの証じゃ。大方、ひもじさに耐えかねて死の山を越え、この森に迷い出たのじゃろう? なら、儂の手を今ここで取らねばヌシは死ぬ。違うか?」


 と続けた。


 死の山とは、気が付いたら俺がいた山の事だろうか。

 そして、黒眼黒髪の黒奴族、そう呼ばれる者達の集落が死の山とやらの東にある、と言う事らしい。

 何も知らない俺に、頼みもせずとも新たな情報をくれる。

 流石は、第一異世界人だ。

 これで、腹に一物が無ければ最高だったのに。


 などと俺が考えていると、爺さんは聞き捨てならない言葉を吐いた。


「それとも、ヌシ一人でレッド・ヘルムを担いで運ぶか? ただでさえ魔物がわんさか現れ始めた、この森の中を」


(何!? 魔物がわんさか現れ始めた、だと?)


「言っておくが、儂の手から得物を奪おうなどと考えるな。老いたとは言え、儂はヌシ如きに遅れは取らぬ」


 爺さんはそう口にしたかと思うと、手にしていた槍を俺の喉元に向ける。

 よく手入れされた槍先が、一歩間違えれば突き刺さりそうな距離に。

 俺は思わず、生唾を飲み込んだ。


「答えぬなら、殺して奪うだけだ」


 本気の脅しだ。

 そうまでする価値がこの熊にある、と言う事か。


 希少性が高いとか?

 いや、魔物がいると言ってたな。

 それもわんさか、と。


 そして、爺さんの服装。

 槍を携えてはいるが、背に弓矢を背負い、腰には山刀。

 どう見ても猟師の装いだ。

 つまり、こんな年寄りが危険な森に入らねばならぬ程……


 俺は意を決し、口を開く。


「一人で運べるのか?」


「儂に掛かれば容易い」


「ただでさえ魔物がわんさか現れ始めた森の中なのに?」


 俺が爺さんの先の言葉をそっくりそのまま返すと、彼は片眉をピクリと上げた。


「ほう、ヌシは黒奴族にしては小賢しいな」


 この程度で?

 どうやら黒奴族とは随分と下に見られているらしい。

 なら、やりようはいくらでも有るな。


「取引だ。レッド・ヘルムの〝可食可能な部位〟は全てやる。代わりに、爺さんの集落で俺が落ち着くまで世話してくれ」


「先の言葉は取り消す。今すぐ死ね」


 爺さんの槍を握る手に力が込められた。

 俺は気にせず、言葉を続ける。


「そのレッド・ヘルムが内臓だけを平らげて残した、大猪の場所を教える、と言ってもか?」


「大猪じゃと?」


「爺さんが頭から被ってる獣の事だ。ただし、それよりも遥かに大きいがな」


 そう答えた途端、相手の目の色が変わった。


「……この場で歌うように喋らせても良いのだぞ?」


「そんな時間、有るのか?」


 ちらりと腕時計を見る。

 既に四時を過ぎていた。

 後数時間もすれば日没の筈だ。

 日照時間が元の世界と同じならば、だが。


 今度は爺さんが黙った。

 攻守交代とばかりに、俺が言葉を発する。


「魔物が増え、集落の食料が足りなくなった。そこで爺さんは昔取った杵柄よろしく、猟に出た。が、思うような成果は上げられない。何故か? 増えた魔物が猟場を荒らしていたからだ。だろう?」


 口にこそしなかったが、かなり危機的な状況なのだろう。

 こんな年寄りが、魔物が出る危険な森に入る程なのだから。

 そこに、熊を仕留めた男が現れた。

 しかも、黒奴族と蔑む対象が。


 爺さんは思った〝上手く言い含め、あわよくば肉をせしめてしまえ〟と。

 だと言うのに、一見黒奴族と思われる俺が探られたくない腹を探り、交渉してくる。

 さぞかし驚いただろう。


 さぁ、どうする、爺さん。

 俺の手を取り、更に食料を手に入れるか?

