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#025 そんな、あ、あんまりだ……

 体が前に突き出される。

 これでもかと、障壁を押し割らんばかりに。

 だが、幸いにして不可視の壁が消える事は無かった。


「おお、顔が削られ何だ! さては、真であったか!」


 この(おぞ)ましい宝具は、嘘発見器だったらしい。

 それも対象者の命を掛けた。


(……幾ら何でも酷くないか?)


 だが、この後の対応も輪を掛けて酷かった。

 俺の体を押さえ付けていた従者が、最早用無しとばかりに俺を放り投げたからだ。

 体が放物線を描きながら落ちる、それも頭から。

 石造りの床に強かに打ち付けられた。

 朦朧とする意識の中、話し声が耳に届く。


「コリン村長!」


「はい!」


「騎士団の精鋭による調査団を派遣する!」


「ありがとうございます!」


「だがその前に、如何程受け入れが可能か調べる者を送らねばならぬ! コリン村長はその者と共に村へ直ぐ戻れ!」


「はい!」


 人が駆け出す音が響いた。

 いつの間にか手足を縛っていた縄と猿轡が解かれている。


(だ、駄目だ。まだ力が入らない……)


 そんな俺は引き摺られて、未だ目が覚めぬキリクは抱き抱えられながら、ボウスキルの従者によって地上に出た。

 官邸の外には、三名の騎士が待機していた。

 各々の従者を引き連れて。


「ボウスキル様!」


 騎士達の顔付きは非常に良く似ている。


「おお、主ら三兄弟が選ばれたか!」


「はっ!」


「直ちにタリス村へ跳べ、と命じられております」


 直ぐに跳ぶ?


「ああ、コリン村長もだ。頼んだぞ」


 しかも、女村長と共に?

 もしかしなくても、瞬間移動(テレポート)的な何か!?

 良いね!


 いや、待て。感心している場合じゃない。

 このままだと、俺と女村長との約束が果たされずに終わる。


 俺が焦点の定まらぬ目を女村長に向けると、彼女は途端に顔を青褪めさせた。

 やり残した仕事がある事に、今更ながら気付いたのだ。


「じ、実はその者に対して村民認定を……」


「今は一刻の猶予もならん! 左様な些事は後にせよ!」


 非人である俺と、騎士団の副団長であるボウスキルとの板挟み。

 コリンは申し訳なさそうな顔を、俺に向けた。


(嘘だろ……)


「……ごめんなさい!」


(お、おい! 約束が!)


「<転移(サルトス)>!」


 次の瞬間、三名の騎士と共に女村長の姿が掻き消えた。


(本当にやりやがった……)


 唖然とする俺。

 全身の力が抜けて行くのを感じた。

 そんな俺に対して、従者が追い討ちをかける。


「ボウスキル様、この非人供は如何致しますか?」


「貧民窟にでも捨てておけ! 騎士である俺に対し、不快な黒目を向けた罰よ」


「はっ! いっそ、私が処分致しましょうか?」


(処分!? そんな、あ、あんまりだ……)


「不要だ。俺の従者たるお前が、直接手を汚してどうする。非人には、非人の手を使えば良い」


 俺は余りのショックに、そこで気を失った。




  ◇




 気が付くと俺は、路肩に寝転がされていた。

 小太陽が仄かな白い光で俺を照らしている。

 それを見て先ず思うは、


(キ、キリクは!?)


 の事であった。

 慌てて周囲を見回すと、黒目黒髪の少女が並ぶ様に寝かされている。


(良かった……)


 俺は安堵した。

 すると、


「おや、目が覚めた様ですね」


 投げ出した格好の足元から顔見知りの声がした。


「若シャーマン……」


 栗毛の青年だ。


「ルイ君は人の名前を覚えた事があるのかな?」


「アーマンとボウスキルの名は一発で覚えた」


「そうですか……」


「そんな事よりも、ここは何処だ?」


「そんな事って……まぁ、良いです。ただ、何も覚えていないのですか? 街中を下男風の男達に担がれ、貧民窟に向かっている所をレイナが見付けて……」


 若女中は只ならぬ様子に気付き、急ぎ彼に伝えた。

 そして、領都と貧民窟の狭間に転がされた俺とキリクを見つけ、再び領都の中へと運び入れたらしい。


「わざわざ助けてくれたのか?」


「そう言えるのかどうか。門衛に同じ村人だと伝えたのだけど、君達のステータスを確認したら所属が空欄のままでして。悪いとは思ったのですが、君の革袋から銅判を使わせて貰いました」


