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#035 ゴブリン八千匹に追われる

 俺は今森の中を、最大で八千匹ものゴブリンに追われている。

 容易には信じたくないが事実だ。

 何度反芻してみても、納得出来ないがな。


 背後から無数の足音が迫っている。

 それだけでなく、獣の如き咆哮も。

 必死の形相で走る俺達に対して、付かず離れずに。


「エ、エルマ様!」


 と見習い騎士が走りながら叫んだ。


「何だ!?」


「このままでは拙いです!」


 知ってる。

 一緒に逃げてる誰もが知っているぞ。

 そんな事で、無駄な体力を使うな。


「そんな事は分かっている!」


 お前もだ、女騎士!


「なので、二手に分れませんか!? いずれか一方が確実に村へと帰還する、その可能性を高めるのです!」


 俺はその冷静な判断を内心賞賛した。


「どう分けると言うのだ!」


 と女騎士が叫んだ。


「当然、騎士であるエルマ様と私で分けます!」


「よし分かった! 見習い騎士フィリップに続く者は自身の名を上げよ!」


 すると、真っ先に名乗りを上げたのが女騎士の従士らである。

 その事実に、当然女騎士は激怒した。


「き、貴様ら! 私の従士だと言うのに、フィリップに付き従うと言うのか!」


「め、滅相も御座いません!」


「我らが付き従えば、エルマ様の御負担になると考えたからこそ……」


「許さん! 許さんぞ! 無事帰還したら貴様らは首だ!」


 だが、従士らは考えを変えない。

 しかも、見習い騎士を選んだのは彼らだけでなかった。

 斥候の者達もである。


「お、お前達まで! 何故だ!?」


 と叫ぶ女騎士。


「人徳の差じゃね?」


 俺は思った事を口にした。


「黙れ、下賤! 貴様と祈祷士様はこっちだ!」


「何で!?」


「時間が有りません! このままでは共倒れです! ルイ君、行きましょう!」


 獣道の分岐点が迫っていたのだ。

 見習い騎士らが右へと逸れる。


「では、ご武運を!」


 俺は仕方なく、女騎士やイーノスと共に左に曲がった。


(とは言え、彼方の方が多い。ゴブリン供が腹を満たしたいのなら、向こうを追うだろう)


 そんな打算もあった。

 だと言うのに……


——ギャギャギャッ!?

——ギャギャ!

——ギャッギャー!!


 ゴブリンの叫び声と足音が変わる事無く、俺達の後に続いた。

 何故なのか?


——フガフガ……ギャッギャッ!

——フガフガ……ギャッギャッ!

——フガフガ……ギャッギャッ!


 何処か耳慣れた音がする。


(もしや、吸って吸って、吐いて、吐いて? 長距離走の呼吸法か!?)


 チラリと振り返ると、鼻の穴をおっぴろげながら、ゴブリンが後に続いていた。

 臭いを嗅ぐ度に、下品に騒いでいる。


「くそっ! 女騎士の臭いか!」


「臭いとか言うな、臭いとか!」


「だが、事実だ!」


「私か!? 本当に私が悪いと言うのか!?」


「ああ、そうだよ! どう見ても、彼奴らはお前を追ってるよ!」


「そんな訳あるか! 貴様の妙な体臭がゴブリンの食欲をそそっておるのだ!」


「言ったな! なら、この先の分かれ道で別れよう! 良いな!」


「ああ、望むところだ!」


 都合の良い事に、早速道が分かれた。


「俺は右だ! 女騎士! お前は左に行け!」


 と俺が言い放つ。


「ふんっ!」


 女騎士は確かに応じた。

 なので、俺は右に曲がる。

 女騎士は当然の様に、右に曲がった。


「ざっけんな! 女騎士、てめーは左だろうが!」


「私は左に行くとは一言も言っておらん! 下賤が勝手に言ってただけだ!」


「何だと!?」


「そもそも、貴族の私に命じるとは何事か! そうだ! 下賤に命じる! 今から戻り、左側に行け……」


「二人とも良い加減にしなさい! 追いつかれますよ!」


 イーノスが怒った。

 そうこうする内に、再び分岐点に。

 だが、今回は先程の様な事態にはならなかった。


「左です! 僕の予感を信じて下さい!」


 俺達は左に曲がった。

 やがて、俺達の視界が突如開けた。

 まるで、森が途切れたかの様に。

 だがそれは勘違い。

 そこはまるで、以前追い詰められたレッド・ヘルムの狩場の様な、三方が切り立った崖に囲われた場所だったからだ。


「こ、ここは……」


 先導した筈のイーノスが愕然とする。

 そんなイーノスに対して、


「に、逃げ場が無いではないか!」


 と女騎士が咎めた。

 背後からは、俺達をここまで追い立てた音が、今にも追い付こうとしている。


(万事休す、だな。だが、ここはまるでアレの狩場。もしかしたら、本当に……)