 それとも、一頭とは言え、馬鹿でかい熊肉だけで手を打つか?


 爺さんは、歯軋りし始めた。

 更には、顔を真っ赤に染め上げた。

 二頭を得るか、それとも確実に一頭を得るか、それが問題だ。

 と言った所だ。


 槍を持つ爺さんの手に、力が更に加わる。

 余程の力が込められたのだろう、手の色が白く変わった。


(……駄目だったか。まぁ、二兎追うものは一兎も得ず、と言うからな。なら、俺はハンカチを……)


 と思った次の瞬間——


「二日だ。二日だけ世話をしてやる」


 俺は内心、胸を撫で下ろした。

 いや、それどころか嬉しさで飛び上がらんばかりであった。

 これで野垂れ死にせずにすんだ、と。


 煙の魔法でこの場をやり過ごす事は可能だろう。

 が、出来たのはそこまでだったからだ。

 熊の死骸を抱えて逃げる事も、たった一人で森の中で生き抜くのも俺には不可能。

 だが、顔には出さないよう努める。

 目を細め、相手の真意を読むかの様に態度を装った。


「……もっと具体的に言ってくれ」


「レッド・ヘルムの肉と、食い残されたフォレスト・ボアをくれるなら、集落に明後日の夜明け前までは居られるようにする」


 フォレスト・ボア、それが猪の名か。


「その後は……直ぐに出て行くと約束しろ」


 見ず知らずを集落に入れる。

 それも二日も。

 普通なら到底出来ない判断。

 そんな事が、目の前にいる老人の苦悶する表情から伺えた。

 なので俺は、ここが潮時だと思い——


「良いだろう」


「よし、取引成立じゃ」


 この瞬間、俺は異世界第一日目を生き抜く事が決定した。

 よくよく考えると、第一異世界人と命を賭けて熊の肉を取り合うとか、最低の出会いだな。

 俺は眉間に皺を寄せつつ、爺さんに伝える為フォレスト・ボアと呼ばれる猪が隠されたであろう場所への経路を伝えた。


「……と言う感じで追われて来たんだが分かるか?」


「一ツ目、未発見の狩場か」


(一ツ目?)


「だが……川と、巨木の根を避けたとなると、場所はあっちだな。よし、こいつを枝に結わいて担いで行く。ヌシも手伝え」


「血抜きはしないのか?」


「レッド・ヘルムの血を捨てるなんぞ、そんな勿体ない事が出来るか! それより急げ! ぐずぐずしていると日が暮れるでな」





 森を脱け出て草原入りしたのは、それから二時間も経た後であった。

 その間、襲われる事はなかった。


「魔物がわんさか湧いてる筈じゃなかったのか?」


「レッド・ヘルムの匂いに加え、ヌシの体から死の山の匂いが振り撒かれておるからだろう」


 俺が臭い所為らしい。


 森と草原の間には、歩いて渡れる程の深さしかない川が流れていた。

 これが森に住む獣と人との境界線になっているとか。

 水面を覗けば、星が一つ二つ映る。

 見上げた空には既に太陽が一つもなく、西の果てにて片割れだけが残り、今にも沈まんとしていた。


「ヌシはもっと急げ! 直に集落の門が閉じられるのじゃぞ!」


「十分急いでるよ、爺さん!」


 ちなみにだか、この間はほぼ走り詰めだ。

 しかもたった二人で、熊と猪を載せた急ごしらえの(そり)を曳いて。

 元の世界では考えられない。


(確かに爺さんは老人らしからぬ、筋肉質な体つきをしているがな)


 とは言え、幾ら何でもそれだけでは説明が付かない。

 もしかして、レベルが相当高いのだろうか?

