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#028 礼

 キリクと二人きりになった。

 なってしまった。

 お互い右も左も分からないのに……などと泣き言を言ってられない。

 誰も助けてはくれないのだから。


(その前に髪色を変えられたのは、本当に良かった。これで一見しただけで非人扱いされなくなった筈)


 そんな俺達には、決定的に足りないものが有る。

 それは金だ。

 腹を満たすにも、宿に泊まり安眠するにも、人並みの生活を送るのにも要ると言うのに、革袋に収まる程度しか所持していないからな。


(所属? 後だ、後)


 なので、先ずは日銭を稼ごう。

 それも領都内でだ。

 所属の無い身では、出入りの度に入都税が掛かるからな。

 時には数倍もの額を要求されて。


 だと言うのに、何故非人は再び領都外に有る貧民窟に戻るのか。

 それは、非人の宿泊を許す宿屋が無いからだ。

 結果、彼らは野宿をして夜を明かす事に。

 ただしそれは、警邏に見つからなければの話。

 見つかったが最後、痛めつけられ、貧民窟に捨てられるのだ。

 酷い時には身包み剥がされて。


(そう考えると、サムの好意が身にしみるな。馬小屋は臭いがな)


 今、俺の頭の中には日銭を稼ぐ選択肢が二つあった。

 一つは荷役ギルドでの日雇いだ。

 港で荷運びなどを手伝うな。

 半年勤め上げれば、ジョブを獲得出来る。


 今一つは迷宮だ。

 魔物を倒した後に出る魔石を採取する。

 それを換金し、金が貯まり次第、ジョブ、スキル、魔法を得ていくプランだ。


(ただ、命の危険がなぁ)


 やはり、安全が最優先だ。

 最初は荷役に励みながら領都や迷宮の情報収集を行い、将来に備えよう。

 キリクに荷役は無理だが、雑用ならこなせるだろうしな。


「そんな感じで良いか?」


「ルイと一緒にいられるなら、あたし何だってする!」


「キリク、それ駄目男に捕まるパターンだからな?」


「うん?」


 そうと決まれば、早速荷役ギルドに向かうか。

 俺は道すがらイーノスらに聞いていた、荷役ギルドの場所へと足を運んだ。


 荷役ギルドは港湾と倉庫街の片隅、今にも崩れ落ちそうな掘っ建て小屋の中にあった。

 淀んだ空気が外からも窺える。

 俺は恐る恐る足を踏み入れた。

 すると、


「チッ、ガキかよ……」


 ギルド嬢ならぬ、ギルド・ジョー(名も知らぬ男)から早速雑言を頂戴する。

 それも、入って直ぐのカウンターに座る、顔を髭に覆われた筋肉質な男からだ。

 暑いのか、それとも身体を見せたいのか、これでもかと露出している。


(お前は古代ローマの奴隷剣闘士か。ほら見ろ、キリクが怯えて震え始めたじゃないか……)


「ぷっ、サムに似てる。ウケル……」


(違った。笑いを堪えてるだけだ)


 直後、


「仕事だ、ちゃんとやれ」


 それを諌めたのが奥にいる髭男。

 レッド・ヘルムと呼ばれた熊を彷彿とさせる赤毛の巨躯だった。

 キリクの震えが、更に激しくなる。


「へいへい」


 手前の筋肉が愛想笑いを俺に向けた。


「手早くジョブが欲しいなら金貨三枚だが、どうせお前達は百八十日間の奉公を選ぶんだろう?」


「その前に確認したい。スキルだけ買う事は可能か?」


「スキルだけ買うだと? んな事、出来る訳が……」


 筋肉が否定しようとすると、奥の赤髭筋肉が、


「可能だ。が、ジョブを得るのと然程変わらんぞ」


 有るんだ!

 聞いてみるもんだな。


「幾らだ?」


「<疲労耐性>、<筋肉増強>共に金貨一枚だ」


 セットであるジョブよりは当然安いな。

 つまり、ジョブ(資格)の免状が金貨一枚って事か。


「買うのか?」


「いや、聞いてみただけだ。奉公でお願いする」


「金髪のお嬢ちゃんもか?」


「アタシ、ナンデモヤル!」


 と言って、キリクが親指を人差し指と中指の間に入れた握り拳を髭男に突き出す。


(おい、その卑猥な拳は止めろ! ……あ、大丈夫か。ここは異世界だもんな)


 だと言うのに、何故か髭は顔を赤く染め上げた。


「う……し、仕方がねぇなぁもう……」


(何が?)


