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#021 大宴会

 村長屋敷での夕食は直ぐに始まった。

 夕食? いや、もはや宴会、いや、大宴会だ。

 村の主だった老若男女が車座となり、肉を喰らい、酒が入ってるだろう盃を傾けていた。

 その間を、幾人かの女性が空いた皿や盃を満たしつつ、世話を焼いて回っている。


 俺も大いに世話を焼かれていた。


「ルイ、次はこれ食べて」


 隣に座るキリクによって。


「何これ?」


「フォレスト・ボアのホホ肉。脂の加減が丁度良くて美味しいよ」


 数種類の野菜と一緒に煮込まれたそれは、とても旨そうに見えた。

 俺は早速食らい付く。


(おお!?)


 途端に口の中で蕩ける猪肉。

 脂の甘みが口一杯に広がったかと思うと、あっという間に腹に消えた。


(ああ!? もっと堪能したかったのに!)


「ど、どう?」


「美味すぎて、ほっぺたが落ちるかと思った」


「え? ホホ肉だから? ふふふ、ルイ、面白ーい!」


 何はともあれ、喜んで貰えて良かった。

 幼い子が微笑みを浮かべている、それだけで心の保養になる。


「急に目を細めてどうしたの?」


「……いや、キリクと居ると、随分と気が休まるなあって」


「分かる! あたしもルイと一緒だから安心する!」


「そうか?」


「本当だよ!」


「それは、言葉が通じるから?」


「それも有るけど、やっぱり外見が似てるからかなぁ?」


 俺達は共に黒目黒髪。

 現代で言う所の東洋人顔をしている。

 一方の、タリス村の住民は皆、西洋人とインディアンのミックス。

 髪色は明るく、瞳は茶色が多い。

 つまり、一見して違い過ぎるのだ。


「それも有るか」


「髪を見ても変な顔しないし」


「そりゃそうだ。同じ髪色だもんな」


「あと、何処と無くお兄さんみたい……」


 自身の台詞にキリクは顔を曇らせた。


「……無事だと良いな、キリクの家族」


「多分、無理」


 今や泣きそうである。


「そんな事無いだろ、キリクだって生きてるんだから」


「そう……だね」


 とキリクは振り絞る様に答えた。

 そして、体を俺に預ける。


「ねぇ、ルイ」


「何だ?」


「この村を離れるんでしょ?」


 キリクの問いに、俺の胸が跳ねた。


「誰かに聞いたのか?」


「うん、レイナが教えてくれた」


「レイナ?」


「恰幅の良い女中さんの娘よ」キリクの顔が俺を向いた。「ねぇ、本当なの?」


 俺は逆に視線を逸らせた。


「本当だ」


「どうして?」


 逸らせた視線を彼女に戻す。

 キリクの瞳に、俺の顔が映っていた。


「この悪夢の様な世界で、他の誰にも強いられずに生き抜く為の力が欲しいんだ」


「力?」


「そう、力だ。スキル、魔法、ジョブ。それに所属だ」


「それが有れば、あたしも生きて行けるかな?」


「行けるとも」


 俺は微笑みながら答える。

 すると、今度は彼女が顔を逸らせた。

 黒い髪の合間から覗く、彼女の耳がとても赤い。


「……付いて行って良い?」


 キリクが俯きながら俺に問うた。

 聞かれる前から、答えは既に決まっている。


「好きにしろ」


「ありがとう!」


 キリクの腕が、俺の首に回った。

 その刹那、


「うふふ、見せつけてくれますねー」


 背後から女の声が掛けられる。

 いつか何処かで目にしたであろう、赤毛のお嬢ちゃんだ。

 手には肉が盛り付けられた皿と、酒が入っているであろう小さな瓶が下げられている。


「キリクちゃんとは顔見知りだったんですか?」


 キリクは自身の名前が出た瞬間ピクリとするも、俺の首から顔を離そうとはしなかった。


「悪い。キリクは今ちょっとな」


「ルイさんは、良く良く見れば格好良いから、それも仕方が無いかな」


 突然現れて、何を言うかと思えば。

 後、良く良く見ればだって?

 つまり、普段はそうでもないと?


 そんな事よりもだ。

 この女が来てから、周りの目が集まり始めた。

 ここからは、言葉や態度に気を付けないとだ。


「初めまして、だよな?」


「はい。私の名ははレイナ。コリン村長の従姉妹で、十六歳になります」


 成る程。

 この世界では初対面では名前と年齢を伝えるのが礼儀なのか……な訳が無い。

 シドもコリンも、イーノスもアーマンもそんな自己紹介はしなかったからな。


(この、自意識過剰め)


 いや、可愛いらしいのは認めよう。

 加えて、歳の割には発育が良いのもな。


 しかも、髪型に至っては巻き上げているので(うなじ)が丸見えだ。

 健全な男子なら十人中十人頬を染め上げ、鼻をヒクつかせるだろう。

 だが、俺は違う。

 そう変えられてしまったのだ。

 他でもないお前達によってな。

 故に——


「それで?」


 俺は少し冷たく返す。


「隣、良いですか?」


 彼女は俺の返事も待たず、キリクとは逆側に腰を下ろした。

 そして、居住まいを正したかと思うと、


「改めまして。こほん、祖父であるシドの命を救って頂き、本当にありがとうございます」


 俺に頭を下げた。


「これが言いたかったのです」


 と歯に噛むレイナ。

 万人が「可愛い!」と言うだろう。

 キリクの腕がぎゅっと締まった。


(痛!? 密かに見てるのか?)


