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#015 異常事態

 大きな背負子を背負い、森に入る事半日。

 そこには、当初遭遇する事が当たり前だと想定していたゴブリンやバンパイア・モス、更には狩りの対象である猪や鹿だけで無く、小動物の類すらもまるで見当たらなかった。

 その事実に俺は、


(どう考えても異常事態だよな?)


 寒気を覚える。


(あれ程「居る居る」と言われていた魔物に遭遇しないのは何故だ? いや、勿論出会わない方が身の危険も無くて良いのだが……)


 とは言え、俺の心と体はそれなりに疲労を感じていた。

 森の中を歩き慣れない現代っ子だもの、当然だ。

 加えて、用意された狩猟着、特にブーツのサイズが合ってなかった。

 引きずった足が、森の中に一本の線を残す様になって久しい。


 ふと辺りを見渡せば、何処迄もなだらかに続く苔生した樹海。

 そして、場違いにも程が有る巨大な岩が一つ転がっていた。

 人の背丈より上にだけ、苔がびっしりと生え揃っている。


 そんな場所で不意に、


「ここを拠点とする」


 と爺さんが口にした。


「え、こんな所を?」


 俺の問いに、爺さんは答えない。

 代わりに、


「足を出せ」


 と命じた。


「何で?」


「良いから早くせい!」


 言われるままに素足をさらす。

 蒸れた足特有の、強烈な臭いが漂った。


「……すまん」


「何がじゃ?」


「いや、臭かっただろ?」


「こんなもん、臭い内に入らん。それよりも、酷く皮がずり剥けておる。このままではこれ以上、痛くて歩けぬぞ」


 いや、そんな事言われてもなぁ。

 と俺が思っていると、シド爺は岩の苔を弓を使って削り落とした。

 そしてそれを、さも当然の様に俺に向けて突き出す。


「これは?」


「なに? 黒奴族は回復苔を知らぬのか?」


 シド爺は捨てられた子猫を見るような眼差しを俺に向けた。


「これを皮が剥けた箇所に当てておくのじゃ。瞬く間に良くなる」


「瞬く間にって、流石にそんな……」


 ゲームの薬草(ポーション)みたいな事言って。


「何じゃ、その顔は! 良いからヌシは儂の言われた通りにせい。足が治り次第直ぐに西へ向かう」


 驚くべき事に、足の怪我は立ち所に治った。


(こんな苔が嘘でしょ!?)


 ただ、この日最も驚いたのは、その後足を踏み入れた森の深部にすら、魔物どころか狩の対象に一度も出会わなかった事だ。




 その夜、俺とシド爺は巨石の陰で息を潜め、夜を明かそうとしていた。

 火も焚かずに。

 小さな太陽が昇っているとは言え、焚き火の明かりが魔物に見つけられてしまうのを防ぐ為だとか。

 なので、夕食は石の様に固いパンと水のみ。

 暖かい、


「味噌汁が飲みたい」


 酷く恋しくなった。


「何じゃそれは?」


「……故郷に古くから伝わる、体を芯から温めてくれるスープだ。香辛料や香草を入れて、香りを楽しんだりもする」


「香る料理などしてみろ、四方八方から魔物やら獣が押し寄せるわ」


 なので、夜は酷く寒くなる。

 革のマント越しに爺さんの温もりが伝わらなければ寒さに負け、意識を失いそうになる程に。

 そんな中、シド爺が俺に押し殺した声で話し掛けてきた。


「ヌシは村を離れた後、どうするつもりじゃ」


 計画は朧げながらあった。

 それは、このファンタジーな異世界ならではの事。


「大きな街に向かう」


「あの娘を連れてか?」


 何でだよ。

 ああ、厄介払いか。

 寒村だもんな。

 だが、そんな言質は与えない。


「……他の魔法を得に行く」


 唱える度に不愉快な思いをする煙などでは無く、火の玉(ファイヤー・ボール)光の矢(ライトニング・アロー)的なのをな。

 土の槍(アース・ジャベリン)っぽいのでも良い。

 何としてでも、他の魔法を修得したいのだ。


 当然ながら、探し出すのに手間が掛かるだろう。

 煙の魔法と同じく、人里から遠く離れた僻地の、古びた御堂の中にでもあるんだろうしな。

 その為にも、早く大きな街に行き、効率良く情報収集しないとな。

 そしていずれは……


「それには、金貨が唸る程必要じゃ」


「え?」


 なんで金? 煙の魔法の時と同様、放置されてる魔法習得用の本を読めば良いのでは?

