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#004 片目赤備熊との死闘

——もしも、熊に出会ってしまったら


 と言うタイトルのネット記事を、俺は目にした事がある。

 書かれていた対処方法は、状況によって様々であった。


 例えばだが、「距離が離れていて熊が気付いていない場合」は、「ゆっくりその場を離れましょう」とあった。

 また、「距離が離れていてもゆっくりと近づいてくる場合」は「気が付いていないかも知れません。体を大きく動かし、人間がいる事を伝えましょう」と言う具合に。

 他にも「五十メートル以下の距離で出会い、熊も気付いていた場合は敵意が向けられる前にゆっくりと離れましょう」などと書かれていた。


 反対に、「絶対してはいけない行動」も挙げられていた。

 それは、走って逃げる事。

 熊は素早く動くものに反応する性質らしく、走って逃げると追いかけるらしい。


 では、


「グルルルル……」


 と唸り声を上げつつ、口から大量の涎を垂らしながら近づいて来る場合はと言うと、


——非常に稀ですが、捕食目的で近づいている可能性が高いです。車内や近くの屋内、木の上に退避しましょう


(……車も無ければ、家屋も無い。木の上は……確か熊は木登りが得意だった筈)


 異世界の熊は木登りが苦手だと思うか?

 否だ。

 そもそも、俺は木に登れないしな。

 故に、俺が取り得る選択肢は一つ。

 体力が続く限り、走って逃げるだけだ。


 煙魔法? 今にも突進して来る気配が濃厚な熊に、果たして効くだろうか?

 それに、魔法を放った直後は酷く気怠い。

 駆け出すのが億劫になる程に。


 だから俺は、一目散に逃げた。

 背後からは、身震いするほどの吠え声と、その巨体によって生み出した地響きが追い掛けて来る。

 新たな音が起こる度に背筋が凍る。

 それでも俺は土を蹴った。

 何も考えず、ただ我武者羅に。




「ハァ……ハァ……ハァ……」


 一体、何処まで逃げればあの熊は追い掛けて来なくなるのだろう。

 既に三十分は逃げ続けている気がする。

 腕時計を見る余裕など無かったがな。


 俺が未だに生きていられるのは、逃げる途上に様々な障害物が在ったお陰だ。

 巨木の根による天然ジャングルジムや、落石のダムが。

 その都度、根の隙間を掻い潜り、石を乗り越えたりした。

 更には川の水に敢えて浸かり、匂いを消す試みすらも。


 だと言うのに、件の熊は未だに追い掛けて来る。

 まるで俺に、個人的な恨みがあるかの様に。


 だが、諦めて喰われるつもりはない。

 折角の異世界転移。

 ファンタジーな世界を骨の髄まで楽しみたいからな。


 その様な事を考えながら逃げていた所為か、俺はとうとう追い詰められてしまった。

 熊が猪を捕食していた場所に良く似た、三方が切り立った岩肌に囲まれている窪地に。

 刹那、俺の頭に嫌な考えが過ぎった。


「まさか、あの熊は俺をわざとここに追い込んだのか?」


 背筋に冷たいものが走る。

 先の考えを肯定するかの様に、赤い鎧を纏った片目熊が後から姿を現した。

 そして、再び仁王立ちする。

 自らの強大さを見せつけ、俺の心をへし折るかの様に。


「万事休す、だな」


 俺は熊が文字通り立ち塞がる出入り口以外の、逃げ場を探した。

 だが、無かった。

 あるのは、熊が寝ぐらにしているであろう洞穴(ほらあな)だけである。


「……ん、洞穴?」


 何かが引っかかった。


「待てよ。そもそも、この片目熊はあの岩肌をどうやって登り、俺の背後に現れたんだ?」


 先の窪地の開口部は向かって反対側にあった。

 迂回したとしても、俺の後ろにわざわざ回りこむ必要はない。

 側面の茂みから強襲すれば良いのだから。

 と言う事はだ。


(熊が入ったあの洞穴は……)


 寝ぐらと言うだけでなく、窪地の上と下とを行き交うのに利用する穴だったのでは。

 なら、ここにあるのも……


「南無三!」


 俺は最後の力を振り絞り、穴の中へと駆け込んだ。

 背後から迫る、地響きに急かされながら。


「おお!」


 中は入り口程狭くはなかった。

 だが悠長に確認している暇が在る筈も無く。

 俺は一目散に穴の中を進む。

 入り乱れた木の根を掻い潜りながら。

 熊の吠え声を背に受けつつも。

 やがて穴が上に向かう。

 俺は息つく暇もなく登った。


 穴の出口がはっきりと見え出した頃合い、俺はここに来て初めて背後を振り返った。


「もう、あんなに近くまで来ているのか!」


 片目熊が腹這いとなり、木の根を器用に躱しながら近づいていたのだ。

 慣れ親しんだ穴だからか、驚くべきスピード。


「このままでは穴を出たとしても、いずれまた追い付かれる!」


 俺は思わず、服の袖口で汗を拭う。

 追い詰められた状況の所為か、死の香りを明確に感じた。


「ここが俺の墓場か……」


 死んだら、地獄行きだろうな。

 この世界に来た直後から、殺生しかしてないし。

 そもそも、異世界に地獄があるのだろうか?

