#027 別れ
「まだ時間が掛かるみたいだな。また来るわ」
店の主が店に戻る。
その背を見送りながら、
「髪の件はもう良い。今更如何しようも無いしな」
俺は無理矢理納得した。
(そんな事よりもだ)
「そもそも、何の話をしてた?」
「ルイ、クサイ」
「違う!」
「スキルと魔法の習得には大金が必要、でしたね」
ああ、そうだ。
その話をしてたんだ。
「で、実際幾ら必要になるんだ?」
「知る限りですが、少なくとも金貨数枚は必要になる筈です」
「そんなに!?」
俺は目を丸くした。
「ちなみにだが、騎士が使ってた〝サルトス〟ってのは?」
「それは転移士のスキルとして有名ですね。確か、金貨百枚だったかと」
「百枚!?」
と驚いてみたものの、よくよく考えてみればこの世界と言うか、国における貨幣価値がよく分からない。
シド爺から一番多く頂戴した通貨、銅片だと何枚分になるのだろうか?
俺が問うと、返ってきた答えは、
「銅片百二十二万八千八百枚だ」
「!?」
誰だ!? また髭が! と思ったら店に戻った筈の店主だった。
てか、桁数が凄い。
(七桁って……)
爺さんから頂戴しといて何だが、銅片の価値が低過ぎて辛い。
お陰で、尚更分からなくなった。
「ありがとう店主。だがそれは、小銀貨だと何枚になるんだ?」
すると、目も合わせず完全に無視された。
なんでだよ。
「それは小銀貨何枚分なのですか?」
と代わりに尋ねたのはレイナ。
ちなみにだが、イーノス曰く小銀貨一枚あると宿屋で一泊出来るらしい。
「二千四百枚だ」
「つまり、二千四百泊分か。一年が三百六十日だから六年と八カ月は泊まれる……って言うかおい、店主、計算早いな!」
中世ヨーロッパ程度の文化レベルとは思えない早さだ!
店主は褒められて嬉しいのか、顔を赤く染めた。
「ジョブ〝商人〟を得ると暗算などのスキルが付いてくるのです」
代わりにレイナが答える。
(そんなスキルも在るのか! と言うか、何で頬を染めた店主)
ま、そんな事よりもだ。
「つまり、商人は他にも有用なスキルを得られるのか?」
また無視された。
「ナド?」
と端的に聞いたのはキリクだ。
「他に得られるのは、鑑定に大声だ」
何だ、ただの男嫌いか。
と、それよりも何で大声?
鑑定は分かる。
売り買いする商品の真贋を見極めるのに必要だからだろう。
ああ、……露店の客寄せで使うから?
「ちなみにですが、商家に奉公する子供達は、年季明けに商人のジョブを得られる約束で来ています」
「それだと、奉公先の商家が約束破ったりしないか?」
「お前、よく分かってるな」
おや、今度は俺の質問に素直に答えたな。
実は、ただの人見知り?
「最近、そういう目にあったからな」
イーノスの顔が申し訳なさそうになった。
「安心しろ。ギルドが仲介するから大丈夫だ」
そうなのか。
なら……
「他にもギルドが仲介する、奉公明けにスキルか魔法を得られるジョブってあるんじゃないか?」
「あるな。農夫、荷役だ。農夫は三年の奉公で作物成長とジョブ、荷役は半年で疲労耐性、筋力増強とジョブが得られる」
農夫は兎も角、荷役で半年は長くないか?
荷物を運ぶだけだと言うのに。
その疑問を口にすると、
「ジョブが刻まれるからね。要するにギルドが認めるには、十分な下積み経験が必要と考えている訳です」
イーノスが答えた。
「それは建前だろ?」
「勿論そうでしょう。本当は金貨数枚が必要なのですから」
成る程ね。
「俺としては、スキルか魔法だけで良いのだがな」
「なら、本屋に足繁く通うしかないな。ただ、偽物もある。買うなら信用出来る店で買え」
おや?
「心配してくれるのか、店主」
「んな訳あるか。あと、俺の名はサムだ」
「ありがとうな、サム」
店主がプイッと顔を逸らした。
(何故なのか?)
俺の疑問を余所に、イーノスが話を元に戻す。
「荷役なら日銭が稼げます。ルイ君には丁度良いのではないですか?」
「魔物を討伐するよりは安全そうだしな。ただ、キリクに務まるかどうか……」
「そもそも、この辺りに魔物はいねーぞ」
と言ったのはサムだった。
「何!?」
「出るとすぐに騎士団が片付けるからな」
「そうなんだ……」
俺は俯いた。
(クソ騎士共め!)
