#043 エピローグ
アスファルト。
その上に倒れた俺は、身体が痺れて動けないでいた。
視界に映る、走り出す二つの人影。
(聖羅とラガーマン……早く止めないと車が……)
俺は立ち上がった。
だが、間に合わない。
甲高い車のブレーキ音と、続いて起きた鈍い衝突音が辺りに響いた。
「キャーッ!」
聖羅の悲鳴も。
「やだ、息してない。だ、誰か……誰もいない! はっ、ルイに救急車を呼ばなきゃ……」
聖羅はまた、混乱している。
その時、彼女の足元がじわりじわりと輝き始め、
「な、何よこれ!?」
一瞬強く光った。
(成る程、これがあの時の魔法陣)
魔法陣の外縁に沿って現れた光が、彼女を包み始める。
外側に居た俺は一歩踏み入れ……次の瞬間、あの山の火口に現れたのである。
「そっか。あいつも、この世界の何処かに居るんだ」
目を覚ました俺は、天幕を見上げながらそう呟いた。
「おや、漸く起きましたか」
俺は声のした方に顔を向ける。
そこには、同じ様に横になっているイーノスが居た。
「ここは?」
「野営陣地です。あの後、私達は気を失い、その場に倒れたそうです」
「そうか」
理由は分かる。
ゴブリン・キングを仕留めたからだ。
その結果、急激なレベルアップを起こし、体の上げる悲鳴に耐え切れず、倒れたのだ。
「見ないのですか?」
「何を?」
「ステータスをです」
そう口にしたイーノスが、自身のステータスパネルを出現させる。
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名前:イーノス
種族:人族
性別:男性
出身:ローダンテ
所属:タリス
年齢:18
状態:健康、興奮
レベル:14
経験値:3750
称号:
ジョブ:祈祷士
スキル:予知、予感、荷箱、不幸耐性、空腹耐性、疲労耐性、生活、心労耐性
魔法:祈祷魔法
体力:67/67
魔力:55/55
力強さ:26
素早さ:50
頑丈さ:14
心強さ:40
運:54
カルマ:61
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「四つもレベルが上がったのか」
「ええ。もう少し頑張れば、父アーマンを超えられそうです」
イーノスは嬉しそうに笑った。
(父親を超える、か)
異世界でも、子の大願は変わらないのか。
一度使ってみたかっただけだ。
「ルイ君は確かめないのかい?」
「今はそんな気分じゃないな」
(そんな事よりもだ)
「あの後……いや、領都はどうなった?」
そっちの方が遥かに気になる。
「安心して下さい。領都は無事です」
俺は安堵の溜息を吐いた。
「漸く、ルイ君の顔から険が取れましたね」
「一番の気掛かりだったからな」
「キリクちゃんがですか?」
「ま、そう言う事にしといて」
イーノスは続いて最新情報を俺に聞かせてくれた。
タリス村は開放されるも被害甚大。
領主が中心となって復興計画をたてる予定だとか。
尚、死傷者の数は一割に上ったらしい。
損害の多さに、ボウスキル副団長が頭を悩ませている。
(あの化け物相手にその程度で済んだのは、寧ろ幸運だったのでは?)
