#039 デスゲーム
再び女騎士と隊を組んだ俺とイーノスは、徴募した兵千余りと共にタリス村へと向かった。
とは言え、村自体はゴブリンの手に落ちている。
なので、辿り着いたのは街道に設けられた野戦陣地であった。
着いて早々、隊長である女騎士が司令所とやらに向かう。
やがて、嬉々として戻って来た彼女は、
「我らの所属は四天ヴァネッサ様が率いられし、遊撃隊だ!」
と誇らしげに宣言した。
「どう言う事だ?」
俺がイーノスに問うと、
「遊撃隊と言うのは、騎士や兵が止めた敵を横合いから強襲するのが主な役目なのです。つまり……」
「戦功が思いのまま!」
と女騎士が鼻息を荒く言葉を被せる。
「前から思ってるんだが、どうして女騎士はあんなに戦功が欲しがるんだ?」
と俺がイーノスに尋ねると、これまた女騎士が代わりに答えた。
「父が約束してくれたのだ、誰にも負けぬ戦功を得られたら私の望みが叶う、と」
「なら、それは一体どんな願いだ?」
途端に、もじもじし始める女騎士。
そんな彼女に代わって答えたのが、
「エルマ殿は女の身でありながら、ユアン様のお側に誰よりも近く仕えたい、と願っているのです。その為に必要なのが、周囲に有無を言わせぬ手柄。それ故に、自ら死地へと赴こうとしているのです」
騎士ミランであった。
「だからと言って、部下をやたらと犠牲にしたり、敵前逃亡してたら駄目じゃないか?」
「下賤が!」
エルマが叫んだ。
「何だ? 俺の言ってる事に僅かでも誤りがあるのか?」
「くっ……」
女騎士が歯噛みする。
そうこうしてる間に、作戦開始が告げられた。
女騎士の隊は十名編成であった。
隊長としての女騎士に、副隊長のミラン、それぞれの従士が二名ずつと斥候二名、そして俺とイーノスだ。
この面子で街道脇に広がる森の中を大きく迂回する様に進む。
「良いか。この作戦は成否は、如何に敵の本隊に悟られぬ様近付けるかに掛かっている」
「千以上の徴募兵と騎士様が、ゴブリンの進撃を抑えているからだろ? 分かってるって」
「おのれ、貴様……作戦を終えたら、覚えて……」
と女騎士が言い終える前に、
「報告します! 北東の方角二百歩の距離に、ゴブリンの遊撃隊と思しき十匹の群れを確認しました!」
敵が現れた。
「分かった! 初撃に水と風の魔法。混乱した所を強襲し一気に叩く! 良いな?」
「はっ!」
この作戦は上手く行き、その後何度も同じ手を使った。
やがて、随分と森の奥まで来た頃合い。
「なぁ、イーノス」
「如何しましたか?」
「何だか、嫌な予感がしないか?」
俺の勘が警鐘を慣らし始めたのだ。
「いえ、全く」
そこに女騎士が現れた。
「下賤、何をしている?」
「辺りの雰囲気が妙だ。気が付かないのか?」
そう、先程から森が静かなのだ。
遊撃隊とは言え、隣接する隊とは連携を取っていた。
だと言うのに、少し前から連絡が途切れている。
加えて、この何とも言えない空気感。
(これはもしや……)
「女騎士、斥候を放ち周囲の探索を……」
だがそれは、遅かった。
「エルマ様! 新手です!」
「何! 数は!?」
「一匹です! で、ですがあれは……」
それは、一匹のゴブリンだった。
青銅色した奇妙な鎧を身に纏った。
それだけを見れば、「少し強そうなゴブリンだな」で終わっただろう。
問題は見てくれの奇異な点が、それだけでは無い事であった。
「……丸太?」
そう、丸太だ。
ゴブリンは枝を払っただけの丸太を肩に担いでいたのだ。
「<鑑定>!」
声の主はミランの従士だ。
(有るのか、鑑定!)
