#024 ウィルゴ
丘を下り始めてから一時間後、俺達を乗せた荷馬車がようやく領都に辿り着いた。
だが、直ぐには入れない。
門番によるチェックがあったのだ。
「それにしても、随分と大きな門だな」
俺は門を見上げて言った。
金属製の大門。
飾りは無い。
実用性だけを求められているのだろう。
「領都には三つの大門がある。だが、これはその中で最も小さい」
「それは本当か、女村長」
「こんな事で嘘を付いてどうする」
確かに。
とか思っていると、レイナが慌てた様子で現れた。
彼女はイーノスと一緒に門番の下に向かい、入都手続きを行っていたのだ。
「村長、大変です!」
「どうした、レイナ?」
「門番が、ルイさんだけは領都には入れられないと言ってます!」
(つまり、キリクが良いのに俺だけがダメ?)
「理由は?」
「それが……」レイナは申し訳なさそうな目を俺に向けた後、一息に答えた。「黒目黒髪の男は、かの強欲王に連なる者の証だとか」
強欲王。
遥か昔、世を騒がせた奸雄らしい。
既に百年以上経っていると聞くのに、これ程忌み嫌われるとか。
一体、何をしたんだろうな?
「キリク……」
「なぁに?」
「強欲王って知ってる?」
「知らないよ?」
と言う事は、こちら側だけでしか言い伝えられていない?
俺とキリクの会話を他所に、
「困ったな」
と女村長が顔を曇らせていた。
「この後、領主様の官邸にて〝審判の儀〟を行うと言うのに」
審判の儀?
初めて耳にした言葉だ。
説明も受けて無いしな。
もう、嫌な予感しかしない。
「領主には話が通っていないのか?」
「一刻を争う事態なのだ。それに、先触れを出せる様な余裕、タリス村には無い」コリンはそう俺に答えた後、レイナと向かい合った。「門番が言ったのはそれだけか、レイナ?」
「いえ、入都税として小銀貨を一枚納めれば通してくれるそうです」
「領外四人分ではないか!」
女村長が目を吊り上げ、声を張った。
恐らく、相当法外な要求なのだろう。
ま、それを何とかするのが村長の役目。
俺は傍観していれば良い。
なのに、女村長は俺に向き直った。
「すまないが出してくれ」
何故なのか?
「お前が出さない理由は何だ?」
「持ち合わせが銅片一枚すら無い」
銅片とは十円玉より小さな銅の欠片だ。
それすら無いとは。
タリス村、別の意味で大丈夫か?
「……嫌だと言ったら?」
「領都に入れない。それはお前も困るだろう?」
その通りだ、大変困る。
魔法やスキルが得られなくなるだろうからな。
もっと言えば、ジョブ<村人>をだ。
あれが無いと、一生何処へ行っても非人扱いされるらしい。
(俺とキリクがこの先無事に過ごせるか否かの分水嶺、か)
ちなみにだが、俺が払おうと思えば払える。
爺さんに貰った革袋の中に、幾つか銀色に輝く小さな通貨があったからだ。
恐らくはそれが、小銀貨なのだろう。
とは言え、素直に払いたく無い自分がいる。
「だが俺も、持ち合わせが無い」
「それは無い」
「何故だ?」
「お爺様に頼まれ、私が持っていたなけなしの金を渡したからだ。その中には、三枚の小銀貨があった」
三枚……小銀貨と思われる物の枚数が確かにそれだ。
なら、出すしかないか。
「これ、貸し、だよな?」
「案ずるな。〝村人〟がステータスに刻まれば返してくれる」
それを先に言え!