「日当は銅判一枚、それ以上は出せない。二人とも、それで良いな?」


「ヤッタ!」


 粗末な食費二回分に消え、手元には一切残らない金額。

 それが銅判一枚の価値であった。

 代わり、半年でジョブが得られる。

 ジョブが得られた者は日当銀貨一枚となるらしい。


(……奉公、安過ぎ無いか? 迷宮に入り、一日当たり最低二個の魔石を持ち帰れば、半年も経ずに金貨一枚貯まる。なんせ、価値が一しかない魔石でも、銅判一枚と換金して貰えるらしいからな)


 とは言え、何事も経験してみなくては。

 俺は、


「構わない。嫌になったら途中で辞めても良いんだろう?」


 と答えた。


「構わねぇよ。ああ、寝泊まりはここの空いてる部屋を使え。と言っても、雑魚寝になるがな。ま、屋根と壁が有るだけましだろ?」


 成る程、泊まれるのか。

 非人の俺にはありがたいな。


(ただ、キリクがなぁ……)


「嬢ちゃんには特別に個室を用意してやろう」


(何故なのか? と言うか、鍵とか大丈夫?)


 すると、奥の髭筋肉が今は暇だからと、


「部屋を見せてやれ」


「ちっ、しゃーねーなー。最初は雑魚寝部屋な」


 への案内を受ける。


「二十人部屋だ」


 扉すらない中部屋。

 人数を考えると、一人一畳分すらのスペースが無かった。

 しかも、酷く汗臭い。

 いや、胃液の様な酸っぱい香りも混じっていた。


(まるで、家畜小屋だな)


 キリクの顔を見ると、「有り得ない」と言わんばかりに首を横に振っている。


「嬢ちゃんはそこで待ってな」


 中へと足を運ぶと更に匂いが強くなり、鼻がひん曲がりそうになった。

 せめて奥の窓が開いており、淀んだ空気が流れていればマシだったかも。

 後、奥に行く程床に浮き出た、妙に赤黒いシミが凄く気になった。


「嫌なら、別に泊まらなくても良いんだゼェ」


 敢えて答えはしなかったが、そうさせて貰おう。


(キリクも首を縦に振ってるしな)


 きっとサムは、この事を見越してああ言ったのだ。


 カウンターの有る部屋に戻る。

 すると何故かそこに、全身鎧を身に纏った男女が居た。

 ボウスキルと同じ意匠の鎧、つまり領都の騎士だ。

 ただ、女の方は騎士にしては背が低い。


「ギルド長、何か問題でも?」


 俺を引率した髭筋肉が問い掛ける。

 赤髭筋肉から、


「迷い人を探しておられる」


 と返ってきた。


「こんな所にですかい?」


「こんな所だからこそだ!」


 女騎士が眦を釣り上げて言った。

 そんな彼女を連れの騎士が、


「エルマ様、落ち着いて下さい」


 必死に宥めようとする。


「落ち着いてなど居られるか!」


「騎士様がご心配なさるのはご尤も。お二方とその従士様でしたら、荷役達の邪魔にならないでしょうし。全ての荷置き場内を捜索して頂いて構いません」


 と赤髭筋肉が一息に言った。


「おお、有り難い!」


「ただし!」


「ただし、だと?」


「封印された荷を開けるのだけは勘弁願います。手前どもの信用に関わりますので」


「勿論だとも! では、早速取り掛からせて貰うぞ!」


 女騎士はそう宣言したかと思うと、建物を飛び出して行く。

 その直後、


「お前達、名は?」


 赤髭筋肉のギルド長が何事も無かったかの様に問うた。


「俺はルイ。こいつはキリクだ」


「ルイは第十五荷置き場に行け。そこの荷置き場長の指示に従って作業しろ。キリクは汚部屋の掃除だ」


 あ、汚れてるって認識はあったんだ。


「日が落ちたら、二人とも上がって良い」




 荷運びの邪魔になる言われ、余計な衣服と荷物を預けた俺。


(くそっ、まさか預かり料を取られるとはな)


 指示された荷置き場に向かう。

 そこには、ごま塩の様なヒゲを生やした男が旗を振りながら指図する姿があった。


(また髭。そして無駄に大きい筋肉)


 ごま塩髭が突然、振り返った。


「お前、新人か?」


「ああ、そうだ」


「俺は第十五荷置き場長のダンだ。お前は俺の指示に従い、荷を運べ」


「分かった」


「とその前に、軽く説明だ。運び先毎に置く場所が決まっている。先ずはそれを覚えろ」


 領都の港に荷揚げされた物は、近隣の街や村に送られる。

 それらを一旦、一箇所に集めるらしい。


「次に、特殊な荷の置き場に関してだ。黄色い布が挟まれた荷の事だが、それは一番奥に有る屋根の下となる」


 何でも、この辺りで生きたまま捕らえた、実に珍しい動物が入っているとか。


「弱らされているとは言え、魔獣も入っている」


(魔獣? 船に積んで運ぶ事からして、恐らくは愛玩用か。ちょっとばかし気になるな)


 俺が目の色を変えたのを察知したのか、


「おいそれと近づくんじゃねぇぞ!」


 釘を刺されてしまった。




 その日の夕暮れ時、


(キリク、大丈夫かな。あんな汚い部屋の掃除を……ん、天気雨か?)