 俺は何故かは自分でも分からないが、「安心しろ」と言わんばかりにキリクの背中を叩く。

 首を締めていた力が急速に弱まった。


「貰った後に何だが、礼は女村長から既に頂いている。それ以上は不要だ」


 あてが外れたのか、レイナは首を傾げる。

 そして、何を思ったのか、


「では、お肉足りてますか?」


 と俺に尋ねた。


「……今はいい」


「お酒は?」


「(まだ未成年だから)飲めない」


「では、これだけでも受け取って下さい!」


 刹那、俺の頬に小さな唇が押し付けられた。


(な!?)


 すると、周りが一斉に囃し立て始める。

 それどころか、何故か急に皆が立ち上がり、踊り出したのだ。

 俺はそんな様子を呆然とした後、


「キリク!」


「な、何?」


「腹に入るだけ食え!」


「何が何だか分からないけど、分かった!」


 急いで腹を満たし、逃げる様に屋敷の離れへと向かった。

 その最中も、


(さっきのは一体何なんだ?)


 俺は混乱していた。


(怪しいってもんじゃない。絶対、何かを企んでる。それが何かは不明だかな)


 離れの部屋に入ると、俺は直ぐに腕時計を出した。


「何それ?」


「時計だ」


「へー、変わった形してるね」


 そうかな?

 そんな事よりもだ。

 今は午後七時十分か。


(いっその事、このまま逃げるか?)


 だがそうすると、〝所属〟が得られなくなる。

 それは俺にとっても勿論、キリクにとっても悪手だ。


 はっ! もしかして、それが奴らの狙いか?

 だから俺の頬にキスをした!

 混乱を誘い、逃げ出させる為に。

 非人を形式的にとは言え、この村に所属させない様にと。


 となると、逃げ出すのは彼奴らの術中に嵌った事に。

 それだけは嫌だ。

 我慢して、このまま一夜を過ごそう。


 いや、待てよ。

 もしかして、寝込みを襲う気か?

 だからこその、ご馳走の大判振舞い。


 なるほど、読めたぞ。

 だったら、今夜はこのまま寝ずの番だ。

 例え無駄に終わったとしても、襲われるよりは良い。


 ただ、領都へ向かう際の体力が心配だ。

 まぁ、馬車に乗せてくれると言ってたしな。

 勿論、それだって信じてる訳じゃない。

 馬車で寝てしまったら、一体何をされるやら。


 もしや、隷属の首輪を?

 待て、あれがこの世界にあるかは不明だ。

 だが、そう考えると、馬車の中でも安心出来ない……


(はぁ、タクシーの中だろうが、電車の中だろうが、安心して眠れる元の世界が恋しい!)


 にしてもだ、


(眠いな……)


 見ると、キリクは既に寝息を立てていた。


(敵中に一人ぼっち。精神的に堪えたのだろう)


 俺は俺で、今になってゴブリンとの死闘が尾を引く形で……


(あ、これは駄目かも)


 凄い眠気が襲って来た。


(……いや、幾ら何でもこれは……はっ、ま、まさか、薬を盛られたか!? 駄目だ、寝る……な……せ、せめて……)


 薄れ行く意識に、扉の開く音が微かに聞こえた。





  ◇





「彼、もしかして眠ってたのかしら?」


 コリンは盃を呷った後、そう問うた。


「はい。それはもう、ぐっすりと。私と母が何をしても起きませんでした」


 と、笑いを堪えながら答えたのはレイナ。

 手拭いの入った桶を抱えている。

 中の水は随分と濁っていた。

 屋敷の女中を勤めている母親と共に、ルイの汚れた体を清めていたのだ。


「こちらの持て成しを随分と訝しんでたから、もしかしたら起きてるかと思ったのだけど」


「疲れていたのでしょうねぇ」


 と口にしたのはアーマン。

 紫煙が燻る煙管を手にしている。

 その隣で、


「儂は、命の恩人たる青年に対し、何と酷い事を……」


 とシドが嘆いていた。

 両の手で顔を覆いながら。

 そんな老人に対してアーマンが、


「過ぎたことは仕方がありませんよ、シド。これから誠意をもって返せば良いのです」


 と励ます。

 それを横目に、


「しかし、〝ゴブリン・レンジャー〟ですか」


 イーノスが新たな話題を振る。

 父親であるアーマンの顔が一気に曇った。


「魔物がジョブを手に入れたなど、前代未聞です。魔王が蘇った確かな証と言えましょう。これで、領主様は必ず動かれるかと」


「証拠を示せ、と申されませんか?」


「ここの領主様は<乙女(ウィルゴ)>を所有されていると聞きます。問題ないでしょうねぇ」


「そうですか」


「ですからこそ、是が非でも少年には領都に行って貰わねばなりません」


 それを聞いたシドの顔が陰った。


「儂等はまた、都合を押し付ける事になるのじゃな」


「シド、胸が痛みますか?」


「当然じゃ。ルイは儂等を長きに渡る苦難から解放してくれた、救い主じゃぞ? それはアーマンも同じじゃろうに」


「そうですねぇ。いえ、そうでないと困りますしねぇ」


 老いたシャーマンは息子を横目で見つつ、悲しそうに微笑み返した。

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