#018 間違いなく殲滅した
——ペキッ
枯れ枝が踏み折られし音。
それが辺りに響いた。
場所は思った以上に近い。
(そろそろ来るか?)
巨石の影から音の方を窺って見る。
すると、
「ギャギャッ!」
背後からゴブリンの奇声が。
「回り込まれてたか!」
慌てて振り向く俺。
目にしたのは、緑色の怪人が涎を垂らしながら、身の丈に合わぬ長剣を振り被っている姿だ。
退いて躱すにも、背中を晒している体勢ではちと拙い。
なので先ずはと、
「トマホーク!」
インディアンよろしく手首のスナップだけで手斧を放った。
「ギャギャ!?」
あわや長剣が振り下ろされる、まさにその直前に手斧がゴブリンを襲う形になる。
だが、咄嗟に下げた長剣に払われた。
(そんな事は想定済みだ!)
俺は既にゴブリンの側面に立っている。
後は手にする短剣で首を一閃するだけであった。
「一つ!」
ゴブリンは青い血を噴き出しながら、崩れ落ちた。
直後、二匹目が一匹目とは逆方向から岩を回り込んで現れる。
これまた身の丈に合わない、長槍を手にして。
腰だめに構え、俺を一突きにしようと狙っていた。
「ギャッ!」
槍が突き入れられた。
俺はヒラリと半身で交わす。
且つ槍と交錯する形で、逆にススっとゴブリンへと迫った。
後は簡単、
「二つ!」
手にした短剣の刃を横に寝かし、肋骨の間に滑り込ませるだけ。
ゴブリンは胸元を突然襲った痛みに槍を手放し胸を抑え、ついで口から血を溢れ出しながら倒れた。
俺はその様子を目の端で追いながら、槍と長剣を拾い上げる。
更には手斧も。
(事が済んだら、名前を入れよう)
「その為にはあと三匹!」
それにしても、爺さんからの援護がまるで無かったのが気になる。
(おっと、そんな事よりもゴブリンのステータスだったな)
既に一匹目の骸は消え、魔石を残すのみ。
二匹目だけが胸に短剣を刺したまま、虫の息で横たわっていた。
俺はその体を足で踏みつけ、
「<ステータス・オープン>」
と口にする。
すると現れたステータスパネルには、
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名前:錆付いた長剣
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であった。
「何で長剣!?」
俺はすぐさま右手で握る剣に視線を移す。
(もしや、利き手で触れている物しか対象じゃ無いのか?)
そうこうする間に、ゴブリンの体は魔石に変わっていた。
「……さて」
あと三匹いる筈だ。
機会は十分。
それに、魔王が態々名前? 所属? を刻んだ、所謂ネームドモンスターがこんな簡単に屠れる訳無いしな。
(あれ? そう考えると、俺に倒せる筈がない事に……)
離れた場所でゴブリンの悲鳴が轟いた。
恐らくは爺さんが仕留めたのだろう。
つまりはあと二匹。
その二匹が、俺の心を読んでいたかの様に揃って現れた。
「二対一か……」
数においては劣勢。
しかし、武器においては違った。
相手は共に短剣だったからだ。
俺は短剣に対しては長剣とばかりに、
「オラッ!」
投げ付けた。
身を竦めて躱そうとするゴブリン。
だが運が悪かったのか、はたまた狙いが良かったのか。
長剣の柄がゴブリンの顔を強かに打った。
酔っ払いの如くフラつくゴブリン。
その様子を傍で目にしていた一方のゴブリンはと言うと、驚きの余り硬直している、などと言う事は無く。
短剣を突き出し、歯を剥き出し、唸り、俺に対して……威嚇してきた。
「だから何だ!」
俺は両の手で槍を握り、大振りに振り下ろした。
風切り音が鳴り、続いて鈍い音が辺りに響く。
ゴブリンは白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
もう一匹の、目を回していたゴブリンはと言うと、正気を取り戻していた。
とは言え、所詮はただのゴブリン。
最早一匹では俺の敵ではない。
逃げ出そうとするその背に向け槍を突き入れ、戦いの帰趨を決した。
「さて、ステータスを検めるか」
四匹現れたゴブリンの内、二匹は既に魔石となっている。
なので、残るは二匹。
先ずは血泡を口から吹いている、瀕死と思われる方から見てみるか。
「<ステータス・オープン>」
ふむ、レベル二のゴブリンか。
名前や所属がある等、妙な所は無し。
状態は瀕死、は当然だな。
と言っている間に魔石を残して消えた。
「はや! まさか、もう一匹もか!?」
今一方はと言うと、まだ消えてはいない。
(良かった。ならば早速……)
「<ステータス・オープン>!」
ん? 気絶?
先に止めを刺すか。
とその時、
「終わったようじゃな」
何処からともなく爺さんが現れた。
落ちている魔石を指先で拾い、何食わぬ顔で自身の懐にしまう。
「四匹も俺に任せて、好い気なもんだな」
「気配を断ち、木々の合間に存在する敵を確実に探知出来る儂こそが、森の中での戦いでは最も重要。子供でも分かる事じゃ」
まぁ、確かにその通りだ。
囮として扱われて点に関しては、全然納得はいかないがな。
「で、もう他にゴブリンはいないのか?」
爺さんは勝ち誇った顔で答える。
「間違いなく殲滅した。じゃからこそ、儂はヌシの前に姿を現し……」
言い終える前にシド爺は倒れた。
「お、おい、爺さん!?」
背中から黒一色の矢を生やして。
「まだ、敵が居たのか!」
声に反応したのか、更に矢が射ち込まれる。
俺は爺さんを引き寄せ、巨石の陰に身を隠した。
(拙いな。このままじゃ、いずれ回り込まれて狙い撃ちだ)
危機的な状況。
だが、打開策が無い訳でも無い。
(嫌いだが、やるしかない)
俺は懐からハンカチを取り出し、鼻と口を覆う。
そして、
「<煙よ>!」
奥の手の魔法を唱えた。
噴煙の如き煙が巨石を覆い隠す。
更には、辺りに広がっていった。