 ポツポツと降り始めたと思っていたら、突然バケツをひっくり返したかの様に雨が降り注いだ。


「やべ! おい、新人! さっき届いたばかりの荷を一番奥にまで運んでおけ!」


「了解した、ダン!」


 それは魔獣が入っていると言われた荷だった。

 生き物は水に濡れる事を酷く嫌う。

 時には狂乱状態にまで陥る程に。

 俺はダンに命じられるまま、それらの荷を奥へと運んだ。


 そうこうする間に日が完全に暮れ、仕事納めの時間が訪れる。

 相変わらず降り頻る雨の中、この日最後になるであろう荷を運んでいた際にそれは起きた。


——う、うぅぅ……だ、れか。た、すけ、て……


 明らかに人の声が聞こえて来たのだ。


(……何処からだ?)


 場所は動植物用の荷が所狭しと積まれた集積所。

 迷い込んだ子供が間違って入る事もなければ、自ら来る場所でもない。


(となると……まぁ、犯罪絡みだよな?)


 誘拐とか、人身売買とか?

 存在するかは知らないが、エルフや獣人などに代表される亜人の密輸とか?


(そう言えば、騎士が迷い人を探してた覚えが。もしかしなくとも、貴族の関係者か?)


 ただ、何故こんな場所に隠した?

 普通なら自身の懐深くに置き、第三者への発覚を防ぐだろうに。


(まぁ、理由はそれぞれだよな)


 そんな事よりもだ、被害者の発見が先だ。

 俺は耳を凝らし、人の気配を探った。

 そして、


「こいつの中だな」


 一つの荷に当たりを付ける。

 中の音を拾う為、耳を押し当てた。

 すると、


「あ、あぁ……たーさん……あーさん……たす、けて……」


 呂律の怪しい声が確かに聞こえた。

 となると、やる事は一つ。

 俺はその荷を開け、中を検めた。

 そこには、


「少女? いや、可愛らしい顔をしているが少年だな。しかし、なんて酷い有様だ」


 自身の汚物に塗れた男の子が詰められていたのだ。

 しかも、何らかの薬物の影響下にあるのか、目の焦点が定まっていない。

 口からは涎だか吐瀉物だか白い物が垂れ、衣服を汚していた。


(糞尿塗れだ。ここから出す時、汚れそうだな。一日荷運びした後のびしょ濡れだから今更か。しかし……こいつ大丈夫か? 助け出したとして、正気に戻りそうも無いけど……。ま、それは俺が心配する事じゃ無いか)


 俺は意を決し、箱から少年を引き上げようとした。

 正にその時、


「坊主、俺の荷を勝手に開けてどうする気だい?」


 俺の背後からドスの利いた声が届く。

 肩越しに振り返ってみてみると、いつの間にか数名の、見るからにヤクザな男達に囲まれていた。

 話し掛けて来たのはその中でも一番近くにいる、特に身なりの良さそうな、唇のひん曲がった男だった。

 その者以外は、腰に吊り下げた短剣に手を伸ばしている。


(やばい、やばい! こいつら絶対にやばい! こ、こんな時は……)


 素数を数えても仕方がない。

 とは言え、余りに突然過ぎて打開策も浮かばない。

 なので、


「……ちょっと空気が悪くて息苦しそうだったので、入れ替えてあげようかと!」


 無垢な少年を演じてみた。


「その歳で……テメェ、白痴か?」


 すっかり忘れていたが、この世界では十五際にもなれば成人であった。


「……」


「今度はだんまりか? まぁ、良い。お陰で商品が売り物にならなくなる所だったぜ」


「いえいえ。荷役ギルドに奉公に入ったばかりの手前としては、当然の事をしたまでです」


「そ、そうか?」


 ゴロツキは胡散臭げに首を傾げる。

 だが、直ぐにどうでもよくなったのだろう、


「だが、こっちとしては坊主には〝礼〟をしなきゃすまねぇ。なぁ、こっちに来て、これを受け取ってくれねぇか?」


 と言いながら、口の曲がった男が小綺麗な巾着袋を懐から取り出した。


「……それは?」


「言ったじゃねぇか、礼だよ、礼。金貨五枚だ」


 それはつまり、この少年の価値はそれ以上、と言うわけだ。


「……こ、こんな大金! 本当に宜しいのですか!?」


 俺は目を潤ませた。

 大金が嬉しかったからじゃない。

 寧ろその逆だった。


「その代わり、このまま黙って荷置き場から出てってくれねぇか?」


 ああ、本当にこのまま生きて出られるなら是非も無し。


「そうそう、外まではコイツらが案内すらぁな。間違った出入り口を使われたらコトだからよ」


 やっぱり?

 俺はヤクザ者数名に囲まれながら、荷置き場を後にした。

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