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#031 すまん

「なに?」


 ボウスキルの顔がこの日初めて不快げに歪んだ。

 領主は氷の様な瞳で見下ろしている。

 だが、敢えて言わせて貰おう。


「頂く理由がありません」


 知ってるぞ。

 貴族にとっての貸し借りは、非常に重いと言う事を。

 非人や平民の命など、それに比してどれほど軽いのかを。

 だからこそ、俺は断る。

 貴族の紐付きになって、寿命を縮めたくは無いからな。


 だと言うのに……


「いや、有る」


 ボウスキルがニヤリと笑った。


「騎士団の名誉を守った礼として、な」


「クッ……」


 ほぞを噛んだのは俺じゃない。

 近くにいるエルマだ。

 いや、何でお前が悔しがる。

 一体どうしたと言うのだ?


「騎士エルマ、堪えよ。この度の功績はどう考えても、ルイ・クラウチにある」


 答えたのはボウスキルであった。


「ですが、お父様!」


 お、お、お父様!?


「騎士エルマ、忘れたか? 騎士団に入った以上、公の場では親子では無い、と誓った事を!」


「も、申し訳ございませんでした!」


「次はないと思え!」


「はっ!」


「では、良いな? 戦杖を褒美として与える」


(つまり、拒否権なし?)


 シド爺に顔を向けると、小さく頷き返された。

 そうする間に、先ほど革袋を運んだ騎士が、今度は戦杖らしき代物を持って現れた。


(ぬぅ、杖って言うか……鉄製の歪な棒?)


 表面が何処かで見た隕石みたいにゴツゴツしている。

 長さは130センチぐらいだろうか。

 受け取り、その場で振ってみる。


(重いな)


 だが、振れる。

 鋭い風切り音が鳴った。


「おお!」


 誰かが感嘆を漏らした。


(良いな、これ)


「その顔、気に入った様で何よりだ」


「ええ、ありがたく頂戴します」


「うむ。ではこれにて散会と致す。ああ、ルイとそこな少女は<村民認定>を受けるのであったな」


「はい」


「シド元村長とここで待て。案内の者を使わす」


 ボウスキル副団長が舞台脇の扉から屋内に去った。

 その後を、「きっ!」と俺を睨み付けながらエルマが追う。

 領主様らしき姿はとうに消えていた。


「ルイ、良かったのう!」我が事の様に喜びながらシド爺が近付く。「領主様から武具を下賜されるなど、騎士ですら滅多に無い名誉だと言うぞ!」


「え? ボウスキル副団長からじゃ無いのか?」


「あれは、非人であるヌシが相手じゃから、ボウスキル団長が代わりに行ったまでじゃよ」


 つまり、身分差の所為で地方領主にお目もじ叶えるだけでも大変、って訳だ。

 そうこうしていると、俺達を案内する係の人が現れたので、然るべき場所まで引率を受ける。


「これが<村民認定>の魔道具?」


 どう見ても占い師が使う水晶玉だった。


「視界の邪魔にならぬ箇所を指先で触れるのじゃ。儂が振れると、<村民認定>が始まるでな」


 爺さんが水晶に振れると、明るく輝く不思議な文字が水晶の中に浮かび上がり、やがて目にも留まらぬ速さで切り替わっていく。


(フラッシュカード暗記かよ!)


 そして、


「うひぃっ!?」


 スパーク。

 指先が強く痺れる。


「きょ、拒絶された!?」


 と驚き叫んだのはこの魔道具を預かる責任者だった。


(きょ、拒絶だと!? 誰が拒絶した? 爺さんか? それとも俺か?)


 俺は側にいるキリクに視線を送る。

 意図を理解したのか、


「アタシが、ヤル!」


 妙な拳を握って宣言した。


「きゃっ!」


 と言う間に成功する<村民認定>。

 シド爺はと言うと、「こんな事初めてじゃ……」茫然自失と言った体に。

 なので、俺が責任者に聞くしかない。


「……珍しい事なのか?」


「え、ええ。より上位の所属が記されていない限り、起きない筈なのですが……」


 <村民認定>や<町民認定>の場合、その村や町で生まれ育った子供相手に行うので先ず起きない。

 が、移住した者や棄民、他国から逃げて来た〝やんごとない家の出身者〟の場合は稀に起きるのだとか。


「そうでは有りませんよね?」


 責任者が、俺の髪と瞳の色を交互に見てから訊ねた。


「ああ」


 と答えながら、俺の顔から血の気が引いていくのが分かる。

 何せ、これでは非人のままなのだ。

 酷い差別を受け続ける。

 取引して貰えない、集落に入れない、入れたとしても今度は宿にすら泊まれない、などなどの。


「なら、致し方ありませんね」


 彼はそう言った後、奥の部屋から何かを持ち出して来た。


「代わりにこれを」


 それは黒い指輪だった。

 どっかで見た事ある様な、無いような……


「何です、これは?」


「事情あって<領民認定>出来ない方用の魔道具です。これを嵌めれば所属に〝ウェリス〟と記されます」


 ウェリス? 何処かで見たな。

 その疑問にはシド爺が答えた。


「この辺り一帯の領地名がウェリスじゃ」


「え! つまり、村民を超えて領民に? それって良いのか?」


「勿論。ただし、お代を頂戴出来れば、ですが」


 また金か。

 世知辛い異世界だ事。


「……幾らだ?」


「金貨一枚で御座います」


 高っ!