俺の感動を他所に、従士の言葉が続く。
「ジェネラル! ジョブはジェネラルです!」
(な! ゴブリン・ジェネラル、だと? 将軍って事は、最低一万の兵を率いる存在じゃねーか!)
俺は一人戦慄する。
すると、
「アハ、アハハハハハハーッ!」
女騎士が突然笑い始めた。
「間違いない! あれこそは敵が首魁! 神はこの私に宿願を遂げよと微笑まれた証拠だ!」
(女騎士、死んだな……)
「エルマ様!」騎士ミランが〝様〟付で女騎士を呼んだ。「このミランがゴブリンの初撃を受け止めます! その間に、エルマ様がお仕留め下さい!」
「ミラン、任せて良いのだな?」
「エルマ様、このミランの命に替えても!」
(ミランもか……)
「では、任せた!」
「皆さん、聞いていましたね! 手出しは無用です!」
(誰一人、その気は無いだろう)
自分だけの世界に入った騎士がゴブリン・ジェネラルの前に立つ。
まるで、身を挺して守る近衛騎士の如く。
「さぁ、掛かって来なさい!」
ミランは剣を構えた。
刹那、
(ゴブリン・ジェネラルが笑った?)
振り下ろされる丸太。
ミランはそれを受け止めようと剣を掲げ、
「うっ……」
そのまま叩き潰された。
激しい音が森の中に響き、大地が揺れる。
更には土が飛び散った。
(うわっ)
思わず目を庇う。
やがて落ち着いた頃合いに目にしたのは、大きく陥没した森の大地と、穴の中心に転がる肉塊であった。
錆びた臭いが辺りに広がる。
更には、
——ジョボジョボジョボジョボジョボ……
場違いな音が森に響いた。
アンモニアな匂いまでもが加わり、反吐を吐きたくなった。
それでも、俺はゴブリン・ジェネラルから目を離さない。
いや、離せなかった。
あれから目を離したら、その時こそが命の灯火が消える時だからだ。
——ドチャ……
何か重い物が出来たばかりの泥濘に落ちた。
「うひっ、うひひっ………………うひひひひ……」
女騎士の声だ。
どうやら錯乱したらしい。
その音に反応したのか、ゴブリン・ジェネラルが其方に向かった。
口から涎を溢れさせながら。
(た、助かった……)
俺の気が僅かに弛んだ。
その刹那、
「ルイ君、右に跳んで!」
イーノスが叫んだ。
俺は迷わず反応する。
次の瞬間、激しい音が俺を襲ったかと思うと、左半身に突風を受けた。
更には森の土を頭から被る。
素早く目を走らせると、俺が今まで居た場所に大きな穴が新たに生まれていたのだ。
ゴブリン・ジェネラルの一撃によって。
握られた丸太は遂に限界を迎えたのか、穴の中で粉々に砕けている。
(と言うことは、ゴブリン・ジェネラルは無手?)
その隙を逃さぬ者が居た。
「<帰還>!」
従士の、迷いの無い声が森に轟く。
(女騎士を連れて逃げたな! ま、そうなると思ってたよ!)
俺もまた、迷わなかった。
「<煙よ>! 今の内に、逃げろ!」
だがしかし、
——ゴギャーッ!
ゴブリン・ジェネラルの雄叫びによって、俺の煙は掻き消された。
「咆哮一つで!?」
俺の驚愕を余所に、ゴブリン・ジェネラルは手刀を掲げ、
「ルイ君!?」
それを振り下ろした。
側に生えていた針葉樹に向かって。
新たな武器を作り出すらしい。
「皆さん、今の内です! 私の後に続いて下さい! その先に、光明が見えます!」
イーノスが声を張り上げ、そして一目散に駆け出した。
俺も、その後に続く。
すぐその後から木が倒れる音と共に、
——ゴギギッ!
ゴブリン・ジェネラルであろう喜びの声が響いた。
始まったのだ、総勢七名と一匹による鬼ごっこが。