 それに、力だけではなくスタミナも異常だ。

 なにせ最初の小休止の際、俺は、


「疲れたか?」


 と問われるもその場に倒れ、喋れない程疲れていた。

 ステータスパネルを見ると、体力値は片手で足りる程しか無かったのだ。

 一方の爺さんはと言うと、歳の割には平気な顔をしていた。


 草原を川沿いに更に進むと、手入れされているであろう農地が現れた。

 膝の高さ迄伸びた草が整然と並び、大地を覆っている。

 蕾が芽吹き、白い花が咲こうとしていた。

 その様は、何処と無く見覚えがあった。


「ジャガイモか?」


 それが目の前の丘の、その先まで続いている。

 二つ目の丘を越えても変わらず。

 三つ目の丘を登り始めた頃合い、


「ん?」


 俺は丘の随分先にて昇る煙を感知した。

 しかも、不完全燃焼時に発生しやすい黒煙。

 それはつまり——


「爺さん」


「何だ?」


「この丘を越えた先に集落があったりするか?」


「……あったらどうする。取引を反故にする気か?」


 爺さんの声音が、この日一番低い物となる。

 と同時に、これまで感じた事のない寒気が俺を襲った。


「違う。何かが激しく燃えている、そんな気がしたんだ」


「こっちが風上だと言うのにか?」


「匂った訳じゃない」


「なら……」


「ただ、そんな気がした。それだけだ」


「ふん……」


 爺さんは別に俺の言葉を信じた訳ではなかったのだろう。

 恐らくだが、元々心配していたのだと思う。

 これまで以上に俺を急かし始めたからだ。


 やがて丘を越えると、俺の目に見慣れぬ建造物が映った。

 それは、丸太を地面に差しただけの柵。

 その高さは優に四メートル。

 柵の前には水堀が設けられている。


 まるで古代の砦だ。

 櫓もあるな。

 しかも、随分と本格的な作り。

 とても急拵えの張りぼてには見えない。


 加えて、望まぬ来訪者を阻む大門。

 見るからに頑丈そうだ。

 今はだらしなくも半開きだがな。


 守衛なり警備兵が傍に立ち、門番を務めていそうなのに誰もいない。

 そして、最大の問題は砦の中に。

 丘の上からだと俯瞰出来るのだが……


「火事だと!?」


 爺さんが悲壮な声で叫んだ通り、所々から火の手が上がっていたのだ。


「爺さん……」


「ヌシには済まんが、ここでお別れだ」


「いや……」


「約束を違えたのだ。儂がこれまで集めた、なけなしの銭をやろう」


 そう言うと、老人は胸元から取り出した袋を俺に放った。


「有難う、じゃなくて……」


「ああ、別の集落ならこの畑を南に向かって抜ければ道に出る。それを辿れ」


「ちょっ……」


「ルイ・クラウチよ……」


「何故俺の名を!?」


「達者でな!」


 と一方的に言ったかと思うと俺の胸を小突き、老人とは思えぬ速さで坂を下った。

 俺はそんな後ろ姿を見届けながら、


「爺さん! せめて、どう言う状況かぐらい説明して行けよ!」


 と走り去る背に向け声を荒げる。


(落ち着け、俺。こういう時は素数……を数えても仕方がない。冷静に、一つ一つ確認していけば良いのだ)


 何が爺さんの集落を襲った? いや、襲ってる最中なのか?

 答えを知るには、もう少し近づく必要がある。

 俺は橇を一人で曳き、


「下り坂で良かった」


 丘を下りきった。

 すると門の先から耳障りな音と怒声が聞こえる。

 どうやら襲撃中らしい。


 なら次は、襲っている相手だな。

 盗賊か? もしくは、最近わんさか増えたとか言う魔物だろうか?

 俺は橇をその場に残し、道なりに歩む。

 勇気を振り絞り、砦の門を潜った。


 刹那、奥から響く喧騒に驚く。

 だが、更に肝を潰す代物を俺の目が捉えた。

 それは、


「うわっ!? な、なんだコレ……」


 一糸纏わぬ、緑色の肌をした小人の行き倒れであった。

 それも、明らかにホモサピエンスと隔絶した姿形をしている。

 異形は歯を食いしばり、


「犬歯が尋常でない大きさだ」


 苦悶の表情を浮かべていた。

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