#033 時間の問題
異世界に来てから七日目の早朝。
俺は領都ウェリスにおいて最大の広さを誇る中央広場(今では天幕が幾つも建ち並び、人や荷で溢れている)、その片隅に腰を下ろしていた。
何故か?
無論、領主令に応じる為に。
準備はシド爺の協力もあり、昨日の内に終わっている。
後は何処かしかの隊に組み入れられるのを待つばかりであった。
辺りには同じ様な者が大勢いる。
どいつもこいつもむさ苦しい野郎ばかりだ。
筋肉と言う名の鎧を纏った髭男。
革鎧を纏った山羊髭の男。
そして、ただの髭男。
(思った通りだ。髭、多いね!)
暫くすると、
「おい、そこの灰髪赤髭! こっちに来い!」
兜のバイザーを下ろした騎士が、叫んでいる。
(この辺りで髪が灰色で赤い髭を生やしているのは……)
俺しか居ない。
(レッド・ヘルムの毛が染色出来ないとはな。木を隠すには森の中、何て格好つけたらこの樣だよ……)
お陰で、爺さんとキリクには「余計に人目を引くわ」「ウケル!」と腹を抱えて笑われてしまった。
「聞こえんのか!?」
「はっ、ただ今!」
俺は駆け寄った。
貴族様を怒らせると、平民でも鞭打ちになるからな。
声の主は見知った顔だった。
(ぬぅ、あの女騎士か。妙な事を言い出さなければ良いが……)
「私は此度の戦において、戦功第一を目指している!」懸念した通りであった。「貴様が能うか検めるので手を出せ!」
だが、相手は気づかない。
俺は胸を撫で下ろしつつ、言われるまま応じた。
すると、
「<ステータス・オープン>」
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名前:倉内類
種族:人族
性別:男性
出身:
所属:ウェリス
年齢:16
状態:健康
レベル:4
経験値:53
称号:
ジョブ:
スキル:荷箱、生活、煙耐性
魔法:煙属性
体力:34/34
魔力:14/14
力強さ:13
素早さ:10
丈夫さ:8
心強さ:10
運:3
カルマ:52
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「ほう、<荷箱>が使えるのか」
(おや、俺の名前で気が付くかと思ったが……さてはスキルとかにしか目が行って無いな)
ちなみにだが、<荷箱>とは昨日運搬人ギルドで得たスキルだ。
文字通り荷箱大の魔法空間とやらに、物を収納出来る。
現実世界のゲームで言う所の〝時間経過型アイテムボックス〟であった。
ありがちな事に、レベルが上がると容量も大きくなる。
尚、中身は俺が死ぬと屍の傍に散乱するらしい。
プレイヤーキラーに優しい仕様だ。
荷役ギルドの<筋肉増量>は止めておいた。
あれを習得すると、レスラー並みの体付きになると知ったからだ。
「はっ。ですので、自分は荷駄隊を志望致します」
「……その身形でか?」
女騎士が怪訝な顔をする。
それに対し、俺は首を傾げた。
(レッド・ヘルムの革鎧に兜、それに手甲と脛当て。要するに鎧一式だが、シド爺曰く目立たない普通の装備だと言ってたぞ?)
ちなみにだが、領主に貰った戦杖は<荷箱>の中にしまい、手には荷役ギルドから回収した槍を、腰に長剣を差している。
「それに煙属性魔法? 聞いた事も無い魔法だが……」女騎士はボソボソと呟いた後、俺の顔をキッと見上げた。「それで何が出来る?」
拙い、興味を持たれたぞ。
ここは……
「私を中心に酷く臭い煙を発生させる事が出来ます。その為、使用後は獣が近づいてまいりません。ただし、使用後は強烈な匂いが体に染み込みます」
石鹸で体を洗っても、易々とは落ちない。
お年頃な女性には中々厳しいだろう?
「ほう、中々稀有な魔法だな。良かろう。貴様は我が隊のポーターとする。この札を持ち、中央の天幕で荷を受け取って来い!」
何故なのか?