尚、ミランは名誉の戦死扱い。
ただし、件のエルマは……
「本人の意思が無かったとは言え、敵前逃亡は見過ごせないらしく。婚姻者候補からは外されたそうです」
「互いに好き合ってたのだろう? 相当ショックなのでは?」
「その為か、領都からも姿を消したらしく……」
「逃げ出したか」
女神ヴァネッサが口にした通り、何もかもが終わったらしい。
形こそあれだが、死線を共に彷徨った者が落ちぶれる。
俺は何故か、偲びない気持ちで一杯になった。
「何処かに行く宛があるんだろうか?」
「逃亡者が紛れ込むなら、迷宮都市でしょう」
「迷宮都市、だと?」
「王都の近くにある、周辺にいくつものダンジョンが存在する場所に人が集まり、自然と出来た街の事です。四天のヴァネッサ様もそちらから来られました」
「ヴァネッサ様が治めてるのか?」
「代官として、ですが」
そうなんだ。
あんな強者が常駐する地、ねぇ。
……嫌な予感しかしない。
近づかないに限るな。
「ここだけの話、最近は〝女勇者〟が現れて、大変活躍しているそうです」
「女勇者……だと?」俺は魔法陣とその中心にいた聖羅の顔を思い浮かべた。「もしや、黒眼黒髪だったりするか?」
「勇者が奴族だとか、冗談でも口にしてはいけません! 貴族に聞かれたら、縛り首にされてしまいます!」
イーノスがえらい剣幕で答える。
その迫力に、俺は思わずタジタジとなった。
「それに、髪色はシルバーブロンドらしいです」
「ず、随分と詳しいな……」
「ルイ君が目覚める前に、その件でヴァネッサ様と話す機会がありましたから」
「その件?」
俺が首を傾げているとそこに、
「イーノス!」
女村長コリンが現れた。
「逢いたかった!」両の目に涙を浮かべている。「それなのに、遅くなってすまない!」
イーノスはそんな彼女を優しく包んだ。
「村長なのだから、仕方がありません」
「イーノス!!!!」
二人は束の間見つめ逢い、直後人目を憚る事なく、熱い接吻を交わし始めた。
俺はそれをガン見する。
(うわっ、スゲー! お互いに求め合ってる! そして、何て音の大きさ! うどん? 相手の舌は極太うどんなの!?)
すると……
「ルイもしたいの?」
久しく耳にしてなかった声が俺に問うた。
「したいかしたくないかで言えばしたい」
「じゃ、あたしがしてあげる!」
「……え?」
見ると、一足の間合いから少女がススっと打ち込む、かの様に俺に迫るキリクとその桜色した唇。
(は、早い!)
俺は思わず、頭を振る。
決してやるなと、何度も言われ続けた逃げだ。
(真剣だったら顔の側面から袈裟斬りだぞ!)
だからだろう、顔の右側面、と言うか頬に柔らかい感触が広がる。
——チュッ
と音がした。
刹那、
「あー! キリクちゃんがルイさんのほっぺにチューしてる!!」
レイナの大音声が天幕を揺るがす。
「私だって、負けてらんないんだから!」
顔の左側面が突如襲われた。
キリクが〝静〟だとするならば、レイナは〝動〟だ。
それも激動。
「耳の中とか止めろや! 中耳炎になるわ!」
「いけず!」
それ使い方間違ってるよ?
「やれやれ、ルイ君には甲斐が足りないみたいですね」
そう言うイーノスはコリンを侍らせながら、俺に勝ち誇った顔を向け、いつの間にかキセルを吹かしていた。
紫煙が辺りを漂い始める。
俺はその臭いを感じる前に、顔を顰めた。
「ああ、臭い、臭い」
「臭いです」
いや、レイナは俺の首元に顔を埋めて言うなよ。
俺が臭うみたいだろ。
「ウザイ」
キリク、それレイナの事だよな?
そんな事よりもだ、
「そもそも、煙なんて百害あって一利無し、何だぞ!」
「ふふふ、ルイ君の言葉とは思えませんね」
「何でだよ?」
未だに抱き合うコリンとイーノスが見つめ合う。
そして、クスクスと笑った。
そこに、何故か女神が現る。
「目覚めたらしいな、愛煙家! なら直ちに、迷宮都市に行くぞ!」
◇
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名前:倉内類
種族:人族
性別:男性
出身:
所属:ウェリス
年齢:16
状態:健康
レベル:15
経験値:4872
称号:愛煙家
ジョブ:
スキル:荷箱、生活、煙耐性
魔法:煙属性
体力:109/109
魔力:44/44
力強さ:39
素早さ:35
丈夫さ:18
心強さ:32
運:3
カルマ:55
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第一部完!
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
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