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#022 お前を娶るなど論外だ

 左腕に感じた微細な振動と、微かな音で目が覚める。

 意識を失う寸前に辛うじてセットした、腕時計のアラームが起動したのだ。

 なので、時計を見るまでもなく今は午前六時。


(つまり、少なくとも十時間は寝てたのか)


 びっくりする程の爆睡。

 その所為なのか、疲れはすっかり取れていた。


 ああ、そうそう。

 今更だがこの世界は一日二十四時間だ。

 更に今更な情報を付け加えるとするならば、ここ数日の日の出時刻は朝四時半前後。

 ただし、それは大太陽と呼ばれる方に限る。

 小さい方は基本、一日中空に昇っているからだ。

 ただし、光の強さは月より少し強い程度。

 つまり、この世界の夜は白夜と言えた。


 窓を開ける。

 間接照明の如き優しい日差しが、部屋の中を照らした。

 刹那、俺はある事に気付く。


(あれ? 服が……いや、体も綺麗になってる!)


 異世界だけに、自然に汚れが落ちた……


(そんな訳無い!)


 となると、誰かが俺の体を清め、服を変えたのだ。


(……非人だと卑下した俺を?)


 考えられないな。

 それに幾ら疲れていたとは言え、服を着替えさせられたら起きるだろうしな。


 では、一体どうやって?

 答えは一つしか思い浮かばない。

 それは、


(もしや、洗浄魔法か?)


 衣服や体に着いた汚れを除去する、生活に便利な異世界魔法の代名詞だ。

 着火や小さな照明と共に、生活魔法とも称されるな。


(素晴らしい。まるで、シャワーを浴びた後の様なサッパリ感)


 ああ、是非とも習得したい。

 多分だが、領都とやらに奥義書(グリモア)が有るのだろう。

 人が人として生きるのに必要な、〝生活必需魔法〟だからな。


 そう考え始めると、何だか急に領都に行くのが待ち遠しくなってきたぞ。

 俺は未だに寝ているキリクを起こさぬようにしつつ、昨夜遣りそびれた支度に取り掛かった。


 それから一時間半後の朝七時三十分。

 俺とキリクは村の門前にいる。


 何故か?

 朝食に呼ばれた際、領都へと向かう一行の集合場所が此処だと聞いたからだ。

 集合時間?

 八時と伝えられた。


 彼ら村人に時間が分かるのか?

 そう。

 驚く事に彼らは皆、指輪型日時計を所持していたのだ。


(日時計! しかも指輪型の!)


 だから、大凡の時間は分かるらしい。


「キリクは日時計がある事知ってた?」


「寧ろ、それしか知らないよ?」


(だから、「変わってる」と言ってたのか……)


 では、何故三十分も前から待ち合わせ場所にいるのかと言うと、


「まだ早いですよ、ルイさん」


 レイナが、殊更俺の世話を焼こうとしたからだ。

 服ぐらい一人で着替えられると言うのに。


「用事はもう済んだのですか?」


 なので、着替えるや否や「所用を済ませに行く」と言って、先に屋敷を出たのだ。


「村に知り合いなど一人も居ないでしょうに」


 当然、それは偽りの理由。

 だが屋敷を出た途端、ふと思い付いたのだ「オベリスクの立つ村の広場なら、朝市が開かれているかもしれない」と。

 足を向けてみると、案の定朝市は開かれていた。

 ある意味、嘘から出た真、だ。


「もしかして、キリクちゃんと朝市に行かれたのですか?」


 俺は不要な短剣数本と引き換えに、旅の必需品やら着替え、日持ちする食料を得たのだ。

 正直、取引を持ち出す時はビクビクした。

 また、〝非人相手には取引すべからず〟を建前に、拒まれると思って。

 予想に反して無事取引が成立した時など、俺は騙されて屑を摑まされているんじゃないかと訝った程だ。


「レイナもご一緒させて頂ければ、今少し色を付けさせましたのに」


「ウザイ」


「え?」


 俺では無い。

 キリクだ。

 一体何処で覚えたのやら。


 あと、何故こうも馴々しく話し掛けるのか。

 俺に用がある?

 残念ながら、俺の方には無い。

 一刻も早く村を離れ、嫌な思い出を忘れ去りたい。


「わ、私はコリン村長の従姉妹のレイナですよ!」


「知ってるぞ、若女中」


「レイナです!」


「そんな名だったな、若女中」


「ワカジョチュウ、ウザイ」


「キリクちゃんまで……」


 レイナが分かりやすい嘘泣きを始めた。

 それも効果が無いと分かると、


「十六歳ですよ!」


「それも聞いた覚えがある」


 だから何だ? 「いいね!」とでも言うとでも?