「聞こえなかったのか?」
「……ははっ」
俺は致し方なく、天幕へと足を運んだ。
女騎士が率いる第一陣の一員としてタリス村へ出発したのは、それから一時間後の事であった。
転移が終わり気が付くと、そこはオベリスクが立つタリス村の広場だった。
以前訪れた際は朝市で賑わっていた。
しかし、今や……
「う、うぅぅ……」
「た、助けて……あ、足が、足が……」
「来るな! い、嫌だ! 何であんなにゴブリンが!?」
まるで戦争映画で良く描かれるワンシーン、野戦病院の様相を示している。
「な、何だこれは……」
女騎士が声を引き攣らせた。
そんな彼女に話し掛ける者がいた。
「騎士エルマ!」
上背のある騎士。
聞き覚えのある声音からして、荷役ギルドで目にした者と思われる。
「おお、ミランか! この有り様は一体どうした!?」
「ゴブリンに強襲を受けまして……」
漏れ聞こえる話によれば、偵察隊が敵部隊を発見、後を付けて本隊の位置を見極めようとしたところ、背後から襲われたらしい。
良く生還出来たな。
同じ思いを女騎士も抱いたらしく、今一人の騎士に訊ねた。
「<転移>持ちがたまたま居合わせたお陰です」
<転移>! あぁ、何て素晴らしいんだ。
流石は、金貨百枚のスキルである。
「そうか。で、どうだったのだ?」
「何がですか?」
「敵の本隊の位置、掴めたのか? と聞いている」
それを女騎士が知ってどうする?
「ええ、それでしたら大凡」
「ならば良し! その場所直ぐに教えろ! それと、案内出来る者もな!」
嘘だろ? 行くのか?
「いや、それは流石に指揮官殿が到着してから……」
その通りだ。
独断専行は良く無い。
それに、上官に嫌われると早死にするぞ?
「指揮官殿はまだ来られぬ! その前に、先の情報が確かか調べる必要があろう! それとも何か? すでに斥候を放ったのか?」
「いえ、ご覧の通り、先行した私達はこの有様ですから……」
「それを私の隊がやると言ってるのだ。寧ろ感謝するが良い!」
寧ろ、今直ぐ死ぬ。
貴様、そんな鎧兜を着込んだまま森に入って、索敵が可能だと本気で思ってるのか?
「騎士エルマがそこまで仰るなら、お止めしません」
いや、止めろよ。
どう考えても、軍法会議ものだ。
「ですが、これだけは言わせて下さい!」
お? 良いぞ! ガツンと言ってやれ!
「何だ、ミラン?」
「ユアン様の為にも必ず生きて帰り、貴女の笑顔をもう一度見せて差し上げて下さい」
そんな馬鹿な。
何処にそんな話に流れる要素があったのか。
後、ユアンて誰だ?
「ば、馬鹿……、何を、きゅ、急に……。それに、私には……お父様から……」
恥じ入り、今にも存在自体が消え入りそうな声。
(こっちがこの場から消えたいわ)
事実、俺は「タリス村の村長に、到着した旨を報告をして来ます」と広場を後にした。
広場を離れてしばらく行くと、
「ルイさん!」
レイナに声を掛けられる。
「戻って来られると信じていましたよ!」
「戻りたくて、戻った訳じゃないがな」
「知ってますよ。徴募令ですよね?」
「そうだ。仕方なくな。でも、良く俺だと分かったな?」
「へ?」
「ほら、髪色変わったし、髭面だから」
見た感じ、全然違うだろ?