「なら出そう」
俺は小銀貨を一枚取り出し、レイナに手渡した。
「凄い、これが小銀貨! 私、初めて見ました!」
目を輝かせる若女中。
俺はそんな彼女を目にし、
(タリス村、本当に貧しいのな。村を離れる判断を下して良かった)
と思わざるを得なかった。
大門を潜った先の街並みは、整然としていた。
区間がきちんと分けられ、大通りとそれ以外の道との違いはあるが、幅も統一されている。
それに綺麗だ。
落ちたゴミや糞尿も無ければ、行き倒れた人も皆無。
しかも、街路樹があるなんて思いもしなかった。
加えて、通りに溢れんばかりの人、人、人。
(本当だ、黒髪黒目は一人としていない。黒目は極僅かいるが、青系が多いな。髪は明るさの程度こそ違うが、茶系が大半だ。比較的若い人の中に、赤毛がちらほらいるな)
皆、活気に溢れて、難しい顔をしている者は一人としていない。
衣服も小綺麗だ。
それだけで、この街を治める領主の力量が伺える。
街の中心部を迂回する様に設けられた大通りを進むと、やがてそれはそれは大きな邸宅が現れた。
質実剛健な雰囲気を纏った総四階建。
奥には鐘楼が一つ、天に向かい伸びている。
「ここは?」
「領主官邸だ。村長が領主様に直接訴える際のみ、伺う事が許されている。ああ、ここからは私と彼とキリクのみで行く。イーノス、後は任せたわ」
「うん、任された」
中もまた、簡素な作りをしていた。
すると、
「タリス村村長コリン、何様で参った?」
突然、声が投げ掛けられる。
声のした方を見ると、そこには如何にも騎士といった中年の大男が、数名の従者を引き連れていた。
髭と髪は綺麗に整えられ、鎧兜は更に綺麗に磨き込まれ銀色に輝いている。
鍛え抜かれた刀剣もかくや。
だが、こちらを見る眼光はそれ以上に鋭かった。
怖いのか、キリクが俺の腰に抱き付く。
「ああ、ボウスキル様! これは良い所に。実は……」
女村長が小声で一言、三言囁く。
ボウスキルの鋭い視線が俺に向いた。
「……そうか、急いだ方が良いな」
「はい、どうかお願い致します」
「領主様には私から伝える。コリン村長はこのまま〝審判の間〟へ迎え。ああ、案内に私の従者を付けよう」
審判の間とやらは、地下に存在しているらしい。
それも、随分と深い場所に。
長い階段を下り、狭く幾重にも折り曲がった廊下を経て、
「こちらで御座います」
その部屋の扉が現れた。
中で待ち受けていたのは……
「うわ、臭っ……」
思わず声が漏れた。
それ程、嫌な匂いがしたのだ。
(これは、錆の臭い?)
臭いの出所であろう床には、黒いシミが広範囲に広がっている。
とある物を中心として。
それは大理石像。
チューリップの如き花弁を背にし、年若い裸婦が彫刻されている。
素人な俺でさえ、その見事な芸術性を感じ取れた。
「何故、こんな地下に?」
俺の問いに答えたのは、
「蛮族たる奴族は知らなくて当然。これぞ古より伝わりし宝具<乙女>だ」
ボウスキルだった。
「ウィルゴとは?」
俺の確認に彼は答えない。
ただ、
「貴様はあれに触れさえすれば良い」
と言うのみ。
その次の瞬間には、
「なっ、何をする!?」
彼の従者によって床に倒され、取り押さえられていた。
「ルイ!」
とキリクが叫ぶも、従者の一人に当て身を貰い倒れる。
「貴さ……う!」
抗議の声を上げようとした口に、猿轡を噛まされた。
抵抗を試みた両手と足などは、縄できつく縛られた。
そして、あれよと言う間に像の下に運ばれ、
「う、うううー(ヤ、ヤメロー)!」
その下腹部に俺の顔が押し付けられたのだ。
(冷た!)
正にその瞬間、
(な、何だ!? 凄まじい悪寒、いや、体から何かが搾り取られている! ……ん? 妙な笑い声が頭に直接! これは、幻聴か?)
体を異変が襲う。
と同時に、像に変化が現れた。
その腹部が、ヤツメウナギの口に似た何かに様変わりしたのだ。
鋭い牙が蠢き、ガチガチと音を鳴らしている。
「うっ! ううっー!?」
俺は死んだと思った。
こんな物の中に頭を突っ込まれたら、生きていられるとは思えなかったからだ。
幸いにして俺はその中に入れられる事は無かった。
目に見えぬ障壁らしき物が、顔との間に存在していたのだ。
一先ず安堵する俺。
そんな俺の様子を気にする事無く、背後では話が進められる。
「ではこれより、宝具<乙女>を用いた、審判の儀式をブノワ・ボウスキルの名の下に行う!」
「<ステータス・オープン>!」
「ルイ・クラウチ、汝に問う! 昨日、貴様が討ち倒したゴブリンにジョブが記されていたのは真か?」
眼前にあるヤツメウナギの口が回り始めた。
まるで、回転おろし機の様に。
生じた風が顔を撫でるも、次第に吹き付けるが如くに変わった。
これに皮膚が触れれば、瞬く間にすりおろされるだろう。
俺は何度も大きく頷き返した。
だが、俺の体を像に対して押し付ける力が衰える事は無い。
当たる風が更に強くなり、俺は堪らず目を瞑った。