 俺はシド爺を見た。


「すまん。そっちに関しては力になれん」


 タリス村は寒村だしな。

 俺は得たばかりの革袋から金貨一枚を取り出し、〝領民〟を買った。


「では、こちらが<生活>でございます」


 責任者が俺に手渡したのは青い皮表紙の本。

 スキルを習得する奥義書(グリモア)だ。


「と言うと?」


「領民や村民、町民に所属された方が得られるスキルで御座います」


 ご存じ無いのですか、と驚かれた。

 俺は、そうなのか? とシド爺に顔を向ける。

 彼は小さく頷いた。


「どんなスキルだ?」


「部屋に明かりを灯したり、指先に種火を出したり、少量の飲み水を入れてり、そよ風を送ったり、付いたばかりの汚れを落としたり、逆に落ちている軽い物を拾ったり出来るのじゃ」


「スキルって言うより、魔法だな」


「魔法ほど自在に扱えません。一度に行える量は決まっておりますから」


 俺とキリクは<生活>スキルを得た。

 今度は拒絶される事無く。

 煙属性魔法の時と比べ物にならない程軽い、それでもやはり虫唾が走る体感を経て。




 用事が済んだ事で官邸を後にした俺達。

 一路、サムの店に向かう事となった。

 シド爺が、俺達に渡す物が有ると言うので。


「渡す物って何?」


「ヌシが迷宮に入ると聞いてな、儂に必要無くなった物を呉れて遣ろうと考えたのじゃ。ま、元はヌシが倒した獲物じゃがな」


 「店に着くまで内緒じゃ」と言う爺さんから上手く聞き出した俺。


「レッド・ヘルム製の防具一式、それも二人分だと!?」


「そうじゃ、アレの革と鱗はそれなりに使えるでな」


「シドジイ、大スキ!」


 キリクが抱き付く。

 刹那、老人の目が孫を見るような目つきに変わった。


(名うての爺たらしか!?)


 そんな事よりもだ。

 現実世界において、革にまで鞣すのは数ヶ月物時間が掛かると耳にした事がある。

 村を出たのは二日前。

 時間的におかしいだろ。


「皮が革として使えるまで、結構な時間が要るんじゃないのか?」


 なので俺は問うてみた。

 帰ってきた答えは……


「んな訳あるか。革防具職人の<革防具生成>で一瞬じゃよ」


 流石、ファンタジー。

 それにしても……


「さっきから官邸へ向かう人、官邸から出て来る人が引っ切り無しだな」


「何かあったのかも知れんぞ」


「例えば?」


「魔王の尖兵が現れたと知り、領境いを争っておる他領主が戦の準備を始めた、とかじゃ」


「酷いな」


「相手の弱みを突くのは戦の常道じゃよ」


「魔王って人類の敵じゃ無かったのかよ?」


 そうこうする間に入り組んだ道が開け、広場に出た。

 人が集まっている。

 老いも若きも。

 男も女も。

 皆、一つの高札を見つめていた。

 それには、


——非常事態宣言

 次なる理由にて、領内成人男性を召集する。

 一、タリス村近郊にて、ゴブリンの集団繁殖地(コロニー)が複数発見される

 一、ゴブリンの総数は一万を超える

 一、ゴブリンはタリス村への侵攻を意図している

 以上、ウェリス領に所属する者は速やかに武装を整え、明朝の日の出と共に中央広場に集合する事を領主の名においてここに命ずる

 ウェリス領領主、エドワード・ウェリス ——


 一万って。

 もう、戦争じゃねーか。


「爺さん……」


 俺は目を見開いたまま動かなくなり、今にも倒れそうな爺さんをそっと支えた。


「だ、大丈夫じゃ。アーマンがこうなる事は予知しておった。ただ、思うたより早かったがな」


「そうなのか」


「じゃが……」爺さんが悲しげな瞳を俺に向ける。「すまん。いや、ヌシには本当に悪い事をした」


「え、嘘。もしかして俺も?」


 俺の問いに、シド爺は顔をくしゃりと歪めた。


「非人なら関係なかった。が、領民になった以上は……」


 つい先程成ったばかりなのだが。


「見なかった事にして逃げたら?」


「逃亡した場合は捕まり次第、迷宮で魔石を採取する奴隷に落とされるじゃろう」


「戦争に出て死ぬよりは、その方が良く無いか?」


「死ぬまで迷宮と雑居房の往復だ。ヌシには何一つ自由は与えられぬのじゃぞ? ちなみにじゃが、平均生存期間は三年じゃ」


 つまり……あの領主、如何考えてもこうなると分かって俺を領民にしたよな?

 胸の奥で、怒りの炎が燃え上がった。

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