 異世界転移して現れた場所が既に地獄かと思える様な、命の息吹を感じられない場所だったが……

 その時、俺は動転のあまり忘れていた事実を思い出した。


「地獄……谷。別名、死の谷。……待てよ。そう呼ばれる原因は何も見た目だけじゃない。現に蚊や蛾に対しても……」


 俺は素早く取り出したハンカチで口と鼻を覆う。

 そして、


「<煙よ(フームス)!>」


 魔法を唱えた。

 俺の身体を中心に、噴煙の如き煙が渦巻きながら湧き出る。

 それも限られた空間しか存在しない洞穴と言う場所で。

 当然ながら、煙は圧力の少ない場所に逃げ場を求める。


 この洞穴の場合、それは上下にしかない。

 煙は勢いよく穴の外へと向かう。

 途上にある、俺の体を押し上げながら。


「あ、熱い! 臭い! 目が痛い!」


 当然、逆も然り。

 煙は俺の後を追う片目熊にも勢いよく降り掛かった。

 熊の怒り狂った声が轟く。


 俺の体が斜面に開いた穴から飛び出す。

 小さく無い放物線を描いた後、地面に打ち付けられた。


「痛っ! だが、今は休んでられない!」


 急いで戻り穴の中を覗くと、ガスの切れ間から両手で鼻を抑える姿が微かに見えた。


「予想以上に効いてるな。流石は、犬の嗅覚の二十一倍、と言ったところか」


 だが、行動不能にする程ではない。

 辿々しい足取りではあるが、穴の外に出ようと文字通り足掻いている。


 ただでさえ目が悪いのに加え、嗅覚を潰されたのだ。

 大分混乱している筈。

 さて、今の内に逃げるか。

 それとも、更に傷を負わせ追う気を無くさせるか?

 ただ、皮の分厚い熊を傷付けるにはそれなりの道具が無いと無理だな。


「なら、せめて足止めを!」


 俺は素早く周囲を見渡す。

 目に入ったのは生い茂った木々、腰ほどの太さを有する倒木に加え、ボーリング大の石。


「なんて、御誂(おあつら)え向きな」


 この日この時の為に、この場所に置いてあったかの様に。

 俺はその中の一つ、倒木を持ち上げた。


「意外と軽い。思った以上に中は朽ちてるのか?」


 それを煙が吹き出ている洞穴へと突っ込んだ。

 壁から突き出た岩を利用し斜めに立て掛け、中から押しても外れぬ様に。

 更にその上から、付近の木から折った、葉が生い茂る枝を重ねる。

 煙がこれ以上外に漏れ出ない様にと、蓋する様に。

 あわよくば、酸欠死を狙って。


 刹那、片目熊の首から上が穴から現れた。


「うわっ!?」


 ただし、腕や身体はまだ出て来ていない。

 倒木が行く手を塞いでいるからだ。

 加えて、片目熊は兎に角、呼吸を最優先にしたらしい。

 その証拠に、今まさに新鮮な空気を大量に吸い込もうとしている。

 俺はそんな片目熊の頭に踵を蹴り込むと同時に、この日渾身の、


「<煙よ(フームス)!>」


 煙魔法を発した。


 出鼻を挫くとは正にこの事。

 片目熊は火山性の有毒ガスを胸一杯に吸い込み、遂に力なくその場に頭を垂れた。

 だが俺の仕事はここからが本番。

 俺は酷く気怠い身体に鞭打ち、近くに転がっていたボーリング大の石を抱え上げる。

 そしてそれを、片目熊の頭に何度も、何度も何度も打ち付けた。


 俺は片目熊を倒した。

 だが、その代償は大きかった。

 遂に体力の尽きた俺は、その場に倒れ込んでしまったのだ。

 霞んでいく意識。

 視界がブラックアウトする最中、背後の茂みが「ガサリ」と音を立てた気がした。

今後は平日の夕方に更新する予定です。よろしければ、応援お願いします!

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