「そう言われてみれば、白髪が増え、髭が伸びた気がします」
そんな馬鹿な……
「で、でも! お似合いですよ! 何て言いますか、若い内から苦労を買ってるワイルドな人だなぁって……」
取って付けたような褒め言葉。
良い気がまるでしないな。
「それにレッド・ヘルムの革鎧、素敵です! 誰が着ても本当に似合うんですね!」
それ褒めてないだろ。
いや、革鎧を褒めてるのか。
まぁ、そんな事よりもだ。
「コリン村長いるか? 第一陣が広場に到着した旨を報告したいんだ」
「ええと、確か彼方に……」
とレイナが指し示す。
丁度その角から当人が顔を表した。
彼女は俺に直ぐ気付き、足早に向かって来る。
影の様に従う、一人の男を引き連れて。
「ルイではないか。良くぞ徴募に応じてくれた」
「ルイ君、来てくれると信じていましたよ。ありがとう。それとも、おかえり、と言った方が良かったかい?」
二人はまるで旧知の如く、俺に話し掛けた。
「知っての通り、仕方なく来ただけだ」
「それでもだ。ありがとう、ルイ。それと……」コリン村長が罰が悪そうに頬を掻いた。「あの時は済まなかった」
あの時とは、村民認定すると約した俺を置いて、村へと転移した際の事だろう。
「俺の口からは、気にするな、とは言わない。ただ、イーノスとレイナにはあの後色々と助けられた。二人には感謝している」
それと、虚実判定の儀に掛けられた際に覚えた絶望。
あれは一生忘れない。
「それよりもだ。領主様が派遣した兵の第一陣として来たんだ。それを伝えたくてな」
「分かった。伝令、確かに受け取った」
「でだ、あれからどう状況が変化したんだ?」
「広場の惨状を見ての通りだ。ゴブリンの奇襲を受け、先遣された調査隊は壊滅状態。大凡の敵兵力は把握出来たが、それ以外は何も分かっていない」
「大凡でも、良く敵の兵力が分かったな」
「<生体感知>持ちが居たからな」
初めて耳にするスキルだ。
名前からして、大体の能力は分かるが……
俺はイーノスに対して視線を向けた。
「その名の通り、鼓動する存在を感じ取るスキルです。レベルが上がれば上がるほど、範囲が広がると言われています」
やはりな。
恐らくは、アンデッドモンスター系には効かないのだろう。
「なら、感知した場所をこの辺りの地図に反映した物を急ぎ用意してくれ」
「え? ま、まぁ、良いけど、ルイ君、一体何に使うのかな?」
「うちの隊長である騎士様が戦功第一を上げたいと言うのでね。その準備にちょっとな」
逃げ出す準備とは、口が裂けても言えない。
◇
ルイがタリス村を再び訪れた日の夕刻。
領都ウェリス、その中心に位置する官邸の一室に親しげに言葉を交わす者達がいた。
一人は領都の主、エドワード・ウェリスその人。
今一人は……
「シド、貴様の望みは確かに叶えた。これで間違いなく魔王の尖兵を退けられるのだな?」
「アーマン殿の予知では、じゃ」
二人が挟むテーブルには、空いた葡萄酒樽が幾つも並ぶ。
「あの者が言うなら確かであろう。しかし、あの黒目黒髪。確か王都では……」
「王都じゃと!?」
声を荒げるシドに対し、領主が落ち着けと身振りで示した。
「いや、こちらの事よ。シド達を巻き込んだりせぬ」
「すまん。王都と聞くとどうしてもな」
「分かっている。それよりもだ、念には念を入れ、高位の実力者を呼ぶ。村に遣わす故、遺漏無く持て成してくれ」
「ほう、誰を呼んだ?」
「気になるか?」
「当たり前じゃ!」
「なら、ちと耳を貸せ」
領主が一言呟くと、シドは眼を見張った。
「それは真か?」
「ああ。あの奴族が発見した子供、実はその者の縁者でな……」
領主がシドに酒を注ごうとするも、樽の中は既に空。
彼は背後に控えた騎士に命じ、新たな酒樽を用意させた。
結果、翌朝から二人は揃って二日酔いに悩まされる事になる。
だが、彼らは知らなかった。
いや、知る由もなかった。
ゴブリン、いや魔王の侵攻が彼らが考えるよりも遥かに早い事を。
痛む頭を抱えながら、
「夜明けと同時にタリス村がゴブリンの一軍によって攻囲! 陥落は時間の問題との事でございます!」
を聞く羽目になるのだ。