「そう、ガッカリするな。魔物を倒せるなら、迷宮に入って魔石を得れば良いだけだしよ」
「迷宮!?」
ファンタジーの代名詞、遂に出てきたか!
「魔石は金になる。入都税も魔石一個で釣りが返ってくる。それに、力のある非人は大抵そうだぜ」
「何処にある!?」
「領都の北東部地区、貧民窟寄りにある。そこの探索者ギルド内だ。ただし、要ギルドへの加入、だな」
「どうせ、大金が必要なんだろ?」
「非人が潜るのに、んな訳あるか。ステータスを登録し、迷宮で得られた魔石を横流しした違反者や犯罪者を二度と入れないように管理しているだけだ」
「あれ? それだと探索者ってジョブは無いんだな」
「ありますよ。金貨十枚。<地図>と<荷箱>のスキル、それにジョブに探索者が漏れなく刻まれます」
高い。
魅力的なスキル名だが高過ぎる。
地図はおそらくオートマッピング、荷箱はアイテムボックスだろうしな。
ただ、今の俺にとって最優先なのは……
「所属を得られるジョブはないのか?」
「村民、町民、貴様には関係無いだろうが村長、領主、貴族がある」
「いずれも、それぞれの上位者から認められる必要がありますね」
村民なら村長、町民なら町長、村長や町長なら領主と言う具合に認定スキルを有するらしい。
そんな事実を知る度に、女村長が許せなくなる。
「……女村長が近いうちに領都を訪れる可能性は有るか?」
別に御礼参りする訳じゃない。
御挨拶申し上げるだけだ。
「騎士様への対応がありますのでそれは無いかと」
俺は俯いた。
「クソ騎士共め!」
そうなんだ……って、声に出すの逆だった。
「おい、ウチの庭で滅多な事言ってんじゃねぇよ……」
「貴族様の陰口は縛り首になりますからね」
「ルイさん、本当に、本当にくれぐれも気を付けて下さい!」
レイナが祈る仕草で訴える。
俺は「分かった」と応じた。
「おっ!」
と突然口にした店主が、左手にある日時計を検める。
「そろそろ市場に行く時間だ!」
「もう、そんな時間ですか!?」
「サムさん、本当に助かりました。特にキリクちゃんがどうなっていたか……」
サムの顔が耳まで真っ赤に。
如何やら彼は、人に褒められる事に慣れてないらしい。
「なぁに、同じ村出身同士、良いって事よ。近く迄来たら、また寄ってくれ。特にレイナちゃんとキリクちゃんはな」
「ありがとう、サム。必ず寄ろう」
「アリガト!」
サムの顔がトマトより赤くなった。
「ああ、もう時間がねぇ! とっとと裏口から出てけ! おっと、これは独り言だけどよ! 裏口は鍵も掛からねぇし、馬小屋に二人ぐらい住み着いてもワカンねぇけどな!」
彼はそう言い放ったかと思うと、顔を両の手の平で隠し、店へと駆け戻る。
俺はそんな彼の背に頭を下げ、裏口から立ち去った。
「で、イーノスとレイナはこれから如何するんだ?」
「私達はお母さんと合流した後、村に戻ります」
レイナの母親は先に馬車を走らせ、領都を出る行列に並んでいるらしい。
村に運ぶ荷を載せて。
「護衛とか大丈夫か?」
「ルイさん、心配ありがとうございます。でも、イーノスさんが一緒なので大丈夫です」
得意顏を浮かべ、煙を吐き出す若シャーマン。
俺はそんな彼に、
「煙ばっかり吸ってると、肺の病魔に侵されて早死にするぞ?」
手向けの言葉を送った。
「それを煙魔法の使い手である君が言うのかい?」
煩い! 望んであんな臭くて煙いだけの魔法を習得した訳じゃ無い!
などと言い合いつつ、そのまま領都の門へと至る。
別れ際、
「シドさんも言ってましたが、ルイ君は村の恩人です」
再度感謝の言葉を頂戴する。
「今は素直に受け取れない。村人になれなかったしな」
なのに、憎まれ口を叩いてしまう。
俺って、捻くれてるのな。
「ルイさん、キリクちゃん。何時必ず、村に帰って来てね」
帰って来て……か。
そう言ってくれるのは、この世界では此奴等だけだ。
「イツカネ」
キリクの冷めた返しに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。
「ああ、そうだ。イーノスに一つ伝言を頼みたい」
「何ででしょう?」
「シド爺に、あんたがくれた金で命拾いした。ありがとうって伝えといてくれ」
「ええ、確かに承りましたよ」
やがて、四人は二人ずつに別れる。
キリクの手が、俺の手をぎゅっと握った。