#037 撤退戦
無数のゴブリンが門を潜る。
それを前に、
「<荷箱>」
とアーマンが口にした次の瞬間、彼の手には歪な杖が握られていた。
間近で見る事が出来れば、それが魔石を貼り合わせて形作られた代物だと分かっただろう。
彼はそれを腕に抱き、祈り始める。
直後、アーマンの身に付けている骨飾りが輝き始めた。
「<復活>!」
輝く骨片が飛び散る。
村の彼方此方に。
やがて、地面に落ちたかと思うと、その下から様々な獣の全身骨格が土を掻き分け姿を現した。
アーマンはそれらに命じた。
「祖霊が眠りし地を穢す魔物を滅ぼしなさい」
骨は銘々の形で吼える仕草をしたかと思うと、アーマンの居る門に向かって駆け出す。
そして、
——ギャギャ?
一瞬動きの止まったゴブリンをある物は足で踏み潰し、ある物は爪で切り裂き、ある物は嘴で貫いた。
骨無双。
だがそれは、長くは続かなかった。
一匹の禍々しい雰囲気を醸したゴブリンが門を潜った途端、
——ギャー……
骨達が崩れ落ちてしまったからだ。
「同業者と言うわけですね」
言うならばゴブリン・シャーマンだろうか。
アーマンは杖を構えたかと思うと、
「果たして、どちらが上でしょうかねぇ?」
目にも留まらぬ速さで、ゴブリン・シャーマンに迫った。
互いの杖が重なる。
これまで耳にした事の無い、大きな音が起こった。
◇
一方のルイ達はと言うと、包囲を抜けると領都に向かって一目散に駆けていた。
敵と味方による死屍累々の屍街道を。
「ルイ君、五秒後にお願いします! 五……」
「四、三、二、一……<煙よ!>」
——グギャー!?
時折、煙魔法を発しながら。
「有難う御座います! 今ので先頭の数匹が卒倒しましたよ!」
(なら、将棋倒しが期待出来るかもだな!)
だがその分、魔力は当然の事ながら、体力も急速に失われていた。
このままゴブリンの追撃を凌ぎ続けるのは、至難の業と言える。
なので俺は、
「イーノス! 感じたか!?」
「ええ、このまま進めば大丈夫です!」
イーノスの予感を頻りに確認していた。
「ただ、あの丘を越えた辺りで、また追い付かれます!」
「その時はまた、五秒前から数えてくれ!」
「分かりました!」
◇
ゴブリン・シャーマンを辛うじて斥けたアーマンは、自身も村の中心である広場まで下がっていた。
「ふぅ、歳は取りたくないものですねぇ……」
肩で息をしている。
そんな彼の前に、御輿に乗ったゴブリンが現れた。
「貴方がこの群の首魁ですか?」
言葉が通じる筈も無いのに、アーマンは問い掛ける。
すると、あろう事か御輿の上のゴブリンが首を横に振って見せたのだ。
「言葉が通じた振りをするなど、冗談にも程があります」
と口にしたアーマンの顔がみるみる青褪める。
御輿のゴブリンが背後を顎でしゃくって見せたからだ。
そこには、巨人としか思えない種に担ぎ上げられた豪奢な御輿と、
「そ、そんな馬鹿な……」
禍々しい鎧兜に身を包んだゴブリンが居た。
圧倒的な武威を示しながら。
ルイが見たならば、ゴブリン・キングと口にしただろう存在だ。
思わず、腰が抜けたアーマン。
そんな彼に対し、
「ヒトリ、ワレラト、タタカッタ。ホウビ。クルシマヌ、シ」
粗末な方の御輿に乗ったゴブリンが飛び掛かる。
そして、アーマンをいとも容易く組み伏せた。
ゴブリンがその大きな口を開け、今まさにアーマンの喉元に喰らい付こうとした瞬間、
「……失敗でしたね」
「ナニガダ?」
「貴方達の首魁が村に入った事がですよ……<滅っせよ>!」
彼の最後の祈りが、神に届けられたのである。
杖の魔石が崩壊し始めた。
まるで、原初の世界に戻るかの様に。
そしてそれは、アーマンが持つ杖だけでは無かった。
村のそこ彼処に秘蔵されていた魔石もだ。
魔石に封じられたエネルギーが一気に拡散する。
それは空気が揺れるかの様に辺りに拡がった。
そして……
——カッ!
アーマンを中心に閃光が生じる。
その光は天を貫く白き塔の如く伸び上がった。
光が生まれたならば、当然熱もだ。
灼熱が村を覆った。
◇
「あぁぁぁぁ……」
俺に並走するイーノスが、突然頭を抱え出した。
「と、父さんが……父さんが!?」
直後、北の空に向かって伸びる、巨大な白剣が現れる。
「な、何だあれは……」
騎士も、従士も、兵士も、それに俺達を追うゴブリンまでもが足を止める。
それだけでも異様だが、振り返り、仰ぎ見たのであった。
——ギャ!?
——ギャギャギャ!?
しかし、次の動作に先に移ったのがどちらかと言うと、
——ギャ! ギャ!
ゴブリンだった。
魔物達は一斉に、
「な!?」
「村の方に戻って行くぞ!」
背を向け、来た道を戻った。
「おい、イーノス! 何があった!?」
と俺は唯一訳を知りそうな彼に問い質す。
「父さんが、父さんが死んだ……」
「何!? 祈祷士様がか!」
と口にした騎士が顔を覆った。
「……はい。間違いありません」
涙を浮かべて答えるイーノス。
俺はそんな彼に……
「イーノス」
「はい?」
「領都までは後どのくらいだ?」
「え?」
「後どのくらい走れば辿り着くんだ?」
「まだまだ、半日は掛かります……ね」
「そうだろう。だから今は走れ!」
「でも、僕の予感ではもう大丈……」
「走れ! 予知とか予感なんか、今は考えずに走れ! 早く領都に辿り着けば、その分やれる事があるんだから!」
「……そうですね。僕の方が父の死から学ばなければならないのに」
イーノスは手で涙を拭い、そして再び走り出した。
その後を騎士達らが続く。
俺はそんな彼らを見送りつつ、
「念の為だ、<煙よ!>」
手向けとばかりに、特大の煙幕を張った。
◇
アーマンの魔法により、タリス村は焦土と化した。
広場は周辺は特に酷く、家屋は跡形も残っていない。
唯一残っている物と言えば尖塔、ルイ曰くオベリスクだけであった。
だが、そこから少し北側へと目を向けると、炭となった大きな肉塊がそびえている。
よく見れば、それは巨人。
それも四体もの巨人が互いに身を寄せ合って出来た代物のだ。
暫くするとその中の一体、巨人の屍が突然、
——ボンッ
と爆ぜ、陰から鋭い爪を有する黒い手が外に向かい伸び出た。