 レッド・ヘルム未発見の狩場だと言うなら、例の物がある筈。

 俺は目を皿の様にして、辺りを見回す。

 そしてそれは、薮の中に隠される様にあった。


「あっちだ!」


 洞穴だ。


「あんな中に入って襲われるぐらいなら、騎士らしく戦って死……」


「穴は崖上に繋がってる筈だ!」


 女騎士が叫ぶも、俺がそれに声を被せる。

 だが……


「下賤の言う事など信じられるものか!」


「エルマ様! 大丈夫です! ここはレッド・ヘルムの狩場! 加えて、僕の予感が保証します!」


「なら入ろう! その代わり、下賤は最後だ!」


「言われなくとも、最初からそのつもりだ!」


 俺は二人の後に続き、洞穴に入る。

 直ぐに、俺の後に続く足音が中に響き始めた。

 ゴブリンも洞穴を見出したのだ。


(ゴブリンの背より高い薮の中にあったと言うのに! はっ、匂いか! ん? と言う事は……)


 熊ほどでは無いにしても、嗅覚が鋭敏ならば、アレが効果的な筈。


「イーノス!」


「何だい、ルイ君!」


「洞穴を出たら何でも良い、直ぐに穴を塞いでくれ!」


 この後に及んで、イーノスは四の五の言わない。

 彼はただ、


「分かりました!」


 とだけ答えた。


「な、何だ!? 下賤、一体何をする気だ!」


「うるせぇぞ、女騎士! 死にたく無かったら、早く登りやがれ!」


 そして、女騎士が光の中、洞穴の出口から外に出た、まさにその瞬間、


「<煙よ(フームス)!>」


 俺はハンカチを取り出し、口と鼻を覆った。

 刹那、足元から大量の煙が発生する。

 そしてそれは、俺を穴の外へと打ち上げる。

 まるで、ロケットの様に。


——シュポンッ!


 とでも言う様な音を響かせ、俺は洞穴の外に飛び出た。


「きゃっ!?」


 女の愛らしい悲鳴。

 と同時に、地面に打ち付けられる俺の身体。

 が、痛みを堪え、


「イーノス! 今だ塞げ!」


 俺の声に、彼はただ頷き返すのみ。

 そして、礼拝堂で祈る様な仕草をとった。


(な、何してやがる! 早く穴を……)


 すると、


「ま、まじかよ……」


 洞穴が忽ち塞がったのだ。


「これが……祈祷魔法……です」


 と息を切らしながらイーノスが言う。


「すげぇ、まるで奇跡だ」


 そんな俺を他所に、イーノスは青い顔を女騎士に向けて、


「エルマ様、今の内です! 帰還魔法をお願いします!」


「わ、分かったわ! 祈祷士様はこちらに」次に、女騎士は俺を睨んだ。「下賤、お前もだ!」


 俺は余計な口をきく事なく従う。


「ちっ!」


 女騎士が舌打ちを響かせた。


(もしや、何か言ったら、それを理由に俺を除け者にするつもりだったのか?)


 束の間、女騎士が瞑想に入る。

 俺もイーノスも黙っていた。

 辺りに響くのは、崖下から届く怨嗟の声のみである。


 やがて、


「<帰還せよ(レディーレ)>!」


 女騎士の声と共に、足元に広がる光。


(ま、眩しい!)


 ゴブリンの音が届かなくなり、森の香りが途切れる。

 そうこうする間に、視界が戻った。

 俺達はタリス村の広場に帰還していたのだ。


「おお! フィリップ様に続き、エルマ様もお戻りになられたぞ!」


「ご無事で何よりです、エルマ様!」


「……ミランか! しかし、これは一体何があった?」


 そう、村は喧騒に包まれていた。

 まるで既に、ゴブリンに攻められているかの様に。

 八千のゴブリンが村に到着するには、少なくとも後半日は掛かる筈だと言うのにだ。


「それが、エルマ様出立された直後に、二千のゴブリンが領都と村の間に突如現れまして……」


 森の中を迂回した別働隊が村を攻囲したらしい。


「何だと! ならば、帰還先を領都のままにしておけば……」


 女騎士が声を詰まらせた。

 この後、残り八千が加わる。


(村の命運は決まったな)


 そう感じたのは、俺だけでは無いと言う事だ。

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