 だがそれは、俺の思い違いであった。


「何を驚く。奥義書(グリモア)はどんなに安くとも最低金貨一枚はするのじゃぞ?」


 グリモア? ああ、あの手の本はそう呼ばれているんだ。

 で、その最低価格が金貨一枚!?

 金貨一枚の貨幣価値が不明だが、随分と高そうだな!

 何故、煙魔法のグリモアが火口のお堂内にあったんだ?

 なんて事よりもだ。


「それは新品の話だろ? 誰かが読み終えたグリモアを、格安で売ってる場所は無いのか?」


 中古本屋みたいに。

 どうせ、十円で買い取って五百円で売る、みたいな事してるんだろうし。


「ヌシは何を言ってる」


「何をって?」


「習得済みのグリモアは白紙に戻る。そんな物を誰が好き好んで買う」


 読んだら白紙に戻る? 何てファンタジー。


「ヌシのその顔、黒奴族ではどうやら勝手が違うらしいな」


 いや、知らなかっただけだ。


「なら、未読(?)のグリモアは何処で手に入るんだ?」


「ギルドに加入するのが一番手っ取り早いのう」


「ギルドだって?」


「それも知らんのか」


 いや、知ってる。

 ただし、冒険者ギルド、だけどな。

 定職に就けない穀潰しが日銭を稼ぐ為に登録し、掲示板に張り出された仕事を受ける。

 何も知らない新人が行くと、必ずベテランに絡まれるんだろう?


「全然違うぞ」


「なに!?」


 それはちょっと予想外。

 この村を出たら大きな街に移り住み、薬草採取やゴブリンの討伐をしながら魔法に関する情報を収集しようと考えていたのに。


「シド殿、すまないが詳しく教えてくれ。いや、ご教授願いたい」


「こんな時だけ……調子の良い奴じゃ」


 爺さんは盛大に「はぁ」と息を吐いた。


「そもそもじゃが、ヌシは魔法を如何にして得たのじゃ?」


「〝煙〟と記された赤い革表紙の本を読み終えると、使える様になった」


「何じゃ、やはりグリモアでは無いか。しかもそれは、俗に言う〝赤本〟じゃな」


「赤本?」


「左様、赤本じゃ」


 表紙の色は死の山の西も東も変わらぬのか、と爺さんは呟いた後、


「ならばこれも同じとは思うが〝剣術〟などに代表されるスキルを得るには〝青本〟を、儂の〝猟師〟の様なジョブを得るには〝黒本〟を読み込む必要がある」


 いや、全然知らなかった。

 それどころか、想像もしなかったよ。

 本を読むだけで魔法だけでなく、スキルやジョブも得られるだと!

 それ本当なんだろうな!?


「そして、それらグリモアを最も多く有し、更には特定のグリモアに関しては独占すら許されているのが商人や鍛治職人に代表される各種ギルドなのじゃ」


 ギルドがスキルや魔法の本を独占!?


「何でギルドがグリモアを独占するんだ?」


「読み込むだけで、剣術の本なら剣の達人に、鍛治士の本なら読んだその日から鍛治職人になれるのだ。ギルドが管理せねば誰がするのじゃ」


 過当競争を恐れてか?

 いや、スキルは何となく分かる。

 剣術スキル、鍛治スキルなど職業直結しているイメージがあるからな。

 だがジョブもだと!?


「その中でも、ジョブの本は特に高い。スキルや魔法に比して数倍の値がつく。何故じゃか分かるか?」


 ジョブの本がそれ以外の数倍の値になる?


「もしかして、ジョブを得ると複数のスキルや魔法が得られるからか?」


「その通りじゃ。しかも、ジョブの欄にその職業名が記される。つまりじゃ……」


「世に認めらるって事だな?」


 爺さんは確と頷き返した。


「それだけでは無い。ジョブに就けば、そのギルドから様々な庇護が受けられるのじゃ」

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