「いや、助かったよ」


 俺は兎も角、女の子であるキリクどんな目に遭ったか、分かったもんじゃないからな。


「今日はまた、随分と素直ですね」イーノスは小さく笑った後、核心を問うた。「さて、何があったのですか?」


 俺は覚えている限りを伝えた。

 すると、若シャーマンは顔を真っ赤に染め上げ、


「素晴らしい! 頑張りましたね、コリン!」


 拳を握り、喜びを露わにする。


「いや、俺の話聞いてたか?」


「勿論! 村に騎士団の精鋭が派遣される事がほぼ決まった様なものです! 一体、これを喜ばずして何を喜ぶと言うのでしょうか?」


 何を馬鹿な事を。

 喜ぶなんてとんでもない。


「騎士団の副団長が権力を笠に着て俺を無理矢理ウィルゴとか言う拷問装置に掛けられたんだぞ! 一般市民が公権力から一方的な横暴を受けて……」


 刹那、俺は気付いた。

 いや、気付かされてしまった。

 イーノスの怪訝な顔と、直後に語られた内容によって。


「村民認定される前の、非人である君が騎士様に不快な思いをさせたのです。何をされても仕方がないでしょうに。その事はレイナから聞き及んでいた筈です」


 そうだった。

 この世界では貴族から何をされても文句が言えない。

 それが非人であれば尚更、となる事は想像に難くなかった。


「ちくしょう……」


 俺は体を起こし、地面に拳を打ち付ける。


「まぁ、そう腐らずに。今は貴族様に目を付けられても、命がある事を喜びましょう」


 確かにそうかもしれない。


「ああ、そうだな」


 今は、な。

 だが、いつか必ず……俺はそんな思いを心の内に秘めた。

 それを知ってか知らずか、


「では、行きましょうか」


 若シャーマンが俺に立つ様に促し、彼自身はキリクを助け起す。


「え?」


「こんな所で夜が明けるまで待つ積もりですか?」


 いや、流石にそれは考えていない。

 何処かに宿屋がある筈だ。

 既に大太陽は落ちているが、部屋が空いてさえいれば何とかなるだろう。


「言っておきますが、宿は借りられませんよ?」


「な、何!?」


 考えが読まれた!?

 と言うか、何故借りられない?

 まさかとは思うが、非人だからか?


「所属がある人なら、小銀貨一枚で泊れますけどね」


 そこまで差別が酷いのか!


「非人が問題を起こした場合、所属先が無い所為で泣き寝入りになってしまいますから」


 成る程。

 損害の請求が所属先に行く、そう言う規則があるのだな。

 だからこそ、非人の扱いが悪いのだ。


「ですから、私達が今宵泊めて頂く家に君達を連れて行きます」


「え?」


 本当に?


「と言っても、村出身の者が開いた商店の、倉庫の片隅ですから寝心地は保証できませんけどね」


 いや、屋根と壁があるだけで十分だ。

 それに今は夏らしく、夜も暖かいからな。


「でも、良いのか?」


 俺はこの世界に来て初めての気遣いに、自身の目が潤み始めたのを感じた。


「店主の判断次第になりますが」


「そうか。でも、お願いする」


「分かりました。なら、参りましょう」


 俺は傍に転がされていた背負子などの所持品を担ぎ、若シャーマンの後に続いた。


 そして、辿り着いたのは細い路地が入り組んだ一画に建つ小さな店。

 その裏手にある倉庫と言うには小さな建物であった。

 中には白芋と呼ばれる野菜が山と積まれている。


(ジャガイモ……だよな?)


 敷地の更に奥にある、馬小屋が目に映った。

 随分と風通しが良さそうな造りだ。


 若シャーマンに伴われ、倉庫に足を踏み入れた直後、


「ルイさん、キリクちゃん! 無事で良かったよー!」


 明るい声が響いた。


「ああ、レイナが機転を利かせてくれたお蔭だ。ありがとう」


「驚きました! ルイさんって、ちゃんとお礼を言えるんですね!」


 言えるとも。

 タリス村ではその機会が無かっただけだ。


「僕も先程〝いや、感謝する〟と言われました」


「えぇぇ!? 本当ですか!?」


 えらい驚き様だな。

 ま、そんな事よりもだ。


「倉庫の片隅とは言え、泊めて頂くのだ。店主に挨拶をしたいのだが……」


 俺がそう告げると、若女中の顔に影が差した。

 あれ? なんか嫌な予感が……


「そ、その事なのですが……」


「その件はレイナではなく、店の主である俺から話そう」


 倉庫の奥から、背が低くとも逞しい(と言うよりは、異常に筋肉質な)男が現れた。

 顔は髭に覆われ、如何にも荒っぽそうだ。

 その男は俺の顔を見るなり、


「奴族の男を商材と同じ場所で寝起きさせる訳にはいかん。とは言え、同郷の者、それもレイナの頼みは無下には出来ん。よって、貴様には馬小屋で寝起きする事を許す」


 と一息に言い放った。


(俺だけ……馬小屋で寝起きしろ……だと?)


 村ですら、屋敷の離れを宛てがわれたと言うのに。

 もしかして、恵まれていたのか?

 イーノスとレイナの方へと視線を移すと、俺に対して小さく頷いてみせていた。


(これ以上は望むべくもない、って事か。なら……)


「ありがとうございます。今宵一夜の恩義、決して忘れません」


「寧ろ、忘れてくれ。非人を泊めたなどと知られたら、商売に差し障るからな」


 俺は領都初の夜を、馬小屋の片隅で過ごした。


(く、臭い……。馬も何だか興奮して五月蝿い……。あ、俺が居るからか。ごめん、本当にごめん。だぁー、悪いと思ってるから、隙間から蹴ってくんな!)


 その余りの環境の酷さに、寝付いたのは随分と遅くなってからであった。

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