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#030 改竄スキル

「聖羅ー、どうした?」


「面手拭い忘れちゃった……」


「えっ、不味いよそれ。黒岩先生、めっちゃ怒るよ!」


「だから困ってるの……」


 小学四年生になったばかりの大会で、彼女は今にも泣きそうな目を俺に向けた。


「試合、聖羅の方が先だったよな?」


「うん……」


「なら、これ使え」


 直ぐに返してくれたら間に合う筈だ。


「でも、汗ついちゃうかも……」


「構わないよ」


「え?」


「聖羅のだったら、構わないって言ったんだよ!」


 俺は面手拭いを押し付け、その場を後にした。

 そして、俺の試合が始まる頃になっても、彼女は現れなかった。


「倉内! 大切な試合だと言うのに、面手拭い忘れる奴があるか!」


「すいません、先生!」


「指導! 切り返し百回!!」


「はい!」


 俺はへとへとになって帰った。

 その帰り道、俺は聖に謝られた。

 そして、自身の迂闊さに呆れた。

 彼女は試合に勝ち上がり、返すタイミングを失っていたと知って。


 それ以来俺は、面手拭いを二枚用意する様になったのだ。




  ◇




 冷たい石畳の床に、数メートルの高さにまで石積みされた壁と、それに連なる天井。

 背より高い位置に格子窓が開いている。

 そこから、微かな陽射しが差し込んでいた。

 少し前から、小鳥の囀りがやかましくも届いる。

 俺は何処とも知れない牢屋で一夜を過ごしていた。


(キリク、如何してるかな……)


 手枷を嵌められたまま、力無く横たわって。


(それにしても、何だってこんな事に)


 何度も繰り返した疑問。

 だが、本当のところ原因は分かっていた。


(俺が所属なしの非人だからだ)


 それしかなかった。


(一体全体、どうしたら良いって言うんだ!)


 刹那、


——グゥゥゥゥ……


 また腹の音が響いた。

 もう少しで、丸一日水も食事も摂っていない事になる。

 異世界生活五日目にして、もう既に挫けそうだ。


 暫くすると、遠くの何処かで扉の開く音がした。

 続いて、響く足音が徐々に近く。

 やがて、その足音が俺の入った牢の前で止まった。


「ルイ!」


 見るとそこに居たのはキリク……だけでなく、シド爺までもが居た。

 キリクは藤で編んだ様な籠を手にしている。


「二人とも、何でここに?」


 と訊ねるも、自然と漂う美味そうな匂いに注意が奪われた。


(アレだ、あの籠からだ!)


 また、腹が鳴った。


「此れはシドさんが用意してくれた物だけど、食べて」


 俺がシド爺に目を向けると、


「看守の許可は貰っておるわい」


「有り難い」


 俺は籠の中身を受け取り、貪り食った。

 腹がくちくなった所で、


「シドさん、ご馳走の差し入れ感謝する」


 名前を呼ばれた爺さんは身震いした。


「シド爺で良い。ヌシにさん付けで呼ばれると気持ち悪い」


「では、改めて。キリクはともかく、シド爺はどうしてここに?」


「コリンがヌシに<村民設定>する暇が無かったと、泣いておってな。騎士様達の対応もあって村を離れる訳にもならんし、儂が代わって行う事にしたのじゃ」


「え? 爺さんも<村民認定>出来るのか?」


「スキルを有するのじゃ、当然出来るわい。ただし、村長が出来ぬ場合に限るがな」


 いや、村長で無くなったら使えないのかと。

 そもそも、スキルって消せないとか?

 ま、そんな事よりもだ。


「わざわざ来て貰ったのに、その俺がこんな有様じゃ……悪かったな、爺さん」


「その件じゃが、何とかなると思うぞ?」


 本当?

 刹那、再び扉の開く音と喧しい足音が鳴り響く。

 誰か数名が牢屋を訪れたのだ。

 やがてその者達は、俺の前に現れた。

 極僅かな花の香りと共に。


(女……)


 それも、荷役ギルドで見知った顔。


(確か、エルマ、とか言ってか)


 今日は従士らしき男を連れている。


「出ろ!」


 俺は枷を付けたまま、牢屋から連れ出された。


 向かった先は、


「そこに座れ!」


 裁きを下すお白州、ならぬ石畳の上だった。

 舞台の様な場所に、大岡越前の如く仁王立ちボウスキルがいる。

 その斜め上の、バルコニーには壮年の男が一人。

 シルクの様な風合いを感じさせるナイトガウン、と言う出で立ちで興味深そうに俺を見下ろしていた。

 おそらく彼は、


(もしかして領主様?)


 であろう。

 俺はこの地の最高権力者を前にしているのだ。


「お、お初に御目に掛け……」


「勝手に喋るな! 騎士団副団長の御前だ!」


 挨拶も駄目か!