「私、可愛くありませんか?」


 こんな台詞をしゃあしゃあと吐く女だったとは。

 うなじを見て、一瞬でも意識した昨日の俺を殴ってやりたい。


「私を娶れば、生涯この村に残れますよ?」


 何故そんな話になる。

 後キリク、言葉が解らない筈なのに、今にも噛み付かんばかりなのは何故だ?


「お前を娶るなど論外だ」


「な、何故ですか!?」


「俺にメリットが無いからな」


 好き嫌いではなく、メリット・デメリットで女を考える事自体、既におかしいがな。


「この村にいつまでも住めます!」


 さっきも言ってたな。

 だがな、それが最大のデメリットだぞ?


 此処はいずれ戦場となり、やがては地図から消え去るのだから。

 なのに、それがメリットと何故考えた?

 ああ、俺が非人だからか。

 でもな、そんな非人の目から見ても、此処は最悪。

 それもこれも、何も知らぬ他所者を、村人総出で罠に嵌めようとしたからだ。


「この村に居着く積りは更々無い。所帯を持ちたいなら他を当たれ」


 刹那、


「そう言うてくれるな。領都で認定されればヌシもタリス村の村人。いつでも帰って来て良いのじゃからのう」


 声のする方に向くと、いつの間にかシド爺がいた。

 奥には四頭立ての幌付き荷馬車が引かれている。

 その周りに、コリン村長やアーマンとイーノスの親子だけでなく、多くの村人が集っていた。


「どうしたんだ、こんな大勢で」


「ヌシの見送りに来たのじゃ」


 そう言って、小袋を俺に突き出した。

 受け取ると確かな重みが伝わると同時に、ジャラリと音が鳴った。


「これは?」


「ヌシに渡した筈の銭袋じゃ。偶然、屋敷で見つかってな」


 偶然……もう、何も言うまい。

 この村はそう言う場所なのだから。

 あれ? でも、最初渡された時よりも随分と重くなってないか?

 俺が首を傾げていると、爺さんが突然俺をガシッと抱きしめた。


「なっ……」


 何をする!?


「ヌシは村の、そして儂の恩人だ。この先いつ戻って来ても、儂等はヌシを拒まぬじゃろう」


 しかも、何で目を潤ませながら、そんな臭い台詞を吐いた?

 だいたいそれは、互いの誤解が晴れた後に言う言葉だろうに。

 あんな仕打ちをされた俺が、今更その言葉を受け入れられるとでも?


「有り得ん」


「ん? 何がじゃ?」


「何でもない」


「そ、そうかの?」


「シド爺、お別れだ。達者でな」


 もう、会う事もないだろう、第一異世界人よ。


「う、うむ。ヌシもな」


 爺さんが寂しげな顔をする。

 俺は胸に小さな痛みを感じつつも荷馬車の荷台にさっさと乗り込んだ。

 キリクも直ぐに続いた。

 俺の隣に座ったかと思うと、腕を組む。


(……十三歳だしな。ま、いっか)


 すると、


「二人の世界に入ってる所悪いけど、もっと奥まで詰めて貰えるかしら?」


 女村長が続いた。


「イーノスはステラおば様と共に御者を、レイナは私達と一緒に荷台よ」


 若シャーマンと恰幅の良い女中が御者台に座る。

 そこで漸く、


「待て、何でお前達まで乗る?」


 俺は湧き上がる疑問を口にした。


「私達も領都に行くからよ?」


「馬鹿を言うな。こんな大事に村長が村を離れられる訳無いだろうに」


「それを貴方が言うのかしら?」


「何?」


「村民認定は村長が行う必要があるの。他の者は護衛兼世話係よ」


 護衛だと?

 もしかしなくても、エルフみたいな若シャーマン、イーノスがか?


 そんな訳ない。

 奴は確か、レベル二だか三しかない祈祷士、つまりは後衛職だろうに。

 つまり……護衛役は俺か?

 女中母娘が戦えるとは思えないしな。


 チッ、一体何処まで俺を利用すれば気がすむんだ。

 俺は最後の最後まで忸怩たる思いを抱きながら、異世界最初の村を後にした。

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