 それにしても、エルマには叱られてばかりだ。

 代わりにボウスキルが優しい声音で、


「嫌疑は晴れているのだ。手枷を解いてやれ」


 エルマは渋々応じた。

 俺は解放された手首をぐりぐり回しながら、


「お騒がせ致しました」


 と形ばかりの謝罪をする。


(何一つ、悪い事はしていな……一つぐらいはしたかな)


 分かっているのか、ボウスキルがニヤリと笑った。


「次はもっと目立たなくやれ」


 直後、一人の騎士がお盆の上に皮袋を二つ乗せて現れた。

 一つは見覚えがある。


「一つは貴様が誘拐犯供から口止め料として貰った代物だ。今一つは貴様が巻き上げた、いや、奴らが自発的に支払った迷惑料が入っている」


 なるほど。

 俺は再度、「お手数をお掛けした様で、申し訳御座いませんでした」と心から謝罪した。


「気に致すな。それよりも、この場に限り直答を許す」


 騎士は貴族、翻って俺は人で無し。

 なので、許可が入ります、ってか。


「有難き幸せ。では、あの誘拐犯達と少年はどうなりましたか?」


「ほう、気になるのか?」


「ええ、まぁ……」


 そりゃねぇ。

 ステータスの件と言い、気にならない筈もなし。

 だが、返ってきた答えは、


「あの少年はとある高名な方の縁者でな。その御方を脅す為に(かどわ)かされたらしい。だが、それに便乗、いや、横取りし、物好きに売られる所だったのだ。今は……領主様が丁重におもてなししている、と思え」


 え、思え?

 ちらりとバルコニーに居られる領主様を視界に入れる。


「色々あるのだよ」


 とでも言いたげな、身振りを返された。

 ……色々、ねぇ。

 少なくとも、これ以上は深入りしない方が良さそうだ。


「それと、罪人の処理は既に済んでいる。二度と会う事は無い、とだけ言っておこう」


「さ、左様で御座いますか」


 処刑済みって事ですよね? 分かります。

 俺は得心しつつ、今一つの疑問を口にした。


「時に、私を襲った者達のステータスが皆同一でしたが」


「ああ、スキル<改竄>だな」


「<改竄>?」


「そうだ。まさか全員が一時に捕まるとは考えもしなかったのだろう。例えステータスを確認されたとしても、余程の鑑定士でないと<看破>は出来ぬからな」


 <看破>が有れば、<改竄>を見破る事が可能らしい。

 ただそれだと……


「<看破>がないと、<改竄>の有無が分からないものなのでしょうか?」


「いや、勘が鋭い性質なら分かる。見ると、不快な感じがするのだ。更に良く良く見ると、文字の一部が欠けていたりとかな。だが、何がどう変えられたのかは分からぬ。看破ならそれが立ち所に判明するのだ」


 凄いなそれ。

 是非とも習得したいスキルだ。

 俺の顔に考えが浮かんでいたのか、


「ここ領都の迷宮においても、宝箱からスキルや魔法の本が極めて稀に出る」


 とボウスキルが言った。

 ほ、本当かよ!?

 あと、宝箱から!?


「もしかして、魔物を倒すと出てくる宝箱で御座いますか?」


「寧ろ、他に何がある?」


「そうでした!」


 俺は誤魔化した。

 この世界の常識に疎い事を。


「恐れながら、領都の迷宮にはどの様な魔物が出るのでしょうか?」


「浅い層はレッサースケルトンが主だ」


「レッサースケルトン?」


「……ああ、スケルトンの中でも低位の魔物だ。動きは鈍く、駆け出しの冒険者や探索者にとっては良いカモだろう」


 カモ相手に魔石が稼げるなら、挑む価値はあるか。


「潜るのか?」


「今一度考えてみますが、恐らくは」


 荷役を長々と続けるよりは稼げそうだからな。


「スケルトンに剣や槍の類は効かぬぞ」


 そうなの? それは困った。

 俺の武器は手斧に短槍、長剣しかない。

 なら、町で買うか?

 でも、高そうだよなぁ。

 魔法やスキルを習得するのに金は幾らあっても足りないと言うのに。


「……武器を新調するか、考えあぐねているな?」


 なぜ暴露た!?


「顔に分かり易く出ていたぞ?」


 おかしいな。

 聖羅曰く、俺はクールと言うよりも無表情らしいのに。


「武門の門弟かと思われたが……まだまだ子供か」


 いえ、十六歳は未成年、子供です。

 この世界では成人らしいがな。


「そんな貴様に、戦杖(バトルワンド)を進呈しようと思う。スケルトン相手に効果覿面で且つ、槍の代わりに突く事が出来、剣の代わりに振ることも出来得る」


 この突飛な申し出に、俺の勘が警鐘を鳴らした。


「大変有り難い申し出なのですが……頂けません」

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